第475話
ホテル・ブリ=サンク、ロビー。
また馬車が到着して、4人入って来た。
「あ、ラディさん達ですね」
イマイも一緒に来ている。
同じ馬車に乗ってきたようだ。
マツやカゲミツ達が立ち上がる。
4人が記帳を終わらせると、マサヒデ達を見つけて、歩いて来る。
イマイが先頭で、マサヒデ達の前で足を止め、ぴし! と頭を下げる。
あ、とラディ達も慌てて頭を下げる。
「トミヤス様、本日はお招き、ありがとうございます」
マサヒデ達も頭を下げ、
「ご足労頂き、ありがとうございます」
イマイが頭を上げて、にっこり笑った。
アルマダが1歩前に出て、
「皆さん、こちら、火付盗賊改のお奉行、ノブタメ=タニガワ様。
同じく同心のハチ様です」
「いつもお世話になっております」
「タニガワ様、こちら、研師のイマイ様と、鍛冶師のホルニ様御一家。
イマイ様は、マサヒデさんの腰の物の研ぎを手掛けて下さいました方。
ホルニ様は、マサヒデさんのお子様の守り刀を手掛けて頂きます方です。
カゲミツ様のご所蔵にも、ホルニ様の作があります」
おお! とノブタメが声を上げ、
「おお! あなたがイマイ殿か! ううむ、お噂はかねがね・・・
ホルニ殿・・・うむ、トミヤス殿の守り刀を手掛ける御方となりますと、やはり、恐ろしい腕をお持ちなのですな」
「いえ、大したものでは。まだまだです」
ホルニが縮こまって、頭を下げる。
「や、そうお固くならず、頭を上げて頂いて。
まあ、火盗の奉行となりますと、心休まるものではありませんでしょうが」
「は・・・失礼を」
イマイは場に慣れているからか、そう固くもなっていないが、ラディの一家は、まだ人も多くはないのに、がちがちになっている。外の警備を見て、緊張してしまったのか・・・と、
「ああっ!」
ラディが声を上げ、ホルニの腕をぐいぐい引っ張り、マサヒデの刀を指差す。
ん? とホルニが顔を上げて、マサヒデの刀を見て、目を見開く。
「こっ・・・コウアン・・・」
ホルニの小さな声を聞いて、びく、とカゲミツが動きを止めた。
きりきりきり・・・
と、ゆっくりマサヒデの方に顔を回し、ば! とマサヒデの両肩に手を置く。
「マサヒデ! てめえ、やっぱり!」
「似ているだけです」
ぶんぶんとマサヒデを前後に揺らす。
「嘘つくんじゃねえ!」
「拵えが派手だから、そう見えるだけです」
「お前っ! ホルニさん達が見間違えるはずねえだろうが!」
「誰にだって間違いはありますよ」
「マサヒデ!」
イマイやホルニ達、ノブタメとハチが驚いてカゲミツとマサヒデを見る。
マツ達はくすくす笑っている。
マサヒデはカゲミツの手を掴んで肩から下ろし、ラディの前に進み、
「ラディさん。これ、酔い止めです。
即効性の物ではないので、始まる前に飲んでおいて下さい」
と、袂からカオルからもらった酔い止めを出して、ラディの手に握らせる。
「あっ・・・ありがとうございます」
アキの前にも歩いて行き、
「母上。これ、酔い止めです。すごく良く効きますよ。
ただ、即効性ではありませんので、始まる前に飲んでおいて下さい」
「ありがとう、マサヒデ」
さささ、とイマイがマサヒデを挟んでカゲミツから隠れるように立ち、
(ちょっと、トミヤスさん)
「ん?」
(カゲミツ様。大丈夫? 取られない?)
(多分、何とかなります)
(凄い勢いだったよ)
ちら、とイマイがカゲミツの方を見ると、凄い顔でマサヒデを睨んでいる。
(すっごい見てるよ? 大丈夫?)
