第534話
山積みの刀から、1本取って抜いたラディが、う! と目を見張る。
恐る恐る目釘を抜いて、とん、と手首を叩き、柄から刀身を抜く。
ちゃら、と切羽の音。
切られた銘を見て、ああ! っとラディが声を上げる。
「お父様! イマイさん!」
「どうした!?」
「何々!?」
そー・・・と茎を見えるように2人の前に出し、
「サっ・・・サネマサ・・・」
「何!?」「うっそ!」
サネマサ!
戦乱期、この国の猛将の愛槍を打った刀匠。
彼が打った槍は「勝虫切」と言われ、幾度も戦場に立った槍は、刃毀れひとつなく、天下参本槍のうちの1本として現在は国宝、国庫に保管されている。
しかし、謎多きこの刀匠には、不明な所も多い。
シロヤマ派の1人で、首都に移住してきた。
マサムラ一門の1人で、首都に移住してきた。
シロヤマ派の1人が首都に移住、その後、現地で育てた弟子。
トヤマ派の槍の一派、文殊派の末裔。
・・・と、出自も不明。記録もまちまちで、没年も不明。
2代までは続いたのは判明しているが、以降は不明。
同じ代のサネマサが打った作と言われるものでも、作風や銘まで違うなど、1人だったのか派閥だったのかもはっきりせず、真贋の区別も難しい。
同名の刀匠がいるので、この国のサネマサは『文殊サネマサ』と呼ばれる。
「文殊か!?」
「いえ・・・私には分かりませんが」
「鑑定書はあるの!?」
「ありませんが、銘を見て下さい。
錆具合は、後代に切った偽銘ではないかと」
「ううむ・・・」
地金が細かく詰んで、匂いが深い。
が・・・しばらく3人が無言で刀を見ていると、イマイが眉をひそめ、
「誰が研いだんだこれ。真っ白じゃないか」
「え」
「いやね、美術研にしてもこれはちょっと。いや、ぱっと見は綺麗だけどさ。
肌が面白くないよねー。こういう研ぎ。しらけるよね。駄洒落じゃなくて。
いや、じゃ研ぎ直しってのも研ぎ減りするからあれだけど、これはないな」
「・・・」
ラディとホルニがイマイを見つめる。
イマイは腕を組んで、顎に手を当て、不満そうな顔で刀に顔を近付ける。
「いや勿体ないなあ・・・この辺とかさ、いい肌出ると思うんだよ。
なんで? なんでこんな研ぎするの? 馬鹿なのかな?
誰が研いだんだこれ? 全然駄目。素人? 刀本来の美しさ、消してるね。
これ、自分がこう研ぎたいって押し付けてる研ぎ。分かるよね?」
イマイがぷんぷんしながらラディを見る。
「はあ」
生返事を返してホルニをちらりと見ると、ホルニも困惑顔。
「刀の研ぎって言うのはね、逆なんだよ。着せちゃ駄目。
刀本来の美しさに沿ってだ。そのまま、そーっと脱がせるだけなのよ。
そうだな、裸婦像とかと同じ感じ。分かるよね?」
「なんとなく・・・」
「すっごい良い刀なのに、研ぎでこんなに駄目になるんだよ。
これ、そういう意味では良いお手本。ちょっと貸して」
イマイがもぎ取るようにラディの手からサネマサを取って、指差す。
「ほら、この辺見て。細かい沸が出てるのに、全然見えなくなってる。ね?」
ん、とラディとホルニが顔を近付ける。
ゆっくりとイマイが角度を変えると、細かくきらきら光る沸が見える。
ホルニが目を細めて、小さく頷き、
「む、確かに」
「綺麗に見えれば美術研ぎじゃないんだよ。こういう研ぎはいけない。
見る楽しみが半分以下。全っ然駄目。却下。
サネマサがあの世で泣いてる姿が、もうはっきりと目に浮かぶね!
