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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十九章 贈り物
527/762

第527話


 魔術師協会、居間。


 マサヒデとカオルはギルドの訓練場に向かった。


「はあー・・・」


 と、大の字になったクレールが息をつく。

 天井を見上げていると、すうーっと襖が開く音がして、マツが出て来た。


「クレールさん、甘いものでも食べましょう」


「はあい」


 かちゃかちゃと小さな音がして、マツが盆に大盛りのまんじゅうを乗せて持ってくる。よいしょ、とクレールが身体を起こして、マツが座り、まんじゅうの皿を置いて、湯呑を差し出す。


「毎朝、こうなっちゃうんですかね・・・」


 クレールがまんじゅうを取って、ぱくっとかじる。

 マツもまんじゅうをかじって、床の間のタマゴを見る。


「毎朝あんな空気では、テルクニがタマゴの中でどうなってしまうか!

 私、心配で心配で。将来、ぐれてしまわないかしら」


 クレールもタマゴを見る。


「赤子って、そういう所に敏感だって言いますしね・・・

 私達も、我慢出来るでしょうか・・・」


「もう少し、辛抱しましょう。マサヒデ様とカオルさんなら、きっとすぐに振れるようになります。でないと、私達、心労ではげてしまいますよ」


「はっ! 円形脱毛ですか!?」


「・・・」


 マツが目を逸して、そっと髪に手を当てる。


「だ、黙らないで下さい! 不安です!」


「・・・なきにしも・・・」


 ぼと、と食べかけのまんじゅうが、クレールの手から落ちる。

 震えながら、髪に手を当てる。


「どっ・・・どうしま、しょう・・・」


 かたかたとクレールが震える。

 く! とマツが手を握り、


「どこかで心労を発散しましょう! 私達、人前に出られなくなりますよ!」


「そうです! どこで何をしましょう!?」


「考えましょう。楽しい事、楽しい事・・・」


 むむむ、と2人が腕を組む。

 はい! とクレールが手を上げる。


「イマイさんの所に、遊びに行きましょう!」


「却下!」


「なにゆえー!」


「研ぎは恐ろしく張り詰めているそうではありませんか!

 見てたら、余計に心労が溜まりませんか!?」


「はっ! そ、そうかも・・・でも私は楽しいですけど」


「私は分からないです! だから却下! 別を考えましょう」


「はい!」


 マツがまんじゅうを手に取って、もくもくと食べる。

 クレールも食べる。


「そうです! クレールさん、馬達の所に行きませんか?」


「却下です!」


「どうして!?」


「黒嵐はお父様より怖いんです! マツ様は良くても、私は大変な事に!」


「ううん・・・」


「マツ様、別を考えましょう」


 もぐもぐ・・・

 ぴた! とクレールの手が止まる。


「はっ! マツ様! 良い事を思い付きました! きっとこれなら!」


「む! お聞かせ下さい」


「お昼はブリ=サンクに行きましょう!

 レストランでケーキをいっぱい! お昼ごはんはスイーツです!

 食後のティータイムは、ワインタイムにしてしまいましょう!」


「むっ・・・中々です・・・採用!」


「マツ様はそのままでも平気ですね! 私はホテルで着替えます!

 マサヒデ様達が帰ってくる少し前に、出てしまいましょう!」


「そうしましょう! しかし、問題がひとつ」


「何でしょうか」


「毎日は行けませんよ」


 ぽんぽん、とマツが腹の横を叩く。


「ん・・・んー! 確かに・・・」


 くに、くに、とクレールが横腹で手を動かす。


「明日からどうするかは、食べながら考えましょう。

 私は、急いで仕事を片付けて参ります」


「はい!」


 元気よく返事をして、クレールがもちゃもちゃとまんじゅうを食べる。



----------



 冒険者ギルド、訓練場。


 ぽん・・・ぽん・・・


 正座して並ぶ冒険者達の前で、マサヒデが手に竹刀を乗せる。

 横に、竹刀を突き刺すように立て、柄に手を乗せたカオル。


(一体何があったんだ!?)


