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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十九章 贈り物
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第518話


 マサヒデは腰に差した雲切丸と脇差を刀架に掛けて、無銘の刀を取る。

 縁側に座ったカオルが、マサヒデを見上げる。


「カオルさん。まだ明るい。少しやりますか?」


「は!」


 茣蓙に積まれた山積みの箱を避けて、庭の隅の方に向かう。

 ちら、と見ると、刀がいくつか減っている。

 忍が持って行ったのだ。


(目に適った物があったようだ。良かった)


 と、小さく口の端を上げて、庭の隅に立つ。

 マサヒデはカオルの真横から少しだけ前に立ち、


「互いに振りを見て、気付いた所を指摘していきましょうか。

 まず、力を使わずに振り上げる所だけ探しましょう。

 振り下ろすのを見るのは、次です」


「は!」


「では構えて」


「は」


 カオルがくい、と鯉口を切って、鞘ごと前に出し、腰を少し回して抜く。

 モトカネはカオルには少し長いので、三傅流の抜き方。

 ぴたりと腰の位置に置かれる。


「まず、握りの確認です。全身の力を抜いて、切先を落として下さい」


「は」


 すとん、とカオルの力が抜ける。

 この握りの確認で、力が抜ける。

 切先はぴたりと水平に止まったまま。


「それより下には落ちませんね?」


「はい」


「上げて」


 少しずつ上げて、手首をくいと顔側に傾ける。

 切先が後ろに傾いて、頭の方に倒れていき、腕が上がって頭のぎりぎり上で刀が水平に止まる。


(ううむ)


 マサヒデが険しい顔で顎に手を当てる。

 確かに振り被るのは楽になる。

 マサヒデが思い付いたのも、全く同じだ。

 だが、腕で持ち上げていかねばならない。


「振り下ろして下さい」


 ぴゅん! と、モトカネの綺麗な樋音。

 ぴたりと腰の位置で止まるモトカネ。


「私が考えていたのと、全く同じです。

 真剣で、2000回、3000回、いけますかね」


 カオルが目を瞑って、小さく首を振る。

 マサヒデも、これでは無理だと思う。

 200、300は振れるかもしれないが、腕が疲れてしまう。

 今も、朝の真剣での素振りのお陰で、筋肉痛を起こしかけている。


「コヒョウエ先生は、この振りが無願想流に近いと考えて教えてくれたはず」


「はい」


「と、いう事は・・・」


 じーっと、カオルの腰の位置で水平に止まった刀を見る。

 身体を持って行かせる?

 となると・・・


「ほんの少し、切先を上げて下さい」


 くい、切先が上を向く。

 マサヒデが横からカオルの手首と手の甲の間に手刀を置いて、


「手首がここから前に出ないよう、身体だけを前に1歩」


 身体に押されるように肘が外に開き、手首が水平から上を向き、刀が垂直に。


「む!」


 カオルが目を見開く。

 もう少し前に出れば、刀が顔側に傾く。

 身体ごと前に持って行くから、そのまま腕を上げるだけで、力を入れずに振り被ることが出来る。出来るが・・・


「ご主人様、これでしょうか?」


 マサヒデが首を振る。


「違いますね。脇が開いてしまうし、これでは筋がブレる。

 それに、毎回大きく1歩前に出ないといけない。

 間合いが開いてなければ振れない。

 かなり限定されてしまいます」


「確かに・・・」


「まあ、これはこれで使えるかもしれませんから、頭の隅にでも」


 カオルが垂直に上がった刀を水平に下ろし、マサヒデに顔を向け、


「ご主人様」


「何か分かりましたか」


「いえ、予想でしかないのですが・・・

 無願想流に近いのであれば、もしかして、支点の違いでは?

 振り被る時に、軸を別の場所に作るのでは?」


 は! とマサヒデが顔を上げ、


「そうか!」


 無願想流は振り出してから、刀の筋に合わせて軸が作られる振り方だ。

 だから、どの方向から振っても軸がブレない。

 この『軸を動かす』『別の場所が軸になる』という所が、カオルの予想。

 普通とは支点が違う上げ方、という訳だ。


「普通、肘を支点に上げますが、私の予想では、肩か肩甲骨です。

 先程の、一歩前に出た時、肘は外に逃げましたが、肩はそのまま」


「なるほど」


「どう動かすか、ですが・・・」


 カオルが切先を見ながら、肩をぐりぐりと動かしたり、肩甲骨をくいくい動かしたり。マサヒデもそれを横から見て、


(肩だ)


