第497話
レストラン内。
カゲミツとイマイがくるくる顔を回し、ラディを探す。
「あれだ」
ぴ、とカゲミツが指差した所に、ホルニにくっついたラディ。
「行きましょう!」「おう!」
ずかずかと招待客を分けて、カゲミツとイマイが歩いて行く。
途中で、お、とホルニが気付いて、カゲミツ達の方に向く。
さっきの呆けた感じとは、全然様子が違う。
むしろ、気合が入っているが・・・
「カゲミツ様」
「おう、ホルニさん。心配かけたな。もう良いんだ。
それより、ラディちゃん」
私? とラディが驚いてカゲミツを見る。
横のイマイは、凄い顔でラディを見ている。
「はい?」
「あんた、死霊術、本気で学んでみる気はねえか」
「は? 死霊術?」
死霊術を? 私が?
死霊術は全くだが・・・
「まあ、まず2人とも座ってくれ。
ホルニさん、あんたも。きっと驚くから」
オオタとマツモトが居なくなったテーブルに、4人が座る。
「細かい所は省くが、さっきクレールさんにマサヒデの刀を見てもらってな」
「はい」
にや、とカゲミツが笑う。
「驚けよおー・・・俺もイマイさんも、ビビっちまったんだから。な?」
イマイもにっこり笑って頷く。
人前でコウアンの名を出さないように、気を付けて・・・
「クレールさんがあれを握ってだ。こう集中してたんだがな・・・
なんと! 死霊術で『あの刀を打った刀匠』が見えるそうだ・・・」
あの刀を打った刀匠! つまり、コウアン!? コウアンが見える!?
「え!?」「本当ですか!?」
がたた、と2人が椅子を蹴立てて、ぐい! と身を乗り出す。
ばらけていた招待客達が、なんだ? とこちらを見る。
驚いた顔で、酔っ払っていたホルニの赤い顔も、一気に顔色が変わる。
カゲミツが小さく両手を上げて、
「まあまあまあ、二人共、落ち着けって。座って、な。最後まで聞いてくれ」
「は・・・」
ホルニとラディがゆっくり座る。
2人の目は、カゲミツに釘付けだ。
カゲミツは頷いて、
「だが、ああいったすげえ才を持った人とかは、呼び出すのにそりゃあ大量の魔力を使うそうだな。ラディさんは知ってるかな? あんたも魔術使うから」
「はい」
「死霊術ってのは、過去の歴史なんかを調べるのに、昔の学者だとかを呼び出すんだよな。でもよ、何人も使って呼んで、そんで死霊術師は何日も倒れたまま、とからしいな」
「はい」
「で、クレールさんでも、さすがに『あの刀匠』は1分も呼べねえ、みてえな事を言ってた。ああいった、すげえ才を持った人を呼んだりするのは、そりゃあ大変だ。だな?」
カゲミツがラディを見る。
ラディが小さく頷く。
「つまり、呼び出して教えを請おう、ってのは難しいって事だが・・・
だーがっ! しかーし!」
カゲミツとイマイが顔を合わせて、にやっと笑う。
カゲミツがぐっと身を乗り出し、指を目の下に当てて、
「見る事は、出来る」
は! ラディとホルニの目が見開かれる。
「クレールさんが見た時は、神主みてえな格好して、お祈りしてたそうだ。
多分、奉納用の刀を打ったりとかにする、神事のあの格好だろうな。
ありゃあ銘が切ってあるらしいから、奉納刀じゃあねえよな。
そんだけ気合入れて打った作って事だ。ありがてえ事だな」
うんうん、とラディとホルニが頷く。
「さて! クレールさんは、鍛冶仕事を見てもさっぱりだろうが・・・」
そうか!
もう、カゲミツの言いたいことは分かった!
ラディが仕事の様子を見れば!
ぷるぷるとラディが身体を震わせる。
震えるラディを、ホルニが見つめる。
ぎし、とカゲミツが椅子に仰け反って「1杯くれ」と給仕に声を掛ける。
給仕からグラスを受け取って、カゲミツが笑う。
「もう分かったよな。
ラディさん。あんたが見りゃあ・・・な?
どうだ? 死霊術、やりたくなったか?」
ラディがぶんぶんと首を縦に振る。
カゲミツがグラスを傾け、ロビーの方に顔を向け、
「あの刀はさ、古刀だから・・・鋼が今とは全然違うから・・・」
ラディ達に顔を向け直し、
「あの異常な斬れ味は、打ち方よりも、まず鋼じゃねえか、と、俺は思う。
クレールさんが言うにゃあ、刀匠のすげえ真剣な気持ちが宿ったのかもとか。
コウアンの仕事ぶりを見たって、何も分からねえかもしれねえが・・・
でもよ。ここでがっくりする事ぁねえんだ」
カゲミツがまた身を乗り出して、ひそひそ話をするように口に手を当てて、
「・・・他にも色々覗けちゃうよな?」
あ! とホルニが声を上げ、
「今と同じ鋼を使っている刀匠なら、技をそのまま!?」
カゲミツが頷いて、グラスをホルニの方に突き出し、
「そう! そのまんま頂けちまうかもな!
