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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
563/762

第563話


 冒険者ギルド、訓練場。


 いつも通りではない稽古が始まる。


 マサヒデが竹刀をぽん、ぽん、と手に乗せながら、


「えー、皆さん、私事で大変申し訳無いのですが・・・

 実は明後日、私達は、とある方との勝負の約束がありまして・・・」


 え! と驚き、冒険者達が顔を合わせる。


「あ、真剣ではないので、ご心配は無用です。

 ただ、申し訳ないのですが、皆さんを見ている余裕はないと思います。

 今日、明日の稽古は、私達3人に付き合って頂ける方だけで結構です」


 マサヒデがカオルとシズクを見て、


「私達3人、それぞれ課題があります。

 最後の仕上げ、と言った所ですね。

 いつも通り、1対1ではなく、2人ずつ相手をして下さい。

 皆さんが2人です」


 はい、と冒険者の1人が手を挙げる。


「具体的な内容を教えて下さい」


 マサヒデが頷いて、


「シズクさんには、2人がかりでひたすら打ち込んで下さい。

 シズクさんは、一切手を出しません。

 まともに入らなくても、当たったら勝ちです。


 カオルさんの相手をして下さる方は、盾を使う方が望ましいです。

 大盾なら、なお望ましいです。

 カオルさんの打ち込みを、ひたすら躱して下さい。

 勿論、隙が出来たら打ち込んで下さい。

 当てたら勝ち。

 それと、カオルさんが打ち込んだ時、寸止め出来なかったら勝ちです。


 で、私には・・・」


 む、とマサヒデが首を傾げ、カオルの方に向いて、


「私、どうしましょうかね?」


 あら、と緊張していた皆が肩を落とす。

 カオルもかくん、と首を落として、


「いつも通りで、1対2で良いのでは」


「む・・・それで良いでしょうか」


「では、3人を相手にしては。

 足りないと感じら、4人、5人と増やせば。

 一斉に掛かれるのは、飛び道具が無ければ5人まででしょう」


「ううむ・・・では、そうしますか。

 私には、まず3人来て下さい。

 重ねて言いますが、皆さんを見ている余裕はありません。

 それでも、付き合って頂ける方で結構です」


 別の冒険者が手を挙げる。


「差し支えなければ、お相手を教えて下さいますか」


 ん、とマサヒデ達が顔を見合わせる。

 カオルとシズクは小さく首を傾げ、


「特に差し支えはないのでは?」


「構わないんじゃない? 別に切り合うって訳でもないし」


「そうですね。ジロウさんの道場の宣伝にもなりますか」


 マサヒデが頷いて、


「アブソルート流。聞いた事ある方はいらっしゃいますでしょうか」


 何人かが顔を見合わせる。

 冒険者達は耳ざとい。


 以前、コヒョウエはここに来た。正体を知ったか。

 同心のハチは、奉行所で何度か世話になったことがあると言っていた。

 誰か、ジロウの事を知っていてもおかしくはない。

 武芸に興味ある者なら、昔のシュウサン道場の話を聞いた事もあるだろう。

 先日のパーティーの時に、漏れたという事もあるかもしれない。


「アブソルート流は、私の父上が、若い頃に修行していた流派です。

 父上は、アブソルート流の道場に居る時に、剣聖になりました・・・

 と、言えば、どのくらい凄い流派かと分かるでしょうか」


「そのアブソルート流で、カゲミツ様は剣聖になったのですか?」


 マサヒデは頷き、


「そうです。剣聖になった後、道場を出て武者修行。

 その間に学んだ様々な武術をごっちゃにし、トミヤス流が生まれました。

 名前は違えど、謂わば、アブソルート流の分派みたいなものでしょうか?

