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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
481/483

第481話


 ついにマサヒデも囲まれだした。


 カオルやアルマダが一部を引き受けてはいるが、間に合わない。

 カオルも予定していた警備に行けず、困ってしまっている。

 が、表情には一切出さず、にこにこしながら相手をしている。


 マツもクレールも、囲まれながらもにこやかに話している。

 時折、2人の周りで笑い声が上がっている。


 「何とかの何とか部の誰々です」

 「どこそこの何とかの誰々です」


 と、次々に挨拶に来ては、離れずに「おおそうですか」「ああ左様で」などと、にこにこ笑いながら、と、マサヒデの周りで話している。


 マサヒデも笑顔で頷きながら、


「ええ、そうですね」


 とか、


「ああ、左様でしたか」


 などと適当に返しているが、話が全く耳に入ってこない。

 料理も取りに行けず、腹も空きっ腹。

 お開きになった所で、余り物でも頂くか・・・などと考えていると、


「マサヒデ―! おおい!」


 と、でかい声が響いた。

 トモヤだ。

 ん? とマサヒデを囲んでいた面々が、声の方を向く。


「あ、皆さん、申し訳ありません。あれ、私の幼馴染です。

 ご存知の通り、私は田舎育ち。

 あの幼馴染も、同じくで、礼儀など露知らずでして」


 と、苦笑して頭を下げる。

 これを逃す手はない。


「失礼します、注意してきますので・・・」


 軽く頭を下げて、マサヒデを囲む輪から逃れる。


「ははは! トミヤス様も大変ですね!」


 と、どこの誰かも分からない男が、後ろで笑う。


(大変なのはあんた達だよ)


 心の中で毒づきながら、入り口に歩いて行くと、坊主とトモヤが並んでいる。

 トモヤがマサヒデに気付いて、ぶんぶんと手を振っている。


(助かった!)


 また誰かが来ないうちに、と、早足で入り口に向かう。

 トモヤが「ぱちん!」と手を合わせ、


「すまん! 坊様との勝負で、時を忘れてしもうた!」


「ううむ、申し訳ない・・・此度は拙僧が悪かった。許してくれ・・・」


 坊主も渋い顔で頭を下げたが、マサヒデは明るい笑顔を浮かべ、


「いや! ご住職もトモヤも、良い所に! 全く助かりました!

 さ、ご住職、頭を上げて下さい!」


 はあ? と、トモヤと坊主が頭を上げる。

 マサヒデが苦笑して、


「今、どこの誰とも分からない人達に囲まれてしまって、困ってたんです。

 何とかの何とか、とか、どこぞの何とか、だとか・・・

 ご住職とトモヤのお陰で、逃げることが出来ました」


 ぶはっ! と、2人が吹き出す。


「わははは! お主も人気者になったもんじゃの!」


「くくく・・・」


 マサヒデはうんざりした顔で、


「いや、もう話は右から左で、適当に生返事を返しているだけで。

 昼は少なめで空きっ腹なのに、飯も取りに行けないし。

 これはお開きになってから、余り物で、なんて考えてた所でした」


「はーっはっは! そうかそうか!

 拙僧の遅刻も、御仏のお導きというやつだったかな!

 では、礼代わりに拙僧達を飯に案内してもらおうか」


「そうじゃの! まずは飯じゃ! 酒も良い物が出ておるのじゃろう?」


 マサヒデは苦笑して、


「だろうが、俺は全然飲みにも行けんかったのだ。

 せっかく、クレールさんが最高のワインを用意しくれたというのに」


「ははは! どうせ味など分からんのじゃろうに!」


「ま、それはそうだがな! 俺も腹が空いておるのだ! 行こう!

 ささ、ご住職もこちらへ!」


 笑う2人を引き連れて、料理が並んだテーブルに向かうと、ぱあっとトモヤが顔を輝かせて、


「おうおう! どれも食い放題か!?」


「そうだ。そこの皿に好きなだけ乗せて、好きなだけ食ってくれ」


「では遠慮なく!」


 トモヤはがちゃっと皿を鳴らして皿を取り、あれもこれもと山盛りに乗せる。

 坊主はそれを横目に見ながら、


「若造。子の名は?」


「テルクニです。

 大魔術師として、国を明るく照らし、皆を明るくするように、と。

 父上が命名してくれました」


「ほう! それはまた随分と期待されたものだな」


「お医者様から、将来は大魔術師間違いなし、と言われたもので」


「ふうん。魔術師の道を選ばなんだら、何とするのかな? ははは!」


「いや、全くですが・・・何せ、母親が母親ですから。

 無理矢理にでも、魔術師にされてしまいそうですが」


「ははは! それはそうだな!

