第558話
シュウサン道場前。
(うむ)
懐の中の手紙を確認。よし。
黒影から降りて、門を開ける。
道場の中に人の気配。
玄関の前に立ち、軽く埃を払って、がらりと開ける。
「失礼!」
少し待つと、門弟が出て来た。
確か、コメタロウと言ったか。
門弟が正座して、
「こんにちは。シュウサン道場に、如何なご用件でしょうか」
「私、マサヒデ=トミヤス様の内弟子のカオル=サダマキです。
ジロウ=シュウサン様に、マサヒデ様よりお手紙を預かって参りました」
マサヒデの名を聞いて、あ! と門弟が顔を変える。
「トミヤス様のお弟子様で! これは失礼を!」
「いえ、弟子にさせて頂きましたのは最近ですから。手紙はこちらです」
懐から手紙を出して、門弟に渡す。
「お返事は必要でしょうか」
「3日後、お約束の稽古に参りますが、此度はコヒョウエ先生もご覧になりたいと聞いております。ご都合が良いかどうか、分かりますでしょうか」
「大先生は、今こちらには居られませんが、大丈夫だと思います。
ジロウ先生にお伝えして参りますので、しばしお待ち頂けますでしょうか」
「は」
カオルが頭を下げると、門弟が入って行く。
すぐにジロウがばたばたと出て来て、カオルの前に座った。
ん? と一瞬顔を変え、
「お待たせしました。あなたは確か・・・そう、先日のパーティーで」
「は」
カオルが、ちら、ちら、とジロウの後ろを見て、小さく笑い、
「二刀の忍と言えば、お分かりになりますでしょうか」
にこ、とジロウが笑い、
「ああ、何か似た感じがすると思いました。
そうですか、姿を変えたのですね」
「今はこの姿で、マサヒデ様の内弟子という形です」
ジロウには話しても構わないだろう。
『似た感じ』と言われた。
どうせ、すぐに看破される。
「なるほど。内弟子とは考えましたね。凛々しいお姿になられました」
「ありがとうございます」
「3日後ですね。父上には伝えておきます」
「お世話をかけます。ひとつ、ご質問というか、確認したい事があります」
「私に分かることでしたら」
「私も、マサヒデ様も、まだ2000回振れません。
なんとか、50回に数回です。
それでも顔を出して宜しいでしょうか」
「え」
ジロウが少し驚いて、
「もう、振れますか? 50回に、何度か?
まだ、何日も経っていませんが」
「はい。何とか掴めてきた、という所です」
「もうですか?」
「私もマサヒデ様も、無願想流をかじっております。
感覚的に近い所がありますので、何とか」
「ううむ、そうですか。近いものが・・・なるほど、そうでしたか」
ジロウが頷く。
「ですが、ハワード様は得物の違いもあり、少々てこずっておられます。
出来ない事はなさそうですが、数年はかかりそうだ、と。
それで、さすがに何年も待って頂くのも、という訳ですが・・・
お許し下さいますでしょうか。まだ早いでしょうか」
「お待ち下さい。出来ない事はない、と?」
「はい」
「そう、仰られましたか。ううむ・・・」
ジロウが腕を組んで唸る。
おかしな所でもあったのだろうか?
「何か?」
は、とジロウが顔を上げ、
「あ、いえ。剣ではとても無理だと考えておりましたもので」
カオルも頷いて、
「私も無理だと思いましたが、見つけた振り方は合っていると思います。
どんな難しい技術であろうと、理が分かれば、後は出来るようにするだけ。
以前、三傅流の方にそう言われました」
「三傅流というと、あの森戸三傅流ですか?」
「はい」
「あれは怖ろしい抜き打ちをしますが、まさか」
「はい」
カオルが玄関から少し下がり、さ! とモトカネを抜く。
「おお!」
ジロウが身を乗り出す。
「まだまだ、練習中ですが・・・」
と、鞘から刀を迎えるように納刀。
「それは! それは確かに三傅流!」
「教えて下さいました方は、何と鞘から刀を投げて抜いておりまして。
私も開いた口が塞がりませんでした」
「そこまで出来る方が居られたのですか!?」
「はい。職人街の、イマイ様という研師の方です」
「研師のイマイ様というと、あの、パーティーの時に居られた?
トミヤス殿の、あの脇差を研いだという方ですか」
「はい。あの方は、三傅流の使い手です。
ご興味があられましたらば、是非一度。
ご存知の通り、研ぎの腕も一流の方です。
見学自由との事で、研ぎの依頼が無くても構わない店ですので」
「ううむ・・・」
あ、とジロウが顔を上げ、
「これは失礼しました。話が逸れてしまいました。
振れようと振れまいと、私は全く構いません。
父上も特に何も言わないと思います。
ここに来ると、まだかまだかと言っておられますし。
万が一、父上が何か文句を言うようでしたら、私がそちらへ参ります」
カオルが深く頭を下げ、
「ありがとうございます」
と、礼を言った。
ジロウも頭を下げ、
「こちらこそ、ありがとうございます」
2人が頭を上げ、
「お手紙の方は、まだ?」
「あ、いや、ええと、これは失礼を。
お返事をお待ちと聞き、慌てて出てきたもので」
ジロウが懐から手紙を出す。
まだ封が開けられていない。
にこ、とカオルが笑い、
「いえ、構いません。
中に書いてあると思いますが、此度は、マツ様とクレール様も来たいと」
「え」
ぽかん、とジロウが口を開ける。
「マサヒデ様から、良い振り方を教えてもらった礼、という事で。
腕利きの純粋魔術師2人、コヒョウエ先生にも、是非ともご覧頂きたく」
「マツ様というと、確か、人の国では三指に入るお方では」
「はい」
「クレール様は、あの虎を出しておられた」
「はい」
「あのお二方が、来られるのですか!」
「お二方の稽古の参加が無理でしたら、せめて見学だけでもお許しを頂けますとありがたいのですが、如何でしょうか」
ジロウがぶんぶん手を振り、
「とんでもない! このような機会、滅多にありません!
こちらからお願いします!」
「ありがとうございます。
魔術となると、道場が壊れないか、ご懸念があるかと思います。
しかし、マツ様には、壊れた物を元に戻す魔術がございます。
その点は、ご安心下さい」
「そのような術まで・・・」
カオルがにっこり笑って頷き、
「それでは、3日後。昼過ぎに参ります。
よろしくお願い致します」
カオルが頭を下げると、ジロウも背を正して、
「父上共々、お待ちしております」
と、手を付いて頭を下げた。
カオルが頭を上げて、
「それでは、本日はこれにて。失礼致します」
カオルが振り向き、はさ、と長羽織を流して、笠を被りながら出て行った。
見送りながら、ぶる、と小さく身体が震える。
ジロウの胸が高鳴り、顔がにやけてくる。
これは武者震いだ!
「コメタロウ!」
「はい!」
ばたばたと門弟が出てくる。
「すまんが、今すぐ父上の所に行ってくる。今日の稽古は終わりにしよう。
3日後、楽しみにしていてくれ。きっと、凄い物が見られるぞ」
「はい!」
ジロウがさっと立ち上がり、着替えに戻る。
「3日後か! 待ちきれないな!」