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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
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第493話


 ホテル・ブリ=サンク、ロビー。


 カゲミツはソファーに座り、ぐったりと背をもたれかけている。

 口を半開きにして、天井を仰いでいる。


 マサヒデがレストランから駆け出して来て、すぐにカゲミツを見つけた。


 あれが父か?

 あんなに腑抜けた父は、見た事がない。

 足を止め、カゲミツを見る。

 しばらくして、マサヒデはゆっくりと歩き出した。

 カゲミツの対面に座って、上を向いているカゲミツに、小さく声を掛ける。


「父上」


「マサヒデ」


 それきり、2人は黙ったまま。

 レストランの中から、招待客達の声が聞こえる。

 何かを話している声。

 笑い声。


「父上が持っていて下さい」


 カゲミツが軽く手を振り、


「いいさ。持ってけ」


 マサヒデは首を振って、


「お忘れになりましたか」


「何を」


「守り刀の、魔神剣」


「何だっけか」


「私の手元には、置いておけないと。

 マツさんも、分かっています。

 どうせ、取りに行くことはありません」


「・・・」


「名義だけ、マツさんに変えてもらえば結構ですから」


 ふ、とカゲミツが笑う。


「俺は金庫代わりってか。ふふふ」


 なんと力のない声だろう。

 放っておけば、数日でボケ老人になってしまいそうだ。


「ここで、しばらくお待ち下さい」


「ああ」


 マサヒデは立ち上がって、レストランに入って行った。



----------



 レストランの中を、くるくると見回す。

 カオルが必要だ。


(どこだ)


 すたすたと歩きながら、カオルを探す。

 何度か声を掛けられたが「急いでいますので」と、さっさと歩いて行く。

 壇上に上がり、見渡す。


 カオルがいる。

 壇上に上ったのに気付いたか、カオルもこちらを見ている。

 頷くと、カオルがするすると壁際に行き、歩いて来る。


 マサヒデも壇から下りて、人のいない壁際に行く。

 カオルはにこにこしながら歩いて来て、招待客達を背にして立つ。

 くるっと険しい顔に変わり、ささ、と目を左右に配らせ、


「何か危急の」


「クレールさんのナイフ、持ってきてもらえますか。急ぎで」


 クレールのナイフ。魔剣の事だ。

 何かあったのか?


「持っております。置きっ放しでは危険ですので」


「助かります。マツさんを呼んで来てもらえますか」


「は」


 カオルが招待客達をするすると抜けていく。

 しばらく待っていると、マツを連れて来た。


「マサヒデ様、なにか?」


「月斗魔神は流石に重すぎますから、別の物を頂きましょう」


「別の物と言いますと?」


「クレールさんのナイフ。父上はまだ気付いていませんから」


 くす、とマツが笑う。


「ふふふ。それも良いですね。

 お父上が無くなった事に気付いて、駆け込んで来る事もなくなります」


「では、父上の所に行きましょう。

 あれを見てもらえば、賭けに十分な物だと分かりますよ」


 カオルは知らないので、少し首を傾げる。

 あれとは何だ?


「今ですか?」


 マサヒデは渋い顔をして、溜め息をつき、


「父上、今、ロビーにいるんですけどね。

 さっき見てきたんですが、放っておいたら、数日で老人になりそうです」


「うふふ。そんなにですか」


「ええ。マツさん、カオルさん。行きましょう」



----------



 ロビー。


 カゲミツはソファーに座り、呆けた顔で、天井を向いている。

 マサヒデがナイフとフォークが数本乗った小皿を持って、カゲミツを指差し、


「見て下さい。あの通りです」


「あらあら」「ううむ」


 マツとカオルが驚いたような、呆れたような顔でカゲミツを見る。


「行きましょう。このままでは、どんどん歳を食ってしまいますから」


「うふふ。そうですね」


 すたすたと3人が歩いて行き、マサヒデが座る。

 じゃら、と音を立てて、ナイフとフォークを乗せた皿を置く。


「父上」


「ああ」


「月斗魔神の代わりに、別の物を頂きます」


「息子に憐れみをかけられるとはな」


 マツとカオルが顔を見合わせる。

 これがあのカゲミツか?

 全く声に力がない。


「父上の持ち物で、匹敵する物です。

 これが嫌なら月斗魔神を頂きます。

 ただし、絶対に怒らないと約束して下さい」


「はいはい」


 ひらひらとカゲミツが手を振る。


「マツさん」


 マツが頷くと、ぴん、と空気が変わり、周囲の音が消える。

 ん、とカゲミツがマツに目を向ける。


「ん? なんだよ・・・」


「お父上、申し訳ありません。

 誰にも、見られたくも、聞かれたくもないもので」


 マサヒデが真剣な顔で、


「父上。絶対に怒らないで下さいよ」


 カゲミツが少し怪訝な顔をして、


「あ? ああ」


「カオルさん。出して下さい」


「は」


 カゲミツの前に、安物のナイフが置かれる。

 最高の材質を使った、見た目だけは安物。

 魔剣ラディスラヴァ。


「ん?」


「これを頂きます。ご確認下さい」


「はあ?」


「ご確認下さい」


「ああ・・・」


 安っちいナイフ? なんだこれ?