クレール様が見たら、絶対にサネマサが泣いてる」
ラディの膝の上にあった鍔や鎺を取ってさっと付け、柄に入れて鞘にしまう。
むん、とラディに両手に乗せて差し出し、
「悪い研ぎの勉強になったでしょ?」
「はあ」
受け取って横に置くと、イマイがふん、と鼻を鳴らして山から1本取り、
「こんなの楽しめない。次いこう、次」
と、ラディに次の刀を押し付ける。
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昼餉の時間。
カゲミツが蔵の入口に来ると、3人は入り口を背にして刀を見つめている。
表情は分からないが、時折、小さく頷いたり、指差したり。
「飯に来てくれ」
無反応。
カゲミツは苦笑して、
「喝ーッ!」
と、大声を上げた。
皆がびくっとして振り向く。
「ははは! 飯の時間だ! 少し休憩してくれ!」
「これは失礼を!」「はい!」「すみません!」
ホルニ、ラディ、イマイが頭を下げ、慎重に見ていた刀を鞘に納め、一礼して置き、立ち上がった。
少し申し訳なさそうな、未練がましいような、変な顔で蔵を出てくる。
カゲミツはにたっと笑って、
「ははっ! 楽しめてるようだな!」
「それはもう!」
「至福です!」
「最っ高ですよ!」
3人の目が輝く。
「さ、続きは飯を食ってからだ。行こうぜ」
じゃりじゃりと玉砂利を踏みながら、
「ホルニさんは何見てた」
「レンサイを」
「良いねえ! ラディさんは?」
「サダスケを見つけまして」
「おっ! サダスケか! どのサダスケだよ?」
ホキの国は滅亡前は刀の一大生産国で、刀匠も何千人と居た。
サダスケの銘を切る刀匠は、50人とも、60人とも言われる。
派閥のようなものだったのか、売るためにかは不明だが、誰も優秀だ。
その中でも、特に優れていると言われるのが・・・
「ヨイチです」
俗名のヨイチザエモンから、ヨイチサダスケと呼ばれるサダスケ。
末古刀の、ホキ伝の名刀匠だ。
「ほほう! ヨイチサダスケを見つけたか! イマイさんは?」
「やっぱりウジカネですよね」
「おおっ! よく見つけたな!」
「そりゃあ、一番上に、ほいっと乗っかってましたもの!
見た時は驚きましたよ!」
「ははは! ま、飯食ったら、時間まで好きなだけ見てってくれ!」
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トミヤス道場、本宅。
客間で、シズクが飯をがっついていた。
「あっ!」
ラディ達が客間に入ると、シズクが声を上げる。
「ラディ! ホルニさん、イマイさん!? なんでいるの? あ、注文?」
カゲミツが笑いながら、
「ははは! さ、皆、適当に座ってくれ」
と、促すと、ホルニ、イマイ、ラディと順に座る。
シズクが飯を頬張りながら、
「カゲミツ様、お先に失礼! お客さんって、ラディ達だったんだ!」
「そうだよー。うちの刀、どうしても見てえって言うからさ」
「刀ってあれ? カゲミツ様の、すごい綺麗な・・・」
ふは! とカゲミツが笑って、
「今日は見てる暇もねえだろ! うちには他にも結構あるのよ。
蔵にいっぱい放り込んであってよ、それ見に来たんだ」
「ああ! マサちゃんとカオルが言ってた! 蔵にいっぱいあるって。
そうか、それ見に来たんだ!」
「そういう事」
アキが皆の前に膳を並べていく。
茶を注いで、
「さあ、遠慮なく食ってくれ。いただきまーす!」
と、カゲミツががつがつと飯を食いだす。
「それでは」「頂きます」「いただきます」
シズクのお陰で、3人の緊張もなくなって、箸も進む。
カゲミツが飯を頬張りながら、
「ホルニさんはレンサイ見てたんだったな」
「はい」
「山の後ろ、見てねえだろ。箱がいくつか積んである」
「箱? 何か特別な?」
ふふん、とカゲミツが笑って、
「ちょーっとだけ、特別な奴がな。
忘れたか? パーティーの時、色々見れるって。
ミツクニとか、ミツユキとか・・・なっ! たしか、脇差だったけど」
う! と3人の箸が止まり、ぴたりと固まる。
「そういう、ちょっと特別かもってのは、山から分けてあるんだ。
ここの本宅にも何本かあるけどさ。
大刀は蔵にあったかなあ?」
どうだったかな、とカゲミツが首を傾げる。
ミツクニが蔵に放り込まれている!?
3人の背中を、ぞくぞくと何かが通り抜けていく。
ついさっきまで、そんな刀の目の前に居たとは!
「さすがに贈り物でもらう程度だから、大体はそこそこのだけどさ・・・」
にやっとカゲミツが笑い、
「名刀って言っても良いような奴も、あったりしてー!
まあ、山にもそういうの結構入ってるけど」
ホルニが恐る恐る、
「めいとう、ですか? 名前の名に、刀の、名刀?」
カゲミツが笑いながら、
「そうよ! 価値知らねえで贈ってくる馬鹿貴族がさあ、意外といるんだわ!
素人とか、かじった程度の奴がよ、中々では? なーんてさ! ははは!
こっちゃ大儲け! ま、売るにも、買い手探すのに困っちまうけど!」
シズクも驚いて、
「すっごーい! それって、マサちゃんのあれみたいな!?」
「いやあ、さすがにあの雲切丸には負けるかなあ。ちきしょう!
あの雲切丸なら、ここの刀蔵だよ」
カゲミツが苦笑しながら、たくあんを放り込む。
3人が汗をにじませて、カゲミツを見る。
あれだけあるのだから、他にも手に合う物は間違いなくあるはず。
この男の合格点は、一体どこなのだ!?