第482話
レストラン入り口のすぐ外。
そこには白い布で仕切りが作られ『御刀拝見 イマイ研店』と垂れ幕。
仕切りの前に給仕が1人、仕切りの左右に同心が1人ずつ並んでいる。
少し離れて、招待客が並んでいる。
その仕切りの中で、イマイと招待客の男が向き合っている。
イマイが渡された刀を軽く見て納め、机に置いてすっと差し戻した。
「こちらは、どこで」
「首都に行った際に、骨董屋で勧められまして」
「鑑定書も、ちゃんとついていた、ですよね?」
「はい」
「なるほど」
イマイが腕を組んで、険しい顔をする。
「いつ頃、ご購入に」
「10年か、いや、もっと経ちますかね・・・」
「店の名、いや、もうないでしょうね。とっくに引き払っているでしょう」
「え、ということは」
「贋作というか・・・これ別物ですね。似ても似つかない」
「いやしかし、鑑定書が付いていましたが」
イマイは険しい顔のまま頷いて、
「鑑定書って、増やせるんですよ。
紛失した、うっかり燃やしてしまった・・・とか。
適当な理由で申請すれば、再発行してもらえるんです。
誰が持ってるか分かれば、後はその人のふりして役所に申請するだけです。
そうやって正式な鑑定書を入手して、偽物を高く売る輩がいるんですね」
「銘も切ってありますが」
「この刀匠、刀に銘を切らないんです。
今まで、1本も見つかっていません。
銘があるのは、脇差と短刀だけです。
なのに、正式な鑑定書がついている。おかしいですよね」
「では、今まで見つかっていなかったという物では?」
「最初に鑑定書を発行する際、文科省は、当然これを見ているはずですよね。
まず見て、鑑定して、それで鑑定書が出来る訳ですから。
もしそんな物でしたら、文科省も驚いて、是非お譲りを、と来るはず。
でなくても、どこかの美術館や、愛好家の貴族から必ず声がかかります」
「確かに・・・」
「で、お値段はいかほどされました?」
「金貨で50枚です」
イマイは手を振って、
「いやいやいや。どんなに安くても、50枚はありえません。
これ、もし鑑定書通りの物だったら、500枚は軽く超えるはずですよ。
年鑑には載ってるけど、聞いたことないな? どこの人だろう?
その程度の刀匠の作でも、普通に金貨100枚はします」
「・・・」
「次からは、ちゃんとした刀屋で買うことをお勧めします。
それと、欲しい物がありましたら、まず相場を調べてからにすることです。
安いのは、まあ9割以上、偽物です」
「・・・ありがとうございました・・・」
とぼとぼと男が仕切りから出ていく。
給仕が仕切りを開け、
「次の方、どうぞ」
「よろしくお願いします」
椅子を引いて、男が座る。
「この脇差ですが・・・」
と、イマイの前の机に脇差を乗せる。
「拝見致します」
丁寧にイマイが脇差を抜き、声を上げた。
「おおっ!? う、ううむ・・・こちらはどこで」
「曽祖父がどこからか仕入れた物で、良い物だ、としか・・・
いくらで買った、とかも聞いておりません」
「なるほど・・・銘を見せてもらって良いでしょうか」
「お願いします」
こんこんこん・・・
目釘が抜かれ、柄を持って、とん、と手首を叩き、刀身を抜く。
「あ・・・はあはあはあ・・・ふむふむ・・・そういう事か・・・
良い物だと仰っていた・・・なるほど、なるほど」
うんうん、とイマイが頷く。
銘を見て、大体の経緯の予想がつく。
茎を持って、じーっと脇差を見つめる。
「如何でしょうか」
「が、ん、さ、くー・・・では、あーりーまーすー・・・が」
「あ、贋作・・・ですか・・・」
かくん、と男の力が抜けるが、イマイの方は真剣な目で脇差を見つめている。
「ですが、これー・・・かなりの出来ですね・・・
これ、良い物だと仰っていたんですよね?
ひいお祖父様は、まだご存命で・・・は、ないですか」
「はい。もう他界しております」
「うん・・・これ、私の予想でしかないんですけど・・・
ひいお祖父様は、これ贋作であると見抜いてたと思います」
「え? と、言いますと、何故? どういう事でしょう?」
イマイが脇差を立てて、ゆっくりと手首を回す。
「贋作だ、と分かると、つい投げ出してしまいそうなものですけど・・・
これ、すごい出来ですよ。とんでもなく。
多分、どこかの地方刀匠の出来の良い物に、後から銘を切ったんですね」
「後から?」
「まず、名の知られていない地方刀匠から、無銘の物を安く買い上げます。
で、無銘の所に、適当な有名刀匠の銘を切って、高く売りつけるんですね。
贋作を売る商人が、よくやる手口ですが・・・」
「そのような事を・・・」
「ですが、です。名が知られていないだけで、優れた刀匠はたっくさんいます。
さっきのホルニさんもそうですよね。
これ、贋作売りが、価値が分からなかったんですね」
「価値が? これ、それほどですか?」
イマイは眉間に皺を寄せ、ぐっと目を瞑り、
「んー、そうですねー・・・私なら・・・金貨100枚なら、売ります・・・
いや、うーん・・・売るー・・・かも、しれない! て所ですか」
え! と男が驚いて、
「脇差で、金貨100枚? かもしれない?
金貨100枚なら、打太刀も買えますよね?」
イマイが目を開け、厳しい顔で脇差を見つめ、
「これ、それ程の出来です。
いやあ、これを打った刀匠が知りたいなあ・・・誰だろう・・・
板目に杢目、柾目ー・・・も混じってるし、派手な尖り刃もあるから・・・
フギ伝の、まずミカサ派・・・かな? トヤマ派ー・・・は、あるか、な?
