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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
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第478話


 ホテル・ブリ=サンク、レストラン。


 マサヒデ達が招待客に少し遅れて入って行く。

 会場内では、皆がもうグラスを持って立っている。


「う、もう飲み始めてますね・・・」


 アルマダが苦笑して、


「マサヒデさん。あれはウェルカムドリンクです。

 お客様に、待ち時間の間に飲んでもらう、軽いお酒です」


「あ、そうなんですか。じゃ、私達はまだ飲まなくて良いんですね」


「私はもらっちゃーう!」


 と、シズクがにこにこしながら、横の給仕に、


「えるかむどりんく、ちょーだい!」


 くす、と給仕が笑って、


「はい」


 と渡すと、くぴっと喉に流し込んで、


「あらっ?」


「あ、何か、不都合でも」


「これ、ジュース?」


「いえ? アルコールは低めですが」


「じゃ、もひとつちょーだい!」


「ふふ。どうぞ」


 こつん、とカオルがシズクの背中に肘を入れ、


「シズクさん。あなたの役目、分かってますね?」


「んっ?」


 シズクが振り向くと、カオルの渋い顔。


「回って下さい。歩いて。

 食べながら、飲みながらで結構ですが、始まるまでは我慢して下さいよ。

 お話しても良いですが、あまりひとつ所に長く留まらずに」


「ああ、はいはい! じゃ、行ってきまーす!」


 ぶんぶん手を振って、シズクが歩いて行く。


「ははは! シズクさんは警備ってか! あんな心強い警備はいねえな!」


「ん?」


 手を振って去って行くシズクの背を見て、マサヒデが首を傾げる。

 はて・・・何か足りない。


「あっ。アルマダさん、トモヤは」


「ご住職と一緒に来ますが・・・そういえば」


 アルマダもきょろきょろと周りを見渡す。

 坊主は一目で分かるが、どこにもいない。

 マツも周りを見渡す。


「あら? トモヤ様、まだ来ておられませんね? ご住職も・・・」


「何してるんでしょうね?」


 カオルが少し眉を寄せ、


「ご主人様、確認してきますか」


「どうせ、将棋に熱くなってって所だと思いますよ」


「大丈夫だろ? あいつは殺しても死なねえって奴だ」


 よいしょ、とカゲミツが腰の大小を抜いて、


「ほい。頼む」


 と給仕に渡す。

 マサヒデ達も大小を抜いて渡す。

 カゲミツが奥の壇を指差し、


「あそこで発表! だな?」


 ぐ! とクレールが拳を握り、


「はい! お父様、決めて下さい!」


「よっしゃ! 任せとけ! マサヒデ!」


「はい」


「開会の挨拶、ちゃんと考えて来たろうな?」


「はい」


「よし。お前も決めろよ? あんま長くすんなよ?」


「はい。クレールさんにご指導頂きましたので、ご安心下さい」


「ん! それなら安心だ。

 クレールさん、おれらは準備室みたいな所に行くの?」


「お父様、主催と主賓には席を御用意しておりますので、そちらで」


「おおーそうかそうか! じゃ行くか!」



----------



(父上が居て良かった)


 招待客の間を歩いていく度に、皆が挨拶をしてくる。

 そのたびに「おう! ありがとう!」「すまねえ! 挨拶の準備が!」と、カゲミツがさらさらと流して歩いて行く。


 マサヒデにはとても真似出来ない。

 挨拶をしてきたら、きっと足を止めて頭を下げて・・・

 いつまで経っても、奥まで行けなかっただろう。


「ここか」


 大きなテーブルに、『主賓席』と書かれた札が乗っている。

 席の前に『カゲミツ=トミヤス様』『アキ=トミヤス様』『クレール=トミヤス様』、と、名前が書かれた札。


 真ん中に、氷に突っ込まれた酒の瓶。

 札のある席にカゲミツ達が座り、


「よっと」


 がら、と氷の音を立て、カゲミツが瓶を引っ掴む。


「あ、お父様、給仕を」


「いいよ、面倒くせえ。さ、グラス持って」


「あ、はい」


 くるん、とカゲミツが瓶を回して、とん、とん、と人差し指を当てる。


「ん、ここだな」


「?」


 瓶の上の方で、カゲミツが瓶に沿って「ぴ!」と指を振ると、先がすっとんで氷の中に「からん」と入る。


(ええー!?)


 これはシャンパンサーベルの開け方だが・・・まさか人差し指で!?

 さわさわーと音を立てて、シャンパンが瓶の先からこぼれ出てくる。


「はーい、クレールさーん!」


「は、はい・・・」


 しゃわわー・・・


「ほい、アキー」


「はい」


 しゃわわー・・・


「よーしっとおー」


 しゃわわー・・・


 がしゃ、と氷の中に瓶を突っ込んで、


「はーっはははー! 乾杯にはまだ早えけど、ちょびっと飲んじゃおうぜ!

