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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十九章 贈り物
526/758

第526話


 明早朝。


 マサヒデとカオルが真剣を持って向きあう。

 マサヒデは無銘。

 カオルはモトカネ。

 シズクも少し離れて2人を見ている。


 庭の空気が冷たく、重い。

 向き合う2人の目は真剣そのもの。


「始めましょう」


「は」


 2人が横に並び、すうー、とゆっくり刀を抜き、構える。


「1」


 ひゅ! ぴゅん!


 2人の刀の音が鳴る。

 緊張感が庭中を重くしている。


(やれやれ。毎日こうなるのか)


 と、少しうんざりしながらも、シズクも「ぱしん!」と顔を叩いて、素振りを始める。2人の50回に合わせ、25回で突く。25回で引く。これが目標。


 2人は1回1回、確認しながら振っているから、50回は中々終わらない。

 ゆっくり、ゆっくり・・・


 ぴゅぃん!


「え!?」


 シズクが驚いて声を上げ、ぴた、と手が止まり、カオルを見る。


 一瞬、高い音が庭に響いた。

 涼しい朝の空気を切っていくような、高い音。


 マサヒデもカオルを見る。

 カオルは目を見開いて、切先を見つめている。


「やはり、カオルさんの方が早かったですね」


「・・・」


「今のが、そのモトカネの本当の樋音ですか。綺麗な音です。

 続けます。17」


 ひゅ! ぴゅん!


 先程の音はしない。

 こんなに音が変わるとは。

 今でも綺麗な音が出ているのに、段違いだった。


 シズクはじっとカオルを見つめ、


(やべえな。カオルに斬られるかも)


 と、じりじりと鉄棒を前に出していく。

 マサヒデ相手なら、斬られても当然だと思う。

 元々、マサヒデには金属鎧を真っ二つに出来る技がある。


 カオルはどうか。

 打太刀のモトカネでも、骨までは斬り込めない。

 どんなに深くても骨で止まって、刀をもぎ取れる。


 だが、今の振りの音は何だろう。

 直感では平気だ。

 マサヒデの振りのように、これは斬られる、と感じるものはない。

 だが、あの音を聞いた瞬間、変な危険を感じた。


(やばいかも)


 焦る心をじっと抑え、ゆっくり、ゆっくり、鉄棒を出していく。

 何とかしなければ・・・という気持ちを思い切り抑え、力を抜いて、集中。



----------



 朝餉。


 皆が緊張感に包まれ、静かに膳を囲む。

 カオルは皆の飯を持った後、鋭い目でじっと手を見つめている。

 シズクは刺すような目で、カオルを見ながら箸を進める。

 マサヒデは静かに箸を進めている。

 マツとクレールは、時折、互いにちらちらと目を合わせている。


「今日は道場に行くよ」


 ぽつん、とシズクが呟いた。


「では、ついでにあの刀を持って行ってもらえませんか」


 ちら、とマサヒデが縁側の桐箱に目をやる。

 贈り物で貰った物だが、レイシクランの忍にあげてしまい、10本以上はあったのだが、残った物は4本。


「いいよ」


「お願いします」


 シズクがカオルの手と顔の間に、ずいと空の椀を突っ込む。


「おかわり」


 黙ってカオルが椀を受け取り、黙々と飯を盛って、シズクに渡す。

 膳の上が減っていない事に気付いたか、やっと箸を取る。


(うわあ・・・)


 マツとクレールが、ちら、と目を合わせて、カオルを見る。

 ひりついた雰囲気で、黙々と朝餉が進む。



----------



 シズクがぱちん、と箸を置いて、


「マツさん、ごちそうさま」


「お粗末様でした」


 シズクはにこりともせず、鋭い目のままマツに軽く頭を下げ、


「道場に行ってくるね」


 と、静かな声で言って立ち上がり、刀の箱を抱え、鉄棒を持って出て行った。


(ひぇー・・・)


 のしのしと廊下を歩いて行くシズクの背中を見て、クレールが喉を鳴らす。

 殺気がある訳ではないが、気迫が凄すぎて、まるで絵物語の鬼に見える。

 通りを歩く人達が、腰を抜かしてしまいそうだ。


 つずー・・・とマサヒデが茶を啜る音が、やけに大きく聞こえる。


 そっとマサヒデに目をやると、やはりこちらも凄い。

 シズクのように恐ろしい目をしてはいないし、見た目は普段と同じ。

 だが、やはり気迫が乗っている。

 シズクとは違って、静かな気迫だ。


(あ、これ)


 これは、初めて会った時と同じ感じだ。

 試合で立ち会った時の、あの気迫。

 だが、あの時から腕が上がったせいだろうか。

 感じる気迫の格が全然違う。

 こんな気迫で前に立たれていたら、動けもしなかっただろう。

 参った、という声も出せなそうだ。


 ち、ち、ち・・・とカオルにぎこちなく目を向ける。

 空気が張り詰めすぎているせいか、目を動かすのも怖い。


(ひっ!)


 出そうになった声を飲み込む。


 黙々と箸を進めるカオル。

 だが、目が完全に刃と化している! これは忍の目ではない!

 きっと、暗殺者とかそう言った類の者は、こういう目なのだろう。

 忍は誰も独特の冷たい雰囲気があるが、とっくに通り越して氷のようだ。

 それも、薄氷のような、触れただけで割れそうな。

 触れて割れたら・・・


 ことん。


 びくっ! とマツとクレールがマサヒデを見る。

 湯呑を静かに置いた音が、2人をびくっとさせる。


「カオルさん」


「は」


 マサヒデが凄い気迫のまま、カオルに笑顔を向ける。


「毎朝、こう張り詰めていては、なんですから」


(あなたがそれを言うんですか!?)

(マサヒデ様もです!)


 と、マツもクレールも大声を出したくなったが、凄い雰囲気で言葉が出ない。


「早く振れるようになりましょう」


「は」


(振れるようになるまで毎日!?)


「あのっ!」


 勇気を振り絞って、クレールが声を上げる。

 大丈夫か!? とマツがクレールを見る。


「どうしました?」


 にっこり笑うマサヒデだが、気迫に飲まれてしまいそうだ。

 ふるふると椀を持つ手が震える。


「リーラーックスぅ、出来るように、紅茶でも、お淹れしましょう!」


 ふっとマサヒデの気迫が消えた。


「ああ・・・ちょっと張り詰めてしまいましたか」


 まだ、カオルからは、氷のような気迫をびしびしと感じる。

 クレールが固い笑顔で、


「ちょ、ちょーっとだけ、緊張しているように見えましたから!」


「ううむ・・・表に出てしまうようでは、まだまだですね」


(丸見えでした!)


 という言葉をぐっと飲み込み、


「でっでーはすぐに!」


 がががっと飯をかきこんで、クレールが台所に逃げるように引っ込む。


「ははは。あんなに急ぐ事もないのに。ねえ、カオルさん」


「ふふ。お気を遣わせてしまいましたね」


 2人はにこやかに笑っているのに、雰囲気は正反対。


(早く食べて執務室に逃げよう!)


 もくもくと口を動かす。

 全然味を感じない。

 早く振れるようになって! と、マツが心の中で叫ぶ。


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