第496話
ロビー。
カゲミツが雲切丸を前に、険しい顔でクレール待っている。
しばらくして、イマイがクレールを連れて来た。
クレールがにこにこしながら、
「あ! お父様、マサヒデ様の雲切丸、こっそり見てたんですね!
見て欲しいのって、これですか!?」
「ああ。これだ」
カゲミツの顔が真剣だ。
クレールもこれは何かあったかな、と笑いをおさめ、
「お父様、何かあったんですか? やっぱり欲しいんですか?」
「いや。ちょっと確認してもらいたい事があるんだ。急ぎでな。
クレールさんならすぐ分かると思ってよ。ま、座ってくれ」
ちょこん、とクレールがカゲミツの前に座り、イマイが隣に座る。
「さっき、マサヒデがこれで虎を斬ったよな」
「あー! お父様、聞いて下さい!
マサヒデ様、早く終わらせてご飯食べたいって」
むきー! とするクレールを、カゲミツが手を上げて止めて、
「真面目な話だから、聞いてくれ」
「あ、はい・・・申し訳ありません」
しゅん、とクレールが肩をすぼめる。
「でだ。虎を斬った後だ。
イマイさんに見てもらったんだが、小さな瑕ひとつ付いてなかった」
「わあ! すご、い・・・です・・・ね」
喜びかけたが、真面目な雰囲気で、声が段々小さくなる。
「虎を真正面から一刀両断。
ばすばすと骨を斬ってるはずなのに、瑕ひとつねえ。
いくら斬れるっても、ちょっと斬れすぎると思わねえか」
クレールはちょっと困ったような顔をして、苦笑い。
「ううん・・・えへへ、刀ってそういうものですか?」
「そういうもんさ。ちっちゃな枝斬った程度で、がっつり瑕が付く事もある。
勿論、何か魔術の掛かった奴とか、俺の刀みてえに称号があるのは別だが」
カゲミツは雲切丸を指差して、
「だが、これはそういうのはねえ。只の刀だ。
いくら国宝の酒天切の兄弟刀とはいえ、ちょっとおかしいと思ってな」
「おかしいんですか?」
「ああ。こういう古い刀ってのは、鋼の作りが今とは違うから、もしかしたらすっげえ鋼で出来てるって事もあるが・・・不安がある」
「不安って何でしょう? 私が何か・・・」
カゲミツが真剣な顔で頷き、
「何かやべえのが宿ってるとか・・・呪いの類か。そういう不安だ」
「え!?」
ぎょ! とクレールが雲切丸を見る。
そうだ。乗せただけで、髪の毛まで斬れる。
これは、いくら何でも尋常ではない・・・
言われると、急に不安になってきた。
なぜ、その可能性を考えなかったのか!?
この雲切丸は、魔術が掛かった品ではない。
その可能性は十分ある!
ごっくん、と大きく喉を鳴らし、カゲミツに目を戻す。
真剣な顔だ。冗談ではない。
横を見れば、イマイも真剣な顔でクレールを見ている。
「何か宿ってたって、良い奴とか、害がない奴ならいい。呪いだって、好き嫌いが増えるとか、毎日の抜け毛が1本増える、みてえな、全然大した事ねえ、くっだらねえ呪いもあるが・・・」
「・・・危険な物かもしれない、と」
カゲミツが頷く。
「ああ。ちょっとこいつは斬れすぎるから、不安になってな。
特に、やけに斬れるって作には、そういうのがたまにあるのさ。
この出来でこれは妙だなって祓ってもらったら、全然斬れなくなったりして。
クレールさんは死霊術がすげえから、そういうの分かると思うが、どうだ?
そういうのって、死霊術で分かるもんか?」
こく、とクレールが真面目な顔で頷き、
「見てみます」
と、雲切丸を握った。
強く目を瞑り、口をぎゅっと結んで、怖ろしい程に集中している。
カゲミツもイマイも、息を詰めてクレールを見つめる。
「・・・」
クレールは10分程、強く集中していて、目を開けた。
「ふう! 特に変な所は何もないです。
多分、コウアンさんだと思う人が見えましたけど、別に変なのは居ません」
「うぇ!?」
と、イマイが声を上げた。
カゲミツも驚いている。
「コウアンが見えるの!? どんな人!?」
「お父様よりも年上に見えました。
短いお髭が生えてて、頭にちっちゃな帽子被ってて。
神社の神主さんみたいな白い格好で、すごく真剣にお祈りしてました」
驚いた顔のカゲミツが、ぴりっと引き締まる。
「ちょっと待て。お祈り? 変なお祈りじゃねえだろうな?」
「そんなのではないです。神様に、良い刀が打てますようにって。
霊も宿ってないですね。きっと、この真剣なお祈りの気持ちです。
すごく真剣な気持ちが、何か良い力になって宿ったんだと思います。
強い気持ちって、宿るんですよ。
私、気持ちが宿って、前とすごく変わってしまった物、持ってますし」
気持ちは、宿る。
クレールは、魔剣でそれを見ている。
ラディとホルニの色んな気持ちが宿った、温かくなった魔剣。
「コウアンの強い気持ちが宿った・・・か。なるほどな。
うん、そりゃあ斬れて当たり前だわ」
イマイも、神妙な顔で雲切丸を見ながら頷く。
そのイマイの横顔を見ながら、クレールが笑顔を向ける。
「イマイ様のお気持ちも宿ってますよ!」
え、とイマイがクレールの方を向いて、自分を指差して、
「僕の?」
くす、とクレールが笑って、
「イマイ様ー、この雲切丸を抱いて寝てましたねー?
