第561話
カオルが庭に戻って来て、小太刀とナイフを持ち、一振り。
「あ」
ぴた、と止まって、右手の小太刀をじっと見つめる。
もう一振り。
「・・・」
マサヒデにも一目で分かった。
「片手では、無願想流は無理ですか」
「申し訳もございません」
撫で斬るように、浅く斬ることは出来る。
が、支えられない。深く斬れない。
そもそも、刀に乗って、身体が動いていかない。
片手で振った方が身体が崩れやすいから、乗れるかと思ったが・・・
これなら普通に腰を据えて振った方が斬れる。
「まあ、そうそう都合良くはいきませんか。
二刀と無願想流と、分けて使うとか・・・
いや、無願想流一本にしましょう。
分けて使うまでもない。足を止めていても、二刀並みの連撃を出せる」
「これは良い考えかと思ったのですが」
「そういう振り方ですから、仕方ないですね。
ですが、そう見せる事は出来ますか」
「ああ! 二刀でも出来るぞと?」
マサヒデがにやりと笑う。
「ええ。2本持って、前に立てば良い。
1回、無願想流で振れば、術中にはまる。
いつ来るかと警戒してくれるでしょう」
ふ、とカオルも笑って、
「やはり、ご主人様はお人が悪い」
「ふふふ。褒め言葉と受け取りますよ。
看破されないよう、小太刀で行きますか」
「は」
「では、始めましょう」
カオルがナイフを納め、小太刀を構える。
マサヒデも剣を垂らす。
「受けに回りますから、手を出させて下さい。さあ、どうぞ」
「はい!」
----------
(やってるなあ!)
シズクが湯から戻ると、マサヒデとカオルが派手に・・・
しばらく見ていると、カオルが攻めるばかり。
マサヒデは受けるばかりで、手を出さない。
「ほおーん」
カオルの振りを流した。
がつん、がつん、と受けているが、たまに流す。
あの速くて重い振りを流せるとは。
するっと流しが決まって、カオルが崩れた所で、背中を押す。
ぱたん、とカオルが膝を付いた所で、
「お帰りなさい」
と、シズクに顔を向けた。
「マサちゃん、また上手くなったね」
「そうですか?」
「カオルの振り、流せてるじゃん」
ぎりぎりで手を抜かせているからだが、これは伝えないでおこう。
「少しは。私も無願想流を使うんですから、ぎりぎり反応は出来ます」
「でも尋常じゃないと思うよ」
「そうですか。ま、それは置いといて」
「置いとくの」
「シズクさんの稽古の方針です」
「ん! なんだろう!」
シズクが顔を突き出す。
マサヒデが笑って頷いて、
「せっかく、貴方も守りに気が行くようになった。
今回は、それを磨く良い機会。
ジロウさんの攻めを、出来る限り受けて見せなさい」
「む、ジロウさんの攻めで・・・」
きりっとシズクの顔が引き締まる。
「攻めるのは、ジロウさんの間合いの外にいる時だけ。
ジロウさんの間合いの内に入ったら、攻めずに、全て守って見せなさい」
「むむむ」
「守りのコツを教えます。貴方は身体で既に理解していますが、それを頭で理解してしまえば、更に良くなる」
「え? 教えてくれるの?」
マサヒデは頷いて、
「もう、身体は分かっている事ですからね。
今更教えてもらっても、何だこんな事、という事ばかりのはず」
「そうかな?」
「だと、思いますよ。私の見る限りですが」
マサヒデはシズクの前に立ち、自然体で木刀を棒を持つように横に持つ。
「こう持ちます」
「これだけ?」
「はい」
シズクも同じように、棒を横にして持つ。
「これで、どこから来ても受けられます」
「これで?」
「はい。さ、やってみますか。さ、相手が振ってきましたよ」
マサヒデがゆっくり木刀を横に振る。
シズクが横に棒を立てる。
「逆から」
反対側から、ゆっくり木刀を振る。
シズクが棒を立てる。
「上から」
振り下げる。
シズクが棒を横のまま、上に上げる。
「全部受けられる」
「突きはどうするの?」
「どっちかの足を前に止めたまま引くだけです。すると・・・」
