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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
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第494話


 シズクが大杯を持ってぶらぶらしている。

 あまり話しかけてくる者もおらず、飯を食って酒を呑むだけ。

 暇だなあ、とふらふらしていると・・・


「あっ!」


 トミヤス道場の門弟。

 トングで皿に料理を置いている。

 あの後ろ姿は見覚えがある。


 ずかずか。

 は! とシズクの足音に気付いて、金髪の門弟が振り向く。


「お前! エミーリャだな! 久し振りだな!」


 う、と気不味い顔をして、エミーリャが目を逸らす。


「は、ご無沙汰しております」


 どん、とシズクの手が肩に置かれ、ぐ、と小さく声を上げる。

 ただ手が置かれただけなのに、鎖骨が持っていかれそうだ。


「なんで道場に来ないんだよー」


「私は弓の方なので、外におりまして」


 ぱっとシズクが笑顔になる。


「ああ、そうか! お前は弓が得物だったよな。

 ずっと見てないから、来なくなったか心配してたんだぞ!」


「ご心配をお掛けしまして、申し訳ありません」


 ぐいっとシズクが大盃を傾け、


「弓ばっかやってるってわけじゃないだろ?

 お前、剣も使ってたじゃないか。ナイフだったっけ?」


「いえ、まずは主に使う物からと、弓に集中しております」


「あー、そうだったのか! それで道場の方に来ないのか!

 そういや、弓ってどういう稽古してるの?

 ひたすら射るだけ? 狩りとかするの?」


「私は、まだ蟻を見ております」


「は?」


 蟻を見る、とは。

 シズクの頭に疑問符がぽこぽこ浮かぶ。


「蟻って、虫の?」


「はい」


「それが稽古?」


「はい。糸で蟻をぶら下げて、見ております。

 カゲミツ様が見るに、私は弓を手に取るのはまだ早いと。

 まずは目を鍛えよとのことで、目を鍛えておるのです」


 エミーリャは少し照れ臭そうに笑って、


「私は虫人なので、さすがに目の伸びは早いな、と褒められました」


「へえー! 良かったじゃないか!

