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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
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第488話


「ご来場のぉーッ! 皆様ーッ!」


 壇上から給仕が大きな声を上げる。

 何だ? と招待客達が壇上を見上げる。


「これより! マサヒデ=トミヤス様! クレール=トミヤス様!

 お二方による! ショーが行われます!」


 おお! と、声と拍手が上がる。


「皆様! これより、花道を作ります!

 入り口から壇上まで、広めにお開け下さい! ご協力をお願いします!」


 ざわざわしながら、招待客達が真ん中から下がる。

 給仕が早足で歩きながら、たんたんたん・・・と棒を立てて行き、上にロープが張られる。

 入り口の騎士が一歩出て剣を上げると、会場が暗くなり、通路に光が当たる。


「クレール=トミヤス様! ご入場!」


 ぎいい・・・

 べたんべたん、べたんべたん・・・

 重い音。


「うわ!?」


 入り口近くの誰かが声を上げた。

 ゆっくりと、暗闇から虎が顔を出す。


「・・・」


 皆が顔を青くして、虎を凝視している。

 その背中に、にこにこしたクレールが横座りに乗って、手を降っている。


「あははは!」


 シズクの大きな笑い声が会場に響き、皆がはっとして、肩の力を抜く。

 これはショーだ。危険はない。多分。

 皆が『多分』と少し不安に思いながら、ゆっくり歩いて行く虎を見つめる。

 少しして、ぱちぱち、と小さな拍手が上がり、拍手がどんどん大きくなる。


(やったー!)


 喜びに大声を上げそうになりながら、クレールが虎に乗って壇上に上がる。

 ヒールに気を付けて、すとんと滑り降りて、よしよし、と虎の頭を撫でる。

 クレールが給仕の方を見て頷くと、


「マサヒデ=トミヤス様! ご入場!」


 どーん! どん! どんどんどんどん・・・どどん!

 と、大きな太鼓の音が響き、マサヒデが無表情で入ってくる。

 後ろに、雲切丸を立てて持ったカオルが付いてくる。

 カオルは太刀持ち役だ。


(クレールさん、勘弁して下さいよ)


 心の中で文句を言いながら、ゆっくり歩いて壇上へ向かう。

 壇上に上がると、カオルが隅で足を止めて、雲切丸を立てたまま正座。

 ふ、とカオルが小さく息をつく音が、マサヒデの背中越しに聞こえた。


(やれやれ)


 カオルも顔には出ていないようだが、呆れてしまっているようだ。

 前には、赤いドレスに着替えたクレールが、にこにこしている。

 ふう、とマサヒデも息をついて、虎を挟んでクレールの反対側に立つ。


「マサヒデ様」


 クレールが小さな声で呼ぶ。

 ん、とクレールの方を見ると、無邪気な笑顔。

 ぺったり腹をつけている虎の背中を「ぽすぽす」と小さな手で叩き、


「どうですか?」


「お見事です」


「えへへへー」


 クレールが給仕に向かって頷く。

 給仕もにっこり笑って頷き、


「それでは! これより、マサヒデ=トミヤス様の虎退治! ご覧頂きます!

 なんとこの虎、クレール様の死霊術で使役されております!

 ご覧の通り! 生きた虎と遜色なし!」


 おおー! ぱちぱちぱち!

 満場の歓声と拍手。


「クレール様がこの壇上を降りましたら・・・」


 言葉を切ると、会場が静まる。


「クレール様は、この虎の使役を中止! 虎は野生に戻ります!

 相対するは、300人抜きのマサヒデ=トミヤス様!

 今宵! このパーティーでッ! 虎殺しが誕生するーッ!

 新たな伝説がッ! ここにッ! 産声を上げようとしているーッ!」


 給仕が拳を上げ、うおおー! と大歓声が上がる。


(そんなに煽らないで下さいよ)


 ちら、と給仕を見ると、給仕は興奮して顔を赤くしている。

 ふう、と息をつくと、くるっと給仕がマサヒデの方を向き、


「トミヤス様! ご準備を!」


「はあ」


 生返事をして、カオルの所に歩いて行く。

 カオルが小さな声で、


「客を楽しませるのも、主催者のお役目ですから」


 と言って、ふう、と溜め息をついた。


「やりすぎですよね」


「クレール様も仕方ありませんね」


 カオルが立てて持っている雲切丸の柄を握り、すらりと抜く。

 そのまますたすたと歩いて行き、虎から一歩離れて立つ。

 顔だけ給仕の方に向けて、


「良いですよ」


「え」


 虎は目の前ではないか。

 腕を振られたら吹き飛ぶ。


「もう準備出来ました。

 ああっと・・・そうですね、念の為、カオルさんの隣に。

 そこの、私の刀持って来た人です」


「・・・」


 大丈夫なのか?

