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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十章 アルマダとの稽古
532/759

第532話


 翌朝。まだ日が昇る前の暗い時間。


 ホルニ工房前に、馬車が止まる。


「・・・」「・・・」


 羽織袴のラディとホルニが、ちらっと扉に目を向ける。

 ラディがカウンターの上の急須を取り、ホルニの湯呑に茶を注ぐ。


(まさか寝坊か?)


 自分の湯呑にも茶を注ぎながら、扉の方を向く。

 時間より早く来て、まだかまだかとここで騒ぐかと思っていたが・・・

 イマイは朝はほとんど寝ているのだ。


「お父様。イマイさん、見に行ってきましょうか」


「少し待て」


 ラディが湯呑を取ると「あっ」と声が聞こえた。


「来たな」


「はい」


 2人が湯呑を置いて立ち上がって、ラディが菓子折りの箱を持つ。

 扉の方に歩いて行くと、


「おはようございまーす」


 と、小さく店の扉が叩かれる。

 扉を開くと、満面の笑みのイマイ。

 少し息が上がっている。


「おはようございます」


 ラディとホルニが小さく頭を下げると、イマイも頭を下げ、


「すみません、遅くなっちゃいましたかね?

 歩いてくる時、丁度、馬車が来ちゃって、慌てて走ってきたんですけど」


「約束通りの時間です。さ、馬車に乗りましょう」


「ああ、良かった!」


 もう一度頭を下げて、イマイが外に出て行き、そそくさと馬車に乗った。

 荷馬車に椅子と、適当な屋根が乗っている程度の、安い馬車だ。

 御者の横にランプが引っ掛けられて、灯っている。


 ラディも菓子折りを持って外に出る。

 ホルニも続いて外に出て、扉を閉め、鍵を掛ける。

 御者の方を向いて、


「私達が乗りましたら」


「へい!」


 ラディが乗って、ホルニが乗り込み、扉が閉まる。


「行きますぜ!」


 と、御者の声がして、ぱしん、と鞭の音。

 がたっと揺れて、馬車が動き出した。

 やっと職人街が少し明るくなってきた。

 まだ、日は顔をのぞかせていない。



----------



 がたがたと揺れる馬車の中。

 まだ外は暗く、中には小さなランプが点いている。


「イマイさんは」


「ん? 何々?」


 ラディが膝の上の菓子折りを見て、


「手土産とかは」


「僕はこれ」


 イマイが懐から袱紗に包まれた小さな箱を取り出す。

 ホルニが見て、小さく笑う。


「それは? 鍔とか・・・こうがい?」


 イマイがにやっと笑って、


「いやー、違う違う。ホルニさんもラディちゃんも、これ使ってるよ」


「?」


 ラディが小さく首を傾げて、箱を見る。


「刀油。君んちで使ってるの、これだよ」


「特別な物だったのですか?」


「そりゃそうだよ! 僕が作ったんだから」


「え?」


 ふふ、と小さくホルニが笑う。

 イマイも笑う。


「あはは! やーっぱ知らないで使ってたんだ!」


「イマイさんが作っているのは分かりました。

 その油の、どこが特別なのでしょう」


「すっごい長持ちする」


「どのくらい?」


「ちゃんと塗れば、1年持つよ」


 これにはラディも驚いた。

 マサヒデやカオルのように使う者は別にして、普通は季節の変わり目くらいを目安に、年に3、4回は手入れをして油の塗替えは必要だ。その辺で売っている刀油より、単純に3、4倍は長持ちするということだ。


「1年も?」


「そうだよ。自分の刀でちゃんと調べたんだから。作るのに3年もかかったよ。

 保存場所が良ければ、3年、4年も平気じゃないかな」


「おいくらくらいで?」


「送料なしで、銀で5枚」


 ラディが目を見張る。


「それは・・・」


 安すぎる。

 普通の刀油は銀で2、3枚。

 他の刀油より高いが、持つ時間を考えれば全然安い。


「このくらいの小瓶でさ」


 と、イマイが親指と人差し指で3寸程の高さを作って、


「年に10本出来るか、出来ないかくらい。

 材料費は高くはないんだけど、使ってる椿油の量が出ないんだ、これが」


「その油はどこで」


 イマイがにやにや笑って、


「秘密! でも、ラディちゃんには、そのうち教えてあげる。

 まだホルニさんも知らない秘密だよ」


「その値で利益は上がるのですか?」


「全然! 1本で銀1枚も出ない。

 油を送ってもらう送料や手間とかも考えると、お菓子代にもならないね」


 全く商売にならない。

 10本売って、銀貨数枚。


「趣味ですか?」


「1割はね。お客さんに、刀を大事にしてねってのが9割。

 刀って、歴史あるものだから。あと千年先にも残ってて欲しいでしょ?」


「はい」


「だから、色々調べて作っちゃったってわけ。これって愛だよね」


 にやにやしながら、得意そうな顔で背もたれにもたれ、腕を組むイマイ。

 今まで、私達はそんな貴重な油を使って、自分の刀を保管していたのか。


「そうだなー。ラディちゃんが色んな刀工を覗けるようになったら、教えてあげようかなー」


「・・・」


 ちら、とラディが小さく目を逸らす。


「あれ。上手く行ってないんだ」


「あまり」


 ふふ、とイマイが笑い、


「あの虎、パーティーで見たでしょ?

 始めて2、3日で出来る訳ないじゃない。

 あんなの出来るようにならないといけないんでしょ?

 5年、10年、15年。もしかしたら、もっと。

 そのくらいかかると思った方が良いね」


「私は蟻です」


「何?」


「私は、蟻1匹を呼び出せれば良い、とクレール様が教えてくれました」


 イマイが怪訝な顔をして、ええ? と顔を前に出す。


「蟻? 虫の、あの小さい蟻?」


「はい」


 イマイは首を傾げ、


「じゃあ、意外と簡単なの?」


「いえ。全く・・・分からない事もあって」


「何々? 僕で助けになるか分からないけど、聞かせてよ」


 ラディはイマイの腰の脇差を指差し、


「クレール様は、雲切丸を握って、コウアンを見た、と」


「だね。僕も見えたって」


「刀には、何人も職人がいます」


「そうだね」


「何故、コウアンとイマイさんを見ることが出来たんでしょう。

 柄を握ったなら、柄巻師が見えるはず」


 あ! とイマイが目を見開く。

 ラディの横で、ホルニもそうだ、とラディの方をばっと見る。


「ああっ! そうだよ! 何で? 刀身には触ってなかったのに、何で!

 僕が雲切丸を抱いて寝てた所まで、ばっちり見られてたよ!

 何で柄巻師じゃないの!?」


 ええ? とラディとホルニが顔を曇らせる。


「抱いてたんですか?」


 う! とイマイが固まり、


「え? ああ・・・何て言うかね・・・」


 イマイの目がすすすーっと横を向き、ホルニが呆れ顔で溜め息をつく。


「ある意味、職人として感心させられる所ではあります」


 ぱ! とイマイが笑顔で向き直り、


「でしょお!?」


 ホルニもラディもイマイに冷めた目を向けたまま、


「ですが、行き過ぎているように思えます」


「私もそう思います」


「そう、かな?」


「そう思います」「そうです」


 だが、この姿勢が、この刀油を作るまでに至った。研ぎの腕を磨かせた。

 一流の職人というのは、他とは何かしら大きく外れている部分があるものだ。


 私もどこか変なのだろうか・・・

 ちらっと窓の外を見ると、もう朝日が上がって明るくなっている。

 ラディはランプを取り、蓋を開け「ふっ」と吹き消した。


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