 魔術師になぞならぬ、などと言ったら、消し炭にされてしまいそうだ!」


 坊主も皿を取って、ひょいひょいと料理を乗せる。

 もう1枚皿を取って、マサヒデに突き出し、


「ほれ、お前も今のうちに急いで食べておけ」


「ありがとうございます」


 マサヒデも適当に料理を乗せて、がつがつと口に放り込む。

 坊主が呆れて、


「おう・・・本当に大変だったようだな・・・」


 ごくん、と口の中の物を飲み込んで、


「いや、全くですよ。パーティーなんて、うんざりです。

 こんなの、誰が考えたんですかね」


 と答えて、またがつがつと口に放り込む。


「諦めろ。次はクレール殿だ」


「んむむ」


「聞けばお主、随分と女を口説きまわっておるそうではないか」


「してませんよ、そんな事」


「ふうん・・・そうなのか?

 次は鍛冶屋の娘が妻になる、と、あの真剣師殿は言うておるが」


 向こうでがつがつ肉をかじっているトモヤを睨み、


「なりませんよ」


「向こうがそれを求めてきたら、なんとする」


「さ、それは、その時にならねば分かりませんが。

 そんなの、求めてこないと思います」


「何故」


「ラディさん、その鍛冶屋の娘さんですが、人より刀が好きな方ですから!

 刀と結婚したいんじゃないですか! ははは!」


「ははは! 面白い娘ではないか! ここに来ておるのか?」


「ええ。どこかにいると思いますが」


 見回してみると、中央辺りに人の輪が出来ていて、中にラディの顔が見える。


「ああ、あそこですね。あの、真ん中の人が集まっている所。

 背が高い、眼鏡の女性です」


 坊主が目を細め、


「あれか? 茶色の髪を、後ろで束ねておる?

 ううむ、聞いた通り、本当に背が高いな」


「ええ。多分その女性です」


「よし。では聞いてみようではないか」


「は?」


 坊主がすたすたと歩いて行く。


「あ、ちょっと、ご住職」


 慌てて坊主の隣に立ち、


「ご住職、何を聞くんです」


「お前の嫁になる気があるかどうか」


「ご冗談を。おやめ下さい」


 坊主がうるさそうに手を振って、


「聞くだけ、聞くだけ。あったとしても、そうなるかは分からんではないか」


「ご住職」


「次は拙僧に式を挙げさせろよ」


「ちょっと」


 坊主は止まりもせず「通せ」と、人の輪に入り込んでいく。

 マサヒデも付いて行って、


「あっ」


 と、小さく声を上げた。

 小さなテーブルを挟んで、カゲミツとホルニが向かい合っている。

 カゲミツが真っ赤な顔で金貨をつまみ、満杯のグラスに入れようとしている。

 周囲から、くすくすと笑い声。


 横でにやにやして立っている男に、


「あれ、何してるんですか?」


「おお、トミヤス様。お父上と、ホルニ殿が勝負の真っ最中で」


「勝負?」


 少しして「ああ!」とカゲミツが声を上げ、グラスを一気飲み。

 横の男がにこにこしながら、


「満杯のグラスに、交代で金貨を入れていき、酒を溢したら負け。

 負けた方は」


 ぐいっと手に持ったワイングラスを空けて、にっこり笑い、


「グラスの酒を飲み干す、という勝負なんですよ」


 また酒か・・・


「今の所、カゲミツ様の全敗です」


「え? 父上がですか?」


「ええ。驚いたことに、ホルニ殿はここまで1度も溢していないんです」


「へえ・・・」


 カゲミツがグラスに酒を注ぎ、ホルニが金貨を取る。

 と、そこで、


「おい。そこな鍛冶屋の娘」


 と、坊主がラディに声を掛けた。


「?」


 ラディが坊主の方を向く。


「お主、マサヒデ殿の嫁にならんか」


 がたん! とテーブルが揺れ、ホルニが後ろを振り向いた。

 グラスが大きく揺れ、びちゃっとウイスキーが溢れる。


「勝ったぞ・・・」


 ばったりとカゲミツがテーブルに真っ赤な顔を乗せる。


「あっ」


 ラディがマサヒデの顔を見つけて、ぼっと顔を赤くする。


「ははは! 若造、これは脈ありだな!」


 周りからも笑い声が上がる。


「ご住職! 女性をからかうのはおやめ下さい!」


 と、マサヒデが声を上げて坊主の腕を引っ掴み、ラディに頭を軽く下げて、


「すみませんでした、ラディさん! 気にしないで下さい!

 ご住職、冗談が過ぎますよ!」


 マサヒデがげらげら笑う坊主の腕を引き、くすくす笑う人混みに入って行く。

 カゲミツがテーブルに顔を乗せたまま、ふわっとラディを見上げて、


「へっへっへ・・・ラディさんよ! 乾杯だぜ!」


 ラディがつかつかとテーブルに歩いて行って、グラスを取り、ごくん、ごくん、と飲み干した。ぷはっ! と息をついて、きっ、とホルニを見下ろし、かん! と強くテーブルにグラスを置く。金貨が跳ね、グラスから飛び出て転がっていく。


「お父様。この程度の冗談で驚かないで下さい」


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