第474話
ホテル・ブリ=サンク、ロビー。
先程到着した、見た事のない男にマサヒデ達が挨拶をしていると、ああっ、と外の警備の者が大きな声を上げた。
マサヒデとアルマダがぴく、と入り口の方を向く。
「あっ・・・もしかして」
「来られましたかね?」
マサヒデが窓の方へ数歩歩いた所で、
「カゲミツ=トミヤス様! ご到着!」
と、声が上がった。
「・・・もう来たのか・・・」
「あ! お父上ですね!」
「お父様が来られましたよ!」
マサヒデ達が窓の方へ歩いて行く。
きり! とした顔のカゲミツが、馬上でゆっくりと周りを見渡している。
少しして、ば! と黒影から降りると、横の門弟が黒影の口を取って、繋ぎ場へ引いて行く。
後ろの馬車が開き、アキが不安そうな顔で歩いて来て、カゲミツの少し後ろに立つと、門弟達が駆け出して、入り口からずらりと左右に並んだ。
にや、とカゲミツが笑い、アキと歩き出すと、門弟達が、す、す、す、と順に頭を下げる。外で警備の奉行所の与力達が、目を丸くしている。
入り口でカゲミツが足を止め、マサヒデ達の方を、ちら、と見て、受付の方へ歩いて行き、懐から招待状を2枚出して、すっと差し出した。受付の者が驚いている。
「マサヒデ=トミヤスの父、カゲミツ=トミヤス」
くい、と後ろのアキを親指で差して、
「こっちは、マサヒデ=トミヤスの母のアキ=トミヤス。
招待状の確認を頼む」
「は!」
ぺら、と封を開け、中を取り出し、
「確認致しました! こちらにお名前を願います!」
「うむ」
さらさらと名前を書いて、
「ご苦労」
と、くるりと振り向いて、マサヒデ達の方を見る。
「あなた、書きました」
ちら、とアキの方を向いて、にやりと笑い、
「さ、挨拶に行こうぜ」
マサヒデ達の方に歩いて来る。
(来てしまった)
ちら、と雲切丸に目をやって、頭を下げる。
アルマダ、シズク、カオルも頭を下げる。
マツもタマゴを抱えて、頭を下げる。
クレールはドレスの端をつまんで、優雅に頭を下げる。
「よう、マサヒデ! おいおい、マツさん、今日はすげえな!」
「うふふ。お父上」
すっとマツが頭を頭をあげると、ドレスがきらきらと輝く。
「お、おお・・・今日のマツさんは、文字通り、輝いてるな・・・」
「ま! お上手ですこと! おほほほ!」
「い、いや、ほんと・・・」
カゲミツが、こくん、と小さく喉を鳴らす。
後ろでアキが「まあ!」と声を上げる。
外でがらがらと馬車の音。
また誰か来たようだ。
「む、父上。あちらにソファーがありますので」
「だな。立ち話もなんだし」
目をやると、ソファーの側に3人の男。
1人はどこぞの貴族か? 大した事はなさそうだ。
2人は奉行所の。おそらく、話に聞いた鬼のノブタメと、その部下か・・・
くる、とマサヒデが振り向いた時。
(む!)
カゲミツの目が見開かれた。
あの刀はマサヒデのか!? あれは一体!?
派手な拵えも凄いが、醸し出す空気が尋常ではない!