 と確信した。

 カオルもすぐに分かったようで、肩を縦方向にぐるぐる回す。

 手首の位置を動かさないようにすると、角度だけが変わる。

 角度が変わり、切先が小さく上がったり下がったりしている。


 肩を下げる。切先が上に向く。

 肩を上げる。切先が下に向く。

 これで振り被り、振り下ろす。


「肩ですね」


「はい」


 だが、こんなに大きくぐるぐる回すはずがない。

 これではすぐに疲れてしまう。

 おそらく、肩甲骨も一緒に、両方を最小限に動かすのだ。

 マサヒデがカオルの背中に回り、そっと肩甲骨に手を当てた。


「ひ」


 切先に集中していたカオルが驚き、小さく肩をすくめる。

 なあんだ、とかくんと肩を落とす。


「それだ」


 マサヒデが目を細めて、カオルの肩越しに切先を見つめる。

 振り向いたカオルも、マサヒデの視線に気付いて、切先に目を戻す。

 一瞬驚いたカオルの顔が、すうっと引き締まる。


 切先が大きく上がっている。


 手首を固定。

 肩を落とす。

 腕が前に出る。

 固定された手首の角度が変わる。

 鍔元辺りを支点にするように、くん、と切先が上を向く。

 合気のように、軽く上に持って行くだけで振り被れる。

 そんな感じでいけるはずだ。力は全然いらない。


 マサヒデがカオルの肩に手を置いて、背中から顔を横に並べ、切先を指差す。


「肩甲骨も必要かと思いましたが、肩だけでしたね」


「はい」


 切先を指差した人差し指を、すっと上に上げる。


「カオルさんの、合気上げの予想、合ってましたね。

 このまま、切先が上がる勢いをすっと上に持っていくだけだ。

 合気と同じような力の使い方。重さはかからないから、腕は疲れない」


「おそらく、いや、間違いなく正解です。

 ですが、ご主人様・・・これは難しいですね・・・」


「ええ。頭で分かっていても、何年もかかるって、予想通りでした。

 しかし、それにしても、ここまでとは・・・」


「カゲミツ様は、これを1ヶ月で振れるようになったのですね」


「1ヶ月・・・」



----------



 庭の隅でぴったりくっついているマサヒデとカオル。


 マツの首の裏からは、もやもやと黒い霧が垂れている。

 クレールも真っ赤な顔で、膝の上でぷるぷると拳を震わせている。

 シズクは眉を寄せて、口をぎゅっと締めて2人を見ている。


「むん!」


 と立ち上がりかけたクレールの肩に、シズクの手が置かれる。

 き! とクレールがシズクの方を向く。

 シズクはクレールに顔を向けもせず、真剣な顔で2人を見ている。


「もう少し」


 ぽつん、とシズクが言った。

 このシズクの顔は、何か違う。

 でも、この顔には見覚えがある。

 マサヒデとカオルが、無願想流の振りを見つけた時の顔。

 2人がはしゃいで、くるくると踊るように振っていた時の顔。


「マツ様」


 きりきりと歯を鳴らしながら、黒いオーラを出すマツの膝に、クレールが静かに手を置く。クレールの顔も、真剣なものに変わっている。

 む! とクレールの方に振り向いたマツも、すぐに2人の表情に気付いた。

 あの2人は、何か尋常ではないものを発見したのだ。


 はっとして、マサヒデとカオルに目を向ける。

 2人の顔が真剣すぎる。

 手を少しでも伸ばしたら、空気が張り裂けそうな程に。


 シズクが囁くような声で、


「あれが2000回の秘密だったんだ。

 コヒョウエ先生、とんでもないもの教えてくれたね」


「それ程ですか」


「無願想流と同じくらい。剣聖って怖いよ。

 カゲミツ様、あれを1ヶ月で出来るようになったんだね」


 小さなシズクの声が、大きく聞こえる。


 少しして、2人の口が閉じ、くい、とカオルの刀の切先が上がった。

 少し上がった所で、マサヒデが首を振る。

 カオルは振り被りもせず、少し上がった切先が水平に落ちる。


 もう一度、カオルの刀の切先が上がる。

 また、マサヒデが首を振る。

 また、カオルは振り被りもしない。


 2人の顔は、真剣勝負を始めようとするかのようだ。

 庭がしんと静かになっていく。


 ちりん、と風鈴が鳴ったが、誰の耳にも届かない。

 こん! と鹿威しが鳴ったが、誰の耳にも届かない。

 マツもクレールも、いつしか息を止めて2人を見ている。

 沈んでいく西日が、くっついた2人の影を、長く落としている。


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