第491話
レストラン入り口、仕切りの中。
イマイが目を細めて雲切丸を確認中。
カオルがそれを息を詰めて見つめている。
「んー・・・」
じっと目を細め、立てたり、横にしたり。
その度に、目を細め、ゆっくりと確認していく。
えらく慎重に見ているが、刃が寝刃研ぎで見づらいからだろうか。
「欠けも捲れも・・・なーいー・・・ね・・・」
鞘を取って、ゆっくりと納める。
小さく頷いて、もう一度抜き、納める。
「うん、少おーしだけ、腰が伸びてるかな。
あれだけの重量を真正面から斬ったから、これは仕方ないか。
でも、流石だね。ほとんど分からない程度。
この刀の斬れ味もあるけど、トミヤスさんの腕も良いからだね。
1日2日、置いとけば戻るー、でしょう」
「は。お伝えします」
机の上に雲切丸を置いて、うーん、とイマイが腕を組む。
「しっかし、ヒケ瑕も見当たらないけど、思い切り正面から斬ってたじゃない。
両断したんだから、しっかり骨も斬ってたよね」
「ご主人様が言うには・・・すがっという感じだったとか。
すっと骨に入る感触、固い物を斬った時の、がっという感触。
しかし、固いのに抜けていく、と」
イマイが手刀を作って、腕に当てながら、
「抜ける・・・がっていう感触があるって事は、固い物にぶつかったって事だ。
なのに、抜けていくのか・・・
思い切り瑕が付いてもおかしくないというか、それが当たり前なのに」
カオルが頷き、
「何の抵抗もない、というようなものではないそうで。
頭から尻まで、しっかりと骨を斬っていく感触が伝わったそうです。
ですが、引っ掛かったような感じはなかったと」
「なのに瑕がないのは、どういう事だろう。ひとっつもない。
斬ったという事は、がっつり骨と骨の間を抜けていったはず。
巻藁を斬る程度でも、瑕は付いちゃうんだ」
もう一度、イマイが手刀を腕に当てる。
「何で骨まで斬って瑕が付かないんだろう?
それも、1本2本じゃないんだよ?
・・・使い手・・・ってー、事・・・かなあ?」
イマイが顎に手を当てて、首を傾げ、
「この雲切丸は、古刀特有の柔らかさがる。
横から少し押せば、簡単に曲がるくらいなんだ。ばっちり戻るけどさ。
研いでても、簡単に研げていったもの。
こんな柔らかい地金の刀、少し擦れただけで、簡単に瑕は付くはずだけど」
「ご主人様は、あの手応えなら、大きな瑕や欠けもないはずだ、と・・・」
「あの手応えなら、か。ふうん・・・あの手応えって言ったんだ。
こんな地金が柔らかい刀で、瑕も欠けもない手応え、ね。
ううん・・・やっぱり、使い手なのか・・・」
「死霊術で呼び出した獣だったから、でしょうか?」
「それは関係ないかな。
消えちゃうから、血で汚れる事はないけど」
「・・・」
「中身がすかすかだった、て事もない。
虎が歩いてる時の音、聞いた?
べったん、べったん、て、すごい重い音だったよ」
「では、やはり使い手の違い?」
「かなあ・・・流石はトミヤスさんって所、なのかな」
「ううん・・・」
2人が険しい顔で雲切丸を見つめる。
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酔って顔を真っ赤にした、ホルニ、マツモト、オオタ。
1人、高笑いしながら、ほろ酔いでちびちび酒をのむカゲミツ。
「皆様あー、飲み過ぎは明日に響きますよおー?」
ははは! と周りの招待客達が笑う。
ポーカー勝負になってから、カゲミツの一人勝ち。
どうやって勝つかではなく、どう最下位にならないか、の勝負になった。
「く・・・」
マツモトが小さく声を上げると、周りの人の輪が割れた。
光り輝くドレス。
「あら、お父上。カードですか?」
くい、とグラスを上げ、カゲミツがにやにや笑う。
「そうなんだけどさあ! 勝負にならないんだよー!
ずーっと俺の一人勝ち! どう? マツさんも一勝負」
「あら。よろしいのですか?」
「ポーカー! 知ってる?」
マツがにっこり笑って、
「勿論ですとも! 私も、ポーカーには自信がございます。
これまで、負けたことはありません」
「ほほう! 俺もなんだ!」
カゲミツがぐっとグラスを空けて、周りを見渡し、
「負け知らず同士の対決! 皆も見たいよな!」
おお! と声が上がり、拍手が広がる。
「ははは! じゃあ、1対1で勝負といこう!
