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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十九章 贈り物
521/762

第521話


 魔術師協会。


 マツ、クレール、シズクが落雁をつまみながら喋っている。


「あ、来たね」


 シズクが顔を玄関の方に向けると、からからから、と静かに玄関が開いた。


「おはようございます!」


 すっとマツが立ち上がって、玄関に出ていく。

 少しして、マツと執事が入って来た。


「クレール様、おはようございます」


「ご苦労様。今日は頼みます」


「は。シズク様、おはようございます」


「おはよう!」


 クレールが座布団をちら、と見て、


「お座りなさい」


「失礼致します」


 と、執事が座る。

 クレールが頷き、


「話は聞いたと思いますが、もう一度。今日は、カオルさんとシズクさんと一緒に、届いた贈り物の不要な物を売りに行きます。残念ながら、お二人には目がありません。査定の際、ごまかされないよう、あなたがしかと見張ること」


「は。お任せ下さい」


 クレールが庭の山積みの箱を見て、


「見ての通り、量があります。時間がかかると思いますが、頼みます。

 今日中には済まないかもしれませんから、その場合は明日も頼みます」


「承知しております」


 よ、とクレールが小さな革袋を渡す。

 金の袋だ。


「遅くなると思いますから、帰りはお二人と虎徹で食べて来なさい。

 場所はお二人が知っております」


 シズクがぱっと顔を輝かせ、


「え! 良いの!?」


 クレールがシズクに笑って頷き、きっと真面目な顔を執事に向ける。


「料理と酒の味をしかと覚え、お父様にしかとお伝えなさい。

 私からも既に伝えてありますが、あなたの意見も細かくお伝えするように。

 三浦酒天に匹敵する店です。必ずものにしますよ」


 きら、と執事の目が光る。


「三浦酒天に!? ・・・必ず!」


 ばさりとクレールが紙の束を置く。

 すすっと手を伸ばし、執事が紙の束を受け取って、懐に入れる。


「お任せ下さい」


(あれに全部書くのか?)


 マツとシズクが顔を見合わせる。

 クレールと執事の目が燃えている。


「あ、カオル、来たね」


 シズクが立ち上がって、庭に下りて行き、箱を一山抱える。

 少しして、がらがらと馬車の音がして、魔術師協会の入り口で止まった。


「お手伝いします」


 執事も玄関から出、カオルに挨拶している声が聞こえてくる。

 マツが玄関の方を見て、笑顔になる。


「早く終わるかもしれませんね。

 では、クレールさん、私も仕事に」


「はい!」


 マツが立ち上がって、執務室へ入って行く。

 盆の上に、皆の湯呑と落雁が乗っていた小皿を重ねて置いて、クレールが台所に入って行く。


(へーえ)


 シズクが庭から山積みの箱を持ち上げながら、クレールの様子を見ている。

 片付けなどしていなかったクレールが、最近、たまにするようになってきた。



----------



 一台分、贈り物を積んで、カオルが御者台に乗ろうとすると、


「サダマキ様、私が」


 と、執事が御者台に手を掛ける。


「あ、いえいえ! 私が乗りますので! どうぞ後ろに!」


 カオルが慌てて止める。

 荷馬車にこんなに綺麗な服を着た執事が乗っては、浮いて仕方がない。

 目立つ。

 カオルの頭がきりきりと高速で回り、黒影に手を伸ばして、


「この馬、私の馬でして。馬車を引かせるにも、私に慣らせるためにも、私が鞭を取りたいのですが」


「なるほど。左様なお考えでしたか。では、お言葉に甘えまして」


 執事が後ろに回って、荷馬車に乗り込む。

 ふう、と溜め息をついて、カオルが御者台に上がり、荷馬車の方に顔を向け、


「お店はどちらでしょう?」


「ここから広場を真っ直ぐ抜けますと、少しはまともな店がある通りに出ます。

 その辺りで売りましょう」


 まともな店。

 以前、マサヒデ達と香水を買いに行った店がある通りだ。

 高い店が並んでいる。

 この執事にとっては、あれが少しはまともな店か。


「承知しました」


 ぱしん、と鞭を入れて、馬車が走り出す。

 この馬車なら、少し広い通りなら簡単に向きを変えられる。

 しばらくして、おお! と執事の声。

 ん、とカオルが耳を立てる。


「これがただの荷馬車ですか! 話には聞いておりましたが・・・」


「凄いでしょ? 揺れないでしょ?」


「うむ! 素晴らしい! 

 揺れの少なさも素晴らしいですが、この道幅で難なく向きを変えられる!

