第486話
「ところで、クレールさん」
マツから若き日の魔王と狼族の話を聞き、クレールもだらだらと泣いている。
「はい」
「クレールさんの姓は、フォン=レイシクランですよね」
「そうです」
と答え、じゅっと鼻をすする。
「魔王様の最初のお仲間の無頼の輩達には、皆、姓に『フォン』が入るんです。
これはクレール様も知らなかったでしょう?
魔の国のフォンっていう貴族は、ご先祖様が、魔王様のお仲間の1人です」
「え!」
「まだありますよ。魔王様って、実は名前がなかったんです。
『フォン』って、神様が呼ぶのに困るから、魔王様にくれた名前なんです」
「え! ええーっ! 神様があー!?」
周りの人々も、驚いて声を上げる。
「だから、魔王様の最初の名前は、ただの『フォン』です」
「フォン・・・どういう意味なんでしょう?
何か、神様の特別な言葉みたいな・・・」
ぷ! とマツが吹き出して、グラスをすーっと前に出しながら、
「山の向こうまで、ふおーん! って飛んだから! なんですって!
ふおーんじゃ呼びづらいから、フォン!」
「ええ!? それでフォン!?」
「そうですよ。うふふ。神様の名付けのセンスって面白いでしょう?」
「え、いや、マツ様、そこは・・・」
ごにょごにょとクレールが口を濁す。
「うふふ。では、センスに関しては、置いておいて。
龍人族は勿論、狼族の貴族の家も少ないですから、実はフォンですか?
なーんて、お尋ねになってみては?
恐れ多いだなんて、隠してらっしゃる家も多いですけど。
もし『フォン』だったら、それらの方々から魔王様のお話が聞けるかも」
「うわあ・・・若き日の魔王様ですか・・・」
クレールが瞳を輝かせる。
さっき聞いたような、感動的なお話が一杯・・・
くす、とクレールを見て、マツが笑って、
「そーれーと。クレールさんのご先祖様、とんでもなく凄い方なんですよ。
何せ、お仲間として一緒にふらふらしてたんですから・・・
それも、喧嘩っ早かった魔王様をお叱りしてたくらいなんです。
これって、魔王様と同じくらい強かったんじゃありませんか?」
「ええー!?」
「クレールさんは純血のレイシクランです。
もしかしたら、この先、物凄い力に目覚めるかも!
そうしたら、魔王様くらいに強くなれるかも!」
「私がですかあ!?」
クレールが驚いて、自分を指差す。
「そうですとも!
私のご先祖様もそうだったかもしれませんが、私は純血ではないのですよ。
純血のクレールさんは、そのうち・・・かも、しれませんね?」
ぷるぷると、クレールの指が震える。
「わ、わ、わ」
「うふふ。それと、当時の方って、魔王様一党は当然ですけど、魔王様が当時は弱いって思っていた狼族も、今の私達から見たら、とんでもない強さなんです。同じ狼族でも、今と当時では、天地の差があるはずですよ。カゲミツ様とまでは行かなくても、少なくともマサヒデ様くらいは強かったはずです」
「ええー!? 少なくとも、ですかあ!?」
「だって、このホテルくらいの魔獣を倒しちゃうんですよ?
そんな大きさ、シズクさんが鉄棒を突き刺しても、針が刺さった程度です。
今みたいに、まともな武器も武術も魔術もなかった時代。
狼族の方々は、魔術は使えませんでした。でも、そんなのを倒すんです。
いくらマサヒデ様でも、これは無理だと思いませんか?
何十人と集まって、やっとくらいでしょう?」
「確かに・・・」
「当時の皆様って、そのくらい強かったんです。
そんな方々を弱い、守らねばって感じる魔王様。
どのくらい強いんでしょう?
