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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十九章 贈り物
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第519話


 明早朝。


 真剣を持ったマサヒデとカオルが、庭に立つ。

 2人の気合が違いすぎて、朝から庭がぴりぴりしている。

 これから奥義の伝授でもしそうな雰囲気だ。


 シズクも少し離れて立っている。

 鉄棒を立てて、じっと2人の様子を見ている。


「カオルさん。今日の目標は、成功1回です」


「は」


(1回でここまで気合が必要なのか)


 すうっとシズクの目が細まる。

 これは無願想流以上かもしれない。


「素振りは100・・・いや、真剣ですし、50回にしましょう。

 うち、成功1回を目標にします。

 振り被る。振り下ろす。一連が続けて出来て、成功とします」


「は」


「成功した時の感覚を、しかと掴みましょう。

 無願想流と同じで、掴むには感覚の部分が大きそうです。

 さらに、三傅流と同じで、合理を極限まで突き詰めている」


 強い目でカオルが頷く。


「はい」


「合理は、昨日ある程度は分かりました。ただ・・・」


 マサヒデが右手に持った無銘の柄を少し見て、カオルに目を戻す。


「これは勘ですけど、まだ『ある程度』だと思います。

 いや、まず間違いなく、合理の部分を全て分かっていません。

 合理は、こうしたらこう、こうするにはこう、という理由がある。

 だから、絶対に気付けます。

 少しでも何か気付いたら、教えて下さい。

 私も気付いたら教えます。では、始めましょう」


「は!」


 2人が離れて向かい合い、鯉口を切り、抜く。

 離れていても、真剣を抜いて向き合っての素振りは、かなりの心労がある。


「1」


 す、と2人の剣が同時に上がる。

 しゅ! ぴゅん! と音を鳴らし、2人の剣が真っ直ぐ振り下ろされる。

 納得いかない2人の顔。

 くい、くい、とマサヒデとカオルが切先を上げる。


「2」


 す、と2人の剣が同時に上がる。

 しゅ! ぴゅん! と音を鳴らし、2人の剣が真っ直ぐ振り下ろされる。

 2人が目を細めて切先を見る。


「3・・・」


(こりゃあ、やべえって)


 鉄棒を脇に抱え、ぱん! と両手を頬に叩きつけ、気合を入れる。

 シズクも、ふっと肩の力を抜いて、鉄棒を構え、じりじりと前に出していく。



----------



 ぴりぴりした朝の素振りが終わり、朝餉の時間。


 マサヒデとカオルの気合はすっかり抜けて、普段の顔に戻っている。


「カオルさん。モトカネで50回の素振り、筋肉痛出そうですか?」


 カオルは箸と椀を置き、手首から上腕までくにくにと揉むようにして、


「少し疲れはしましたが、大丈夫そうです」


「では、明日も50回でいきましょうか」


「は」


 え? とシズクが不思議そうな顔で、


「50回振れるなら、60回に増やさないの?

 目標は2000回でしょ?」


「増やしませんよ。筋肉を付けるのが目的ではありません。

 正しく振れるようになれば、10回も1000回も変わりなくなります」


「いや、そこは分かってるけどさ。

 マサちゃん、今日、何回成功したの」


「0です」


「じゃあ60回にした方が良いじゃん。

 あと10回の所で成功するかも」


 マサヒデはちょっと小首を傾げ、


「それもそうですかね」


「でもさ、100回以上はやめてよ」


「え? 何故そうなるんですか。

 回数が多ければ、成功するかもって、今言ったじゃないですか」


「そんなに長い時間、庭があんなに緊張してるのやだよ」


「ははは! そうですか! じゃあ、限界100ですね!」


 マツが味噌汁から豆腐をひょいと摘んで、


「台所まで緊張感が伝わってきましたよ。

 朝餉の支度するのが怖くて、どきどきして包丁で指を切るかと」


「ええ? そうでしたか?」


「そうですとも。ねえ、クレールさん?」


「え! ええと、私はさっきまで寝てたので・・・え、えへへ・・・」


 くす、とマツが笑って、


「そうでした。クレールさんは、一番のお寝坊さんでしたね」


「あ、あはは・・・ごめんなさい・・・」


 マサヒデ達が笑って、赤い顔のクレールを見る。


「ははは! 良いんですよ!