マサヒデが右足を支点に、半円に左足を引く。
身体が横になり、完全に突きの線から外れる。
「ね。やってみましょう」
マサヒデがゆっくり木刀を突き出す。
シズクが足を引く。
突きは外れて、マサヒデの横に棒がある。
「おお! こうか!」
「そう。で、棒がここにあるから」
「ぶっ叩くんだ!」
「違う。そのまま更に回る」
「回る? こう?」
マサヒデが棒に押され、背中を向けたまま押されていく。
「お、おお!」
マサヒデが顔だけ振り返って、
「そう。突きを出してきたら、相手を完全に崩せる。
普通ではそうそう反応出来ませんが、シズクさんなら出来る守りです」
「そうだったのか!」
マサヒデが苦笑しながら体勢を戻して、
「貴方、冒険者さん達相手に、普通にやってるでしょうに」
「あれ、そうだっけ?」
「そうです。頭で理解出来ましたね」
ぱあ、とシズクが顔を輝かせ、
「出来た! 分かった、こうやってたのか!」
「で、今の突きを躱す動きにはもうひとつ」
「うんうん!」
「前の立ち会いで、ジロウさんは貴方が突きを出した時、引くのに合わせて跳び込んで来ましたね。で、小手を取られた」
「うん」
「さ、棒を突き出してみて」
シズクが棒を突き出す。
棒の横に、マサヒデがぴったり立つ。
木刀を振り上げ、
「こういう状態でした」
「だね」
「このままだと、棒を引いても小手が取られる。
何とか躱せても、相手は内側。切り返しでやられる。
棒は引かず、さっきみたいに回って」
ぐっとマサヒデが横に押され、木刀は宙を斬る。
「おお!」
「で、そのまま戻る。棒を元の位置に戻しながら」
シズクが身体を戻していくと、棒がマサヒデの前。
「はい、この通り。一本です」
「お、おおー!」
ぷ、とカオルが笑う。
マサヒデも笑って、
「これ全部、冒険者さん相手にやってますよ」
「え? あれ? そうだっけ?」
「そうですよ。痛めつけないようにって、攻めを控えてるから、自然に出てるんですね。既に貴方は、守りをほとんど身に付けてます」
がらん、と棒を落とし、シズクが手を見つめ、
「そ、そうだったのか・・・私、守り出来てたんだ・・・」
手を見つめて震えるシズクを見て、くすくすとカオルが笑う。
「ふふ。もう身体に染み付いてるようですね。
別に考えなくとも、ただ守ろうって反応すれば出来ます」
「うん、うん! これなら出来る! 全部、出来た!」
「もうひとつ、シズクさんじゃないと、出来ない守りがあります」
「何々!?」
「これは秘密にしておきましょう。これ以上は教えすぎになります」
「やっぱりそうなの!?」
ふ、とマサヒデが笑い、
「シズクさんの守りは、完全な攻防一体、と言う事です。
では、カオルさん」
「は!」
カオルがシズクの前に立つ。
「シズクさん。カオルさんの攻撃を全て受けなさい。
出来れば、ジロウさんの攻めも何とか出来る」
「カオル相手に、全部!?」
「そうです。無願想流なら、小太刀でも貴方を斬れる。
骨までは無理かもしれませんけど、深くはいけます。
しかし、貴方の本来の得物は鉄棒」
「うん」
「刀くらいならともかく、いくら何でも、あれは斬れません」
「ああっ!」
そうだ! カゲミツが言っていた!
カゲミツでも、シズクの棒は斬れないと!
棒は本来、守りに強いと!
「カオルさんの攻めを全て躱せるなら、貴方は鉄壁です。
離れた時に、安全な所から棒を突き出すだけで、いつかは当たる。
突きを出して来たら、さっきのように押してしまえば崩せて一本。
飛び込んで来ても、同じように押してしまえば崩せて一本」
「よし! よおし!」
マサヒデが頷いて、カオルの方を見る。
「カオルさん。さっき言った事、覚えてますね」
「はい」
カオルが口の端を上げて頷くと、マサヒデも小さく笑う。
「では、稽古を始めます。構えて」
「むん!」
「・・・」
シズクが中段に構え、カオルが正眼に構える。