 と、カゲミツが手を伸ばしかけ、は! と手を止め、


「ああっ! これ!」


 この感じは!? ぱ、と手を伸ばす。

 もやもやと鞘から滲み出てくる、黒い霧。

 カオルがにやりと笑い、


「カゲミツ様。私、カゲミツ様から1本『盗りました』」


「・・・」


 ききき・・・と、カゲミツがゆっくりカオルを見上げる。


「ふふふ。この1本、いつかお返し頂きます。

 お教えか、お刀か・・・ふふふ」


「てっ!」


 ば! と立ち上がりかけたカゲミツに、マサヒデが手を上げ、


「父上!」


「なんだ!」


「怒らないとの約束です」


「く・・・そうかい! これが代わりってか!」


 カゲミツがぼすん、とソファーに座り、魔剣を置く。


「父上。この魔剣の力、判明しました」


「ふん! 月斗魔神の代わりになるくらいか!」


 マサヒデが頷いて、


「抜いて下さい」


「ち・・・」


 言われるまま、カゲミツが魔剣を抜く。


「で! 何だ! 月斗魔神に匹敵するって、どんな力だ!」


 マツがにやにや笑っている。

 カオルはまだ知らないので、少し怪訝な顔をしている。


「では父上。集中して、月斗魔神の姿を正確に思い浮かべて下さい。

 集中は切らさずに」


 ぴく、とカゲミツの眉が動く。


「そういう事かよ・・・」


「まずはお試し下さい」


 カゲミツが目を細めると、すっと黒い月斗魔神の姿が現れる。

 手に温かみを感じる。

 力まで再現してしまうのだ。


「くそ!」


 マサヒデがナイフとフォークを取って、ひょいひょいと投げる。

 真っ二つに斬れたナイフとフォークが、ちゃりんちゃりん、とテーブルに落ちて跳ね、カゲミツの足元に転がる。

 何の抵抗もなく、金属がすっと斬れて落ちた。


「では父上。お立ちになって、試しに振ってみて下さい。ゆっくりと」


 カゲミツが立ち上がり、横薙ぎに振る。

 すすす・・・と剣の軌跡が残る。

 真・月斗魔神の力のひとつ。


「おおっ!?」


 カオルが驚いて声を上げた。

 ただ形を再現出来る、というだけではなかったのだ。

 調査の後、厳しく警戒しろ、と言われたのは、これだったのだ。

 力まで再現してしまうのだ・・・


 カゲミツが軽く跳んで振り下げる。

 歪みが恐ろしい速さで飛んで行き、空間の壁で消える。


「こういう事か」


 すっとカゲミツの手から黒い月斗魔神が消え、くるっと振り向き、ソファーに歩いて来て、ばすん! と乱暴に座った。

 鞘を取って納める。


「父上。その魔剣には、まだあります。

 その力を見た事のないラディさんでも、力を再現出来てしまいました」


 姿さえ分かれば、誰でも、どんな力でも・・・

 なんと恐ろしい魔剣か。

 こく、とカオルが小さく喉を鳴らす。

 魔剣や称号の剣のいくつかは、刀剣年鑑や図鑑の類でも見られる。

 姿が分かれば、その全ての力を、この黒いナイフ1本で使えてしまうのだ。


「ふん! 確かに月斗魔神の代わりは十分だな!」


 き! とカゲミツがカオルを睨む。


「見逃してやるよ」


「・・・」


 言われてから、少し間を置いて、は! とカオルが驚きから立ち直る。

 ふう、と息をついてから、カゲミツに笑顔を向けた。


「ふ、ふふふ・・・

 はて、カゲミツ様。見逃す、とは? 1本取られた、では?

 この1本、高くなりますが」


「ち!」


 舌打ちして、ぷい! とカゲミツが横を向く。

 くす、とマツが笑う。

 ふ、とマサヒデも笑って、


「では、月斗魔神の代わりに、こちら頂きます。構いませんか?」


 ちら、とカゲミツが魔剣を見る。


「お前、これ扱えるのか?」


「いいえ。握ると魔力が一気に満ちるので、そういう便利道具として使います。

 魔王様の所に着いたら、封印してもらいます。

 その時に、魔剣登録の申請もします」


「その方がいいな。見られたくない、聞かれたくない、か。納得だ」


 カゲミツが魔剣を取って、マサヒデに放り投げる。


「この力、知ってる奴は」


「私、マツさん、アルマダさん、ラディさん。

 父上とカオルさんは、今、知りました。

 クレールさんとシズクさんは知りません」


「良し。こんな力、知ってる奴は、出来る限り少ない方が良い。

 忍の連中も知らねえんだな」


「はい」


「気を付けろよ」


「はい」


「少しでもそれが狙われていると感じたら、大急ぎで俺の所に持って来い。

 お前が来ても構わん。その時だけは、敷居を跨がせてやる」


「助かります」


 マサヒデは立ち上がって、カゲミツに頭を下げ、カオルに魔剣を差し出す。

 う、とカオルは一瞬固まったが、受け取ってさっと隠す。

 マツを見て頷くと、ぴいん、と音がして、ざわめきが聞こえる。


「へっ、流石は魔王様の土産だ」


 少し拗ねてしまったが、さっきのボケ老人手前からは立ち直った。

 いつものカゲミツに戻った。

 3人は軽く頭を下げて、会場に戻って行った。


「ふん・・・」


 カゲミツが3人の背中を見ながら、ごん! とテーブルに蹴りを入れる。


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