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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十一章 シュウサン道場、再び
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第560話


 翌早朝。


 さらりと奥の間の襖が開く。

 危惧した通り、家中が酒臭い。

 む、とマサヒデが顔をしかめる。

 今回は大して呑まなかったので、自分も酒臭い、などという事はないはず。


 木刀をもって居間の前を静かに歩いて行くと、シズクがのっそり起き上がって、ふわあー、と口を大きく開け、両手を挙げて身体を伸ばす。


「おはようございます」


「をふぁおーう」


「まず、湯に」


「はいはい」


 目をこすりながら、シズクがごそごそと荷物から稽古着と手拭いを出す。

 湯からそのまま素振りに来るのだ。

 マサヒデが横を歩いて、転がしてある素振り用の刀を拾う。


「あや?」


 と、シズクがマサヒデの木刀を見て声を出す。


「ん?」


「今日は木刀?」


「ええ。今日、明日と、明後日の朝は、立ち会い稽古をしましょう。

 素振りは時間が余ったらやります」


 言いながら、素振り用の刀は縁側に置く。

 シズクがにやにや笑いながら、


「ほほーん」


 と、シズクが顎に手を当てる。

 喋っていると、カオルも出て来た。


「おはようございます」


「おっはよー」


「おはようございます。カオルさん、木刀を持って来て下さい」


 ぴく、とカオルが眉を小さく上げる。


「今日、明日、明後日の朝は、立ち会い稽古です。

 せっかく掴みかけた所ですが、素振りは時間が余ったらです。

 まずは、目前のジロウさんとの立ち会いに向けて」


 カオルが小さく口の端を上げ、


「分かりました」


 と、部屋に戻って行く。


「シズクさんも、早く湯に行って下さい。

 早くと言っても、ちゃんと酒臭さは流して下さいよ」


「はいはい!」


 うきうきしながら、シズクが出ていく。

 あの様子、完全に臆病さは抜けたようだ。

 頷いて、マサヒデも庭に下りる。


 ぎゅ、と木刀を握ると、久し振りの感触。

 素振りで真剣、訓練場では竹刀と、木刀の出番がなかった。

 ひゅ、と1回振って、にやっと頷く。


 カオルが縁側に刀を置いて下りてくる。

 マサヒデの前に立ち、頭を下げる。


「さっき、立ち会い稽古と言いましたけど」


「はい」


「ちょっと難しい稽古にします」


「と言いますと」


「今回は、ジロウさんの技術を盗みに行きます。

 出来る限り、振らせて、手を出させ、盗みましょう」


「盗み」


 にや、とカオルが笑う。

 マサヒデもにやにや笑いながら、


「ふ、ふふふ。盗みだなんて、言葉が悪かったですね。

 互いに切磋琢磨ですよ。互いに、ね。

 ジロウさんだって、そのつもりです。

 カオルさんも、私がジロウさんと立ち会う時は『見る』つもりですよね」


「当然です。見て学ぶのも稽古のうち」


「見るよりも、身体で学べば、尚早い」


「ふふふ」


「かと言って」


 ぽん、とマサヒデが木刀を手に置く。


「あのジロウさん相手にそれは難しい。

 ぐっと伸びているはずです。

 前回と全く変わらなかったとしても、難しいでしょう。

 コヒョウエ先生も、楽しみにしていると言っておられました。

 ふらふらしているようですが、ジロウさんに所々稽古をつけているかも」


「ジロウさんのお話では、まだかまだかと、随分と焦れておられるご様子」


「そこまで楽しみにしておられますか。

 かも、ではなく、まず稽古を付けていると見た方が良いですね」


「私もそう思います」


「コヒョウエ先生は、無願想流など知らないと言っておられましたが・・・

 例え知らなかったとしてもです。

 シズクさんの言う通り、あの身軽さで動くのなら、無願想流と大差はない」


「はい」


「必ず、ジロウさんの形を崩さず、要所要所だけ的確に・・・

 父上か、父上以上の稽古をつけておられるはず。

