表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十章 アルマダとの稽古
534/758

第534話


 山積みの刀から、1本取って抜いたラディが、う! と目を見張る。

 恐る恐る目釘を抜いて、とん、と手首を叩き、柄から刀身を抜く。

 ちゃら、と切羽の音。


 切られた銘を見て、ああ! っとラディが声を上げる。


「お父様! イマイさん!」


「どうした!?」


「何々!?」


 そー・・・と茎を見えるように2人の前に出し、


「サっ・・・サネマサ・・・」


「何!?」「うっそ!」


 サネマサ!


 戦乱期、この国の猛将の愛槍を打った刀匠。

 彼が打った槍は「勝虫切」と言われ、幾度も戦場に立った槍は、刃毀れひとつなく、天下参本槍のうちの1本として現在は国宝、国庫に保管されている。


 しかし、謎多きこの刀匠には、不明な所も多い。

 シロヤマ派の1人で、首都に移住してきた。

 マサムラ一門の1人で、首都に移住してきた。

 シロヤマ派の1人が首都に移住、その後、現地で育てた弟子。

 トヤマ派の槍の一派、文殊派の末裔。

 ・・・と、出自も不明。記録もまちまちで、没年も不明。


 2代までは続いたのは判明しているが、以降は不明。

 同じ代のサネマサが打った作と言われるものでも、作風や銘まで違うなど、1人だったのか派閥だったのかもはっきりせず、真贋の区別も難しい。

 同名の刀匠がいるので、この国のサネマサは『文殊サネマサ』と呼ばれる。


「文殊か!?」


「いえ・・・私には分かりませんが」


「鑑定書はあるの!?」


「ありませんが、銘を見て下さい。

 錆具合は、後代に切った偽銘ではないかと」


「ううむ・・・」


 地金が細かく詰んで、匂いが深い。

 が・・・しばらく3人が無言で刀を見ていると、イマイが眉をひそめ、


「誰が研いだんだこれ。真っ白じゃないか」


「え」


「いやね、美術研にしてもこれはちょっと。いや、ぱっと見は綺麗だけどさ。

 肌が面白くないよねー。こういう研ぎ。しらけるよね。駄洒落じゃなくて。

 いや、じゃ研ぎ直しってのも研ぎ減りするからあれだけど、これはないな」


「・・・」


 ラディとホルニがイマイを見つめる。

 イマイは腕を組んで、顎に手を当て、不満そうな顔で刀に顔を近付ける。


「いや勿体ないなあ・・・この辺とかさ、いい肌出ると思うんだよ。

 なんで? なんでこんな研ぎするの? 馬鹿なのかな?

 誰が研いだんだこれ? 全然駄目。素人? 刀本来の美しさ、消してるね。

 これ、自分がこう研ぎたいって押し付けてる研ぎ。分かるよね?」


 イマイがぷんぷんしながらラディを見る。


「はあ」


 生返事を返してホルニをちらりと見ると、ホルニも困惑顔。


「刀の研ぎって言うのはね、逆なんだよ。着せちゃ駄目。

 刀本来の美しさに沿ってだ。そのまま、そーっと脱がせるだけなのよ。

 そうだな、裸婦像とかと同じ感じ。分かるよね?」


「なんとなく・・・」


「すっごい良い刀なのに、研ぎでこんなに駄目になるんだよ。

 これ、そういう意味では良いお手本。ちょっと貸して」


 イマイがもぎ取るようにラディの手からサネマサを取って、指差す。


「ほら、この辺見て。細かい沸が出てるのに、全然見えなくなってる。ね?」


 ん、とラディとホルニが顔を近付ける。

 ゆっくりとイマイが角度を変えると、細かくきらきら光る沸が見える。

 ホルニが目を細めて、小さく頷き、


「む、確かに」


「綺麗に見えれば美術研ぎじゃないんだよ。こういう研ぎはいけない。

 見る楽しみが半分以下。全っ然駄目。却下。

 サネマサがあの世で泣いてる姿が、もうはっきりと目に浮かぶね!