(マツさんも、クレールさんも、この刀、気に入ってるんです。
あの2人に止められたら、無理矢理に持ってく事なんてないと思います)
「イマイさんよおー」
カゲミツが声を掛ける。
大きな声ではないが、すごい迫力だ。
「は!」
ぴし! とイマイが背を伸ばす。
「何こそこそ話してやがる。
今、アルマダが言ってたな。それ、研いだの、あんただな」
「はい!」
「あんた、それどう見た。贋作か?」
ええ・・・とイマイが目をマサヒデに向ける。
マサヒデが苦笑して頷く。
イマイがカゲミツから目を逸し、
「ええとー・・・いやあ、何て言うか・・・本物、です、かね・・・」
「マーサヒデぇー!」
「ははは! さすがは父上! お目が高い!」
は、と気付けば、恐ろしい顔のカゲミツがマサヒデの目の前。
誰の目にも動きが見えなかった。
うお、と皆が驚いて目を見開き、口を開ける。
「てめえ! てめえ!」
「やめて下さい、父上。皆様がそこに居るんですよ」
「関係ねえ! 親に嘘つくたあ、どういう了見だ!」
「だって、父上、欲しがるでしょう」
「当たり前だ!」
「駄目です」
「寄越せ!」
「嫌です」
「ち、く、てめえ・・・良い度胸だ・・・」
ばん! とマサヒデを押し、どすどすとソファーまで歩いて、三大胆を取る。
あ! とノブタメが声を上げ、
「カゲミツ様!?」
ノブタメの声を無視して、ぐっと三大胆を腰に差す。
「そこまで言うなら!」
と、柄に手を掛けた瞬間。
ふいっとマサヒデが横を向いて、
「父上ー! まさかー! 刀欲しさにー! 子に刀を向けるんですかあー!」
マサヒデの大声がロビーに響く。
給仕達が足を止め、マサヒデに目を向ける。
ぴく、とカゲミツが止まる。
「剣聖ともあろう者があー! 刀欲しさにー! 子に刃を向けるとはー!」
しーん・・・
ロビーの皆がマサヒデとカゲミツを見ている。
ぎりぎりぎり・・・カゲミツの歯ぎしりの音が聞こえる。
ばたん! とマサヒデが膝を付き、頭を抱え、
「あー! これが剣聖かあー! 我が父ながらー! なーんて情けなーい!」
「く・・・く・・・く・・・」
カゲミツの肩が震えている。
皆、カゲミツの気迫におされ、声も出せず、息を飲んでいる。
「く・・・すうー・・・ふうー・・・」
と、カゲミツが深く呼吸して、力を抜いた。
固い笑顔で大きく笑い出し、
「はっ! ははははは! いやあー! 悪ふざけが過ぎたなあ!
ちょっとした試験! な! お前がどんだけ出来たのか、試しただけ!
ははははは! 勘弁して?」
マサヒデがすいっと立ち上がって、にやっと笑った。
「ははは。父上、悪ふざけも過ぎますよ。
ほら、皆さん驚いてしまって」
「てっ! てめえ・・・」
きりきりと歯噛みしながら、腰に差した三大胆を取る。
ぶんぶんと手を振りながら、
「やーあ! 皆さん! 驚かしちまってすまねえ! はははは!
ちょっとした稽古みたいなもんだよー!」
固い笑顔でどすどすとソファーに歩いて行き、ばすん! と座って、三大胆を投げ出す。鋭い目を給仕に向け、
「茶あ、くれ」
「は!」
給仕が恐る恐る、カゲミツの前に茶を差し出す。
マサヒデが歩いて来て、マツの後ろに立つ。
「覚えとけよ」
「相応の物と交換なら構いませんよ。
だから、無理矢理にでも欲しいなんて、言わないで下さい。
人前なんですよ? 全く・・・」
「ち・・・」
「マツさんとクレールさんも、これ気に入ってるんです。
交換するにしても、お二人が気に入る物にして下さいよ」
「はあー・・・分かったよ! 俺も大人気なかったよ! 悪かったあー!」
ぷん! とカゲミツが横を向く。
くす、とマツが小さく笑って、皆も小さく笑い出した。
場の雰囲気が変わって、周りの者達も、ほっと息をつき、胸を撫で下ろす。
(中々やる。やはり、練れているな)
ノブタメがにこにこしながら、顎に手を当てて小さく頷く。