表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第三十九章 贈り物
525/765

第525話


 日が沈みかかった頃。

 職人街。船宿・虎徹前。

 カオル、シズク、執事が入り口から少し離れて立つ。


「ほう。ここが虎徹」


「はい。お奉行様から教えて頂きました。

 味はお奉行様のお墨付き。

 クレール様にも、いたくお気に入りなされまして・・・」


 くす、とカオルが笑い、


「勢いに乗って、シズクさんと2人で、店の酒を全部呑んでしまいました」


「あはははは! 楽しかったね!」


 シズクが大声で笑う。


「ふむ。酒もそれほどですか」


「船宿、という店はご存知で」


「運送をする船が、船を止めておく店。貸船を貸す店もございますな。

 本来、食事を出す店ではないはず」


 カオルが頷き、


「如何にも。職人街の運送を担い、船頭や荷を取りに来る職人達が集まる。軽い握り飯や酒程度が、段々と味が良くなり、今や味も評判となった店です。ここは立地が良いのですね」


「なるほど」


「では参りましょう」


 がらりと戸を開ける。

 仕事が終わった職人、船頭が集まって、もう酒を呑み、食っている。


「いらっしゃいませ」


 出て来た女将に、カオルが軽く頭を下げる。


「これはこれは。トミヤス様のお弟子様」


 ちら。また鬼が来ている。

 隣には、上等なスーツを着た男。

 男の方を見て、女将が小さな声で、


「あの」


「大丈夫です。今日は程々に致しますので」


「それもありますが、そちらの方は」


 ちら、と女将が執事の方に目を向ける。

 確かに場違いだ。


「食通の方で、この店の噂を聞いて、是非にと」


「左様でしたか。でも、うちで満足して頂けますでしょうか」


 カオルは小さく笑いながら頷いて、


「必ずご満足頂けます。座敷は空いておりますか」


「はい。ご案内致します」


 何だ、また鬼だ、と3人に顔を向ける職人達を横目に、奥の座敷に上がる。

 3人が座ると、カオルが早速注文を出す。


「こちらの方に、まず軍鶏鍋と酒を。

 私は・・・何かおすすめの魚を見繕って下さい。酒は結構です」


「私は天ぷら山盛りと酒! 酒は何でもいいや。適当に見繕ってねー」


「はい。注文承りました。軍鶏鍋と酒。魚。天ぷら山盛りと酒ですね」


 女将が下がって行くと、執事がばさりと紙の束とペンを置く。


「それには、やはり味を書くのですか」


 こくん、と執事が頷き、


「その通りです」


「へーえ! そんなに沢山!」


 執事がお品書きを取って、ぱらりとめくる。


「うむ・・・足りるかどうか・・・

 書ききれない分は、後日改めてと致しましょう」


 お品書きを見ていると、軍鶏鍋と焼き魚が出て来た。


「お待たせしました。こちら、軍鶏鍋でございます」


「ありがとうございます」


 執事が深く頭を下げる。


「こちら、鮎の塩焼きです」


「ありがとうございます」


 カオルも軽く頭を下げる。


「お酒はこちらです」


 とん、とん、と執事とシズクの前に徳利とお猪口が置かれ、


「わーい!」


 シズクが声を上げ、徳利ごと呑もうとしたが、


「シズクさん。店の酒をなくさないように」


「分かってまーす」


「てんぷら、もう少々お待ち下さいませ」


「はいはーい!」


 カオルが頭を下げると、女将が下がっていく。

 執事が熱々の湯気を上げる軍鶏鍋を見ながら、


「この暑い季節に、この熱い鍋でございますか」


 ふ、とカオルが笑って、さらりと窓を開ける。

 川から、夕方から夜になりかけの涼しい風が、ゆるりと吹き込む。

 さらさらと川の流れる音。


「如何にも。味だけではなく、この風と、川の音をお楽しみ下さい。

 ご主人様曰く、これぞ夏の快。これが粋か、と、そう感じたそうです」


「夏の快と、粋。うむ、頂きます」


 深く頷いて、執事が箸を運ぶ。

 モツを摘んで、ふ、ふ、と静かに吹いて、口に入れる。

 ゆっくりと噛んで歯ごたえを確認し、


