第537話
街道を馬車がゆっくり走って行く。
馬車の中で、ラディ、ホルニ、イマイの3人が興奮した顔で語り合っている。
「いや、凄かったですな!」
「はい!」
「凄かったね!」
うんうん、と3人が頷き合い、手を見つめる。
「興奮冷めやらぬとは、この事か! この手に、レンサイが・・・」
「サダスケ・・・ヨイチ、サダスケ・・・」
「ウジカネだったよ・・・ねえ! ウジカネ・・・
長銘だったよ。フギ之国住人ウジカネ! 長銘ってだけでも珍しいのに!」
ラディが顔を上げ、
「イマイさんはフギ伝が好きなんですか?」
「何言ってるの? 全部だよ、全部!」
まあ、こう返ってくると分かっていた。
「ラディちゃんはキホ伝が好きでしょ?」
「はい」
なに? とホルニがラディを見る。
「お前! 俺はミカサ伝だぞ!」
「存じております」
「よくも父親の目の前で言えたな! ここは嘘でもミカサ伝って言え!」
「あははは!」
イマイがげらげらと笑う。
「嘘は嫌です」
「くそ! なんて娘だ!」
ふん、とホルニが窓の方を向く。
「キホは最近になってから好きになりました」
「ああー! そりゃそうか! 雲切丸見ちゃったもんね!」
「はい」
「そりゃあ仕方ない! 仕方ないね!
ホルニさんも仕方ないと思うでしょ?」
「・・・」
むっつりとホルニは窓を向いたまま。
くす、とイマイが笑って、
「キホは肉が厚くて斬れないとか、抜けが悪いって言うけどさ、関係ないよね。
どの伝だろうが刀工次第! 酒天切も雲切丸もキホだもん。
ホルニさんのも形は違うけど、厚いもんね。でも、猪斬っても瑕ひとつ!」
「私も、刀工次第だと思います」
「でしょ? だから、僕は全部好きなの! 特別ここだっていうのはないんだ。
つまり、ラディちゃんも本当は全部好きって事だよ」
「・・・そうでしょうか?」
「そうそう。最近になってからって、きっと、キホの魅力に気付いただけ。
それで、何か特別好きになっちゃったって勘違いしてるだけだよ」
「はあ・・・」
ふふん、とイマイが笑って、
「だって、どこの奴見ても大興奮してるじゃないか」
「むっ」
「使うとしたらこれっていうのは、勿論あるよ。
でも、それと好きかどうかはまた別。
僕だったら、使うならフギのかな」
「何故?」
「安いから」
くす、とラディが笑う。
「笑う所じゃないよ。今のフギ伝の作って、値段の割に良いんだから。
ミカサ伝は勿論良いけどさ、まともなのって、高いんだこれが!
作り方がすごく難しいからさ!」
「そうですか」
「そうだよ。お父さんはそんな難しい伝の人なんだから、もうちょっと、ね?
優しくしてあげてよ! あはははは!」
「はい」
「ふん・・・」
ホルニはむっすりと窓を向いている。
「ところで、お父様」
「なんだ」
「ミツクニは良かったのですか?」
「また来るからな」
「ですよね! また来ますよね!
何が眠ってるんだろう!? 特別なのって、何があるんだろう!?
