第477話
マサヒデがちらっと後ろを見ると、ラディ達4人がまだ直立不動。
少し首を傾げて、
「タニガワ様」
「む、何でしょう」
「ちょっと、特別にお許しを頂きたいのですが」
マサヒデが、ちら、と後ろの4人を見る。
ノブタメも釣られて4人を見る。
マサヒデが、ぽん、と脇差に手を置き、
「この脇差、ホルニさんの会心の作。
そして、研ぎはイマイさんが手掛けたものです」
「ふむ」
「是非とも、ここで皆さんにあのお二人の腕、見て頂きたいのですが」
ああ、なるほど、とノブタメがにっこり笑い、
「おお、良いですとも! 私も気になります。是非、見てみたい!」
にやっとアルマダとカオルが笑う。
あっ! と4人がマサヒデを見る。
マサヒデの背中に、ラディ達の視線が突き刺さる。
「では・・・」
マサヒデが脇差を帯から抜いて、コヒョウエに差し出しながら、ちらと目を後ろに向け、にっこり笑う。
ははあん、とコヒョウエも小さく笑みを浮かべる。
やはりこの若者、中々どうして。
「これはこれは。では、失礼しまして」
軽く頭を下げ、コヒョウエが脇差を取り上げる。
ジロウとノブタメがテーブルにぴったりくっついて、膝をつける。
「む。ずしりときますな・・・だが・・・」
鞘に入れたまま、柄を持って、刃を立てたり横にしたり。
「うむ! 素晴らしい釣り合いだ!」
コヒョウエが大きめの声を出し、眉を寄せて、うんうん、と頷く。
「では、抜いてみますか」
くい、と鯉口を切って、すうっと抜く。
きらりと冴える、刀匠ホルニ、会心の脇差。
「む! ううむ・・・」
コヒョウエが唸る。
守り刀を任せるという程だから、かなりであろうと予想はしていた。
だが、これは予想以上。
「あっ!」
と声を上げて、カゲミツが身を乗り出し、
「マサヒデ! お前また!」
「黙っておれ!」
「は! は・・・」
ぐ、ぐ、とカゲミツが戻る。
「ジロウ」
「は・・・」
「厚い。幅が広い。反りが少ない。
ひとつひとつ、言葉にしてみれば、無骨としか言えぬ。
だが、どうだ。ジロウ、見てみろ」
ジロウは口を半開きにして、脇差を見つめている。
「は・・・無骨さなど、全く・・・」
「であろうが。
さて、この刃紋はどうだ」
「直刃ですね。広直刃、というのでしょうか。
いや・・・ううむ、湾れ(のたれ)・・・てもいる?」
「刀というものは、湾れが入り、派手な方が美しく見える。
美しく見える・・・が。
焼き入れは、直刃になればなるほど、難しいのだ」
「そうだったのですか?」
「そうともよ。この作は、湾れがあるのかないのか、もう分からない程だ。
直刃で打てるというだけで、他の刀工とは腕が違うというわけだ。
だが、これはどう見ても、ただ打たれた物ではないわな。
この脇差を見て、良く学べ」
「はい」
「ぶ厚い。幅も広い。反りも少ない。刃は直刃。
どこを取っても、美しさは無いはずだ。
のうジロウ。この脇差はどうだ?」
ジロウは小さく首を振り、
「いや! 無骨さなど、欠片も見えません」
「この地金はどうだ。この沸えの素晴らしい輝きは」
「はい・・・」
「無骨な作りであるはずなのに、それが微塵も感じられん。
むしろ、美しさしか感じぬ。
うむ、正に逸品、という作だな。
良いか。これが一流の仕事だ」
「ううむ!」
大きく唸って、ジロウが絶句する。
「ささ、タニガワ様も」
一旦、鞘に納め、ノブタメに渡す。
「む、トミヤス殿。ありがたく拝見致します」
受け取って、ノブタメも抜く。
「これは・・・!」
ノブタメも絶句する。
見ているだけで凄いと分かったが、握れば更に凄い。
持てば重いが、抜けばぴたりと収まる。
釣り合いが見事すぎて、重さを感じさせない。
「ううむ・・・ジロウ殿・・・」
納めて、横のジロウに渡す。
「マサヒデ殿、失礼します」
抜いて、無言で脇差を見つめる。
驚きの顔で、口が半開きになり、微動だにしない。
「・・・」
無言でジロウが脇差を眺めている。
カゲミツ、コヒョウエ、ノブタメの目も釘付けになっている。
しん、として、誰も口を開かない。
少ししてから、
「私、それで猪の首を斬ったんです」
ぽつん、とマサヒデが言った。
「えっ」
コヒョウエも驚いて、
「何ですと!? 猪の首を!?」
「はい。猪の首です。
流石に太さがあるので、斬り落としは出来ませんでしたが、骨は切りました。
ジロウさん、刃をご確認いただけますか。欠けとか、曲がり、ありますか」
「し、失礼!」
ジロウが刃を上にして、片目でじーっと見る。
「ない・・・ない・・・全くない!」
くるりと横にして、目を細めてじっと見る。
「ヒケ瑕も、全くない! 父上、良く見てもらえますか!?」
「見せよ!」
受け取って、コヒョウエもじっと確認する。
「・・・ううむ・・・」
「信じられないかもしれませんが、そこにいるシズクさんも一緒に居ました」
うんうん、とシズクが頷いて、
「私が足持ってさ、マサちゃんが横一文字ですぱーん! て。
ばっかん、て猪の頭が皮一枚! ぼっとん!」
「横に!?」
「そうだよ」
シズクが左手を握って上に上げ、右手で手刀を横に振って、
「こうやって足持ってたから、こうやって横から切らないと」
剣は振り下ろすのが一番斬れる。
単純に、上から重みが乗るからだ。
対して、真横に振って斬るのは難しい。
上から重みがかかるから、筋が簡単にブレて、中々深くは斬り込めない。
それを脇差で、猪のような太い首を骨まで・・・
「なんと・・・」
コヒョウエが手に持った脇差を険しい顔で見つめる。
あっ、とクレールが声を上げた。
「む、どうなされた」
クレールがにっこり笑って、ぱん、と手を合わせ、
「コヒョウエ様、イマイ様に見てもらいましょう!