それを指で押しただけで勝ってしまう神様・・・もう想像も付きませんね」
「うわあ・・・」
「魔王様が、武が衰退しないように、勇者祭をしよう! と考えたのも、この辺りを考えた事もあったのかも」
うんうん、と皆が頷く。
「では、魔の国のお話はこの辺りで。
私、人の国の歴史をお聞きしたいです。
どなたか、歴史の裏側みたいなのを知っておられる方、おられませんか?」
「あ、では私が。祖父から聞いた話で、真偽は分かりませんが・・・」
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一方その頃。
カゲミツとホルニが勝負をしていたテーブルに、オオタとマツモトが加わっていた。客が増え、ぐるりとテーブルを囲んでいる。
マツモトが無表情でカードをシャッフルして、さーと扇形に広げる。
「ジョーカーは、ここ・・・」
す、とカードを1枚。ジョーカー。
「エースは、これ、これ、これ、これ・・・」
出されたカードは全部エース。
「・・・と! このように、私、好きにカードをシャッフル出来ますので」
マツモトがぐるりと囲んだ客達を見渡し、
「どなたか、シャッフルして頂けますか?
1ゲームで、シャッフル役は交代して頂いて」
ふっ、とマツモトが小さく笑う。
ふふん、とホルニも鼻で笑う。
カゲミツがウイスキーを片手に、
「ホールデム? ドロー? セブンカード?」
「オオタ様は分かりますか?」
「馬鹿にするなよ」
ぐい、とオオタがグラスを空け、給仕にグラスを突き出す。
「ま! ホールデムで良いんじゃねえの? 見てる方も分かり易いし」
「構いません」
「同じく」
「ですな」
カゲミツが懐に手を突っ込み、銀貨をぱちん、と置く。
「これがディーラーボタンな」
金貨の山に手を置き、ぴんぴんぴん! と指を弾く。
皆の前に、金貨が5枚、ぴたりと横並びに並ぶ。
「ま! 短期戦ってことでな。コインが無くなったら・・・」
グラスを置いて、ウイスキーを注ぐ。
「一気で飲み干す」
ちら、とマツモトがグラスを見て、
「ブラインドは無しにしましょう。最初に場代を1枚ずつ」
「良いだろう。分かり易い。構わねえよな?」
ホルニとオオタが頷く。
「では」
マツモトが、すー、と扇に広げられたカードをまとめ、ジョーカーを抜いて、後ろの招待客にまとめたカードを渡し、
「では、ディーラーボタンはカゲミツ様なので、私からカードを」
ぱ! とカゲミツが手を前に出し、
「おおっとお! マツモトさん!」
「何か?」
「カード、渡し忘れてねえか?」
「・・・」
ぴく。
マツモトの眉が一瞬動く。
カゲミツの手がマツモトの袖に伸び、袖の中からエースが2枚。
にや、とホルニが笑う。
「ははは! さ、マツモトさんよ。空けてもらうぜ」
カゲミツがにやにやしながら、すー、とグラスをマツモトの前に滑らせる。
ふ、とマツモトが笑い、ぐい! とグラスを一気に空ける。
とん・・・
グラスが置かれると、ホルニが笑って、
「おや? 袖が乱れておりますな」
ホルニの手がマツモトの反対側の袖に伸び、袖の中からエースが2枚。
「ははは! もう1杯だな!」
カゲミツが笑って、またグラスを滑らせる。
「・・・」
「遠慮するなよ! 俺の奢りだ」
ぴ! とカゲミツが手元のコインを弾くと、マツモトの前でぴたりと止まる。
マツモトがグラスを空け、とん、と置くと、
「おい、マツモト」
ぴく。
正面のオオタがにやっと笑い、マツモトを指差し、
「ネクタイが曲がっておるぞ? さ、直せ! ははは!」
「・・・これは失礼を」
すっとマツモトの手が伸びて、ネクタイの裏からエースが1枚。
「んんー? マツモト、エースが5枚あるではないか! ははは!」
笑いながら、オオタがグラスを差し出す。
「さ、飲め飲め! せっかくのパーティーだ!