楽しみで仕方ないよー!」
「ふ」
ラディが小さく笑う。
「『特別な物』は、他にあるではありませんか」
「あ! ああーっ!」
は! とホルニとイマイがラディの方を向く。
「そうだよ・・・三大胆、魔神剣・・・あったじゃん・・・」
「ぬかった!」
くす、とラディが笑う。
「もっと凄い物が」
「ああっ!」
真・月斗魔神・・・
これぞ真の剣、真の刀。
刀剣の頂点、『真』の称号を得た刀。
月斗魔神は何振かあるが、個人蔵は世界で唯一人、カゲミツだけ。
その中でも頂点の刀・・・
「私は以前、見ました。触る事が出来ました」
ぐ! とイマイが身を乗り出し、
「えっ! どう!? どうなのあれ!?」
「柄を握ると、手が温かく」
ラディが手を見つめる。
「あれが、無限の力を与えてくれるという、力・・・だったのでは」
「ほんと!?」
ラディが頷いて、
「クレール様は、あれを持って走ってみたそうです」
ぎょ、とホルニとイマイが目を見開いて、
「ええーっ!? 危ないじゃない!?」
「あ、いえ。抜かずに、鞘に納めたままですが」
「あ、ああ、そうか。いや、そりゃそうだよね。で、で?」
「ドレスで庭中を駆け回ったそうですが、全く疲れず、息も切れず、足も痛くならなかったと」
「本当なんだ・・・」
こくん、とラディが頷いて、
「私は3寸だけ抜いて、拝見させて頂きましたが、色が変わりました」
「・・・じゃあ、振ると・・・」
「おそらく。どんな物でも・・・」
ごくっとホルニとイマイが喉を鳴らす。
「魔神剣も、それは恐ろしい物だったそうです。
私は月斗魔神を見て卒倒してしまったので、見られなかったのですが・・・
マツ様とクレール様は、間近で見ておられたそうです」
「どんなだ?」
「庭石にがんがん叩きつけても、瑕ひとつなく。
天に掲げると、雲が渦巻いて、刀に雷が落ちたそうです。
次に、刀を巻藁に向けると雷が飛び、巻藁が跡形もなく弾け飛んだとか」
「ううむ・・・」
「あれほどの雷の魔術は、マツ様でも無理だそうです。
まるで、魔王様の魔術のようであったと」
「それほどか」
ラディが真剣な顔で頷き、
「それほどの力を持った作を扱えるカゲミツ様・・・
良い作を見せてもらったことは、とても嬉しいです。
でも、私は、そんなカゲミツ様に認められたという事が、もっと嬉しい」
うむ、とホルニとイマイが頷く。
「そうだな」
「うん。僕達、そんな人に認められたんだ」
ラディはホルニ、イマイと順に顔を見て、
「しかし・・・お父様とイマイさんは、腕を認められました。
私は、まだです。まだ、期待されているだけです。
必ずや、この目で見られるようになってみせます」
「当然だ。俺の代で無理でも、お前が必ず作れ」
「お父様に作って頂きます」
「僕が生きてるうちに頼むよ? 研がせてよ?」
「ふふ。努力はします」
「結果を出せ。無駄な努力にするな」
「はい」
「ふふ。楽しみじゃないの! 出来たら、カゲミツ様、どんな顔するかな!」
にやにやしていたイマイが、あっと顔色を変え、
「そ、そうだ! 魔神剣とか月斗魔神は無理にしてもですよ!
分からない金属使ってるし、魔力異常の所で寿命削って打ってますし。
でも、三大胆はどうです!?」
は! とホルニがイマイに顔を向ける。
「む! そうか、三大胆なら可能性はある!」
イマイが顎に手を当てて眉を寄せ、
「まあ、魔力が籠もった鉄は、まず使ってるんでしょうけど・・・
打ち方が分かれば、同じのは無理にしても、近いのが打てるかもしれない。
何かの霊が宿ってるとか、呪いみたいなのだと、どうしようもないけど」
「ううむ・・・」
「意外と刀身自体は何の力も無くて、金具とかに力が、とか・・・
磨り上げてるから、鞘は変えたはず。
鞘の方じゃないですよね。鍔とか、切羽とか・・・も変えてあるか。
いやでも・・・落ち着いて考えてみると、色々可能性が出てきまよね」
ぶんぶんとホルニが首を振り、
「いや! あの輝きは異常でした! 私は刀身と見ます」
「・・・両方の可能性、あると思いません?」
「む! むう、そうか、それはあり得る・・・」
ホルニとイマイは頭を抱えたが、
「私が見られるようになれば、全て分かります」
と、ラディが眼鏡を外して拭く。
「む? うむ。そうだったな。頼むぞ!」
「頼むよ! 新しい三大胆、君の目で!」
「必ず」
燃える3人を乗せ、がらがらと馬車が街道を走っていく。