 クレール様が見たら、絶対にサネマサが泣いてる」


 ラディの膝の上にあった鍔や鎺を取ってさっと付け、柄に入れて鞘にしまう。

 むん、とラディに両手に乗せて差し出し、


「悪い研ぎの勉強になったでしょ?」


「はあ」


 受け取って横に置くと、イマイがふん、と鼻を鳴らして山から1本取り、


「こんなの楽しめない。次いこう、次」


 と、ラディに次の刀を押し付ける。



----------



 昼餉の時間。


 カゲミツが蔵の入口に来ると、3人は入り口を背にして刀を見つめている。

 表情は分からないが、時折、小さく頷いたり、指差したり。


「飯に来てくれ」


 無反応。

 カゲミツは苦笑して、


「喝ーッ!」


 と、大声を上げた。

 皆がびくっとして振り向く。


「ははは! 飯の時間だ! 少し休憩してくれ!」


「これは失礼を!」「はい!」「すみません!」


 ホルニ、ラディ、イマイが頭を下げ、慎重に見ていた刀を鞘に納め、一礼して置き、立ち上がった。

 少し申し訳なさそうな、未練がましいような、変な顔で蔵を出てくる。

 カゲミツはにたっと笑って、


「ははっ! 楽しめてるようだな!」


「それはもう!」

「至福です!」

「最っ高ですよ!」


 3人の目が輝く。


「さ、続きは飯を食ってからだ。行こうぜ」


 じゃりじゃりと玉砂利を踏みながら、


「ホルニさんは何見てた」


「レンサイを」


「良いねえ! ラディさんは?」


「サダスケを見つけまして」


「おっ! サダスケか! どのサダスケだよ?」


 ホキの国は滅亡前は刀の一大生産国で、刀匠も何千人と居た。

 サダスケの銘を切る刀匠は、50人とも、60人とも言われる。

 派閥のようなものだったのか、売るためにかは不明だが、誰も優秀だ。

 その中でも、特に優れていると言われるのが・・・


「ヨイチです」


 俗名のヨイチザエモンから、ヨイチサダスケと呼ばれるサダスケ。

 末古刀の、ホキ伝の名刀匠だ。


「ほほう! ヨイチサダスケを見つけたか! イマイさんは?」


「やっぱりウジカネですよね」


「おおっ! よく見つけたな!」


「そりゃあ、一番上に、ほいっと乗っかってましたもの!

 見た時は驚きましたよ!」


「ははは! ま、飯食ったら、時間まで好きなだけ見てってくれ!」



----------



 トミヤス道場、本宅。


 客間で、シズクが飯をがっついていた。


「あっ!」


 ラディ達が客間に入ると、シズクが声を上げる。


「ラディ! ホルニさん、イマイさん!? なんでいるの? あ、注文?」


 カゲミツが笑いながら、


「ははは! さ、皆、適当に座ってくれ」


 と、促すと、ホルニ、イマイ、ラディと順に座る。

 シズクが飯を頬張りながら、


「カゲミツ様、お先に失礼! お客さんって、ラディ達だったんだ!」


「そうだよー。うちの刀、どうしても見てえって言うからさ」


「刀ってあれ? カゲミツ様の、すごい綺麗な・・・」


 ふは! とカゲミツが笑って、


「今日は見てる暇もねえだろ! うちには他にも結構あるのよ。

 蔵にいっぱい放り込んであってよ、それ見に来たんだ」


「ああ! マサちゃんとカオルが言ってた! 蔵にいっぱいあるって。

 そうか、それ見に来たんだ!」


「そういう事」


 アキが皆の前に膳を並べていく。

 茶を注いで、


「さあ、遠慮なく食ってくれ。いただきまーす!」


 と、カゲミツががつがつと飯を食いだす。


「それでは」「頂きます」「いただきます」


 シズクのお陰で、3人の緊張もなくなって、箸も進む。

 カゲミツが飯を頬張りながら、


「ホルニさんはレンサイ見てたんだったな」


「はい」


「山の後ろ、見てねえだろ。箱がいくつか積んである」


「箱? 何か特別な?」


 ふふん、とカゲミツが笑って、


「ちょーっとだけ、特別な奴がな。

 忘れたか? パーティーの時、色々見れるって。

 ミツクニとか、ミツユキとか・・・なっ! たしか、脇差だったけど」


 う! と3人の箸が止まり、ぴたりと固まる。


「そういう、ちょっと特別かもってのは、山から分けてあるんだ。

 ここの本宅にも何本かあるけどさ。

 大刀は蔵にあったかなあ?」


 どうだったかな、とカゲミツが首を傾げる。

 ミツクニが蔵に放り込まれている!?

 3人の背中を、ぞくぞくと何かが通り抜けていく。

 ついさっきまで、そんな刀の目の前に居たとは!


「さすがに贈り物でもらう程度だから、大体はそこそこのだけどさ・・・」


 にやっとカゲミツが笑い、


「名刀って言っても良いような奴も、あったりしてー!

 まあ、山にもそういうの結構入ってるけど」


 ホルニが恐る恐る、


「めいとう、ですか? 名前の名に、刀の、名刀?」


 カゲミツが笑いながら、


「そうよ! 価値知らねえで贈ってくる馬鹿貴族がさあ、意外といるんだわ!

 素人とか、かじった程度の奴がよ、中々では? なーんてさ! ははは!

 こっちゃ大儲け! ま、売るにも、買い手探すのに困っちまうけど!」


 シズクも驚いて、


「すっごーい! それって、マサちゃんのあれみたいな!?」


「いやあ、さすがにあの雲切丸には負けるかなあ。ちきしょう!

 あの雲切丸なら、ここの刀蔵だよ」


 カゲミツが苦笑しながら、たくあんを放り込む。

 3人が汗をにじませて、カゲミツを見る。

 あれだけあるのだから、他にも手に合う物は間違いなくあるはず。

 この男の合格点は、一体どこなのだ!?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