 にしても、蟻かあ! 弓ってそんな稽古するんだ・・・面白いねえ!」


「十分に見えるようになったら、一歩離れ、見えたらまた一歩と」


「じゃあ、1日中、ただ見てるだけ?」


「はい」


「なにそれ? 厳しいねえ!」


「古の達人は、これをシラミで行っていたとか。

 蟻など、甘い稽古だそうです」


 シズクは口を開けて、


「はあ!? シラミ!? で、それが出来る人は、どんなのやってるんだよ」


「こう、弓を構えまして」


 エミーリャが弓を構える形を取って、肘を指差し、


「この、肘の所に、木の皿を乗せます」


「ふんふん?」


「まずは、この皿を落とさないように100射」


「ええー!?」


「それが出来るようになりましたらば、皿に水を入れまして」


「水を? もしかして」


 こくん、とエミーリャが頷き、


「次は、こぼさないように100射です」


「まじかよ!」


「その頃になれば、動かぬ的など、普通に射ればもう百発百中だそうで。

 次は速射で100だとか・・・飛ぶ鳥を1射で数羽とか・・・

 弓を主として稽古する者はこういう稽古です。

 剣が主、という者は、普通に的を射っておりますが」


「そ、そうか。私はやめとくかな。石投げれば、猪もいけるし、十分だろ」


「石で猪を?」


「うん。頭に当たれば、熊もいけるぞ!」


 ぐい、とシズクが盃を傾ける。

 鬼族に弓は要らないな、とエミーリャは呆れてしまった。

 それだけの威力があるなら、鉄弓や鉄砲より遥かに飛んで行きそうだ。


「そいや、カゲミツ様の弓ってどうなのさ? 見た事ある?」


「カゲミツ様の射る弓は、私、全身の震えが止まりませんでした」


 エミーリャが少し俯き加減になる。

 ごくっとシズクが喉を鳴らし、顔を近付ける。


「どっ、どんなの?」


「手本を見せるから、と、矢を100本用意しまして」


「うんうん」


「1本目。当然、的に当たったのですが、これが的のぎりぎり下いっぱい。

 さすがのカゲミツ様も、弓は苦手か、と思ったのですが・・・」


「が?」


 エミーリャはカットされたフルーツを、ぷす、とフォークに刺し、もう一つ刺して、フォークを上げて、


「2本目、的に刺さった矢の後ろに、矢が」


「い!?」


 シズクの驚いた顔を見て、エミーリャは俯くように皿に目を戻し、フルーツを口に入れ、ぷすぷすとフルーツを刺し、


「次々と矢が後ろに刺さり、皆、目を皿のようにして見ておりましたが・・・

 30本程で、ばらっと落ちまして『俺程度じゃあこれが限界だ』と」


「まじかよ!?」


「的のぎりぎり下に当てたのは、少し矢が上向きになるようにだったのです。

 まっすぐだと、簡単に落ちてしまいますから・・・」


「わざとだったんだ」


 こくん、とエミーリャは頷いて、フォークでレタスを折り曲げて、口に運ぶ。

 しゃくしゃくと食べて、こく、と小さく飲み込み、


「ばらっと矢が落ちた音がした時、私、びくっとしてしまって。

 自分の顔から血の気が引いていくのが、はっきりと分かりました」


「だよなあ・・・そんなの見たら、誰でもなるって」


 シズクもごくっと盃を傾けて呑む。


「ですが、カゲミツ様は『俺程度じゃあ』、と言ったのです」


「やっぱり、上が居るんだ」


 こく、とエミーリャは頷いて、


「興味が湧いて、カゲミツ様よりも弓が達者な御方は、どのような、と尋ねてみたのですが、これには驚きました」


「うんうん!」


「何人かおられるそうですが、実際に会った中で一番凄かったのは、風の中で、川向うから、柳の葉を1枚ずつ落としていったとか。枝ではなく、葉を」


「は!?」


 シズクが背を反らして驚く。

 驚いて出た声だが、「駄洒落か?」と、くす、とエミーリャが笑って、


「剣は比べるまでもなかったそうですが、あの域には到底なれない、と仰っておられました」


「すげえなそれ・・・」


「カゲミツ様も、それを見た時は流石に驚き、驚きを通り越して、呆れてしまって、開いた口が塞がらなかった、と」


「そりゃあ、そうなるよなあ」


 うんうん、とシズクが頷く。


「カゲミツ様の弓を見た後でなければ、とても信じられない話でした。

 ですが、カゲミツ様の弓を見た後ですから、これは本当だと信じられます」


「マサちゃんも、そうなるのかなあ。

 前に一緒に狩りに行ったけど、まあ普通? って感じだった」


 エミーリャが顔を上げ、


「マサちゃん・・・て、マサヒデ様ですか?」


「うん。猪狩ったんだよ。胸狙って、顔に当たっちゃってた」


 はて? とエミーリャが顔を傾げる。


「本当ですか? 道場の皆様、マサヒデ様は弓も上級だと・・・」


「ええ?」


「さすがにカゲミツ様程ではないそうですが、的の真ん中を外すことはないと。

 速射も凄いそうで」


 シズクも首を傾げ、


「んー・・・全然そんな風に見えなかったけどなあ?」


 あ、とエミーリャは小さく声を出して、


「もしかして、使っていた弓は、短弓では?」


「うん」


「トミヤス道場では、長弓を使うのです。

 短弓とは扱いがかなり違いますから、まだ慣れていなかったのでは。

 長弓でしたら、おそらく」


 シズクが額に人差し指をつけて、


「ずばっと、か」


「でしょう」


 は! とシズクが顔を変えて、


「あ! ああー! そういや、弓の練習って言ってた!」


「やはり!」


 エミーリャが眉根を寄せて頷き、はあ、と息をついて、項垂れる。


「私、弓にはそれなりに自信があったんです。

 マサヒデ様は刀だから、もし弓勝負だったらって、考えた事もあります。

 でも、全然でしたね・・・」


「ううん・・・」


「カゲミツ様は、剣聖というだけではなく、武聖とも言われております。

 様々な武に精通しておられるから、武聖・・・

 マサヒデ様も、そうなるのですね・・・」


「マサちゃんも、そうなるのか・・・」


 ごく、と2人が喉を鳴らす。

 今でも十分恐ろしいのに。


「しかし、マサヒデ様は何故短弓を?

 長弓でしたら、扱い慣れているでしょうに。面倒だからでしょうか?」


「ああ、馬だよ。馬上でも扱い易いようにって、短弓買ってきたんだ」


「馬ですか」


 ふふん、とシズクが笑い、


「今日、カゲミツ様が乗って来た馬あるだろ? あのばかでかいやつ」


「はい」


「あれ、お前が負けた、あのメイドの馬だぞ。

 今日の為に、カゲミツ様に借したんだよ」


 ぎょ、とエミーリャが驚く。


「ええ!?」


 メイドがあんな馬に乗るのか!?


「マサちゃんの馬も凄いんだぞ。でかさはあの馬ほどじゃないけど、でかいぞ。

 馬屋もお奉行様も、一目見て、こりゃ名馬だー! って。

 黒くて、すべすべしてて、すっ・・・ごい! 綺麗なんだ!」


「それほどですか!?」


「そうだよ。いっぺん、見に来なよ。

 マサちゃんに頼めば、乗せてくれるかもよ」


「ううん・・・大丈夫でしょうか?」


 ぷ、とシズクが笑い出し、


「うぷぷ・・・そういや、前にさ、マサちゃんとマツ様が道場に行ったんだよ。

 その馬に乗って!」


「え!」


「そしたらカゲミツ様がさ・・・」


 エミーリャとシズクの会話は続く。

 マサヒデの話、カゲミツの話・・・

 暇だったシズクの口が踊り出す。

 固かったエミーリャも、シズクと笑いながら、驚きながら話し出す。


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