 全然やる気を感じられない。

 この人にとって、虎はその程度の相手なのか?


 マサヒデは片手で刀をぶら下げたまま、くい、くい、と首を左右に軽く倒し、肩に手を当てて、くるっと回す。


「では・・・」


 こくっと喉を鳴らして、給仕がカオルの横まで下がる。

 マサヒデは小さく苦笑して、


「じゃ、クレールさん、さっさと終わらせましょう。

 私、まだ皿に盛ったやつ、食べてないんですよ」


(やる気なーい!)


 かくん、とクレールが肩を落とす。


「もう少しやる気出して下さいよ・・・」


「出してますって。ほら、脱力ですから。武術に大事」


(これ絶対嘘だ!)


 クレールが一瞬だけ、むん! として、ぱっと表情を変え、にこにこしながら手を振って壇上を降りる。

 マサヒデは給仕の方に顔を向け、


「いつでも良いので、適当に合図下さい」


「・・・では」


 と、給仕は声を飲み込み、ぐっと腹に力を込めて、


「勝負開始ーッ!」


 壇の下で、クレールがくるっと手を振ると、ぺったりと寝転がっていた虎が、ぴくっと反応して、ぱ! とマサヒデから離れた。


 すっとマサヒデが両手で雲切丸を持つ。

 一見、虎はぴたりと頭を下げて、今にも飛びかかって来そうだが・・・


 しん、と会場が静まる。


 じり、じり、と少しずつ虎が下がって行く。


(服に気を付けないとな)


 などと考えていると、またじりっと虎が下がる。

 これはいけない。このままでは、逃げそうだ。


「マーサちゃーん! がんばれー! あははは!」


 静まり返った会場に、シズクの声。


「平気ですよー」


 声の方に向くと、虎が「ぱ!」と飛びかかって来た。

 地に付きそうな程に身を屈めながら前に出て、剣先を尻から目の前の床まで。

 こんな振り方は、無願想流でなければ出来なかった。

 屈んだ頭から背中の上を虎が跳んで行く。


(おお!)


 すがん、という感触。斬れた。流石の斬れ味。

 撫で斬ったのではなく、しっかり骨まで斬れた。

 我ながら、これは良い手応え。

 この手応えなら、刃も傷んでいないだろうし、大きな瑕も付くまい。

 反りでだろうか、刃が通っていく時、ほんの少し虎が上に上がった感触。

 自分も少し下に押された。


 良い手応えを感じながら、勢いをそのままに、くいっと背を反らす。

 その勢いで立ち上がりつつ、逆足を出して、ぴたり。


(うむ!)


 無願想流で低く深く飛び込みながら斬り、カオルの斬り上げの動きで止まる。

 これは上手く行った。


 後ろの虎が、着地した勢いで、左右半身がずれて、右半身が前にすっとぶ。

 すっとびながら、すうーっと消える。

 左半身も倒立したような形になって、前に倒れながらすうっと消えた。


 ちらっと雲切丸を見る。

 死霊術だから、血は付いていない。


 すたすたとカオルの所に歩いて行って、雲切丸を納める。

 鞘に納めた感じ、腰は伸びていなさそうだ。

 だが、重い物が飛び込んで来たのを斬ったから、少し不安がある。

 ちらっと見た所には分からなかったが、瑕はついたかもしれない。

 念の為、イマイに見てもらおう。


「終わりましたよ。

 あ、しまった。挨拶とかいります? 考えてないな・・・」


 給仕が目を丸くしてマサヒデを見ている。


「・・・」


「どうしました?」


 カオルがマサヒデを見上げ、


「ご主人様。挨拶はお任せしましょう」


「そうですね。では、お願いします」


 マサヒデが軽く頭を下げる。

 カオルも立ち上がって、


「ご主人様、これは見世物です。

 こういう時は、ご覧の皆様にも礼を」


「あ。ですよね」


 会場の方を見て、深く頭を下げ、とん、とん、とん、と壇上を降りる。

 降りた所で足を止めて、


(このまま食べに行っても良いですかね)


(ご主人様、それはさすがに。ちゃんと入り口まで)


 暗い会場が、しん、としている。

 しまった。もう少し、飛んだり跳ねたりした方が良かっただろうか。


「ははは! もう少し盛り上げろよ! 見世物なんだぜ!」


 カゲミツの声が響く。


「ははは!」「あははは!」


 アルマダとシズクの笑い声が響く。


「もっと動かねえと! いくらなんでも、一太刀じゃあなあ! ははは!」


 一太刀!

 わっと声が上がり、会場が拍手で包まれた。

 マサヒデは顔を赤くして、少しだけ俯き加減で入り口を出て行った。

 入り口両側の騎士が、兜の向こうの目を丸くして、マサヒデを見送る。


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