第531話
日が沈みかかった職人街。
マサヒデが船に乗って、川を上る。
船には魚が山盛りになっている。
たまにぴちゃっと跳ねて、魚が川に落ちる。
「釣りましたねえ」
「大満足です。楽しかった!」
「何匹かもらってもいいですかね? 今夜のおかずに」
「どうぞどうぞ!」
「こりゃありがてえ。今夜は酒が美味くなりそうだ!」
にこにこしながら、船頭が竹竿を刺し、よっ、と竹竿で船を押して、虎徹の下に船を着ける。
「よっしゃ、あたしが虎徹に行って、店の者呼んで来ますよ。
トミヤス様も、持ってく分は見繕っておいて下せえやし」
「よろしくお願いします」
少し待っていると、船頭が麻袋を持って、後ろにたらいを持った店員が付いて下りて来た。山盛りの魚を見て、ぎょ、と目を見開く。
「ほら、だから言ったじゃねえか。たらい1個じゃ足りやしねえって」
「すまねえ、いくら何でもと思ってよ。呼んでくらあ」
店員が慌てて店に戻って行く。
船頭が船に乗って、麻袋をマサヒデに渡し、
「さ、こいつに入れてって下せえまし。あの鯉とナマズでしょう?」
「そうですよ」
袋を受け取って、魚籠に入った鯉とナマズを袋に入れる。
シズクとクレールもいるし、もう1匹と考え、ナマズを掴んで放り込む。
鯉はホルニ工房に届けよう。
「お代は銀5枚でしたね」
「ははは! トミヤス様、この魚の山を見なせえ!
あなた様が受け取る方ですぜ!」
「ふふふ。では、穴場を教えて頂いた礼も入れて、とんとんで。
余った分は、あなたが貰って下さい」
マサヒデは、よ、と立ち上がって、岸に軽く跳び、
「それでは」
「ちょいと、本当に良いんですかい? 貰っちまって」
「構いませんよ。また釣りに来た時は、別の場所を教えて下さい」
軽く手を振って、麻袋を肩に担いで、マサヒデは去って行った。
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ホルニ工房。
がらり。
「遅くなりました」
と、扉を開けると、あ、と、ラディが顔を上げ、ホルニもこちらを見る。
「いらっしゃいませ!」
マサヒデが笑いながらカウンターに歩いて行って、
「お母上、お手数をおかけしますが、たらいを持ってきてもらえますか」
「あら! もしかして、釣りで?」
「ええ。大きいですから、3人で丁度良いでしょう」
「大きいんですか? うふふ。何でしょう!」
にこにこしながら、ラディの母が奥に引っ込んでいく。
よ、とマサヒデが袋を持ち直すと、ぼす! と音がして、袋が跳ねた。
ラディがびくっとして、袋を見る。
「マサヒデさん」
「鯉です」
「鯉」
「それより、どうでした? その脇差」
「やはりヒロスケですね。銘も切ってありましたが、見ただけで分かります」
うむ、とホルニが頷き、
「この濤瀾乱が豪快すぎて目が行きがちですが、やはり肌が違う。
匂いも深く、沸の粒が綺麗に揃って、よく着いている。
ヒロスケの実力ここにあり。正に逸品です」
「お楽しみ頂けましたか」
「はい、いや、もう少し」
ちら、とホルニがラディを睨み、
「眼福でした」
と頭を下げ、鞘に納める。
そこに、よいしょ、とラディの母がたらいを持って来た。
カウンターを回って、マサヒデの足元に置くと、マサヒデが麻袋を下ろす。
手を突っ込んで、大きな鯉を引っ張り出す。
得意満面の笑みで、
「どうです?」
「なんて!」「わあ!」「おお!」
と、3人が声を上げる。
にやにやしながら、たらいに鯉を置く。
「ははは。中々でしょう?」
ラディの母が驚いて口を半開きにして、
「こんな大物、よく釣り上げられましたね!?」
ラディも目を見開いて、口に手を当てている。
