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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
562/758

第562話


 朝の稽古が終わり、3人共、息を切らせて膳に付く。


 ふう、と息をついて、ぐったりと膳を見る。

 マツがにこにこしながら、


「皆さん、今朝は一段と身が入っておりましたね」


「ははは! 明後日にはジロウさんと対決ですからね!」


「だね!」


 答えて、シズクがぐいっと茶を一気飲み。

 ぷは、と息をついたシズクの湯呑に、カオルが新しい茶を注ぐ。

 マサヒデがそれを見ながら、


「シズクさん。カオルさんの攻めはどうでした」


「すぐに慣れたな。最初はやられると思ったけど」


 ちら、とカオルがシズクを見る。


「ふふ。そうですか。何か気付いたことは」


 あ、とカオルがマサヒデを見る。


「私が言うのも何だけどさあ。無願想流は脱力が大事なんでしょ。

 力みすぎじゃない? どんどん楽になってくる。

 やり返せる所、いっぱいあったよ」


「ううむ。そうでしたか」


 マサヒデが小さく笑いながらカオルを見る。

 手を休めず続けて打ち込み、少しずつ隙を作っていく。

 一見、自然な事だが、そこに一分の余裕を隠して。

 シズクにはバレていないようだ。


「申し訳もございません」


 言いながら、カオルの目は笑っている。

 マサヒデもちらっと笑って頷いて、


「カオルさんは、まだまだ次が下手な所が直っていないようですね」


「は」


 シズクが笑いながら、


「癖だから仕方ないよな。じっくり直すしかないって。

 そうがっかりするなよ!」


「はい」


 俯いたカオルの目は笑っている。

 これなら上々だ。


「しかし、私から見た所ですが、二人共、かなり出来ています。

 おそらく、五分には持っていけます。

 後は運の勝負になるでしょう」


「そうかな?」


「そうですよ。では、いただきましょう」


 マサヒデが手を合わせ、


「いただきます」


「いただきます」「いただきます!」「いただきます」「いただきまーす!」


 と、皆も手を合わせて、朝餉が始まった。

 今朝は鮭のあら。

 甘く、がっつり脂が乗っている。


「ところで、話は変わりますけど・・・」


 マサヒデが鮭を摘んで、


「何で、鮭ってあらの方が安いんですかね?

 こっちの方が美味しいのに」


 マツとクレールが首を傾げて、


「骨が面倒だからでは」


「見た目、ですかね?」


 マサヒデが皮を剥がして、ばりばりとかじる。

 脂が付いていて、ぱりっとした皮にもしっかりまろやかさが乗る。

 米がどんどん進む。

 がつがつっと飯を放り込んで、ごくんと飲み込み、


「んん、やっぱり、あらの方が美味い」


 クレールが笑って、


「私もそう思いますよ!

 あらって、ここに来るまで食べた事はありませんでしたけど」


「ですよね」


「はい!」


 クレールももしゃもしゃと米を放り込む。

 マツがくすっと笑って、


「鮭と言えば」


「うん?」


「鮭のムニエルは美味しかったですね」


「ああ! あれは美味かった!」


 クレールがもむもむと口を動かしながら、


「ムニエルはすごく簡単な料理ですよ。

 私でも、マサヒデ様でも簡単に作れると思います」


「え? そうだったんですか?」


「あのソースは難しいでしょうけど、ソース無しでも美味しいですから」


「どう作るんです?」


「軽く塩をまいて、拭いてぬめりを取ったら、塩胡椒を振って、小麦粉を付けて、バターで焼くだけです」


「それだけ? たったそれだけなんですか?」


「はい。これだけです」


「そんなに簡単な料理だったんですか・・・」


「ですけど、シンプルゆえに、腕の違いがはっきり分かる料理ですね」


「ううむ」


「同じ魚で、同じ塩胡椒だけでも、私が作った物、マツ様が作った物、カオルさんが作った物、はっきりと違ってくると思います」


 ちら、とマツとカオルが目を合わせる。

 マサヒデが2人を見ながら、


「ははは! 味比べなんか面白いかもしれませんね。

 どっちが美味しいか、なんて」


 ぴく、と2人が反応する。


「あはは! 面白そうじゃん! クレール様もやろうよ!」


「私は食べる専門で十分ですよ!」


 シズクがにやっと笑って、


「それ、いいの? お嫁さんなのに」


 ぴた、とクレールの箸が止まる。

 マサヒデは笑い飛ばし、


「ははは! クレールさん、気にしないで。

 あなたが台所に立つのは、美味しい紅茶を淹れる時。それで十分です」


 シズクが笑って、


「あはは! 食のレイシクラン、ね!

