第564話
魔術師協会。
居間で、マサヒデ、カオル、シズクが寝ている。
余程に疲れたのか、帰ってきて、すぐにばったりと寝込んでしまった。
マツとクレールは茶を飲みながら3人を見ていたが、少しして顔を合わせ、
「出掛けましょうか」
「はい」
と、小声で話し、出て行った。
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当てもなくふらふらと歩き、広場の隅の長椅子に座る。
「どこに行きましょうか。夕餉は魚ですし、まだ買いに行くのは早いですし」
「イマイ様の所へ行きませんか?
私、あの緊張感は、良い稽古になると思ってるんです。
勿論、私が刀の勉強をしたいというのもありますけど」
マツはちょっと首を傾げ、
「そこまでの緊張感ですか?」
「はい。剃刀の上を歩くような、凄い緊張感です。
座ってるだけで、精神力の鍛錬になります」
「そんなに・・・ううん、ちょっと興味が出てきました」
「何か甘い物を買って行きましょう!」
「そうですね」
よいしょ、と立ち上がって、
「サン落雁、取りに帰りましょうか」
「マツ様、やめておきましょう。
玄関を開けると、皆様、飛び起きそうです」
「ううん、確かに・・・」
「普通のおまんじゅうや羊羹で良いと思います。
あと、お茶の葉も買って行きましょう」
「お茶の葉ですか?」
くす、とクレールが笑って、
「イマイ様のお茶、美味しくないんです」
「うふふ。では、お茶の葉も買って行きましょう。
カオルさんが買って来てくれるお茶、どこでしたっけ・・・」
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職人街。
マツが茶の葉の袋を抱え、クレールが羊羹の箱を持って歩いて行く。
「クレールさんみたいな方、世間では刀剣女子って言うんですって。
ラディさんもそうですけど」
「刀剣女子! 何か格好良いですね!」
「女性は刀というか、武具そのものに興味の無い方が多いみたいですね。
その中で、さらに売れない刀という物に興味がある方だそうです。
単純に、高いからという憧れに近いものもあるのでしょうけれど・・・
あの美しさを見たら、惹き込まれますよね」
「冒険者の方々は、武具にこだわりはあると思いますが」
「それはそうでしょうけど、冒険者の方で刀を扱う方、居ないでしょう」
「あ! 確かに!」
「やはり、高いですから、手を出しづらいのでしょうね。
しっかり扱えるようになるまで、長い鍛錬が必要ですし」
「むーん・・・」
マツが顔を上げて、
「冒険者になる方々って、大体2つに分けられます。
ひとつは、単に『冒険者』という言葉に憧れて来る方。
もうひとつは、食い扶持の無い方。
どちらも、飛び込みのような形で冒険者になります。
何年も修行をして、準備をしてから、という方は少ないのですよ」
くす、とマツが笑って、
「魔術を使われる方々も、お仲間から習う方がほとんどです。
ですから、私の所には弟子が来ないんですよ」
「ううん、そうだったんですか」
単純に怖くて来ない、という理由だろうが、そこには触れないでおこう。
「このように、ほとんどの方はお金に困り、安い武具から始めます。
そのような方々にとって、刀は高嶺の花なんですね。
そうして、剣などの手が出やすい物が、得物になるのです。
頑丈で、安く、素人さんでもそこそこ長持ちしますからね」
「なるほど!」
「中には、マサヒデ様のような刀の達者が、武者修行の間に金に困って、という方もおられます。でも、最初はお使いだとか、失せ物探しだなんて、そんな仕事になりますから、すぐに辞めていく方がほとんどです」
「お金に困っているのに、何故でしょう?」
「武者修行に出るくらいの方々ですから、やはり誇り高い方が多いのですね。
こんな下らない仕事をさせるのかって、辞めてしまうんです」
「マサヒデ様のような、代稽古を務める方はおられないのですか?」
「数少ないですね。実際に冒険者のパーティーと対して1人で戦える方は、中々おられませんから」
「では、マサヒデ様は、いわゆる『本物』という事ですね!」
「うふふ。そういう事です」
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そうこう話しながら、イマイ研店前。
クレールががらりと玄関を開け、
「こんにちは!」
少しして、さらりと襖の開く音がして、イマイがにこにこしながら座る。
「ああ、クレール様。見に来た?」
「はい!」
あ、とイマイの目が後ろのマツをちらちらと見る。
「あ、どうも、マツ様」
「こんにちは。本日は私もお邪魔に」
「え!」
「? 何か・・・」
イマイが慌てて、
「あー! いやいや! マツ様と言えば魔術の達者、まさか刀にと」
くす、とマツが笑い、
「私の夫はマサヒデ様ですから、嫌でも刀を見る機会がありまして。
あの美しさには惹かれるものが」
ああ! とイマイの顔が輝き、
「おお! おお! そうですか! 刀の美しさが!」
「はい」
「では! さあさあ、お入り下さい! 汚いですけど!」
ぱ、とイマイが立ち上がったが、
「あ、しばし。お土産がございますから、一服頂きませんか。
その間、刀のお話でも」
マツが茶の葉の袋を、クレールが羊羹の箱を差し出す。
マツとクレールのお土産!?
「え! それって・・・おいくら、くらいの」
「これは私のおすすめの茶葉でして。
これだけで、銀貨1枚。
少し置いておけば、美味しい水出しも出来るんです」
「水出しも!? それは便利ですね」
「はい。ささ、どうぞ」
マツとクレールが土産を差し出し、イマイが受け取って、
「うんうん! では、一服入れつつ、刀談義といきましょう!」
ばたばたとイマイが奥に入って行く。
「あらあら・・・」
「うふふ。さ、マツ様、上がりましょう」
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「まあ!」
イマイの仕事部屋を見て、マツが声を上げる。
部屋一面に、刀、刀、刀。
壁には刀掛けがあって、壁一面が刀だらけ。
刀架が大量に置いてあり、刀、刀、刀。
いくつかあるたんすの上にも刀架が置いてあり、部屋は刀で一杯だ。
「私も初めて入った時は驚いたんですよ!」
「あ、これで研いでるんですね」
小さなたらいと、小さな板の上に置かれた砥石。
その前に置かれた小さな椅子。
横に置いてある刀身。
「その椅子に座ると、あのイマイ様が凄くなるんです。
きっと、マツ様も緊張しますよ」
「へえ・・・」
マツが驚いていると、
「はーい、お待たせしましたー」
と、イマイが盆に茶と羊羹を乗せて持って入って来た。
よいしょ、と座って、座布団を出す。
マツとクレールが座ると、湯呑と羊羹の皿を出して、
「満足するまで見てってね!」
と、イマイがにこにこしながら湯呑を取り、一口すすって、
「むっ! ・・・ううん、これが銀貨1枚の茶葉・・・」
驚いたイマイを見て、マツが満足そうに笑う。
「如何でしょう。カオルさんが見つけてくれたんです」
「カオルさんが! 茶を見る目もあるんだ・・・ううん・・・」
クレールがにこにこしながら羊羹を口に放り込む。
イマイがクレールを見て笑顔になる。