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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
489/760

第489話


 ばたん。


 マサヒデの後ろで、レストランの大きな扉が閉められた。

 扉の向こうから、まだ拍手が聞こえてくる。


「ご主人様」


「なんでしょう」


 カオルが入り口の横にある、白い布で仕切られた一角を見る。


「あの仕切りです。あそこでイマイ様が刀を見ておられまして」


「ああ」


 あれだけ重い物を頭から尾まで両断したのだ。

 カオルも、刀に瑕や欠けなどがないか、見てもらえ、と言いたいのだろう。


「ええ。見てもらうつもりです。それにしても、流石の斬れ味でしたよ。

 ううむ、惚れ惚れしますね」


 カオルが持っている雲切丸を見る。

 カオルがマサヒデに顔を向け、


「どのような?」


「ううん、口では説明しづらいですけど・・・こう、振った時に、すっと入って、骨にも当たったんですが、すがっと言う感じで、後はそのまま、すがががっと」


 カオルが変な顔をして、


「すが?」


「何と言うんでしょうかね。骨にもすっと入ったんですよ。

 すっと入って、固い物を斬ったという、がっという感触が混じったような。

 顎に当たって・・・背骨の横を通って、肋を斬りながら・・・

 固いのに、抜けていくんですね」


「抜けていく・・・凄いですね」


「何の抵抗もなく、という物ではないです。

 ちゃんと、固い物を斬ったという感触は、確かにあります。

 頭から尻まで行きましたから、骨を通る度にその感触が伝わってくるんです。

 でも、特に引っ掛かる事なく・・・ホルニさんの脇差以上ですね」


「ううむ・・・あの斬れ味、そこまででしたか」


「はい。あの手応えからして、大きな瑕や欠けはないと思います。

 ですが、重いのが真正面から来た訳ですからね。

 鞘に納めた感じ、何もないですけど、少し腰が伸びてしまったかも」


「分からない程度でしたら、寝かせておけば直りますね」


「ええ。後は、瑕や欠けとかの確認だけです。

 イマイさんを待ちますか」



----------



 ロビーのソファーに座って待っていると、レストランの扉が開いた。


 お、と顔を上げて、


(う)


 さっとマサヒデは顔を逸した。

 入り口の周りに、門弟や招待客がびっしり集まっている。


(や、これはまずい)


 目を逸しながら、


「カオルさん。どうしましょう」


「雲切丸はお任せ下さい。私がイマイ様に」


「それは冷たくないですか?」


 ふう、とカオルは息をついて、


「ご主人様、この程度は腹を据えて下さい。

 まだ日が沈んだばかりです。夜は長いですよ」


 マサヒデが渋い顔をして、溜め息をつく。


「まだ呑まされてもいないではありませんか。

 囲まれるのは、想定内でございましょう?」


 かくん、とマサヒデが首を落とす。


「はあー・・・そうでした」


「ご武運を」


「はい」


 うんざりした顔を見せないように、下を向いたまま立ち上がり、固い笑顔を見せながら歩いて行く。


「マサヒデ様!」「トミヤス様!」


 皆の声がロビーに響く。


(あーあ・・・)


「いやあ、何と言うか、少しは楽しんで・・・頂けましたか?」


「凄かったですよ! まさか一太刀とは!」

「あれは一体何です!? あんな体勢で何故!?」

「虎殺しここにありですな!」

「竜でも斬れるのではありませんか!?」


 わらわらと人が集まってくる。

 これはとても相手に出来ない。

 しかし、レストランの中に入れそうもない。


「やあ、何と言いますか・・・ええと、偶然です、偶然。

 振った所に飛び込んで来てくれただけですから」


「ははは! マサヒデさん! ご冗談を!」


 アルマダだ! 助かった!


「皆さん、偶然なんかじゃありませんよ。

 マサヒデさん、跳び込んできてから、振ったじゃないですか。

 私の目は誤魔化せませんよ」


 やめてくれ!


「なんと!?」

「あの素早さが見えていたのですか!?」


 おお! と皆が声を上げる。

 アルマダがこちらを見て、にやっと笑う。


「そうですとも。マサヒデさんには見えていたんです。

 でなければ、あんな体勢で斬る事なんて、出来はしません。

 マサヒデさん、謙遜も過ぎると嫌味ですよ」


「やはり!」

「素晴らしい!」

「虎ごとき、余裕なんですね!」


 皆の目が眩しい。


「ええ、まあ・・・その、何と言いますか・・・そのような」


「それにしても、良く虎を逃しませんでしたね?

