第536話
トミヤス道場、本宅。
ラディ、ホルニ、イマイは昼餉を済ませると、そそくさと蔵に入って行った。
いつもなら、ここで一服してから午後の稽古。
シズクは遠慮なく、ごろんと寝転がっている。
休憩後、1刻程、稽古に参加して、町に帰るのだが・・・
「おい。シズクさん、道場行くぞ」
寝転がったシズクの背中を、カゲミツがこつん、とつま先で蹴る。
「え?」
あれ、とシズクが首を回して、見下ろしているカゲミツを見る。
「いいから。ほら行くぞ」
「はあーい」
シズクが立ち上がるのも待たず、すたすたとカゲミツが出ていく。
(あっ! やったね!)
カゲミツの背中に見える、ちょっとだけ真面目な空気。
これは、何か教えてくれるかも!
慌ててシズクもどすどすと廊下を早足で歩いて行く。
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門弟は休憩中で、ほとんど飯を食いに出て行った。
数人、素振りをしている者や、何か書いている者、本を読んでいる者。
カゲミツが入って行くと、皆が手を止めて礼をする。
「好きにしてていいぞ。まだ休憩時間だ」
「「「はい!」」」
素振りをしている者達に、
「すまんが、ちょっと開けてくれるか。今からシズクさんに稽古つけるから」
皆がカゲミツを見て、入って来たシズクを見る。
さ、と素振りをしていた者達が壁際に座り、書見をしていた者達も本を置く。
「シズクさん、棒持ってきて。あんたの」
「私のって、あの鉄の? 真剣?」
「そうだ」
門弟達がぎょっとしてカゲミツを見る。
あんな物を道場の中で振り回すのか!?
シズクも慌てて、
「ちょっと、カゲミツ様、道場の中じゃまずくない?
空振りでもして、床とか壁に当たっちゃったら」
「がたがた言わずに持って来い」
き、とカゲミツがシズクを見る。
(やべえ!)
どきっとして、シズクが駆け出して行く。
「はい! すぐに!」
どたどたとシズクが外に置いてある鉄棒を取りに出る。
門弟達も顔を青くしている。
壁や床どころではない。シズクの棒は鉄張りではなく、総鉄製。
万が一、自分達に掠りでもしたら・・・
「ふう」
カゲミツが小さく息をついて、壁に掛かっている木刀を取る。
ばたばたとシズクが駆け戻ってきて、
「お待たせしました!」
と、カゲミツの前で頭を下げる。
「良し。お前さん、斬られたくねえんだろ」
「は、はい」
「今から打ち込むから、全部受けろ。変に流さなくてもいいぞ。
手加減するから、全部受けてみせろ」
「い!?」
カゲミツは手加減しても、木刀でシズクを一撃で道場の隅まで叩き飛ばせる。
だらだらとシズクの顔から汗が吹き出てくる。
「構えろ」
「・・・はい・・・」
シズクがぴたりと鉄棒を中段に構える。
あの棒を構える事が出来るというだけでも、十分な脅威だが・・・
顔を蒼白にした門弟達が、じりじりと2人から遠ざかっていく。
「いくぞ」
かん! と音がして、カゲミツの木刀が止められ、シズクが仰け反る。
鼻先で、切先がぎりぎり止まっている。
「受けたな」
「・・・」
ごく、とシズクが喉を鳴らす。
ぎりぎり反応出来る所まで、手を抜いてくれた。
「よし。この木刀が真剣だったら、どうなった?」
「えと、折れてたか、曲がったかも」
「その通りだ。分かったか?」
「え? ええと?」
「マサヒデは甲冑も斬れるが、この鉄棒は斬れると思うか?」
「それは・・・マサちゃんでも無理じゃあ・・・」
カゲミツは木刀を引いて、ぽん、とシズクの鉄棒に手を置いて、
「俺でも、普通の刀じゃ、あんたのこの棒は斬れやしねえんだ。
お前さんなら、振ってくるのを受けるだけで、どんな得物も壊せる。
筋が見えてれば、鉄砲の弾だって怖かねえ。
どうだ? ここまで言えば、分かるだろ?」
あ、とシズクも棒を引いて、頷いた。
「わ、分かった! そうか! そういう事か!」
ぱあっと顔を明るくして、シズクがうんうんと頷く。
カゲミツも厳しい顔を緩めて、
「そうだ。あんた、元々身体が丈夫だし、勘も飛び抜けて良いから、まともに守ろうとしやしねえ。でも、受ける技術は、今の通り十分あるんだ。使えよ」
「はい!」
「棒って得物は、元々が守りに固い得物なんだ。分かったな」
「はい!」
「あ、それと・・・変な力もった得物には気を付けろよ。
受けたと思ったらばっさりとか、目の前で火が上がったりとかな。
そういうのは余裕もって離れて、受けないようにしろ。棒は長いんだ」
「分かりました!」
「よし。俺の教えは以上だ。ま、色々練習してみろよ。
棒術の色んな流派の本もあるからよ。貸してやる」
すたすたとカゲミツが歩いて行き、壁に木刀を戻す。
「ありがとうございました!」
シズクが、ばっ! と頭を下げ、大声で礼を言う。
たった一振り。
だが、この一振りで、シズクの曇りがひとつなくなった。
(やっぱり、カゲミツ様は丁寧に見てくれてるんだ!)
マサヒデの言っていた通り、カゲミツは教え上手だ。
相手の動きを、全部見て教えてくれる。
技術があるのに、使おうとしていなかった自分。
持っている技術を、知らずに曇らせていた自分。
マサヒデの言っていた通りだ。
磨いて見えるようにすれば、それで良かったのだ。
今、カゲミツが、その曇りを大きく晴らしてくれた。
カゲミツがすたすたと頭を下げたままのシズクの横を通り過ぎ、
「休憩中、すまなかったな」
と言って、がらっと戸を開けて道場を出て行った。
シズクが顔を上げて、ぼーっと立っていると、道場の縁側の外を、カゲミツが歩いて行く。
カゲミツが通り過ぎて行ってから、門弟達も立ち上がり、素振りを始めた。