 冒険者達が息を飲む。

 昨日は、マサヒデとアルマダに全員が散々にのめされた。

 2人共、基本的に寸止め一本で終わる。

 当然、打ち込んでくる稽古もある。

 だが、そういう時は、2人共「今日は打ち込む」と先に言う。

 昨日の稽古では、何の言葉もなく、只々「次の方」と言うだけであった。


 雰囲気も全然違う。

 マサヒデもアルマダも、真剣ではあるが、ここまで威圧感を出す者ではない。

 それが、今日はカオルまで・・・


「本日は」


 びく、と全員が竦む。


「いや、昨日は、自分に手一杯で、皆さんを見る余裕がなくて・・・

 とても稽古と言えるものではなく、申し訳ありませんでした」


 普通はここでほっとする所だが、マサヒデとカオルの空気が凄すぎて、皆が飲まれている。


「今日は真面目に稽古をしましょう」


 マサヒデはにこっと笑ったが、この雰囲気では、その笑顔が逆に恐ろしい。

 おずおずと冒険者の1人が手を上げる。


「トミヤス先生」


「なんでしょう」


「何か、あったのですか。昨日はトミヤス先生も、ハワード様も、尋常の様子ではありませんでした。今もです」


 おい! と冒険者達が目を向ける。


「今もですか」


 マサヒデがじっと冒険者を見つめる。


「私で、何か力になれることは、ありますでしょうか。

 もしかして、ご自身ではなく、お近くの方に何か問題など」


 マサヒデとカオルが顔を合わせ、すうー・・・ふう・・・と、息をつく。

 心なしか、柔らかくなった気がする。

 マサヒデが首を振り、


「正直に申し上げます。今、私達は行き詰まっています。

 この壁を越えられない限り、私達はこれ以上は大して伸びないでしょう。

 私もアルマダさんもカオルさんも、皆、同じ壁にぶつかっています」


「・・・」


「これは自身でしか解決出来ない壁です。

 昨日、まともな稽古にならなかったのは・・・八つ当たりと同じ事でした。

 当たり散らすつもりは一切なかったのですが、結果そうなりましたから」


「カゲミツ様や、コヒョウエ様に助言などは」


 マサヒデは首を振り、


「既に、解決方法は分かっているのです。ですが、手が届かない状態です。

 つまりは、単に私達が未熟なだけです」


 この人達が未熟で、分かっているのに手が届かない!?

 もしかして、何か奥義の伝授のようなものか!?

 ちらちらと冒険者達が目を合わせる。

 そのようなものであれば、気合が入って当然だ。

 この雰囲気も納得出来る。


「お心遣い、本当に感謝します。

 皆様にも、ご心配をおかけしているようですね。申し訳ありません。

 ですが、私達それぞれが、自身で解決するしかないのです。

 ですので・・・」


 マサヒデは質問してきた冒険者に頭を下げて、


「稽古を始めましょう。今まで通り、出来る限り、寸止めします。

 皆さんのお仕事に、支障が出てはいけませんからね。

 それでは、最初の方」


「はい!」


 冒険者達が隣の者を小突いて、こそこそと話し出す。


(何か奥義とかかな)

(しかねえ。トミヤスさんが詰まるとかあり得ねえ)

(やべえよ。あの若さでトミヤス流の免許皆伝とかすんのか)

(こええけど、しばらく稽古は来ようぜ。やべえの見れるかも)

(だよな。剣聖誕生の瞬間に立ち会えるかもな。今日かもよ?)

(立ち会ってる時にさ、目の前で開眼とかしたらすげえぞ)

(私達っつってたよな。カオルさんもか)

(剣聖3人かよ)

(いやいや、最後あれだろ。3人のうち誰が、みてえな対決)

(まじかよ。うわ鳥肌きた)

(誰かな)

(トミヤス先生だろ)

(ハワード様じゃね)

(カオルさんあるぞ。トミヤスさん追い詰めてる時もある)

(いや。あれ、トミヤス先生、手ぇ抜いてたぞ)

(だな。こないだハワード様と立ち会ってたけど、完全に手玉に取られてた)

(じゃどっちだよ。すっげえ気になる)


「次の方」


 マサヒデの静かな声。

 ぎくっ!


「はははい!」


 ば! と冒険者が立ち上がる。


「皆さん、昨日あんな感じだったので、不安になるのは分かります。

 ですが、見るにもなるべく集中して下さい」


「申し訳ありません!」


 冒険者達が胸を高鳴らせて、マサヒデとカオルを見る。

 皆の目が「もしかして、ここでどちらか剣聖に!?」と期待に輝く。


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