 さて、今日はクレールさんに頼みがあります」


「はい! お聞かせ下さい!」


 ば! と俯いたクレールが顔を上げる。


「今日は、庭の贈り物を売りに行きます。

 そこで、クレールさんの執事さんにお助けを願いたいのです。

 良し悪しはクレールさんも分かるでしょう。

 でも、売値までは分からないでしょう。

 我々では、ふっかけられても分かりませんからね」


「それなら、私が参りますけど」


 と、マツが言ったが、マサヒデはマツを見て、


「産休、取れたんですか?」


 う、とマツは俯いて、


「あ、いえ・・・体調が全く変わらないので・・・」


「では、マツさんはお仕事があるから駄目です」


 マサヒデは庭の箱の山を見て、


「運ぶだけでも、朝から昼過ぎまでかかったんです。

 売りに行くとなると、一品一品、査定がされます。

 当然、かなりの時間が掛かります」


 はあー! とシズクが大きく溜め息をついて、


「じゃ、今日一日じゃ終わらないかもねー」


 ふう、とマサヒデも溜め息をつき、


「そういう事ですね。クレールさん、頼めますか?」


「お任せ下さい!」


 クレールがにっこり笑って、ぱん、ぱん、と手を叩く。

 庭を誰かが過ぎていく気配。

 これで半刻もしたら執事が来てくれる。


「ああ、そうだった。マツさん、ああいう高い器とかって、やっぱり職人街の骨董屋では捌ききれないですよね?」


「ええ。無理だと思います」


「では、売りに行くとなると、お高い店だと思うのですが、そういう店って買い取りもしてくれますかね?」


「お店にもよりますけど、大体は買い取って頂けますよ」


「良かった。高い店って、買い取りしてくれないって感じあるんですよね」


 くす、とマツが笑って、


「ええ。分かります」


 マサヒデは笑いながら小さく頷いて、


「さて、と・・・カオルさん、シズクさん」


「は」


「今日は、カオルさんとシズクさんで行ってもらえますか?

 私、そろそろギルドで稽古したいです」


 む! とシズクが不機嫌な顔で、


「私も稽古に行きたーい!」


「あれだけの量です。積み下ろしは、シズクさんに手伝って欲しい。

 当然、クレールさんでは無理ですし。お願い出来ませんか?」


「むむ・・・」


「今日中に片付かなかったら、明日は私とカオルさんが行きますよ。

 これでどうでしょう」


 渋々、シズクは頷いて、


「分かったけどさあー」


「なんです」


 シズクは上を向いて、首を左右にぷらんぷらんさせながら、


「査定とかって時間かかるんだろー? 退屈そうだなー」


「地下に本が沢山あるではありませんか。

 何冊か持って行きなさい」


「おっ! そうする!」


 ぱち、と箸を置いて、湯呑を取り、ぐぐっと飲み干す。

 さ、とカオルが新しい茶を注いでくれる。

 マサヒデはカオルに軽く頭を下げ、


「では、少し早いですけど、これ飲んだら私はギルドに行きます。

 ふふふ、何日も空けてないのに、すごく久し振りな気分ですね」


 くい、と湯呑を傾けて一口飲み、


「それと、ギルドで稽古したら、昨日の稽古で分かった所をアルマダさんに伝えに行きます。昼はギルドで済ませますよ」


 ぐっと一気に飲んで、立ち上がる。


「では、カオルさん、シズクさん。よろしくお願いします」


 帯をくいと直して、刀架から大小をとり、


「それでは」


「いってらっしゃいませ」


 マツ、クレール、カオルが頭を下げ、シズクが軽く手を振った。


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