第528話
冒険者ギルド、食堂。
稽古を進めるうち、マサヒデとカオルの鋭い気迫も少しずつ収まってきた。
今はいつも通り。
マサヒデ達は日替わり定食を食べながら、
「カオルさん、私、この後は買い物に行ってきます」
「買い物でしたら、私が参りますが」
「いえ。今朝の稽古の時に分かったんですが」
ぴた、とカオルの箸が止まる。
「ああ、いえ。新しい発見ではありません」
「・・・」
「素振りに使う刀、樋音がした方が分かりやすいかと思いまして。
私のは2本とも樋が入ってないですからね。
なので、素振り用の樋が入ってる奴、買ってきます」
マサヒデが両手を前に出して、刀を握る形にし、
「これは自分の手に合った物を選びませんとね」
「ここでお借りすれば良いのでは?」
手を引っ込めて箸を取る。
「長くかかりそうですから、借りっぱなしはさすがに。
というわけで、買いに行ってきます。
あと、脇差です」
「脇差もですか?」
「いえ。ヒロスケです。贈り物で貰った物。
ラディさん、昨日はばてばてになって、見ずに帰ってしまったでしょう」
「お見せしに行くのですね」
マサヒデが笑いながら頷いて、
「そういう事です。まあ、遅くなると思います」
くす、とカオルが笑う。
「はい」
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「あれ」
マサヒデとカオルが魔術師協会に戻ると、玄関に『只今外出中』の札。
「お二人でお買い物でしょうか?」
マサヒデは少し首を傾げて、
「ううむ、遊びに行ったのかも?
昨日も今日も、朝は緊張させてしまったみたいですし。
馬達の所かな?」
「今朝は悪い事をしてしまいました。
明日から、素振りが終わったら気を抜かないと」
マサヒデは苦笑いをして、
「さて、それも難しいですが」
がらりと玄関を開けると、やはり誰も居ない。
床の間にも、テルクニのタマゴがない。
「誰も居ないみたいですね。
では、留守番を頼んで良いでしょうか」
「お任せ下さい」
奥の間に行って、金貨の小袋を懐に入れる。
訓練用の安い物で合う物がなければ、現代刀の、適当な物を買う為だ。
そう言えば、贈り物を売った分は、いくらになったのだろう?
奥の間を出て、廊下を歩いて居間の前。
カオルが部屋の真ん中で、ぽつん、と座っている。
床の間に行って、脇差をヒロスケに差し替える。
「カオルさん」
「は」
「昨日、贈り物を売った分、いくらになったんです?」
「大体、金貨で720枚くらいです」
予想外の金額。
せいぜい100枚前後だと思っていたのだが。
「ええ!? そんなになったんですか!」
カオルが微笑んで、
「執事さんのお陰です。
査定の際、何度も安くされそうになりましたが、全て見抜かれまして」
「流石ですね」
「量もありましたから。なにせ、馬車3台分です。
ふふ、金に困ったらパーティーも悪くありません」
マサヒデは苦笑して、顔に手を当て、
「もう勘弁ですよ。では、行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
カオルが手を付いて頭を下げた。
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職人街、ホルニ工房。
がらり、と戸を開けると、いつもの風景。
カウンターにラディの母。
「あ、トミヤス様! いらっしゃいませ!」
「こんにちは。ラディさんか、ご亭主は」
くす、とラディの母は笑って、
「ラディは疲れて寝てますよ。亭主は服を見てます」
ラディは死霊術の稽古で疲れたのだろうが、服とは?
「服?」
「注文をあらかた片付けましたから、明日はイマイさんと一緒に道場に行くんですって。子供みたいにうきうきしてましたよ」
「そうでしたか。ううむ、普段着で構わないんですけど・・・
今日は良い物が手に入ったので、自慢しに来たんですが、帰りに寄ります」
「良い物?」
ぽん、とマサヒデが脇差の柄に手を置いて、にっと笑い、
「あのパーティーの時、贈り物の中に入ってたんです。
脇差と言えば、ラディさんには分かりますから」
「あら、トミヤス様の目に適う物が?」
「ええ。お母上にも見た目で分かると思います」
すらっとヒロスケを抜く。
ど派手な濤乱刃。
素人目でも、何か凄そうというのは分かる。
「わ、凄いじゃないですか!」
「ご亭主の作には全然及びませんけどね。念の為の予備です」
「へえー! これが予備ですか!?」
「ふふ、ご亭主の脇差は、猪の首を斬って、瑕ひとつなかったんですよ?
この程度では、そこまでは無理です」
「はあー・・・」
マサヒデはすいっと脇差を納めて、軽く頭を下げ、
「では、また帰りに寄ります」
「はい。よろしくお願いします」
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ホルニ工房を出て、のんびりと職人街を歩く。
行き先は、イマイに教えてもらった刀屋。
この町には、刀を扱う店が少ない。
たまに武器屋や骨董品屋で見かけるが、数がないから選ぶ事も出来ない。
ぶらぶらと歩いて、橋の上。
この橋を過ぎて、イマイの店を過ぎて、真っ直ぐ。
何となく足を止め、橋の上から船宿に止まっている船を見る。
マサヒデの後ろを、大八車ががらがらと通って行く。
(釣りでもしようか?)
脇差と、買ってきた稽古用の刀を預かってもらい、釣り。
悪くない。
どうせ2人共、見入ってしまうはずだ。
夕方まで釣りをして、魚を土産に持って帰る。
悪くない。
鮎やニジマスは、もっと上流だ。
森の川には大量に居たが、この町中の川には居ないだろう。
この辺りなら、フナ、鯉、ナマズ。
夜釣りならウナギも狙える。運が良ければ、夕方頃に釣れるかもしれない。
寒ブナなら鮒飯も良いが、今は時期が悪い。あまり美味しくないだろう。
鯉。あらいにして、生姜醤油。母は酢味噌で食べていた。
ナマズ。泥を吐かせて、分厚い蒲焼。脂が多くて、飯が進む。
(楽しめそうだな)
マサヒデがにやにやしながら、橋を歩いて行く。
ちらっとイマイの店を遠目に見る。
明日は、道場の蔵で、ホルニとおおはしゃぎしているだろう。