 いや、流石はマサヒデ様、良い物を選びますな!」


「だろー! これで金貨・・・70枚? 80枚だっけ?

 忘れちゃったけど、とにかく、100枚もしないんだよー!」


「なんと! クレール様の仰った通り、これは革命を起こしますな!」


 執事も感心している。

 やはり、マサヒデは良い馬車を選んだ。

 マツとクレールが必死に権利を買い取ろうとするはずだ。


「ふふ」


 小さく笑いながら、カオルが鞭を入れる。



----------



 しばらく馬車を走らせ、高級店が並ぶ通りに入った。

 段々、高い店が増えてくる。


「サダマキ様! そろそろ!」


 荷が崩れないよう、ゆっくりと馬車を止める。

 さっと御者台から飛び降りると、執事とシズクも降りてくる。

 執事がくるっと周りを見渡して、


「うむ。近い所から順に参りましょう。まずは、手前のあの店に」


 執事が指差した店。

 一見、他と比べて小さいし、詫びた店に見えるが、これは高い。

 分からずに入ると、恥をかく。

 店構えで目がある客を選ぶ、といった店だ。

 予想通り、あれ、とシズクが首を傾げ、


「なんか、そんなに高そうじゃないけど」


 カオルが小さく首を振り、


「シズクさん。分からずに入ると、恥をかきますよ」


「そうなの?」


「そういう店です。まず一山お願いします」


「はーい」


 よ、とシズクが重ねられた箱を抱え、執事ががらりと店の戸を開く。


(やはり)


 執事に続いて店に入ると、そう広くない店の両脇に、皿や茶碗が並んでいる。

 ここは客を選ぶ店だ。

 どれも値札が付いていない。

 値を聞いても教えてはくれないだろう。

 目で見て、見合った値段を伝えないと、もう何も売ってくれなくなる。


 店の中には、うっすらと香が焚かれていて、良い香りが漂っている。

 香の香りで気付いたか、シズクの顔が緊張している。


「いらっしゃいませ」


 上等な着物を着た店員が頭を軽く下げる。

 執事は臆する事なく、


「こちらを買い取って頂きたく」


 と、シズクが抱えた箱に軽く手を差し出す。


「承知致しました。見せて頂きます」


 つん、とカオルがシズクを軽く肘で突き、恐る恐るシズクが箱を下ろす。

 一箱取って、店員が蓋を開ける。


「ほう」


 と小さく声を出し、次の箱を取って、蓋を開ける。

 一旦蓋を閉じて、重なった箱の山を軽く見て、執事の方を向き、


「この箱は・・・どれも贈り物で頂いた物ですか」


「はい。先日催されました、トミヤス様のお七夜の宴で。

 私、トミヤス様の命で参りました」


 にこにこしている店員の目だけが、少しだけ細くなる。


「なるほど、トミヤス様の。お聞きしております。

 それにしてもこれだけの数とは。いやはや、流石トミヤス様です」


「ははは! 外には馬車が停まっております。

 買い取れる分だけで結構ですので」


「これはこれは。ありがとうございます」


 店員が紙と筆を出して、机の上に置く。

 懐から薄い手袋を出して付ける。

 もう一度、取った箱の蓋を開け、静かに器を出す。


 上げたり下げたり回したり。

 しばらく真剣な顔で器を見つめ、机の上の紙に何か書いた。

 む、と執事がシズクの方を向き、


「シズク様。箱をお願いします。次の店へ参ります」


「え?」


 シズクが執事と店員を見る。

 安く査定されたか。

 カオルが脇差の柄に指を乗せ、鋭い目を店員に向ける。

 店員はカオルをちらっと見たが、慌てもせず、


「お待ちを」


 店員がすっと線を引き、書き直す。


「こちらで」


 書き直した所をちらっと見て、執事がくるりと振り返り、


「さ、皆様、参りましょう」


 と、足を出した所で、


「まあまあ、そう急がずとも。茶でもお出し致します。

 査定が終わるまで、そちらで少しお休み頂いて」


 全く慌てた感じがない店員に、カオルが鋭い目をじっと向けている。

 執事はカオルに小さく頷き、にっこり笑って振り返り、


「では、お言葉に甘えて、一服頂きますか」


 店員が立ち上がって、奥に入って行く。


(ううむ)


 舐められていたわけではない。

 今、我々も査定されていたのだ。


 この交渉は、器を見る目がないカオルには出来ない。

 名前である程度は分かるが、相場は大雑把にしか分からない。

 目があっても、相場の分からないクレールにも交渉は出来ない。


 執事の横に静かに座り、ちらと目を向ける。

 執事もカオルに目を向け、口の端を小さく上げた。


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