 シャンパンは久し振りだもんな! 一杯だけ!」



----------



 こちら主役席。


 マサヒデが袂から覚書を出して、じろじろと読んでいる。

 マサヒデの席の横にアルマダが立ち、苦笑しながらマサヒデを見ている。


「マサヒデさん。脱力ですよ、脱力」


「はい」


 じろじろ・・・


(あんなに短い挨拶なのに・・・)


 くぴ、とマツが水を飲んで、ちゃら、と念珠を手首に着ける。


「あっ・・・そうだった」


 マサヒデも袂から念珠を出して、手首に着ける。


「よし、と」


 じろじろ・・・


(代わろうかしら)


 マツが呆れて、ふ、と小さく溜め息をつくと、給仕が歩いて来る。


(うふふ。時間切れですよ)


「トミヤス様」


「は! はい、何でしょう」


「そろそろ、開会のご挨拶の時間です」


「もうですか!?」


「はい。酉の刻となります」


 マサヒデがくるりと首を回して壇上を見ると、ワインの瓶を持った給仕に、グラスが並んだワゴン。ここにワインはないから、きっとあれにワインを注ぐのだ。


(あのグラスを取って、持つのは足の所で・・・)


 ば! とまた覚書を目を皿のようにして読み出す。

 マツとアルマダが顔を合せ、肩を竦める。


「マサヒデさん。始めないと、皆、食べも飲めもしないんですから」


「はい・・・」


 くしゃ、と覚書を握りしめ、袂に入れる。

 ぽん、とアルマダがマサヒデの肩に手を置く。


「脱力。深呼吸。丹田に」


「はい・・・すううー・・・ふうーー・・・」


「まだ固い。もう一度」


「すううー・・・ふうーー・・・」


「抜け切っていません。もう一度」


「すううー・・・ふうーー・・・」


「・・・良し。もう行けるでしょう」


「ううむ、楽になりました・・・

 やはり武術と通ずるものがありますね・・・」


 マサヒデが真剣な顔で深く頷く。

 ただ深呼吸で楽になっただけだが、思い込みとは凄いものだ。

 くす、とマツが小さく笑い、アルマダがにやっと口の端を上げる。


「さ、マツさん、参りましょうか。軽く捻ってやりますよ」


「あらあら」


「ははは! ばしっと決めて下さいよ!」


 マサヒデが立ち上がり、ぽん、とアルマダが背中を軽く叩く。

 主賓席のカゲミツ達も立ち上がり、カゲミツが懐から巻物を出す。


 予想通り。

 掛け軸みたいな物に、でかでかと名が書いてあるのだ。


 マサヒデ達が壇上に上がると、給仕がワイングラスを運んで来る。

 皆が受け取って、給仕が下がって行く。


 よし。


 マサヒデが前に出ると、照明が暗くなり、マサヒデ達の壇上が明るくなる。

 マサヒデはにっこり笑って、


「皆様、本日はようこそいらっしゃいました!

 どうぞ、心ゆくまでお楽しみ下さい!

 それでは皆様、お手元のグラスをお願いします!」


 ゆっくり数えて、

 1、2、3、4、5・・・10。

 ちら、と壇上からすぐ下のアルマダを見ると、グラスを持っている。

 アルマダが笑って頷く。うん、大丈夫。


 よし、良いな、と思うと、自然に笑顔が出た。

 こぼれないようにグラスを上に挙げ、


「それでは、乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 ぐいっとグラスを空けると、給仕が後ろに来て、マサヒデ達のグラスを持って下がって行く。


 さて戻るか・・・と、振り返ろうとすると、ばん! と背中が叩かれ、カゲミツが横に立つ。


「ふふふ。まともな挨拶したな。さすがクレールさんの指導だ。

 次は俺だ。俺の横で背筋伸ばして立ってろ」


 マサヒデが少し横に離れて、カゲミツの横に立つ。

 手を後ろに回し、ぴ、と背筋を伸ばす。


「さ、マツさん。こっちに来てくれ」


「はい」


 マツがタマゴを抱えて、マサヒデの反対側のカゲミツの横に立つ。


「皆さん! 今日はご足労、ありがとう!

 この命名式に於いて、マサヒデ=トミヤスと、マツ=トミヤスの子の、命名の栄誉を授かった、カゲミツ=トミヤスだ! それでは! マサヒデとマツさんの子! 我が孫の名! ここに命名する!」


 ばちばちばち、と大きな拍手が上がる。

 カゲミツは拍手が収まるのを待って、


「我が孫は! マツさんの魔力を強く受け継ぎ!

 将来は大魔術師と太鼓判を頂いている!

 大魔術師として! 世を照らし! 国を照らし!

 皆の顔を明るくすることを願って!」


 カゲミツがマツを見ると、マツが頷いて、タマゴを頭の上に挙げる。

 カゲミツは頭の上まで巻物を上げ、ばらりと開いた。

 ぷらん、と巻物が揺れ、でかでかと名前が書いてある。


「名は『テルクニ』! テルクニだ!」


 おおー! と声が上がり、会場が拍手に包まれ、何も聞こえなくなる。

 マサヒデが、マツが挙げたタマゴを見る。

 我が子の名は、テルクニ。


 世を照らし、国を照らし、皆の顔を明るくする。

 テルクニ。


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