 まあ、分派とまでは行かないですが、アブソルート流が大きいはずです」


 ぱしん! とマサヒデが手のひらに竹刀を当て、


「今回の相手は、そのアブソルート流の達者の方、ジロウ=シュウサン殿です。

 要は他派との交流稽古ですが・・・」


 マサヒデが苦笑いして、


「簡単に言えば、私達は負けたくない、という所です」


 おいおい、と冒険者達が顔を合わせる。

 マサヒデ達がここまで準備が必要になるほど、相手は強いのか。


「私達を相手に、ジロウさんは1人です。

 勿論、1対1で順に立ち会いますが、以前は勝ったり負けたりでした。

 そのくらいの達者ですから、今回は入念にと。

 お付き合い頂けますでしょうか」


「「「はい!」」」


 マサヒデが軽く頭を下げ、カオルとシズクも頭を下げる。


「それでは、よろしくお願いします」



----------



 稽古が終わり、食堂。


 さすがに複数相手は疲れる。

 二人共ぐったりしているが、特にカオルは堪らなかったはずだ。


「疲れましたね・・・」


「はい・・・」


「うん・・・」


 ぐてっとして、ちびちび水を飲んでいると、メイドが来た。


「日替わりを大盛りで」


「私も」


「牛丼特盛、卵。紅生姜なしね。5人前」


「承りました」


 さらさらっと注文を書いて、メイドが下がって行く。


「アルマダさんは、よく複数相手にやってるって言ってましたね」


「はい・・・」


「うん・・・」


「こんな感じでは、我々もまだまだですね」


「はい・・・」


「うん・・・」


 帰ったら昼寝だ。昼寝をしよう。

 ぐいっと水を飲み干して、新しい水を注ぐ。

 ごと、と水差しを置くと、


「トミヤス先生」


 ん、と顔を向けると、相手は誰、と質問してきた冒険者だ。

 後ろにもいる。


「なんでしょうか」


「我々も、トミヤス先生とシュウサン殿と稽古のご様子を見るだけでも・・・

 お許し願えますでしょうか」


「別に」


 構わない、と答えそうになって、口を止めた。

 自分の道場ではないのだ。


「私は構いませんが、稽古の場はジロウさんの道場です。

 ですので、私には何とも。

 それに、こう言ってはなんですが、あまり大きな道場ではありませんし」


 とは言っても、数人は別に邪魔にならない。

 なにせ、ジロウの道場には門弟は1人だけなのだ。


「それでは」


 冒険者が言い掛けた所で、


「すみません! しばしお待ちを!」


 と、カオルが席を立って、マサヒデを引っ張って行き、


(ご主人様。今回はコヒョウエ先生が来られるのですよ)


(それが何か)


(身を隠しておられる訳ではありませんが、既に引退の身。

 コヒョウエ先生は、あまり身は知られたくないのでは?

 居場所が広まれば、コヒョウエ先生に迷惑かと)


 確かに。

 つい先日まで、カゲミツもこんな近くにコヒョウエが居たと知らなかった。

 あまり知られないようにして、暮らしてきたのだ。

 しまった。お七夜のパーティーに誘ったのも、迷惑だっただろうか?


(此度はお断り下さい。コヒョウエ先生がおられなければ、問題はないかと。

 彼らに知られれば、あっと言う間にコヒョウエ先生の存在が広まります)


 冒険者達の間では、話はあっと言う間に広まっていく。

 たちまちコヒョウエの居場所が知られる事は、間違いない。


(不本意ですが、ここは奥方様を理由に致しましょう。危険だからと)


(む・・・そうしますか)


 ごほん、と咳払いをして、マサヒデが席に戻り、


「ええと、申し訳ありません。

 別に私は構わないと言いましたけど、今回はやめて下さい。

 ジロウさんから許可を得ても、やめた方が皆さんの身の為です」


「我々の身の為とは、どういう事でしょう?」


 マサヒデがちょいちょい、と手招きして冒険者達を周りに寄せて、


「今回は、マツさんが稽古に参加するんです」


 げ! と皆が驚く。


「どうせ、ジロウさんを驚かせようと、派手にいくつもりでしょうから・・・

 皆さんにもしもがあると、大変です」


 マツが、派手に。

 山も吹き飛ばせる程の魔術師が、派手に。


「・・・マツ様が派手にと言いますと、町の危険も・・・」


「いやいや。マツさんはそんな事はしませんが、以前、庭で稽古していた時に、屋根より高い炎で庭一面を囲んだ事があります。ちょっと皆さんの身の安全を保証出来ないです。ジロウさん程の相手だと、尚更。私達も、ジロウさんも、それを覚悟してマツさんと稽古するんですから・・・今回はちょっと」


「はい・・・分かりました」


「隠れて覗きに、なんて、絶対にやめて下さいよ。

 隠れてる所でマツさんの魔術をもらったら、誰も気付かずにあの世行きです。

 そうなると皆さんも私達も大変ですから、申し訳ありませんが、絶対に」


「はい。絶対に近付きません」


 マサヒデが頷いて、皆が近付けた顔を戻す。


「アブソルート流にご興味がありましたら、今回の立ち会いの後、ジロウさんの道場の場所をお教えしますから」


 がらがらとメイドがワゴンを押してくる。


「あ、それでは、我々は」


「ご希望に添えず、申し訳ありません」


「そんな、とんでもない」


 と、冒険者達は散っていった。

 マサヒデ達の前に料理が並べられ、ふう、とマサヒデが息をつく。


「上手くいきましたかね」


「上手くはいきましたが、少し大袈裟では。

 我々も覚悟して、などと・・・また、奥方様が怖れられてしまいますよ」


「ううむ・・・マツさんには内緒にして下さい」


「マサちゃん、これは貸しひとつだぞ」


「はい。では、いただきましょう」


「いただきます」「いっただきまーす!」


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