先日、イマイ様のお仕事を拝見しましたけど、すごかったんです!
全然分からない違いが、イマイ様の目には見えるんですよ!」
そうだ! そこに研師がいるではないか!
「おおそうじゃ! 研師殿! イマイ殿!」
「はーっ!」
ささーっとイマイが来て、膝を付く。
「イマイ殿! お話、聞いておりましたな!?」
「はい。猪の首を、骨までと!」
「その研師の目で、よっく見て下さらんか。我らではよう分からん。
野太い猪の首、骨も斬ったというに、欠けも曲がりも、ヒケ瑕も見えぬ!」
コヒョウエがイマイに脇差を差し出す。
恭しく受け取り、イマイが剣先を落とすようにして、眉を寄せ、目を細める。
そのまま、ゆっくり、ゆっくりと平行に上げていく。
ぴたりと止め、口を半開きにして、片目を瞑り、じー・・・と見る。
「んー・・・」
クレールも身を乗り出し、目を細める。
カゲミツも、身を乗り出している。
マツが胸に手を当てて、イマイと脇差を見つめる。
アルマダも静かにイマイの横に少し離れて膝を付き、目を細めている。
ラディ達も寄って来て、イマイの後ろに座り、じー・・・と脇差を見る。
ちょい、と小さく肩が引かれた。
ん、と振り向くと、母上。
と・・・いつの間にか招待客が随分入って来ている。
くるっと見渡せば、少し離れて輪になっている。
大声も上がっていたし、話が聞こえていたのだろう。
マサヒデ達の周りを遠目に囲み、緊張した面持ちで眺めている。
イマイの緊迫した顔。
もう一度、ゆっくり剣先を下げ、上から見る。
くるり。
刃を横にして、目を細める。
時折、小さく傾けて、角度を変えて見ている。
反対側も、ぴったり顔をつけるようにして、同じようにして、じーっと見る。
険しい顔のまま、無言で、小さくこくこくと頷いて、鞘を取って納め、静かにテーブルの上に置いた。恥ずかしそうに笑って、
「いやー、ははは・・・我ながら、良い仕事が出来ました」
「という事はつまり!?」
イマイがにっこり笑って、
「はい! この脇差、瑕ひとつありません!
流石、トミヤスさんは腕が違う!」
「なんと!?」
おお! と周りから声が上がり、拍手が上がった。
「む?」
コヒョウエが顔を上げると、マサヒデ達の席をいつの間にか人が囲んでいる。
あっ、と席の皆も囲まれているのに気付いて、きょろきょろする。
「おっとこれはこれは・・・やあ、これはマサヒデ殿が悪い!
こんな逸品を見せられては、夢中になって周りも見えなくなろうものよ!
ははははは!」
ぱん、と膝を叩いてコヒョウエが立ち上がり、脇差を挙げ、
「皆々様、お聞きの通り!
この脇差、なんと猪の首を骨ごと斬っても、瑕一つ付かぬ!」
すたすたと歩いて、イマイの後ろにしゃがみこんだホルニの横に立ち、
「さ、お立ち下され」
おずおずとホルニが立ち上がると、
「お打ちになったのは、こちらのホルニ殿!」
また、歓声と拍手が上がる。
ホルニがぺこぺことお辞儀をする
「さ、イマイ殿」
「は、はい!」
「研ぎ上げたのは、こちらのイマイ殿!」
歓声と拍手が上がり、イマイも頭を下げる。
カゲミツも立ち上がって、コヒョウエの隣に立ち、軽く頭を下げて、
「知ってる人もいると思うが、俺は剣聖、カゲミツ=トミヤスだ!
この町にこんな職人が居たなんて、つい先日まで知らなかった!
剣聖として、こんなすげえ刀の職人が居るなんて、嬉しい事はねえ!
この職人達と、この職人達を産んだこの町に、も一度、拍手を頼むぜ!」
一際大きく拍手と歓声が上がった。
ぽん、とコヒョウエがカゲミツの背中を叩き、にや、と笑い、
「お前、やるようになったな」
カゲミツは皆に笑顔を向けながら、
「恐縮です」
と、小さく答え、レストランの戸が開いているのを見て、
「さあさ皆の衆! そろそろ時間だ! レストランへどーおぞー!
最高級の酒と食事がお待ちですーっときたもんだ! わはははは!」
カゲミツの高笑いが響き、皆がにこにこしながらレストランに入って行く。
「さ、俺たちも行こうぜ!」
マサヒデもレストランの方を向いて、
「あっ! しまった!」
と声を上げた。
何事か、と皆がマサヒデに目を向けると、さーっとマサヒデの顔が青くなる。
「お、おい? なんだ? どうした? やばい事か?」
「早く酔い止めを飲まないと!」
かくん、とカゲミツの肩が落ちた。
「・・・はっ、はははは! お前、やるな!」
「あ! 私も!」
マサヒデとラディが、ばたばたと給仕の所へ走っていく。
慌てて走って行く2人を見て、皆がげらげらと笑う。