第492話
大量に並んだ料理の前で、マサヒデとトモヤががつがつと食べている。
「お!」
マサヒデがずらっと並んだ料理の向こうに顔を向け、
「おい、トモヤ! それを食ったら、あれだ!」
「あれ? どれじゃ?」
「あそこに、緑の塊があるだろう」
「んん? どれじゃ」
「まあ良い。食ったら一緒に行こう!
あれは、このレストランで一番美味い料理だ!」
「何!? どれもこれも美味いが! 一番か!?」
「そうだ! 早くそれを食え! 取られる前に俺達で食おう!」
「おう!」
がつがつがつ・・・
ごくん、と飲み込んだ所で、マサヒデとトモヤが歩き出す。
「以前、クレールさんと一緒に食ったのだ!
見た目は凄いが、恐ろしい程に美味かったぞ!
この、国中に名の轟くレストランの、最高の技が使われた肉だ!」
「最高の技か!?」
「そうよ! お前も魂消るぞ!」
2人が仔羊の香草焼きの前に立つ。
む、とトモヤが顔をしかめて、
「これか? 凄い色じゃが」
「香草が塗ってあるから、こんな色なのだ。
おい、一切れ取って、そこのナイフで切ってみろ」
「む」
トモヤが肉を取って、ナイフを当てて、
「おお!? 切れるぞ!? なんじゃこれは!?
ちょっと待て、中は生焼けじゃぞ!? なんで簡単に切れるんじゃ!?」
「驚いたろう? 俺も、初めて食べた時、驚いたのだ。
羊の肉なのだが、全く癖が無くてな。
まあ、色に驚かず、とにかく食ってみろ」
「うむ!」
マサヒデも肉を取って、がぶっと口に放り込む。
トモヤがごくっと飲み込み、目を見開いてマサヒデを見る。
「これは凄いの! 全然、筋がないではないか!」
「美味いだろう! これがこのレストランの技よ!
驚いたことに、仕掛けはただの火加減だけだそうだ!
これぞ匠の技だと思わんか?」
「ただの火加減でこんなにか!? 良し! 食うぞ! わははは!」
テーブルの向こうで給仕がくすくす笑っているが、気にも止めず、2人はがつがつと肉を食べる。
マツがそんな2人の様子を見て、にこにこしながら近付いてきた。
「マサヒデ様」
「みゅ」
口をもぐもぐさせながら、マサヒデが振り向く。
ごっくん、と飲み込んで、トモヤも振り向く。
「マツさん」
「おお、マツ殿! 今日は何と言うか・・・光っておるの!」
「うふふ。トモヤ様、ありがとうございます。
ね、マサヒデ様。私、マサヒデ様に褒めてもらいたい事があるんです」
ごくん、とマサヒデが口の中を飲み込み、
「褒めてもらいたい事? 何でしょう?」
マツがにっこり笑って、
「お父上から、月斗魔神、頂いてきました」
ぴた、とマサヒデの手が止まる。
「何を頂いたと?」
「月斗魔神です」
さあー・・・とマサヒデの顔が青くなる。
「どっ、どっ、どっ・・・どうして・・・」
「賭けに勝っただけです。お父上が、月斗魔神を出してきたので。
そうしたら、勝っちゃったんです! うふふ」
月斗魔神を出す程の物・・・マツは何を出したのだ!?
「取りに行くまではお預かり願います、って言ってきましたから。
保管はお父上がしてくれますし、いつでも貰いに行けますよ」
「・・・冗談じゃないんですか?」
「はい」
トモヤがマサヒデを見る。顔が真っ青だ。
「おい、マサヒデ。大丈夫か? えらく顔色が悪いぞ」
「・・・」
「うふふ。トモヤ様、お父上が一番大事にしている刀、貰っちゃいました。
賭け勝負で。勝っちゃったんです」
げらげらとトモヤが笑い出し、
「ははは! 賭け勝負でか! いや、マツ殿もやるの!
今度、ワシと真剣で勝負でもしてみますかの?」
「ええ、構いませんよ。私、将棋はそれほど強くはありませんけど」
「何、ワシもまだまだ坊様には敵わんでな。
まだまだ、そこそこ使える、と言った程度じゃ。
三浦酒天の酒、一升徳利を賭けて。どうかの?」
「構いませんよ」
「良し! では、後日、マツ殿と勝負じゃ! いや、楽しみじゃの」
「うふふ。お待ちしております」
マサヒデは真っ青な顔で、
「マツさん、その賭け、マツさんは何を出したんです」
「これです」
ぴん、とマツがイヤリングを人差し指で揺らす。
「それ? 耳の?」
「ええ。この黒い宝石、『私の一族』という証の石でして」
ぞく、とマサヒデの背中が怖気だった。
魔王の一族という証の石を、賭けに?
「そ、そんな物を・・・?」
「だって他にもありますもの。ほら、反対の耳にも、頭にも、首にも。
もし、負けたとしても、大した事はありませんから」
「それ、一体何の石なんです? もし負けてたら・・・」
「金剛石を、お父様がぎゅっと固めただけなんです。
無くしたって、いくらでも作ってくれますもの!
金剛石さえあれば、いくらでも! おほほほほ!」
「ははは! マツ殿、やるの! 一族の証と聞いて、カゲミツ様もさぞ高いもんじゃと驚いてしまったのじゃな!」
げらげらと2人は笑うが、マサヒデは全く笑えない。
「トモヤ、笑い事ではないぞ」
「なんじゃ、その顔は。折角、マツ殿が物凄い刀をもろうて来たと言うに」
「物が凄すぎる。俺の刀が100本あっても足りん刀だ」
「お主の刀というと、あれか? あの研師の所で見た奴か?
あれが100本あっても足りぬ程か」
「そうだ」
ぶ、とトモヤが吹き出し、
「ほう! マツ殿、やりますのう! わははは!」
「でしょう? うふふ」
2人が声を上げて笑う。
マサヒデは蒼白な顔をして、そっと皿を置いた。
一気に食欲が無くなってしまった。
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ポーカーのテーブル。
カゲミツも真っ青な顔で、細かく身体を震わせている。
甘く見ていた。
もう手遅れ。
刀剣の頂点。
魔剣を遥かに凌駕する、この世界で最高の剣。
これぞ真の刀。
『真』の称号を持つ刀。
それを、取られてしまった。
ふらふらと、ホルニとラディが歩いて来る。
この2人は、真・月斗魔神の価値を知っている。
「カゲミツ様」
「・・・」
2人の顔色も青い。
ホルニが、こくん、と喉を鳴らす。
「取り行くまで保管を、と仰っておりました」
「ああ」
「すぐに無くなる訳では」
「ああ」
カゲミツがゆっくり立ち上がり、
「ちょっと、飲み過ぎたかな」
「・・・」
「風に当たってくるわ」
ふわふわした足で、カゲミツが歩いて行く。
がっくりと肩を落とし、俯いている。
カゲミツがあんな風になるとは。
「お父様」
ラディがホルニに声を掛ける。
ホルニは歩いて行くカゲミツを見送りながら、
「仕方あるまい」
と、小さく呟いた。
「はい」
ラディも小さく呟いた。
しん、と静まったポーカーテーブル。
皆がカゲミツの去って行った方を見ていると、
「父上!」
マサヒデが人をかき分け、真っ青な顔でばたばたと駆け込んで来た。
「ラディさん! 父上は!?」
「外に」
「ありがとうございます!」
くる、と踵を返し、マサヒデが走って行く。
皆が驚いた顔で、マサヒデを見送った。
ラディとホルニも、去って行くマサヒデの背中をじっと見ている。