すまねえ、ホルニさん。席、マツさんに譲ってもらえるかい?」
「は・・・」
ふらふらとホルニが立ち上がり、ラディが横から支える。
カゲミツがそれを見て、高笑い。
「ははは! 飲み過ぎは良くねえなあ!」
にこっとマツが笑って、テーブルにタマゴを置き、カゲミツの対面に座る。
カゲミツがグラスを横に突き出すと、給仕がウイスキーを注ぐ。
注がれたグラスを置いて、少し前に出す。
「負けたら、一気! どうだい」
「お父上、それでは勝負になりませんよ。
私、種族柄、飲んでもほとんど酔いませんから」
マツがウイスキーが並ぶワゴンを指差し、
「そこにある物、全部飲んで、ほろ酔いになるか、ならないかくらい?」
「ありゃ・・・そういやそうだっけかな・・・」
「うふふ。では、本当の賭けと参りましょう」
マツが微笑みながら、右の耳のイヤリングを外して、すっと前に出し、
「この黒い宝石をご覧下さい。
これは、私が『一族』だという証の石です」
ぎょ! と、カゲミツ、オオタ、マツモトがイヤリングを凝視する。
魔王様の一族であるという、証の石・・・
マツは左の耳を指差して、
「うふふ。ほら、こちらにもございますから。
ヘッドドレスにも、ネックレスにも。
ひとつくらい無くなっても平気です。
まあ、無くなりませんけど」
3人の背中に、ぞくっと冷たいものが走る。
魔王一族であるという証!
そんな物を出してくるとは!?
「お父上は、何をお出ししてくれますか? 相応の物を期待しております」
驚いていたカゲミツの目が、すうっと細くなる。
ゆっくりとグラスを置き、正面でにこにこするマツに目を据える。
「・・・真・月斗魔神。俺が出せるのはこれが限界だ。釣り合うか?」
え!? と、後ろのラディとホルニも驚いてカゲミツを見る。
そして、ゆっくりとマツが出したイヤリングを見つめる。
この黒い石のイヤリングは、あの真・月斗魔神を出す程のイヤリング!?
もう一度カゲミツを見ると、笑いが消えている。
今までとは完全に雰囲気が違う。
真剣勝負の空気が、カゲミツから滲み出ている。
すぐに皆にカゲミツの空気が伝わり、テーブルの周りが、しん、と静まった。
にこにこしているのはマツ1人。
「はい。十分ですとも」
「コインは5枚。場代に1枚」
「先にコインが無くなった方が負けですね」
「ああ」
カゲミツがぴぴぴ、と指を弾いて、手元のコインをマツの前に滑らせる。
マツの前に、綺麗に横に並び、マツが1枚ずつ重ねる。
「5枚、確かに」
「・・・」
カゲミツも自分の前に5枚並べて、それを重ねる。
「場代に1枚ですね」
マツがコインを1枚手に取って置く。
カゲミツも手に取ろうとして、
ぴん!
一瞬だけ、空気が変わった。
「う!?」
カゲミツの前のコインが消えた。
は! と、後ろにいたラディも気付いた。
これは、別の場所に閉じ込める魔術だ。
コインをここから別の場所に閉じ込め、消したのだ・・・
「あら? お父上、もうコインが無くなってしまいましたか?」
あ! と周りを囲んでいた招待客が声を上げ、ざわつき始める。
カゲミツのコインが消えている!?
「おほほほほ! 先にコインが無くなった方の負けでしたね!」
カゲミツが手を伸ばした体勢のまま、固まってしまった。
だらだらと汗が流れ落ちる。
「・・・」
マツがイヤリングを取る。
ちゃり、と微かな金属音を立てて、耳に着ける。
すっと立ち上がって、タマゴを抱いて給仕の所まで歩いて行き、
「お父上と同じものを」
「は!」
グラスを受け取り、一気に飲み干す。
固まったカゲミツの手の横に、静かにグラスを置く。
薄く着いた口紅をすうっと指先で拭いて、
「うふふ。お父上、月斗魔神は、ま・た・こ・ん・ど!
取りに行くまで、お預かりを願います」
固まったままのカゲミツの唇にそっと指先を当てて、ぱちっと片目を瞑り、
「お譲り頂き、ありがとうございます。それでは」
優雅に礼をして、マツが人混みの中に消えて行く。
ばたん、とカゲミツの手がテーブルの上に落ちる。