第521話
魔術師協会。
マツ、クレール、シズクが落雁をつまみながら喋っている。
「あ、来たね」
シズクが顔を玄関の方に向けると、からからから、と静かに玄関が開いた。
「おはようございます!」
すっとマツが立ち上がって、玄関に出ていく。
少しして、マツと執事が入って来た。
「クレール様、おはようございます」
「ご苦労様。今日は頼みます」
「は。シズク様、おはようございます」
「おはよう!」
クレールが座布団をちら、と見て、
「お座りなさい」
「失礼致します」
と、執事が座る。
クレールが頷き、
「話は聞いたと思いますが、もう一度。今日は、カオルさんとシズクさんと一緒に、届いた贈り物の不要な物を売りに行きます。残念ながら、お二人には目がありません。査定の際、ごまかされないよう、あなたがしかと見張ること」
「は。お任せ下さい」
クレールが庭の山積みの箱を見て、
「見ての通り、量があります。時間がかかると思いますが、頼みます。
今日中には済まないかもしれませんから、その場合は明日も頼みます」
「承知しております」
よ、とクレールが小さな革袋を渡す。
金の袋だ。
「遅くなると思いますから、帰りはお二人と虎徹で食べて来なさい。
場所はお二人が知っております」
シズクがぱっと顔を輝かせ、
「え! 良いの!?」
クレールがシズクに笑って頷き、きっと真面目な顔を執事に向ける。
「料理と酒の味をしかと覚え、お父様にしかとお伝えなさい。
私からも既に伝えてありますが、あなたの意見も細かくお伝えするように。
三浦酒天に匹敵する店です。必ずものにしますよ」
きら、と執事の目が光る。
「三浦酒天に!? ・・・必ず!」
ばさりとクレールが紙の束を置く。
すすっと手を伸ばし、執事が紙の束を受け取って、懐に入れる。
「お任せ下さい」
(あれに全部書くのか?)
マツとシズクが顔を見合わせる。
クレールと執事の目が燃えている。
「あ、カオル、来たね」
シズクが立ち上がって、庭に下りて行き、箱を一山抱える。
少しして、がらがらと馬車の音がして、魔術師協会の入り口で止まった。
「お手伝いします」
執事も玄関から出、カオルに挨拶している声が聞こえてくる。
マツが玄関の方を見て、笑顔になる。
「早く終わるかもしれませんね。
では、クレールさん、私も仕事に」
「はい!」
マツが立ち上がって、執務室へ入って行く。
盆の上に、皆の湯呑と落雁が乗っていた小皿を重ねて置いて、クレールが台所に入って行く。
(へーえ)
シズクが庭から山積みの箱を持ち上げながら、クレールの様子を見ている。
片付けなどしていなかったクレールが、最近、たまにするようになってきた。
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一台分、贈り物を積んで、カオルが御者台に乗ろうとすると、
「サダマキ様、私が」
と、執事が御者台に手を掛ける。
「あ、いえいえ! 私が乗りますので! どうぞ後ろに!」
カオルが慌てて止める。
荷馬車にこんなに綺麗な服を着た執事が乗っては、浮いて仕方がない。
目立つ。
カオルの頭がきりきりと高速で回り、黒影に手を伸ばして、
「この馬、私の馬でして。馬車を引かせるにも、私に慣らせるためにも、私が鞭を取りたいのですが」
「なるほど。左様なお考えでしたか。では、お言葉に甘えまして」
執事が後ろに回って、荷馬車に乗り込む。
ふう、と溜め息をついて、カオルが御者台に上がり、荷馬車の方に顔を向け、
「お店はどちらでしょう?」
「ここから広場を真っ直ぐ抜けますと、少しはまともな店がある通りに出ます。
その辺りで売りましょう」
まともな店。
以前、マサヒデ達と香水を買いに行った店がある通りだ。
高い店が並んでいる。
この執事にとっては、あれが少しはまともな店か。
「承知しました」
ぱしん、と鞭を入れて、馬車が走り出す。
この馬車なら、少し広い通りなら簡単に向きを変えられる。
しばらくして、おお! と執事の声。
ん、とカオルが耳を立てる。
「これがただの荷馬車ですか! 話には聞いておりましたが・・・」
「凄いでしょ? 揺れないでしょ?」
「うむ! 素晴らしい!
揺れの少なさも素晴らしいですが、この道幅で難なく向きを変えられる!
