第481話
ついにマサヒデも囲まれだした。
カオルやアルマダが一部を引き受けてはいるが、間に合わない。
カオルも予定していた警備に行けず、困ってしまっている。
が、表情には一切出さず、にこにこしながら相手をしている。
マツもクレールも、囲まれながらもにこやかに話している。
時折、2人の周りで笑い声が上がっている。
「何とかの何とか部の誰々です」
「どこそこの何とかの誰々です」
と、次々に挨拶に来ては、離れずに「おおそうですか」「ああ左様で」などと、にこにこ笑いながら、と、マサヒデの周りで話している。
マサヒデも笑顔で頷きながら、
「ええ、そうですね」
とか、
「ああ、左様でしたか」
などと適当に返しているが、話が全く耳に入ってこない。
料理も取りに行けず、腹も空きっ腹。
お開きになった所で、余り物でも頂くか・・・などと考えていると、
「マサヒデ―! おおい!」
と、でかい声が響いた。
トモヤだ。
ん? とマサヒデを囲んでいた面々が、声の方を向く。
「あ、皆さん、申し訳ありません。あれ、私の幼馴染です。
ご存知の通り、私は田舎育ち。
あの幼馴染も、同じくで、礼儀など露知らずでして」
と、苦笑して頭を下げる。
これを逃す手はない。
「失礼します、注意してきますので・・・」
軽く頭を下げて、マサヒデを囲む輪から逃れる。
「ははは! トミヤス様も大変ですね!」
と、どこの誰かも分からない男が、後ろで笑う。
(大変なのはあんた達だよ)
心の中で毒づきながら、入り口に歩いて行くと、坊主とトモヤが並んでいる。
トモヤがマサヒデに気付いて、ぶんぶんと手を振っている。
(助かった!)
また誰かが来ないうちに、と、早足で入り口に向かう。
トモヤが「ぱちん!」と手を合わせ、
「すまん! 坊様との勝負で、時を忘れてしもうた!」
「ううむ、申し訳ない・・・此度は拙僧が悪かった。許してくれ・・・」
坊主も渋い顔で頭を下げたが、マサヒデは明るい笑顔を浮かべ、
「いや! ご住職もトモヤも、良い所に! 全く助かりました!
さ、ご住職、頭を上げて下さい!」
はあ? と、トモヤと坊主が頭を上げる。
マサヒデが苦笑して、
「今、どこの誰とも分からない人達に囲まれてしまって、困ってたんです。
何とかの何とか、とか、どこぞの何とか、だとか・・・
ご住職とトモヤのお陰で、逃げることが出来ました」
ぶはっ! と、2人が吹き出す。
「わははは! お主も人気者になったもんじゃの!」
「くくく・・・」
マサヒデはうんざりした顔で、
「いや、もう話は右から左で、適当に生返事を返しているだけで。
昼は少なめで空きっ腹なのに、飯も取りに行けないし。
これはお開きになってから、余り物で、なんて考えてた所でした」
「はーっはっは! そうかそうか!
拙僧の遅刻も、御仏のお導きというやつだったかな!
では、礼代わりに拙僧達を飯に案内してもらおうか」
「そうじゃの! まずは飯じゃ! 酒も良い物が出ておるのじゃろう?」
マサヒデは苦笑して、
「だろうが、俺は全然飲みにも行けんかったのだ。
せっかく、クレールさんが最高のワインを用意しくれたというのに」
「ははは! どうせ味など分からんのじゃろうに!」
「ま、それはそうだがな! 俺も腹が空いておるのだ! 行こう!
ささ、ご住職もこちらへ!」
笑う2人を引き連れて、料理が並んだテーブルに向かうと、ぱあっとトモヤが顔を輝かせて、
「おうおう! どれも食い放題か!?」
「そうだ。そこの皿に好きなだけ乗せて、好きなだけ食ってくれ」
「では遠慮なく!」
トモヤはがちゃっと皿を鳴らして皿を取り、あれもこれもと山盛りに乗せる。
坊主はそれを横目に見ながら、
「若造。子の名は?」
「テルクニです。
大魔術師として、国を明るく照らし、皆を明るくするように、と。
父上が命名してくれました」
「ほう! それはまた随分と期待されたものだな」
「お医者様から、将来は大魔術師間違いなし、と言われたもので」
「ふうん。魔術師の道を選ばなんだら、何とするのかな? ははは!」
「いや、全くですが・・・何せ、母親が母親ですから。
無理矢理にでも、魔術師にされてしまいそうですが」
「ははは! それはそうだな!
