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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
564/762

第564話


 魔術師協会。


 居間で、マサヒデ、カオル、シズクが寝ている。

 余程に疲れたのか、帰ってきて、すぐにばったりと寝込んでしまった。


 マツとクレールは茶を飲みながら3人を見ていたが、少しして顔を合わせ、


「出掛けましょうか」


「はい」


 と、小声で話し、出て行った。



----------



 当てもなくふらふらと歩き、広場の隅の長椅子に座る。


「どこに行きましょうか。夕餉は魚ですし、まだ買いに行くのは早いですし」


「イマイ様の所へ行きませんか?

 私、あの緊張感は、良い稽古になると思ってるんです。

 勿論、私が刀の勉強をしたいというのもありますけど」


 マツはちょっと首を傾げ、


「そこまでの緊張感ですか?」


「はい。剃刀の上を歩くような、凄い緊張感です。

 座ってるだけで、精神力の鍛錬になります」


「そんなに・・・ううん、ちょっと興味が出てきました」


「何か甘い物を買って行きましょう!」


「そうですね」


 よいしょ、と立ち上がって、


「サン落雁、取りに帰りましょうか」


「マツ様、やめておきましょう。

 玄関を開けると、皆様、飛び起きそうです」


「ううん、確かに・・・」


「普通のおまんじゅうや羊羹で良いと思います。

 あと、お茶の葉も買って行きましょう」


「お茶の葉ですか?」


 くす、とクレールが笑って、


「イマイ様のお茶、美味しくないんです」


「うふふ。では、お茶の葉も買って行きましょう。

 カオルさんが買って来てくれるお茶、どこでしたっけ・・・」



----------



 職人街。


 マツが茶の葉の袋を抱え、クレールが羊羹の箱を持って歩いて行く。


「クレールさんみたいな方、世間では刀剣女子って言うんですって。

 ラディさんもそうですけど」


「刀剣女子! 何か格好良いですね!」


「女性は刀というか、武具そのものに興味の無い方が多いみたいですね。

 その中で、さらに売れない刀という物に興味がある方だそうです。

 単純に、高いからという憧れに近いものもあるのでしょうけれど・・・

 あの美しさを見たら、惹き込まれますよね」


「冒険者の方々は、武具にこだわりはあると思いますが」


「それはそうでしょうけど、冒険者の方で刀を扱う方、居ないでしょう」


「あ! 確かに!」


「やはり、高いですから、手を出しづらいのでしょうね。

 しっかり扱えるようになるまで、長い鍛錬が必要ですし」


「むーん・・・」


 マツが顔を上げて、


「冒険者になる方々って、大体2つに分けられます。

 ひとつは、単に『冒険者』という言葉に憧れて来る方。

 もうひとつは、食い扶持の無い方。

 どちらも、飛び込みのような形で冒険者になります。

 何年も修行をして、準備をしてから、という方は少ないのですよ」


 くす、とマツが笑って、


「魔術を使われる方々も、お仲間から習う方がほとんどです。

 ですから、私の所には弟子が来ないんですよ」


「ううん、そうだったんですか」


 単純に怖くて来ない、という理由だろうが、そこには触れないでおこう。


「このように、ほとんどの方はお金に困り、安い武具から始めます。

 そのような方々にとって、刀は高嶺の花なんですね。

 そうして、剣などの手が出やすい物が、得物になるのです。

 頑丈で、安く、素人さんでもそこそこ長持ちしますからね」


「なるほど!」


「中には、マサヒデ様のような刀の達者が、武者修行の間に金に困って、という方もおられます。でも、最初はお使いだとか、失せ物探しだなんて、そんな仕事になりますから、すぐに辞めていく方がほとんどです」


「お金に困っているのに、何故でしょう?」


「武者修行に出るくらいの方々ですから、やはり誇り高い方が多いのですね。

 こんな下らない仕事をさせるのかって、辞めてしまうんです」


「マサヒデ様のような、代稽古を務める方はおられないのですか?」


「数少ないですね。実際に冒険者のパーティーと対して1人で戦える方は、中々おられませんから」


「では、マサヒデ様は、いわゆる『本物』という事ですね!」


「うふふ。そういう事です」



----------



 そうこう話しながら、イマイ研店前。


 クレールががらりと玄関を開け、


「こんにちは!」


 少しして、さらりと襖の開く音がして、イマイがにこにこしながら座る。


「ああ、クレール様。見に来た?」


「はい!」


 あ、とイマイの目が後ろのマツをちらちらと見る。


「あ、どうも、マツ様」


「こんにちは。本日は私もお邪魔に」


「え!」


「? 何か・・・」


 イマイが慌てて、


「あー! いやいや! マツ様と言えば魔術の達者、まさか刀にと」


 くす、とマツが笑い、


「私の夫はマサヒデ様ですから、嫌でも刀を見る機会がありまして。

 あの美しさには惹かれるものが」


 ああ! とイマイの顔が輝き、


「おお! おお! そうですか! 刀の美しさが!」


「はい」


「では! さあさあ、お入り下さい! 汚いですけど!」


 ぱ、とイマイが立ち上がったが、


「あ、しばし。お土産がございますから、一服頂きませんか。

 その間、刀のお話でも」


 マツが茶の葉の袋を、クレールが羊羹の箱を差し出す。

 マツとクレールのお土産!?


「え! それって・・・おいくら、くらいの」


「これは私のおすすめの茶葉でして。

 これだけで、銀貨1枚。

 少し置いておけば、美味しい水出しも出来るんです」


「水出しも!? それは便利ですね」


「はい。ささ、どうぞ」


 マツとクレールが土産を差し出し、イマイが受け取って、


「うんうん! では、一服入れつつ、刀談義といきましょう!」


 ばたばたとイマイが奥に入って行く。


「あらあら・・・」


「うふふ。さ、マツ様、上がりましょう」



----------



「まあ!」


 イマイの仕事部屋を見て、マツが声を上げる。


 部屋一面に、刀、刀、刀。

 壁には刀掛けがあって、壁一面が刀だらけ。

 刀架が大量に置いてあり、刀、刀、刀。

 いくつかあるたんすの上にも刀架が置いてあり、部屋は刀で一杯だ。


「私も初めて入った時は驚いたんですよ!」


「あ、これで研いでるんですね」


 小さなたらいと、小さな板の上に置かれた砥石。

 その前に置かれた小さな椅子。

 横に置いてある刀身。


「その椅子に座ると、あのイマイ様が凄くなるんです。

 きっと、マツ様も緊張しますよ」


「へえ・・・」


 マツが驚いていると、


「はーい、お待たせしましたー」


 と、イマイが盆に茶と羊羹を乗せて持って入って来た。

 よいしょ、と座って、座布団を出す。

 マツとクレールが座ると、湯呑と羊羹の皿を出して、


「満足するまで見てってね!」


 と、イマイがにこにこしながら湯呑を取り、一口すすって、


「むっ! ・・・ううん、これが銀貨1枚の茶葉・・・」


 驚いたイマイを見て、マツが満足そうに笑う。


「如何でしょう。カオルさんが見つけてくれたんです」


「カオルさんが! 茶を見る目もあるんだ・・・ううん・・・」


 クレールがにこにこしながら羊羹を口に放り込む。

 イマイがクレールを見て笑顔になる。


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