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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
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第487話


 日が沈み、ホテルの外が暗闇に包まれる。


 すす、と執事がクレールの横に立ち、口を耳に近付け、


「クレール様」


 お、とクレールが窓に顔を向ける。

 こくんと頷いて、


「皆様、申し訳ありません。少し席を外します。

 ふふ、泣いてしまいましたから、お化粧を直しに」


 と、にっこり笑って、執事と共に静かに会場を出て行った。

 マツもちら、と窓に目をやって、くす、と笑う。


(うふふ。お着替えですか?)


 イブニングドレスに着替えてくるのだ。

 出発前の、クレールの顔!

 くす、とマツが笑いを漏らす。


 アフタヌーンドレスで、あんなにレースの着いたドレスは、普通は選ばない。

 マツが派手な物を選ぶと分かっていて、ぎりぎりの線を、と選んだつもりだったのだろう。


(さすがに攻めすぎちゃったかしら?)


 ちら、と自分のドレスに目をやる。


 きっと派手な物になるだろう。

 白はマツと被ってしまうし、やはりレイシクランの赤かな?

 それとも、ドレスは暗めの色で、アクセサリーで攻めてくるかな?

 黒は先程と被ってしまうから・・・

 ワインレッド辺りで、金のアクセサリーかな?

 石は何を選んでくるかな?


 クレールはセンスが良いから、楽しみだ。

 この暑い季節、ばっちり背中が開いた物を選ぶだろう。


(うふふ・・・)



----------



 クレールの部屋。


「ふん!」


 ぽい! と選んでおいたドレスを投げた。

 さ、と後ろの執事が腕を出し、投げられたドレスが腕にさらっとかかる。


「うんぬぬぬ・・・」


 きりきりきり・・・

 クレールが拳を握る。


「ええい! もう!」


 壁に並んだメイドが口の端をほんの少しだけ上げる。


「むん! むん!」


 鼻息荒くドレッサーまで歩いて行き、ぴしーん! と開ける。


「く・・・」


「クレール様。どれを選んでも、マツ様を食ってしまう事はありますまい。

 色が被らねば、どんな物でも構わないかと」


「そんな事は分かっています! ええい!」


 どれを選んでも!

 とっておきの一着を手に取り、ふるふると震える。

 これで負けてしまうとは!


 隣のドレッサーを開けると、全面にアクセサリーが並ぶ。

 ぱし! ぱし! ぱし!

 ヘッドドレス。ネックレス。指輪。

 全部とっておき。


「うくく・・・」


 アクセサリー! ドレス!

 とっておきで合わせても・・・負ける!


「お化粧をお直しましょう」


「む・・・そうですね・・・」


 若き日の魔王の話を聞いて、ぼろぼろ泣いてしまった。

 化粧も直さねば。

 化粧台の前に座ると、ささっとメイドが寄って来て、化粧を直しだす。

 す、と執事が横に立ち、


「ふふふ。クレール様、ドレスで勝てずとも、他で勝てば良いのです」


 ちらり。

 化粧中なので、目で返事。


「皆様に、何か余興でもお出しするのは如何でしょう」


 余興?


「クレール様は、死霊術に関しては、マツ様より上ではございませんか」


「・・・」


「皆様に、何かお見せするのは如何です。

 それをカゲミツ様やマサヒデ様に退治して頂く。

 これなど、面白うございましょう」


 すい、とメイドが口紅を拭いて、化粧直し終了。

 確認。ドレスに合わせて、ちゃんと色も変えてある。良し。


「ですが、退治して頂くほどの物では、危険がありますね」


「壇上でお見せするのは如何です」


 ちょいと首を傾げる。


「ううん・・・お父様では、竜くらい呼び出さないと、無理ですよね。

 熊でも象でも、一太刀で終わりそうです。余興にもなりませんね・・・

 ここはマサヒデ様にお手伝いして頂きましょうか?

 虎あたりで、虎殺しマサヒデ! なんて」


「ほほう! マサヒデ様に、また勇ましい異名が付きますな。

 300人抜きに、虎殺しですか」


 執事が顎に手を当てて、


「む、お待ち下さい。虎・・・虎は映えますな・・・」


 むむむ・・・と執事が小さく唸り、ぽん、と手を叩く。


「おお! クレール様、良い事を思い付きましたぞ!

 会場に、虎に乗って入って行くなど如何でしょうか!

 これには、皆様、腰を度肝を抜かしましょう?」


「あ! それ良いですね!」


「そのまま壇上に上がりまして・・・マサヒデ様が退治、と」


「うんうん! 面白そうです!」


「では、報せを送り、急ぎ余興の準備を致しましょう。

 まず会場の真ん中を開けて頂き、クレール様が虎に乗り、ゆっくり壇上へ」


「そして、マサヒデ様をお呼びするのですね」


「はい。虎殺しマサヒデの誕生でございますな」


 ぱん、と執事が手を叩くと、端のメイドが頭を下げて出て行く。

 クレールが笑顔を上げて、


「虎と獅子、どちらが映えると思いますか?」


「ふむ! 虎と獅子・・・ううむ・・・これは難しうございますな・・・」



----------



 レストランにて。


「え」


 報せを聞いて、カオルが少し驚く。

 正面のにこやかな男は、忍だ。

 すっとカオルにグラスを差し出して笑う。


「それは・・・皆様が不安になりませんでしょうか?」


「余興、と先に大きく知らせておけば。

 死霊術ですので『壇上までは』クレール様がきちんと使役致します、と」


 クレールにも困ったものだ・・・


「ご主人様には」


「渋々ですが、何とかご了承は頂きました。

 お刀が傷ついてしまわないかと、随分とごねられましたが」


「・・・」


 どうなるかは簡単に予想がつく。

 虎程度なら、マサヒデなら軽く済むだろう。

 飛びかかって来た所を下をくぐりながら真っ二つか、横に避けて真っ二つか。

 一太刀でぱっかりふたつに割れて、さーっと消えていく死霊術の虎。


「勝負は簡単に済んでしまうと思いますが、余興になりましょうか?」


「構いますまい。それはそれで、マサヒデ様のお強さの宣伝にもなります。

 クレール様が壇上まで乗って行くのも、余興になりますし」


 クレールがやりたいのは、そっちか。


 ふう、とカオルが溜め息をつく。

 壇上を見ると、もう何も無くなっていて、給仕が隅で立っている。

 準備万端、と言った所だ。ホテル側の許可は、もう取っているのだろう。


「お奉行様とハチ様には」


「快く」


「イマイ様が入り口にいらっしゃいますが、ご連絡は」


「済んでおります」


「では、ロビーの方々にも」


「はい」


 全て準備済みか。

 ふ、と小さく息をついて、苦笑する。


「では、クレール様にはお楽しみ下さい、と」


 忍も苦笑して、


「はい。ご迷惑をおかけします」


 と答え、出て行った。


(やれやれ)


 小さく首を振って、グラスを小さく傾ける。

 ふむ。これがレイシクランのワイン。クレールのお気に入りの年の物。

 匂いも味も覚えた。


「・・・」


 くるっとグラスの中のワインを回す。

 もう一度、匂いを確認。

 回した後はこの匂い。覚えた。


「・・・」


 グラスを見て、もう一度、ほんの少し口に入れ、小さく首を傾ける。

 これのどこが美味しいのだろう?

 もう一口。


(ううむ。クレール様、分かりません)


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