これは、ワシの奢りだ」
ぴ、とオオタがコインを弾き、マツモトの前で跳ね、くるくる回って倒れる。
「ふふふ。では、私からも」
ホルニがグラスとコインを差し出す。
「さ、ご遠慮なく」
「・・・」
ぐ! とん。
ぐ! とん・・・
おお、と小さな声が周りを囲んだ招待客から上がる。
す、す、とマツモトが2つのグラスをテーブルの端に滑らせると、給仕がグラスを下げる。
「参りましょうか」
皆が1枚ずつ、場代のコインを置く。
マツモトが後ろのカードを持った招待客に振り向いて、
「では、カードをお願いします」
す、す、す、とカードが2枚ずつ配られたが、カゲミツは腕を組んでにやにや笑ったまま。マツモトが、ちらとカゲミツの方を見て、
「カゲミツ様。カードのご確認を」
「見なくても良い」
ざわっ・・・
「ま! このゲームはハンデって奴さ。マツモトさん。見てくれ」
ちら、ちら、ちら・・・
マツモト、ホルニ、オオタがカゲミツを見て、順にカードを確認。
3枚のカードが開かれる。
「レイズ」
「コール」
「コール」
2枚目のコインが皆の前に置かれる。
「俺もレイズといきたいが・・・」
ちら・・・皆の目がカゲミツを見る。
カゲミツがふふん、と笑って、
「ま! 奢っちまってコインも減ったしー。
コールにしとこうかな!」
す、と2枚目のコインを置いて、カゲミツがふんぞり返ると、いつの間にか2枚のコインの下に、手札のカードが1枚ずつ。
招待客達がざわめく。
「・・・」「・・・」「・・・」
テーブルに4枚目のカードが開かれる。
「さ! どおーぞ!」
「チェックです」
「チェック」
「チェック」
5枚目のカード。
ふふん、とカゲミツが笑って、
「俺はチェックな!」
「チェックです」
「チェック」
「チェック」
「じゃ! ショーウダウーン!」
カゲミツの手が目に見えない速さで動く。
コインの下のカードが、いつの間にかカゲミツの手に。
にやっと笑うと、カゲミツの手からカードが飛び、コインの下にすっと入る。
「ハイカードだよ!(役なし。ハイカード同士は数字の強弱で決まる)
ははは! 皆はどうかなー?」
「ワンペア」
「ツーペア」
「ハイカード」
「ははは! さすがホルニさんだ! 持ってけ泥棒!」
ぴぴん! とカゲミツがコインを弾き、ホルニの前でぴたりと止まる。
マツモトとオオタもコインを差し出して、ホルニの前にコインが集まる。
「次は上限2枚で良いよな? 俺、コイン2枚しかねーもんよ!」
「カゲミツ様?」
「なんだい?」
カゲミツの前のカードがない?
あれ? と皆がカゲミツの手元を見る。
「カードは・・・」
「カード? ちゃんと戻したよ」
え!? とカードを持った招待客が、持ったカードを見る。
カゲミツがにやにや笑いながら、
「なーんだよ、疑ってるのか? な、数えてくれる?」
1枚、2枚、3枚・・・
カードが並べられていく。
コミュニティカードが5枚。3人の手元に2枚ずつ。
並べられたカード、41枚。
計、52枚。配られた分も確認。
「・・・合ってます・・・」
おお! と声が上がり、小さく拍手。
「さ! 次のゲームに行こうか。飲むのは誰かなあ?
あ、一杯もらえる? ロックで」
カゲミツが給仕にグラスを差し出す。
氷の上を、琥珀色の酒が流れていく。
「ふふふ・・・」
小さく笑いながら、カゲミツがグラスを傾ける。
カゲミツに仕込みなど一切必要ないのだ。
からん、と小さく氷が音を立てる。
(勝てる訳がない!)
マツモト、ホルニ、オオタが小さく息を飲む。