第526話
明早朝。
マサヒデとカオルが真剣を持って向きあう。
マサヒデは無銘。
カオルはモトカネ。
シズクも少し離れて2人を見ている。
庭の空気が冷たく、重い。
向き合う2人の目は真剣そのもの。
「始めましょう」
「は」
2人が横に並び、すうー、とゆっくり刀を抜き、構える。
「1」
ひゅ! ぴゅん!
2人の刀の音が鳴る。
緊張感が庭中を重くしている。
(やれやれ。毎日こうなるのか)
と、少しうんざりしながらも、シズクも「ぱしん!」と顔を叩いて、素振りを始める。2人の50回に合わせ、25回で突く。25回で引く。これが目標。
2人は1回1回、確認しながら振っているから、50回は中々終わらない。
ゆっくり、ゆっくり・・・
ぴゅぃん!
「え!?」
シズクが驚いて声を上げ、ぴた、と手が止まり、カオルを見る。
一瞬、高い音が庭に響いた。
涼しい朝の空気を切っていくような、高い音。
マサヒデもカオルを見る。
カオルは目を見開いて、切先を見つめている。
「やはり、カオルさんの方が早かったですね」
「・・・」
「今のが、そのモトカネの本当の樋音ですか。綺麗な音です。
続けます。17」
ひゅ! ぴゅん!
先程の音はしない。
こんなに音が変わるとは。
今でも綺麗な音が出ているのに、段違いだった。
シズクはじっとカオルを見つめ、
(やべえな。カオルに斬られるかも)
と、じりじりと鉄棒を前に出していく。
マサヒデ相手なら、斬られても当然だと思う。
元々、マサヒデには金属鎧を真っ二つに出来る技がある。
カオルはどうか。
打太刀のモトカネでも、骨までは斬り込めない。
どんなに深くても骨で止まって、刀をもぎ取れる。
だが、今の振りの音は何だろう。
直感では平気だ。
マサヒデの振りのように、これは斬られる、と感じるものはない。
だが、あの音を聞いた瞬間、変な危険を感じた。
(やばいかも)
焦る心をじっと抑え、ゆっくり、ゆっくり、鉄棒を出していく。
何とかしなければ・・・という気持ちを思い切り抑え、力を抜いて、集中。
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朝餉。
皆が緊張感に包まれ、静かに膳を囲む。
カオルは皆の飯を持った後、鋭い目でじっと手を見つめている。
シズクは刺すような目で、カオルを見ながら箸を進める。
マサヒデは静かに箸を進めている。
マツとクレールは、時折、互いにちらちらと目を合わせている。
「今日は道場に行くよ」
ぽつん、とシズクが呟いた。
「では、ついでにあの刀を持って行ってもらえませんか」
ちら、とマサヒデが縁側の桐箱に目をやる。
贈り物で貰った物だが、レイシクランの忍にあげてしまい、10本以上はあったのだが、残った物は4本。
「いいよ」
「お願いします」
シズクがカオルの手と顔の間に、ずいと空の椀を突っ込む。
「おかわり」
黙ってカオルが椀を受け取り、黙々と飯を盛って、シズクに渡す。
膳の上が減っていない事に気付いたか、やっと箸を取る。
(うわあ・・・)
マツとクレールが、ちら、と目を合わせて、カオルを見る。
ひりついた雰囲気で、黙々と朝餉が進む。
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シズクがぱちん、と箸を置いて、
「マツさん、ごちそうさま」
「お粗末様でした」
シズクはにこりともせず、鋭い目のままマツに軽く頭を下げ、
「道場に行ってくるね」
と、静かな声で言って立ち上がり、刀の箱を抱え、鉄棒を持って出て行った。
(ひぇー・・・)
のしのしと廊下を歩いて行くシズクの背中を見て、クレールが喉を鳴らす。
殺気がある訳ではないが、気迫が凄すぎて、まるで絵物語の鬼に見える。
通りを歩く人達が、腰を抜かしてしまいそうだ。
つずー・・・とマサヒデが茶を啜る音が、やけに大きく聞こえる。
そっとマサヒデに目をやると、やはりこちらも凄い。
シズクのように恐ろしい目をしてはいないし、見た目は普段と同じ。
だが、やはり気迫が乗っている。
シズクとは違って、静かな気迫だ。
(あ、これ)
これは、初めて会った時と同じ感じだ。
試合で立ち会った時の、あの気迫。
だが、あの時から腕が上がったせいだろうか。
感じる気迫の格が全然違う。
こんな気迫で前に立たれていたら、動けもしなかっただろう。
参った、という声も出せなそうだ。
ち、ち、ち・・・とカオルにぎこちなく目を向ける。
空気が張り詰めすぎているせいか、目を動かすのも怖い。
(ひっ!)
出そうになった声を飲み込む。
黙々と箸を進めるカオル。
だが、目が完全に刃と化している! これは忍の目ではない!
きっと、暗殺者とかそう言った類の者は、こういう目なのだろう。
忍は誰も独特の冷たい雰囲気があるが、とっくに通り越して氷のようだ。
それも、薄氷のような、触れただけで割れそうな。
触れて割れたら・・・
ことん。
びくっ! とマツとクレールがマサヒデを見る。
湯呑を静かに置いた音が、2人をびくっとさせる。
「カオルさん」
「は」
マサヒデが凄い気迫のまま、カオルに笑顔を向ける。
「毎朝、こう張り詰めていては、なんですから」
(あなたがそれを言うんですか!?)
(マサヒデ様もです!)
と、マツもクレールも大声を出したくなったが、凄い雰囲気で言葉が出ない。
「早く振れるようになりましょう」
「は」
(振れるようになるまで毎日!?)
「あのっ!」
勇気を振り絞って、クレールが声を上げる。
大丈夫か!? とマツがクレールを見る。
「どうしました?」
にっこり笑うマサヒデだが、気迫に飲まれてしまいそうだ。
ふるふると椀を持つ手が震える。
「リーラーックスぅ、出来るように、紅茶でも、お淹れしましょう!」
ふっとマサヒデの気迫が消えた。
「ああ・・・ちょっと張り詰めてしまいましたか」
まだ、カオルからは、氷のような気迫をびしびしと感じる。
クレールが固い笑顔で、
「ちょ、ちょーっとだけ、緊張しているように見えましたから!」
「ううむ・・・表に出てしまうようでは、まだまだですね」
(丸見えでした!)
という言葉をぐっと飲み込み、
「でっでーはすぐに!」
がががっと飯をかきこんで、クレールが台所に逃げるように引っ込む。
「ははは。あんなに急ぐ事もないのに。ねえ、カオルさん」
「ふふ。お気を遣わせてしまいましたね」
2人はにこやかに笑っているのに、雰囲気は正反対。
(早く食べて執務室に逃げよう!)
もくもくと口を動かす。
全然味を感じない。
早く振れるようになって! と、マツが心の中で叫ぶ。