うん、フギ伝の作でしょう」
ぐいー・・・とゆっくり手を伸ばし、脇差を遠目から眺める。
「フギ伝!? あの刃物で有名な、フギの物なんですか!?」
男の驚いた声に、は! とイマイが顔を男に向けて、
「あ! 失礼しました。つい夢中になってしまって、申し訳ありません。
ええっとですね、フギの国で打たれたかまでは、分かりません。
ですけど、フギ伝を学んだ刀匠が打ったのは、まず間違いないです」
いそいそと目釘を入れて、鞘に納め、脇差を返して頭を下げる。
頭を上げて、真剣な顔で男の顔を見て、深く頷き、
「これ、贋作だからって、悪い物ではなく、凄い作です。
そこを見抜いた、ひいお祖父様の目を証明する物ですね。
金貨100枚以上って、お世辞ではなく、私なら本当にその値をつけます」
「そんなに凄い物なんですか・・・」
「銘が偽物ですから、鑑定書はもらえないと思いますけど・・・」
イマイが腕を組んで、残念だ! と強く目を瞑って、首を傾け、
「いやーあ・・・打った刀匠が分からないのが、本当に惜しい!」
と、声を上げ、ぱ、と真面目な顔に戻って、膝に手を置いて、男に頭を下げ、
「これは大事にして下さい。いや、眼福でした」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
給仕が仕切りを開ける。
「次の方どうぞ」
イマイが次々と鑑定を行っていく・・・
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「次の方、どうぞ」
給仕の声が少し緊張気味。
次の男が軽く頭を下げ、すわっと仕切りの中に入ってくる。
あ! とイマイの目が見開かれた。
「イマイ殿。よろしくお願いします」
にこっと笑って、男がイマイの前に座る。
ノブタメ=タニガワ。
「お奉行様・・・」
「こちら、見て頂けますか」
すっと右手の刀を差し出し、イマイの前に置く。
「は! それでは、失礼致します!」
くい、と少し抜いた所で「うっ」と小さく声を上げ、手が止まる。
固まったイマイを見て、ノブタメがにやっと笑う。
「これは・・・どこで」
「私の故郷で。私、西のサキョウの出です」
「サキョウ! サキョウ・・・なるほど、サキョウの出でしたか・・・」
イマイが小さく頷く。
ふ、とノブタメが小さく笑って、
「買ったのは若い頃です。奉行所勤めを始めたばかりの、下っ端同心でした。
町廻をさぼって、ふらふらしておりましたら、偶然店先に。
あっと一目で惚れ込んでしまいして、どうしてもと父に泣きつき・・・
おっと、買ったのは父上、となりますか。ちゃんと金は返しましたが」
「カイシン・・・2代目サダクニですね」
「と、店主も言っておりましたが。如何でしょうか」
すうー・・・と鞘から抜いて、ぴたりと立てる。
イマイが顎に手を当て、険しい目で刀を見つめる。
「この刃紋、晩年の作ですね。ううむ、素晴らしい・・・」
2代目サダクニ。後、改名して、カイシン。
西の大都市、サキョウの、新刀時代の二大巨頭の1人。
彼はその腕を認められ、国王から爵位を与えられた。
当初は嬉々として喜んだサダクニであったが、1年もせず、彼は爵位を返上。
領地には目も向けず、経営は全て国から与えられた者に任せたまま。
毎日、刀を打つだけで、自分は鍛冶仕事しかしていない。
これで、貴族を名乗って良いのか。
腕を認められた事は有り難いが、所詮、一介の鍛冶職人。
自分に爵位は分不相応である。
彼は国王にそう伝え、与えられた爵位と領地、それまでに領地から得た収入など、一切を返上した。
安々と爵位を受け取ってしまった、未熟な自分の心を戒め、心を改めるべし、と名を改め、以後はカイシンを名乗る事となる。
晩年とは言っても、カイシンは50を越えたばかりで事故死したので、刀匠としてはやっと脂が乗りはじめた頃の作となる。それでこの出来なのだ。
「匂口が深いし・・・それに、この湾れだよ・・・
まったこの湾れが、明るいったらないもの・・・眩しいもの・・・」
鍔元から物打ち辺りまで、ゆっくり、真っ直ぐ湾れが広がり、そこから切っ先まで、少しずつ細くなっていく、直刃が膨らんで縮んでいくような、大きな湾れ。地沸(じにえ、地中のきらきら光る細かい粒)が深く、輝いている。
イマイがゆっくりと手首を回す。
きらきらと地沸が輝く。
「うわっ! これ、すごい肌ですね! いや、流石カイシンです。
んー! にしても凄い! いや何だこの肌!? 沸えが、もう輝いてる!」
初代サダクニは首都でミカサ伝を学び、サキョウに戻って独立した。
2代目サダクニ改めカイシンは、その技術を引き継いでいる。
惜しい事に、サダクニは3代目で絶えてしまった。
「ふむ。それほどですか」
「いやもう、驚きしかないですよ! この肌! この肌です! なにこれ!?
あ! こことか、すっごい! カイシンだあ、これカイシンだよお・・・」
イマイは口を開き、瞬きもせず、ノブタメのカイシンを眺める。
ノブタメは子供のようにはしゃぐイマイを見て、にこにこ笑っている。
「イマイ様、タニガワ様、そろそろ」
外から給仕の声がかかり、
「あっ! ああ・・・そう、ですね・・・」
名残惜しげに、ゆっくりと納め、ノブタメに返す。
ぐぐっと頭を下げて、
「お奉行様、眼福でした! いや本っ当ーに! ありがとうございました!」
「いやいや。お眼鏡に叶ったようで、良かった。それでは」
ノブタメも軽く頭を下げて、にっこり笑って出て行った。