他にもあるぜ。例えばだ、あんたの作はミカサ伝の作りだが・・・」
とん! とカゲミツがグラスを置き、ぐぐっと前に顔を出して、
「・・・ミカサ伝てのは、フギ伝とか、キホ伝みてえに、数はいねえ。
勘で作る所が大きいから、刀匠の数が少なくなるのも仕方ねえが・・・だ。
打ち方が難しい分、皆、他の伝とは格が違う奴が多いよな。
どいつもこいつも、これは! って刀匠が多いよな」
カゲミツがふっと笑い、すいっとホルニを小さく指差して、
「ホルニさん、あんたもその1人だ」
カゲミツが指を引き、顔をゆっくり回して、ホルニ、ラディの顔を見る。
「ムネサダ。タニベ。ウジカネ。ツグクニ。他にも、たっくさんいるよな。
ミカサ伝の開祖! あのミツクニの技も・・・見られる・・・
技術を完成させた! あのミツユキの技も・・・見られる・・・」
ごく、と2人の喉が鳴る。
過去の偉人の技。
恐ろしい刀匠の技。
いつの間にか失われた技術もあるかもしれない。
勘の部分は分からなくても、その技を、自分の手に出来るかも・・・
「ふふふ」
含み笑いをして、カゲミツが椅子に仰け反る。
ぐいっと残った酒を飲み干し、給仕に差し出す。
給仕が酒を入れ、カゲミツが顔の前にグラスを持ってくる。
「すげえよなあ、死霊術って・・・」
「はい!」「はい!」
ぶんぶんとラディとホルニが首を縦に振る。
「だがしかーし! ここで問題がひとつ!
クレールさんは、あの刀を握らないと見られなかった。
実際に持ってみなきゃあ、見られねえんだな」
「あ・・・」
興奮していたラディとホルニが、少し気が抜けてしまった。
が、次のカゲミツの言葉で、また顔色を変える。
カゲミツが少し顔を横に向け、顎に手を当てて、
「そういやあ・・・うちの蔵・・・色々あるなあ・・・色んなのが・・・さ」
にや。
笑って、目だけ2人に向ける。
「あ!」「ああっ!」
「使ってねえのは・・・蔵に・・・なっ!
カオルさんが持ってったのも、その中から。
見たろ? あのくれえのは、ころころしてる」
「「カゲミツ様!」」
声を上げる2人を見て、にやっとカゲミツが笑う。
「ラディさんよ。あんたが死霊術で、色々と見えるようになったら・・・
貸出ってのも、な・・・悪くねえよな・・・ふふふ。
色んな伝の良いとこ取り、とかさ。面白そうだよな」
2人の震えが大きくなり、がたがたとテーブルが音を立てる。
ちょっと待った! とカゲミツが前に手を出し、
「おおっとおー! すまねえ! 忘れる所だった!
・・・俺には、とっておきが3本あるんだった・・・」
「あっ! ああーっ!」
ラディが大声を上げた。
三大胆! 魔神剣! 月斗魔神!
これらの刀の打ちが見られるのか!?
「ふふふ・・・月斗魔神は、勘弁してもらったからな。まだ俺の物だ!
オトサメは、すんげえ魔力異常の地で打って、あれを作ったがよ。
人の国に居た頃でも、名刀を打ってるよなあ。
どおんな打ち方してたのかなあー。
俺さ、そこら辺、すーっごおーく! 気になるんだよなあ・・・」
ちら。
「ならねえ?」
「「なります!」」
にやり。
「魔神剣! ハンマーで思いっ切りぶっ叩いても、瑕ひとつ付きゃしねえ。
そんな鋼、一体、どうやって刀にしたんだ?
瑕が付かねえ魔術が、って訳じゃねえんだぜ。
ま、そもそも鋼ってもんじゃねえんだろうけど、そこは置いといて・・・
気にならねえ?」
「「なります!」」
カゲミツがグラスを揺らし、氷がからん、と音を立てる。
「ふふふ・・・ラディさん。仕事もあるだろうけどよ、その合間にでも、な?
ちと死霊術をお勉強、ってのも、悪かねえよな?
あんたみたく、打ち方も分かってて、普通に魔術も使えるって、中々いねえ。
せいぜい、火付けにちっちぇー火を出すとか、その程度の奴ばっかだろ?」
くい、とカゲミツがグラスを傾ける。
「魔術ってのぁ、向き不向きがあるみてえだしさ。
あんたと相性悪かったら、ちと大変なお勉強になっちまうが・・・
それでもよ、勉強する価値はある! と、俺は思うが・・・あるかな?」
「あります!」
ん、とカゲミツが頷き、
「だよな? 別に何か呼び出して使役、とかしなくて良いんだ。
見るだけ! 見るだけなんだから、さ。
意外と、初歩的な事かもしれねえし」
「はい!」
ラディの目が燃えている。
ホルニの目が燃えている。
「ふふふ。見るっての、逆にすげえ高度な技術かもしれねえけどさ。
俺は魔術は全くだから、この辺は良く分からねえが・・・」
カゲミツはひらひら手を振って、
「なあに、どんなに高度な技術だからって、気にする事ぁねえ。
なんたって、ここにゃあ、あのクレールさんがいるんだ。
あのすんげえ死霊術師がよ。悪くねえ。これって、悪くねえよな」
カゲミツが給仕の方を向いて、にっこり笑った。
「皆に、1杯頼む」
ラディとホルニとイマイの前に、ウィスキーのロックが置かれた。
3人がグラスを取る。
「わはは! ラディさんのお勉強が成功する事を願って! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ぐぐぐー!
ぷへぁ、とラディが息を吐く。
死霊術で、見る!
こんな使い方が出来た!
過去の知識を知る為に、人を呼び出す・・・
過去の知識を知る為に、呼び出せなくても、見る事は出来る!
私達、職人なら、目で盗める!
「もう1杯!」
ぐい! とラディがグラスを突き出す。
カゲミツもグラスを突き出す。
「わははは! 今日は特別な夜になりそうだな!」