「いやあ、暴れて大変でした。魚籠がぐるんぐるん回ってしまって」
懐から手拭いを出して、ぐいぐいと指の隙間まで綺麗に拭い、懐紙も出してもう一度拭く。拭いた懐紙を突っ込んで、手を袂に入れ、直に触れないように脇差を取り、腰に差す。
「では、そろそろ帰りませんと、遅くなってしまいますので」
よっ、と麻袋を肩に担いで出ようとして、
「あ、トミヤス様! こちらお忘れですよ!」
え? と振り向くと、ラディの母が慌てて刀袋を持って来る。
「ああ! すっかり忘れてました」
受け取ると、マサヒデの両手が塞がったので、ラディの母が玄関を開ける。
「ありがとうございます。それでは」
マサヒデは頭を下げ、店を出て行った。
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日はとっぷりと暮れ、魔術師協会。
夕餉の準備は出来ているのか、美味しそうな匂いがする。
大きなナマズを2匹担ぎ、右手にも刀を持っている。
ふう、と息をついて、庭に回る。
「只今戻りました」
「あ! マサヒデ様!」「マサちゃーん!」
クレールとシズクが声を上げ、マツとカオルが頭を下げる。
「遅くなりましたけど、土産もありますよ。ナマズです」
「おおっ!」
シズクが声を上げる。
縁側のすぐ下に麻袋を置いて、口を広げると、皆がぞろぞろ寄ってくる。
「うわあ!」「すごーい!」「でっけえー!」「流石です」
「今日は水に浸けておいて、明日、蒲焼にしましょうか」
待った! とクレールが手を前に出して、
「マサヒデ様! 1日使うなら、マッリーにしましょう!」
「まっ、りい? 何です、それ」
「魔の国では、結構一般的なナマズの食べ方ですよ。
マツ様とシズクさんは知ってますよね?」
「勿論ですとも!」
「美味いよねー! ご飯が進むんだ!」
3人がにっこり顔を合わせる。
「どんな料理なんです? それって、人族が食べても平気ですか?」
「平気です! 簡単に言いますと、ナマズの唐揚げみたいな物です」
「唐揚げですか」
にやあっとクレールが笑って、
「ぶつ切りにしたナマズの身を、にんにくと塩胡椒、クミンとレモンを混ぜた物に漬けておくんですよおー。これをからっと揚げて! にんにくとクミンがたまらなーい!」
くす、とマサヒデが笑って、
「その顔で、すごく美味しそうっていうのが、伝わってきますよ。
ところで、くみんって何です?」
「香辛料ですよ!」
マサヒデがカオルの方を向き、
「くみんって香辛料、ここにあります?」
「いえ」
「だそうですけど」
マツ、クレール、シズクががっくりと肩を落とす。
カオルが見かねて、
「ご主人様、ギルドの調理場で分けてもらいましょう」
「あ! そうしましょう! カオルさん、素晴らしいですよ!」
わあ! と3人が顔を上げ、カオルが笑って頷き、
「聞く限り、簡単そうですし、私でも作れましょう。
夕餉を食べましたら、ギルドに行って来ます」
やった! と魔族3人が笑顔で顔を合わせる。
そんなに美味しいのか、はたまた、懐かしい郷土料理のようなものか。
「では、このナマズは・・・たらいに入れておきます?
台所に置きますか?」
「夕餉を食べましたらば、すぐ私が用意致しますので」
と、カオルが手を伸ばす。
「お願いします」
「いいよ!」
シズクが、ぱしっ! とマサヒデの手からもぎ取るように袋を取って、
「私が持ってくから、カオル、膳の支度してよ! 早く食べよ!
マサちゃんも、お腹空いたでしょ?」
マサヒデが笑って、
「ええ、そうですね。では、カオルさん、シズクさん、頼みます」
「は」「はーい!」
魔術師協会の夕餉が始まる。