 あれ、完全に腰が引けてたじゃないですか」


「え? アルマダ様、どういう事です? 逃さなかった?」


 門弟がアルマダに顔を向ける。


「気付かなかったんですか?

 虎がじりじり後ろに下がってたでしょう。

 あれ、飛び掛かる準備じゃなかったんですよ。逃げようとしてたんです」


「え!? という事は!?」


 アルマダが上を向いて笑い声を上げ、


「ははは! あの虎、マサヒデさんには敵わないって、気付いてたんですよ!

 野生動物の勘ってやつですね! だから、逃げようとしてたんです!」


 うお!? と驚いて、皆がアルマダの顔を見る。


「では、では!? 向き合った時点で、もう勝敗は決まっていた!?」


 アルマダがにこにこしながら頷く。


「そういう事です。虎が跳びかかる前、大きな声がしたでしょう」


「しました!」

「シズクさんですね!?」

「頑張れって!」


「あれに答えて、平気だ、って言って、ちらっと虎から顔を逸したでしょう?

 逃げられたら見世物にならないから、わざと目を外して隙を作ったんです」


「虎相手に!?」

「誘ったという事ですか!?」

「そんな余裕が!?」


 どんどん話が・・・

 にこっとアルマダが笑って、マサヒデの方を向く。


「ですよね? マサヒデさん」


 アルマダから目を逸し、我ながら固い笑いだ、と感じながら、笑顔を作り、


「ええーと、まあ・・・そのような、そうでないような」


 うおおお! と皆が声を上げる。


「ははは! と、いう訳ですよ!

 虎なんて、はなからマサヒデさんの相手になんかならないんです」


「すーげえー!」


 皆がぐいぐいと押し寄せてくる。


(アルマダさん! 助けてくれるって言ってたのに!)


 アルマダがにこにこと笑いながら、すたすたと歩いて来て、ぽん、とマサヒデの肩に手を置き、


(さ、逃げますよ)


 と、小さく囁いて、


「皆さん、舞台を準備して下さいましたクレールさんに、お礼を申し上げに行きませんと! 通して下さいますか?」


「あ、ああー! そうでした! クレールさんに、急いでお礼を言わないと!

 すみません! 通して頂けますか!」


「おお! これは失礼しました!」

「あの虎も凄かったな!」

「道場でも見たぞ!」

「熊も出せるらしいぞ!」


 わやわや言いながら、皆が道を開ける。

 ぽん、とマサヒデの背中が軽く叩かれ、


(早く)


「いやあ、申し訳ありません」


 と、ぺこぺこしながら早足でレストランの中に入って行く。

 群衆を通り過ぎて、こつん、とマサヒデがアルマダを肘でつつく。


「ちょっとアルマダさん、あれはないんじゃないですか?」


「良いんですよ。ああやって少し話してから逃げてしまえば、後はあの人達で勝手に盛り上がってしまいますから」


「な、なるほど?」


「さ、クレール様の所へ行きましょう。

 それにしても、クレール様の死霊術はいつ見ても見事ですね」


「クレールさん、熊も出しますよ」


「本当ですか? それ、良い真剣の稽古になりますね。

 死霊術なら、汚れも付かないですし」


「ですけど、さすがに熊はちょっと。得物が傷んでしまいますよ」


「ううむ・・・確かに・・・」


「真剣の稽古なら、面白いのを思い付きました。

 さっき、豆つまんでて、ふっと思い付いたんです」


「ほう?」


 マサヒデが下から軽く腕を上げる。


「こう、ひょいっと豆を投げてもらってですね」


 アルマダが軽く手刀を下げる。


「斬る」


「そうです」


 うん? とアルマダが首を傾げて、


「正確性は鍛錬されると思いますが、実戦に使えるかとなると」


「そこはおまけです。一振りの集中力。鍛えるのはここです」


「ああ、なるほど。それ良いですね・・・」


「ひょひょいっと、いくつか・・・」


 パーティーでも剣の話をしながら、剣友2人は歩いて行く。


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