第473話
ホテル・ブリ=サンク、ロビー。
皆が座った所で、カオルが指示を出し終えたのか、外から入って来た。
ノブタメの横に立ち、綺麗に頭を下げ、
「タニガワ様、本日はご足労、ありがとうございます」
「おお、あなたは確か・・・ふふふ」
カオルを見て、ノブタメが笑顔を浮かべる。
「や、先日はお世話になりましたな」
「恐れ入ります」
お。これは良い機会だ。
カオルの隠した武器を、ノブタメに見てもらおうか。
マサヒデはにやにや笑いながら、
「カオルさん」
「は」
「折角の機会です。タニガワ様に、見てもらいましょう」
「見てもらう・・・何をでしょう?」
マサヒデはノブタメの方を向いて、
「タニガワ様。ご存知の通り、カオルさんは忍です。
今も色々仕込んでますけど、どこに仕込んでいるか教えてもらえませんか。
私も、どこに仕込んでいるかは知りません」
ぴく! とカオルが頭を下げたまま固まる。
ノブタメが、お? という顔をして、にやっと笑う。
「ふふふ。トミヤス殿、それは私に対する挑戦状という奴ですか」
「いや、そうではないんです。
カオルさん、隠し方が下手なんですよ。
一応、注意はしたんですけど、直せたのかどうか。
上手く隠せているか、タニガワ様に見てもらえれば、と」
「ええー! カオルさん、すごい隠し方してたじゃないですか!」
クレールが声を上げる。
マサヒデは笑って、
「ははは! クレールさんは分かってませんね!
実は、あれじゃあ、すぐばれちゃうんですよね」
「むー・・・そうだったんですか・・・」
ハチがノブタメの後ろで、す、と小さく鼻を鳴らす。
「あ、そうそう。ハチさんは目で見て下さい。鼻はなしで」
「むっ! トミヤス様、それは難しいですよ!」
ノブタメが厳しい顔で後ろに立っているハチに振り向いて、
「おい! ハチ、それでは同心失格ではないか。
一目で分かるようにせよ」
「は・・・」
ノブタメは立ち上がり、
「さ、カオル殿。頭をお上げ下さい」
「は」
カオルを見ながら、ノブタメがくるりと一回り。
正面に戻って、反対にもう一回り。
正面に戻り、うんうん、と頷く。
「ほう。いや、上手い隠し方をするものです。
さて・・・うむ、ハチ。お前も見てみろ。鼻は使うなよ」
「は」
ハチがカオルの前に立ち、じっと上から下まで眺める。
じろじろ・・・
ぷっとアルマダが吹き出して、
「ハチ様! それじゃあ痴漢みたいですよ!」
「あははは!」
と、シズクが膝を叩いて笑い、マツとクレールは口を押さえている。
う! とハチが顔を上げると、カオルが気不味い顔で、目を逸らす。
「あ、いやいや! あ、その、失礼致しました・・・申し訳ありません!」
と、頭を下げる。
ノブタメもにやにや笑いながら、
「ふふふ。さあ、ハチ。見抜いてみせろ。
さあてと・・・当たっているかな? 私が分かったのは、この程度・・・」
ノブタメが懐紙を出して、すらすらと書き、懐にしまう。
「ううむ・・・?」
ハチが眉を寄せて、カオルの周りをぐるぐる回る。
「ハチ。そこまでだ。分かった物を書け」
「は」
ハチが懐紙を出して、すらっと書く。
「では、カオル殿。答え合わせといきますか。
さあ、ハチ。見てもらえ」
「は。こちらで」
ハチがカオルに懐紙を差し出す。
「・・・」
ちら。
ハチが真剣な顔でカオルを見ている。
気不味そうに、カオルが懐紙を畳んで、
「ハチ様。申し訳ありませんが、正解、1。懐の短銃だけ」
「え」
「ははははは! ハチ、まだまだだな!」
「う、ううむ・・・面目もございません」
ぺこりとハチが頭を下げる。
「では、カオル殿。こちら私の」
ノブタメが懐紙を差し出して、
「は」
と、カオルが受け取り、目を通す。
「む、む、む・・・」
「見落としはいくつありましたかな」
「2、あります。書かれているものは、全て正解です」
ノブタメが渋い顔をして、顎に手を当てる。
「ううむ・・・私もまだまだですか!」
マサヒデが笑いながら、
「カオルさん。いくつ見抜かれました」
「7、です」
「絶対にバレないと自信があったものは、見抜かれましたか?」
「はい」
「では、見つからなかった所を参考に、隠し方をもう一度考えて下さい」
「は。タニガワ様、ハチ様、ありがとうございました」
カオルが頭を下げると、ノブタメが笑いながら、席に戻る。
「ははは! いや、面白い余興でしたな。私も勉強になりました」
ノブタメがカオルの方を向いて、
「して・・・残りの2つは教えて頂けましょうな?」
「それは・・・」
目を泳がせるカオル。
マツが笑って、
「うふふ。タニガワ様、ここはお見逃ししてくれませんか?
カオルさん、お仕事が出来なくなってしまいますもの」
「ははは! いや、それはそうですな! では、またの機会にでも」
ノブタメがにこにこしながら、席に座った。
がらがらと馬車の音。
ノブタメが入り口の方を向く。
「む、トミヤス殿」
アルマダも入り口の方を向いて、
「マサヒデさん。そろそろ来ますよ。力を抜く」
「ううむ・・・はい」
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時刻は申の刻前―――
オリネオの町、入口。
「んん?」
衛兵が声を出す。
「なんだ?」
「あれ、見えねえか?」
街道の向こうを指差す衛兵。
ずらずらと歩いて来る集団。
「キャラバンか?」
「違くねえか? 馬車がねえな?
あいや、後ろー・・・に一台あるな。でも小せえぞ?」
「んんー?」
衛兵2人が目を細める。
段々、集団が近付いてくる。
「う?」
どす、どす、どす・・・
ざ、ざ、ざ、ざ・・・
大きな馬に跨った男。
後ろには、槍を持った者がずらり。
「ありゃあ、剣聖のカゲミツ様じゃねえか!? 前にも見たぞ?」
「にしても・・・なんだあの馬!?」
「ありゃあ、トミヤス様んとこの馬だ。ばかでけえのが1頭あるんだ・・・」
衛兵が見ていると、行列が近付いてくる。
街道をおれて真っ直ぐ、町に向かってくる。
衛兵達の前で、派手に飾り付けられた馬に跨ったカゲミツが笑い、
「ご苦労!」
と、一声かけて、そのまま町の中に入って行く。
従っていく者達も、軽く目礼して行く。
後ろから、がらがらと派手な馬車が付いて行く。
通り過ぎてから、衛兵達が振り向いて、町の中を覗く。
通りの左右に町人達が並び、ざわざわしながら、カゲミツの行列を見送る。
「おいおい・・・何だありゃあ・・・」
「さっきもトミヤス様ん所から、すげえ馬車が出てったな」
「おお。目が潰れるかと思ったぜ」
「もしかして、誰かえれえお人が来るのか? あんなんで来るとはよ」
「いや、そんな報せは出てねえが・・・」
馬上で左右に手を振りながら、カゲミツが遠ざかって行く。