魔術師になぞならぬ、などと言ったら、消し炭にされてしまいそうだ!」
坊主も皿を取って、ひょいひょいと料理を乗せる。
もう1枚皿を取って、マサヒデに突き出し、
「ほれ、お前も今のうちに急いで食べておけ」
「ありがとうございます」
マサヒデも適当に料理を乗せて、がつがつと口に放り込む。
坊主が呆れて、
「おう・・・本当に大変だったようだな・・・」
ごくん、と口の中の物を飲み込んで、
「いや、全くですよ。パーティーなんて、うんざりです。
こんなの、誰が考えたんですかね」
と答えて、またがつがつと口に放り込む。
「諦めろ。次はクレール殿だ」
「んむむ」
「聞けばお主、随分と女を口説きまわっておるそうではないか」
「してませんよ、そんな事」
「ふうん・・・そうなのか?
次は鍛冶屋の娘が妻になる、と、あの真剣師殿は言うておるが」
向こうでがつがつ肉をかじっているトモヤを睨み、
「なりませんよ」
「向こうがそれを求めてきたら、なんとする」
「さ、それは、その時にならねば分かりませんが。
そんなの、求めてこないと思います」
「何故」
「ラディさん、その鍛冶屋の娘さんですが、人より刀が好きな方ですから!
刀と結婚したいんじゃないですか! ははは!」
「ははは! 面白い娘ではないか! ここに来ておるのか?」
「ええ。どこかにいると思いますが」
見回してみると、中央辺りに人の輪が出来ていて、中にラディの顔が見える。
「ああ、あそこですね。あの、真ん中の人が集まっている所。
背が高い、眼鏡の女性です」
坊主が目を細め、
「あれか? 茶色の髪を、後ろで束ねておる?
ううむ、聞いた通り、本当に背が高いな」
「ええ。多分その女性です」
「よし。では聞いてみようではないか」
「は?」
坊主がすたすたと歩いて行く。
「あ、ちょっと、ご住職」
慌てて坊主の隣に立ち、
「ご住職、何を聞くんです」
「お前の嫁になる気があるかどうか」
「ご冗談を。おやめ下さい」
坊主がうるさそうに手を振って、
「聞くだけ、聞くだけ。あったとしても、そうなるかは分からんではないか」
「ご住職」
「次は拙僧に式を挙げさせろよ」
「ちょっと」
坊主は止まりもせず「通せ」と、人の輪に入り込んでいく。
マサヒデも付いて行って、
「あっ」
と、小さく声を上げた。
小さなテーブルを挟んで、カゲミツとホルニが向かい合っている。
カゲミツが真っ赤な顔で金貨をつまみ、満杯のグラスに入れようとしている。
周囲から、くすくすと笑い声。
横でにやにやして立っている男に、
「あれ、何してるんですか?」
「おお、トミヤス様。お父上と、ホルニ殿が勝負の真っ最中で」
「勝負?」
少しして「ああ!」とカゲミツが声を上げ、グラスを一気飲み。
横の男がにこにこしながら、
「満杯のグラスに、交代で金貨を入れていき、酒を溢したら負け。
負けた方は」
ぐいっと手に持ったワイングラスを空けて、にっこり笑い、
「グラスの酒を飲み干す、という勝負なんですよ」
また酒か・・・
「今の所、カゲミツ様の全敗です」
「え? 父上がですか?」
「ええ。驚いたことに、ホルニ殿はここまで1度も溢していないんです」
「へえ・・・」
カゲミツがグラスに酒を注ぎ、ホルニが金貨を取る。
と、そこで、
「おい。そこな鍛冶屋の娘」
と、坊主がラディに声を掛けた。
「?」
ラディが坊主の方を向く。
「お主、マサヒデ殿の嫁にならんか」
がたん! とテーブルが揺れ、ホルニが後ろを振り向いた。
グラスが大きく揺れ、びちゃっとウイスキーが溢れる。
「勝ったぞ・・・」
ばったりとカゲミツがテーブルに真っ赤な顔を乗せる。
「あっ」
ラディがマサヒデの顔を見つけて、ぼっと顔を赤くする。
「ははは! 若造、これは脈ありだな!」
周りからも笑い声が上がる。
「ご住職! 女性をからかうのはおやめ下さい!」
と、マサヒデが声を上げて坊主の腕を引っ掴み、ラディに頭を軽く下げて、
「すみませんでした、ラディさん! 気にしないで下さい!
ご住職、冗談が過ぎますよ!」
マサヒデがげらげら笑う坊主の腕を引き、くすくす笑う人混みに入って行く。
カゲミツがテーブルに顔を乗せたまま、ふわっとラディを見上げて、
「へっへっへ・・・ラディさんよ! 乾杯だぜ!」
ラディがつかつかとテーブルに歩いて行って、グラスを取り、ごくん、ごくん、と飲み干した。ぷはっ! と息をついて、きっ、とホルニを見下ろし、かん! と強くテーブルにグラスを置く。金貨が跳ね、グラスから飛び出て転がっていく。
「お父様。この程度の冗談で驚かないで下さい」