 父上は、コヒョウエ先生の教えがあって、今の強さがあるのですから」


「カゲミツ様か、それ以上の教え・・・」


 カオルもカゲミツの教え上手は身を持って知っている。

 同じか、それ以上の教え上手。

 あのジロウがどれだけ伸びただろう。


「真剣勝負ではないのです。

 立ち会いの勝ち負けなど、いりません。

 今回は『多く盗んだ方が勝ち』です」


「は!」


「その為には・・・」


 ぽん、とマサヒデが木刀を置く。


「基本は、冒険者さん相手と変わらない。

 こちらは手を抜いて、相手に手を出させる。

 ですが、コヒョウエ先生も、ジロウさんも、並の手抜きではすぐバレる。

 コヒョウエ先生は笑うでしょうが、ジロウさんは怒るでしょうね」


「はい」


「ぎりぎりです。ぎりぎりの所。9割8分。

 1分で手を出させ、1分で躱す。

 ジロウさんを危機に追い込む!

 このままではやられる! ぎりぎりで躱せた! 今だ! そこを躱す!

 ・・・と、このくらいで出る手でないと、盗む事もないでしょう。

 これを繰り返し、盗むしかない」


「難しいですね」


「ええ。出来る限り長く立ち会い、出来る限り手を出させる。

 それも、睨み合いになどなってはいけない。

 打ち合いにならなければ、盗めない。

 少しでも変だと悟られてもいけない。

 これは難しいですよ」


「はい」


「最初にシズクさんを出させます。

 都合良く、シズクさんは守りを考えるようになりました。

 その様子を見て・・・どこまでか、目安が付けば良いのですが・・・

 何か盗めるものも出るかもしれませんし」


 ちら、とカオルがギルドの方を見る。


「シズクさんには、今回は守りを鍛える良い機会、と伝えましょう。

 騙すようですけど、実際そうですし」


 マサヒデが頷く。


「ジロウさんの打ち込みをどこまで捌けるか。

 こう課題を与えれば、頑張ってくれるでしょう。

 シズクさんは、守りの技術も、並大抵ではありません。

 適当に手も出して頂ければ、尚良しです」


「はい」


「では、私とカオルさんの稽古の方針。

 出来る限り私に手を出させ、出来る限り長引かせて下さい」


「あの、お言葉ですが・・・」


「何でしょう」


「ご主人様が手を出したら、まず一本かと」


「全力で打ち込むのではなく、私に手を出させる所まで。

 9割8分の、ぎりぎりの誘いの手。

 そして何とか躱すんです。

 こういう騙し合いこそ、忍の本領ではありませんか。

 あなたは武術家ではなく、忍なんです」


 ぐ、とカオルが痛い所を突かれ、言葉に詰まる。


「・・・仰せの、通りです」


 マサヒデは少し悔しそうな顔をして、


「正直に言って、私には盗めるほど、長引かせられる自信はありません。

 どれだけ頑張っても、すぐに次の一手で決まる、という形になるはず。

 アルマダさんも、そうなると思います。

 カオルさん。私達が強くなるための鍵は、貴方です。

 失敗すれば、ジロウさんが強くなるだけで、我々に得られる物はない」


 ずしん! とカオルの背中に重い物を乗せられた。

 自分だけでなく、マサヒデの剣の命運を乗せられたのだ。


「ここでひとつ考えが」


「お聞かせ下さい」


「二刀で無願想流。いけますか」


「む・・・」


「もう、ある程度は慣れてきたと思いますが・・・

 さすがに打太刀は無理でしょうが、小太刀では如何でしょう。

 無願想流で二刀、出来そうですか」


 片手であの振り!

 出来れば、確かに強い。守りにも固くなれる。

 今の無願想流でも、ぎりぎりアルマダに勝てる。

 二刀が可能なら、アルマダにも、もしかしたら、マサヒデにも。


 だが、すぐに出来るか?

 3日後。

 付け焼き刃になりそうだが、二刀も練習してきたのだ。

 やってみれば、意外とすぐに馴染むかもしれない。

 これが出来れば。


「ひと勝負だけ、試させて下さい。

 実際に振ってみねば分かりません」


 マサヒデが頷く。


「では、稽古用の小太刀とナイフを持ってきます」


「頼みます」


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