「むう! これは・・・」


 さっとペンをとり、さささささ、と恐ろしい速さで何かを書いていく。

 カオルとシズクがにやっと笑って、


「さ、次は酒も合わせてご賞味下さい」


「では、頂きます」


 お猪口に酒を注ぎ、肉を摘んで、ふうふうと吹いて、口に入れる。

 くいっと酒を煽り、少し止まって、窓の外を見る。

 出て来た汗をさっとハンカチで拭うと、緩やかな風が一層涼しく感じる。

 すぐ下を流れる川の音が、また涼しさを増していく。


「夏の快! ううむ・・・酒のつまみに良し。おかずにも良し。

 そして、この川から吹き込む静かな風と、川の音! これぞ粋!」


「酒は如何でしたか」


 執事が深く頷き、


「素晴らしい。三浦酒天のものとはまた違うが、美味。

 香り高く、甘い香りが残りますが、嫌らしくなく、丁度良い所で抜けていく。

 この軍鶏鍋の味とぴったり合いますな」


 さささささ! と執事がペンを走らせ、次の紙にまた書き込んでいく。

 ちらりとすごい勢いでペンを走らせる執事を見て、カオルが微笑む。

 焼き魚をちみっと摘んで口に入れ、


「私が食べて感じました所・・・」


 ぴたりと執事のペンが止まる。


「この鍋の主役は、そのささがきの牛蒡です」


 何? と執事がカオルに顔を向ける。


「軍鶏鍋と言いつつ、軍鶏ではない?」


「如何にも。モツと共に、ざくざくと頬張る。

 私は、これが正解だと感じました。

 そして、もうひとつ。

 鍋と言えば定番の白菜がない」


「む! 確かにございませんな!」


「ご覧の通り、具の種類は少ない。肉、牛蒡、焼き豆腐、ねぎ。

 鍋は具が多いほど、贅沢で美味しい、という先入観があります。

 しかし、食材の味を互いに殺し合うことになりかねません。

 もしここに何か加えろと言われれば、私であれば、しらたきのみ」


「ううむ・・・」


「好みにより、春菊もありかと思いますが。

 さて、牛蒡をお試し頂けますか。モツと共に」


「頂きましょう」


 牛蒡とモツをふうふう吹いて放り込み、もしゃもしゃと執事が口を動かす。

 飲み込んで、酒を一口。


「如何」


「見事!」


「ご満足頂けたようで何よりです」


 カオルが微笑む。

 執事が唸る。

 2人が頷くと、丁度、てんぷらを持った女将が襖を開けた。


「天ぷら山盛り。お待たせ致しました」


 大きな皿を持ち上げて、シズクの前に置く。


「待ってましたあー!」


 ちらりと執事を見て、女将が柔らかく微笑む。

 カオルは微笑んだ女将を見て、軽く頷き、


「私にも軍鶏鍋を。味噌で。酒は見繕って頂けますか」


 む! と執事の目が見開く。

 味噌仕立てもあるのか!

 おや、と女将が少し驚いて、にこっと笑い、


「あら。知られてしまいましたか。

 流石、トミヤス様のお弟子さん。抜け目の無い事。

 うふふ。注文承りました」


 女将がにっこり笑って出ていく。

 カオルは執事の徳利を取って、


「さ、おひとつ」


「は」


 とくり、と執事のお猪口に酒を注ぎ、


「ふふふ。味噌仕立ては、品書きにない品。

 常連や、味の分かる方だけに出される、隠された逸品。

 表では出されず、座敷でなければ、食べられないのです」


「そのような物まで」


「こういった店には、往々にしてあるものです。

 安い町人の店でも、しかと客の目を、いや、舌を見ておられる」


「むう・・・」


 執事のお猪口を見て、カオルが微笑む。


「味噌仕立てには、どのような酒がついて参りましょうか」


「む。確かに気になりますな」


「この店は、魚も自慢としております。

 ふふふ。覚書の紙が無くなりそうですね」


「いや、全くでございます」


 執事が汗を拭くと、ちりん、と風鈴が鳴って、川から涼しげな風が吹き込む。

 この風を、執事はさぞ気持ちよく感じているだろう。

 シズクがばりばりとてんぷらを食べ「おかわりー!」と大声を出す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