すごくお幸せな顔をしてらして。うふふ。よだれまで垂らして!」
ぎく、とイマイが固まり、カゲミツが変な顔でイマイを見る。
「・・・」「イマイさん・・・」
「でも、そこまで強い気持ちでこの雲切丸を好いて下さってますから、お気持ちが宿るのは当然です」
イマイが神妙な顔に戻って、雲切丸を見る。
「そっか・・・僕の気持ちもか・・・」
「まさか、イマイさんの変な趣味が呪いに、なんて事ぁねえよな?」
「呪いの類ですけど、そういう悪い気配みたいのは、全く感じないです。
あるとしても、すごく小さな、全然呪いじゃないみたいなのだと思います」
「そうか。クレールさんでも分からねえなら、呪いも平気だな」
ふうー、とカゲミツが安堵の息をつく。
「もうひとつ。この刀、何か魔力があるとかねえか?
分からねえくらい小さな魔術が混じってる、みてえな」
うーん、とクレールは首を傾げて、
「この世界の、どんな物にも、魔力ってありますから・・・お米1粒にも。
分からないくらい、小さな魔術とかだと、ちょっと・・・
でも、握った時、魔力がおかしいって感じは全然しませんでした」
「て事は、これはまず間違いなく、只の刀って事だな。
すげえのは、コウアンの真剣な気持ちが、ばっちり宿ってるから、と。
あとイマイさんのも」
クレールがにっこり笑って、
「きっとそうです! 変なの、悪いのは全然ないです!
お父様、イマイ様、ご安心下さい!」
「良かったあー・・・」
と、イマイが胸を撫で下ろして、
「ねえねえ、ところでさ、クレール様」
「はい?」
「その、コウアンらしき人って、死霊術で呼べる?」
クレールは眉を寄せて、腕を組み、
「んー! 呼べる、かもしれませんけど・・・」
え! とイマイとカゲミツが驚いてクレールを見る。
「え!? ほんと!?」「ほんとかよ!?」
と、2人は喜び驚いたが、クレールは険しい顔で、
「でも、これだけ凄い刀を打てる職人さんですよね。
私程度だと、長くは・・・5分は無理です。
1分呼べるか、それか、そもそも呼べないかも・・・」
カゲミツが身を乗り出し、
「ちょっと待ってくれ!
クレールさん、虎みてえなでっけえのが呼べるだろ?
人間がなんでそんなに難しいんだ?」
「こういう、何か凄い能力とか才能を持ってる人を呼ぶのって、魔力と集中力を凄く使うんです。死霊術って、歴史を調べたりするのに、過去の学者とか呼んだりするのによく使われるんですけど、そういう時は、魔術師が何人も集まってやるんですよ。終わった後は、何日も立ち上がれなくなったりとか」
無念! とカゲミツが腕を組んでソファーにもたれかかり、天井を仰いで、
「そうか・・・ううむ! いや、無理にお願いはしねえ。
こないだみてえに、倒れちまったら大変だしな」
ああ残念! と、イマイも天井に顔を向け、ぺちん、と額に手を乗せる。
「国宝になるくらいの刀を作っちゃう職人さんですから・・・
マツ様でも難しいと思いますよ。
15分、10分か・・・もっと短いかも。
実際に呼んでみないと分からないですけど・・・うーん!
これ程の職人さん、どれくらいの時間、呼べるでしょうか・・・」
「そんなにか? あのマツさんでも?」
「多分ですけど・・・ほら、もしそういう人達が簡単に呼べたらですよ。
歴代の剣聖で一番強いのは誰だ! みたいな試合、あると思いませんか?
職人さん達も、みーんな昔のすっごい人が師匠で、とか」
「おお! 確かにそうだな! そういうのねえよな!」
「そうだ! ないよね!」
納得、とカゲミツとイマイが声を上げる。
「死霊術って、この程度なんです。お父様、申し訳ありません」
ぺこっと頭を下げたクレールに、カゲミツがぶんぶん手を振り、
「いやいや、良いんだ。でもさ、お祈りしてたのは見えたんだな?」
「はい」
にやっとカゲミツが笑って、
「仕事してる所とか・・・見えるかな?」
は! とイマイが顔を変えた。
ぶん! とカゲミツを向き、ぶん! とクレールに顔を向ける。
「ずっと見てれば、そういう所も見えるかもしれませんが・・・」
イマイが、驚いた顔をゆっくりとカゲミツに向ける。
カゲミツはイマイを見て、にやにや笑う。
あ、そういう事か。
「でも、私では鍛冶仕事のどこが凄いとか、何が違うって分かりませんよ?」
あら、と2人ががっくりと肩を落とす。
「ああ・・・そう、だよな・・・」「ん、んんー・・・」
クレールがにっこり笑って、ぺちん、と手を合わせ、
「えっへっへー。ラディさんにご相談してみてはいかがでしょう。
ラディさんが死霊術で見ることが出来るようになったら、色々分かるかも。
凄い刀が打てるようになったりして! 新しい国宝とか!」
ば! とイマイが顔を上げ、
「クレール様天才!」
カゲミツも満面の笑みを浮かべる。
「それだ! イマイさんよ! ラディさんだ!」
「はい!」
ば! ば! と2人が立ち上がり、
「クレールさん、その刀、預けといてくれ! また後でな!」
と、レストランに駆け出して行った。
クレールは、はしゃぎながら走って行く2人の背中を見て、くす、と笑い、
(ラディさん! 死霊術の稽古は任せて下さい!)
クレールも立ち上がり、雲切丸を給仕に渡して、レストランに戻って行く。