あれはただの名刀ではない・・・
「・・・」
目を細めて、ちらちらマサヒデの刀に目をやりながら、後に付いて行く。
近付いて行くと、男達が立ち上がって頭を下げた。
「どうも。お初にお目にかかります。
私、火付盗賊改のノブタメ・・・」
「私、オリネオ商工会の・・・」
「どうも、初めまして。マサヒデの父、カゲミツ=トミヤスです」
と、適当に頭を下げたが、マサヒデの刀が気になって仕方がない。
相手の挨拶は右から左に抜けていく。
腰から三大胆を抜いて、ぼすん、とソファーに座り、隣にアキが座る。
向かいに、マツとクレールが座る。
給仕が茶を差し出す。
「ありがとよ」
と、声を掛け、ずずうー・・・と茶を啜る。
ちらちらと、マツの後ろに立っているマサヒデの刀に目をやっていると、
「お父上」
「ん! あ、ああ、何だい?」
「ほら、見て下さい。今日も元気ですよ」
マツがテーブルにタマゴを置いて、掛けられた袱紗を取る。
「む・・・」
ノブタメから小さな声。
ハチから聞いてはいたが、ここまでとは。なんと禍々しい姿か・・・
顔には出さず、にこやかに笑って、
「おお、これがお子ですか! うむ、健やかに育っておりますな」
「あら」
マツとクレールが驚いて顔を上げ、ノブタメの顔を見つめる。
「む? 何か」
くすくすとマツが笑い出し、次いでクレールも笑い出す。
「うふふ。タニガワ様! 正直に驚いて頂いてもよろしいんですよ!」
「あはは! 初めて見る人、皆、驚きますものね!」
横でマサヒデ達もくすくす笑う。
ノブタメは苦笑して、
「や、はは。これは見抜かれましたか・・・」
ハチもにやにや笑って、
「ほおら、タニガワ様、言った通りでしょう? 絶対に驚くって」
ノブタメが、ぱちん、と額に手を当て、
「ううむ! 参った! ははは、いや、実は驚きました。
顔に出さないようにするのが精一杯で」
マサヒデが笑いながら、
「ははは! 叩いたりしなければ、火は吹きませんから、ご安心下さい」
ぷ! とシズクが吹き出す。
カゲミツもげらげら笑い出して、
「ははは! マサヒデ、お前、自分の子にそれはねえだろ!
お奉行様よ、このタマゴは何もしねえから、安心してくれ!
見た目はこの通りだが、やっぱりただのタマゴなんだ!」
ぽんぽん、とカゲミツがタマゴの頭を軽く叩く。
「ふ、ははは! や、失礼致しました! ははは!」
ノブタメも声を上げて笑い出した。
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ぐいっと紅茶を飲み干し、カップを置いて、カゲミツがマサヒデの方を見る。
(来るな)
にこにこしながら、マサヒデの背にぴりっと緊張が走る。
「ところでさ、マサヒデ」
ちら。アルマダがマサヒデを見る。
ちら。カゲミツの後ろのカオルが、マサヒデを見る。
マツとクレールも、あ、来たな、と目を見合わせる。
「そーの刀ぁ・・・ちょおーっと、見せてくれねえかな?
すんげえ拵えじゃねえか! 青貝なんて、滅多に見られねえもんよ!」
「・・・」
腰から抜いて、カゲミツの横に膝を付き、両手で上げる。
「ほう」
カゲミツが受け取って、じーっと見る。
「こりゃあ年代物だな。形からして、多分、古刀だよな。
7、800か・・・いや、もっと前かな?」
鞘を着けたまま、柄を握る。
「おう! なんだこりゃあ! すげえ釣り合いの良さじゃねえか!
ふうん・・・ふんふん・・・」
くい、くい、と手首を動かす。
「ここで抜いちゃあ・・・だよな」
ちら、とノブタメの方を見ると、ノブタメが笑って軽く首を振る。
「鍔元の少ーしだけ・・・お奉行様! どうです?」
カゲミツが片目を瞑り、親指と人差し指で、これだけ! と示す。
ふ、と苦笑して、ノブタメが頷く。
「へへへ・・・じゃあ、マサヒデ。見せてもらうぜ・・・」
くい。
「う! こりゃあ!」
カゲミツの目が驚いて開いた後、きっと細められる。
ゆっくり目の前に上げて、じーっと見る。
窓開けされた、鍔元2寸。
ロビーに入る日の光を浴びて、きらきらと輝く。
小板目肌。地沸。地斑。
鍔元2寸では刃紋が分からないが、この肌の特徴と、この鮮やかさは・・・
つー・・・とカゲミツの額に汗が垂れていく。
「マサヒデ・・・お前・・・」
「何でしょうか」
カゲミツは軽く首を振って、笑い出した。
「ふ、ふふふ、まさかな・・・ははは! まさかな!
はーっはっは! んな訳ぁねえ! そうさ、似てるだけだ!」
くい、と鞘に納め、マサヒデに突き返す。
マサヒデが受け取って、腰に戻す。
「いやあ、良く出来てる、良く出来てる!
うんうん、これ程の出来なら、贋作でも使えるよな!」
「はい。十分使えるかと思いまして」
後ろでノブタメとハチが顔を見合わせ、小さく肩を竦める。
カオルとシズクも、くす、と小さく笑う。
がらがらと馬車の音がして、また誰かが到着した。