 貴族様はお嫁さんになっても、食事はコックにぜーんぶ任せちゃーう。

 ね、マサちゃんは、愛妻料理が食べたくなあい?」


 マサヒデが少し怒って顔でシズクを睨む。


「シズクさん。そんな言い方はやめなさい。

 煽るにしても過ぎます。馬鹿にした言い方じゃないですか」


「はーい」


 ふふん、とシズクがクレールを見て小さく鼻で笑い、飯をかきこむ。


「むぬぬ・・・」


「クレールさん」


「はい!」


「やる気なら、シズクさんの分は作らなくて良いですからね」


 がちゃん! と皿を鳴らしてシズクが膝立ちになり、


「何ー!」


 マサヒデは飄々とシズクの視線を流し、


「煽るような言い方をした罰です」


「む、むむむ・・・」


「マツさんもカオルさんもです。

 やる気だとは見て分かりますが、シズクさんの分は作らないで下さい。

 シズクさんは、今晩のおかずが欲しければギルドで食べなさい」


「はい」「はっ」


 ふっ、とクレールがシズクを見下すように見て笑い、


「私、優しいマサヒデ様のお嫁さんになれて良かったです!

 お父様、お母様が聞いてたら、不敬罪でシズクさんが」


 にこにこしながら、クレールが首の前で箸を振る。

 マサヒデが驚いて、


「ええっ! いくら何でも・・・」


「あはは! 斬首でも、晒し首にはなりませんよ!

 賞金首には間違いなくなると思いますけど!」


「ええ! 私、賞金首!?」


 げ! とシズクの顔から血の気が引いていく。

 マサヒデの顔からも、少し血の気が引く。

 2人が顔を見合わせる。


 マツが「もう!」と顔をしかめて、


「シズクさん。気を付けて下さいね。

 魔の国に入ってクレールさんにそんな態度を取っていると、大変ですよ。

 一緒に暮らしてて、お忍び姿で知らなかった、は通用しないんです。

 ここは他国ですから、咎められませんけど」


「はい・・・クレール様、ごめんなさい」


 肩をすぼめて頭を下げるシズクを見て、マツとクレールが顔を合わせ、


「ぷ!」「あーはははは!」


 と、マツとクレールが笑い出す。


「そーんなことありませーん! 嘘ですよー!」


「え」


「うふふ。せいぜい、名誉毀損になるだけです。

 不敬罪は、王室の者に対してだけですもの。

 それだって、罰金か懲役2、3年です」


「な、なんだよ! 驚かすなよ! もう、二人共!」


「ですけど」


 ぴし、とマツが顔を厳しくして、


「もし、馬鹿にされた事が原因で、相手が死んだり、重い病にかかったり、反乱や暴動などを誘発したりすると、本当に首もありえます。ですから・・・」


 ふふ、とマツが笑って、


「私に対しては、お気を付け下さいね。

 私は王室の者ですから、ね? おほほほほ!」


「マツさんを馬鹿にしたりしないよ!

 捕まるより先に、跡形もなく消えちゃうじゃない!」


「ですね」「ええ」「そうです」


 マツが笑いながら、


「うふふ。今晩はおかず抜きの刑です」


「分かった・・・クレール様、本当にごめんなさい」


「良いんですよ! 私も、料理は覚えたいって考えてましたもの。

 ところで、シズクさんこそ、作らないんですか?」


「う? 私?」


 え? とシズクが呆けた顔を上げる。

 クレールが鮭を摘みながら、


「包丁を使う料理でもなし。小麦粉付けて焼くだけじゃないですか。

 火が通ってさえすれば良いんです。子供でも出来ると思いますけど」


「ええー? 出っ来るかなあ・・・

 私、握り飯とサンドイッチしか作ったことないよ。

 あと、焚き火で何か焼くくらい?」


 マサヒデが苦笑して、


「出来るんじゃないですか?

 力みすぎて、魚を潰さなければ良さそうですが」


 シズクが腕を組んで首を捻って、


「うーん・・・じゃあ、私もやってみる・・・

 何か、台所に立つってだけで不安なんだけど。

 ああ、お皿割ったりしたらどうしよう! すっごい不安!」


 マツが笑って、


「うふふ。シズクさん、何をおっしゃいます。

 100枚割っても、私が直せるではありませんか」


「あ、そうか・・・うん! じゃあ、やってみる!」


 にや、とカオルが笑って、


「ふふ。ご主人様、楽しみではありませんか」


 ちらっとシズクを見る。

 いつもはここで突っかかるシズクだが、料理となると・・・


「ううん、カオル、これは負け。無理」


「あら」


 意外なシズクの態度に、皆が驚く。

 勝負も始まっていないのに、もう諦めた、という顔で、シズクは苦笑いだ。


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