いや、流石はマサヒデ様、良い物を選びますな!」
「だろー! これで金貨・・・70枚? 80枚だっけ?
忘れちゃったけど、とにかく、100枚もしないんだよー!」
「なんと! クレール様の仰った通り、これは革命を起こしますな!」
執事も感心している。
やはり、マサヒデは良い馬車を選んだ。
マツとクレールが必死に権利を買い取ろうとするはずだ。
「ふふ」
小さく笑いながら、カオルが鞭を入れる。
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しばらく馬車を走らせ、高級店が並ぶ通りに入った。
段々、高い店が増えてくる。
「サダマキ様! そろそろ!」
荷が崩れないよう、ゆっくりと馬車を止める。
さっと御者台から飛び降りると、執事とシズクも降りてくる。
執事がくるっと周りを見渡して、
「うむ。近い所から順に参りましょう。まずは、手前のあの店に」
執事が指差した店。
一見、他と比べて小さいし、詫びた店に見えるが、これは高い。
分からずに入ると、恥をかく。
店構えで目がある客を選ぶ、といった店だ。
予想通り、あれ、とシズクが首を傾げ、
「なんか、そんなに高そうじゃないけど」
カオルが小さく首を振り、
「シズクさん。分からずに入ると、恥をかきますよ」
「そうなの?」
「そういう店です。まず一山お願いします」
「はーい」
よ、とシズクが重ねられた箱を抱え、執事ががらりと店の戸を開く。
(やはり)
執事に続いて店に入ると、そう広くない店の両脇に、皿や茶碗が並んでいる。
ここは客を選ぶ店だ。
どれも値札が付いていない。
値を聞いても教えてはくれないだろう。
目で見て、見合った値段を伝えないと、もう何も売ってくれなくなる。
店の中には、うっすらと香が焚かれていて、良い香りが漂っている。
香の香りで気付いたか、シズクの顔が緊張している。
「いらっしゃいませ」
上等な着物を着た店員が頭を軽く下げる。
執事は臆する事なく、
「こちらを買い取って頂きたく」
と、シズクが抱えた箱に軽く手を差し出す。
「承知致しました。見せて頂きます」
つん、とカオルがシズクを軽く肘で突き、恐る恐るシズクが箱を下ろす。
一箱取って、店員が蓋を開ける。
「ほう」
と小さく声を出し、次の箱を取って、蓋を開ける。
一旦蓋を閉じて、重なった箱の山を軽く見て、執事の方を向き、
「この箱は・・・どれも贈り物で頂いた物ですか」
「はい。先日催されました、トミヤス様のお七夜の宴で。
私、トミヤス様の命で参りました」
にこにこしている店員の目だけが、少しだけ細くなる。
「なるほど、トミヤス様の。お聞きしております。
それにしてもこれだけの数とは。いやはや、流石トミヤス様です」
「ははは! 外には馬車が停まっております。
買い取れる分だけで結構ですので」
「これはこれは。ありがとうございます」
店員が紙と筆を出して、机の上に置く。
懐から薄い手袋を出して付ける。
もう一度、取った箱の蓋を開け、静かに器を出す。
上げたり下げたり回したり。
しばらく真剣な顔で器を見つめ、机の上の紙に何か書いた。
む、と執事がシズクの方を向き、
「シズク様。箱をお願いします。次の店へ参ります」
「え?」
シズクが執事と店員を見る。
安く査定されたか。
カオルが脇差の柄に指を乗せ、鋭い目を店員に向ける。
店員はカオルをちらっと見たが、慌てもせず、
「お待ちを」
店員がすっと線を引き、書き直す。
「こちらで」
書き直した所をちらっと見て、執事がくるりと振り返り、
「さ、皆様、参りましょう」
と、足を出した所で、
「まあまあ、そう急がずとも。茶でもお出し致します。
査定が終わるまで、そちらで少しお休み頂いて」
全く慌てた感じがない店員に、カオルが鋭い目をじっと向けている。
執事はカオルに小さく頷き、にっこり笑って振り返り、
「では、お言葉に甘えて、一服頂きますか」
店員が立ち上がって、奥に入って行く。
(ううむ)
舐められていたわけではない。
今、我々も査定されていたのだ。
この交渉は、器を見る目がないカオルには出来ない。
名前である程度は分かるが、相場は大雑把にしか分からない。
目があっても、相場の分からないクレールにも交渉は出来ない。
執事の横に静かに座り、ちらと目を向ける。
執事もカオルに目を向け、口の端を小さく上げた。