第472話
ホテル・ブリ=サンク、ロビー。
アルマダがくるり、くるり、と周りを見る。
「おや。もう誰かは来ていると思いましたが・・・」
クレールも、あれ? と周りを見渡し、
「そうですねえ・・・ちょっと意外ですね」
マツがカップを置いて、
「あ、そうでした。招待状をお送りしたのは、ほとんどこの町の方々ですよね。
じゃあ、あまりがつがつした方はおられないでしょう。
要職の方々は、大体、私とはお知り合いですし」
「ああ! そういえばそうですよね。
はは、マサヒデさん、脅し過ぎちゃいましたね」
「ええ・・・」
ふ、とアルマダが苦笑して、ぱん! とマサヒデの背中を叩く。
「マサヒデさん、しっかりなさい。
カオルさんから聞きました。奉行所にも、警備をお願いしたのでしょう?
お奉行様も、もうすぐ来られますよ」
「あ、はい、そうでした」
「その後、すぐに他の方々も来られます。
マツ様とクレール様が囲まれるのは分かっています。
私とカオルさんで、出来る限り、貴方を助けます。助けますが・・・」
「が・・・なんでしょう?」
「貴方も囲まれるかもしれませんから、覚悟はしておいて下さいよ。
この町の要職の方々が多いという事は・・・分かりますよね?
貴方、試合でこの町に大きく貢献してるんですから。
間違いなく、来ますよ。我々の手助けにも、限界があります」
「うっ・・・」
「普通に『来てくれてありがとうございます』『いつもお世話になっております』とか、適当に挨拶をして、適当に話をしたら、『これからも宜しくお願いします』で良いんです。腰が引けてると、貴方の子も甘く見られるという事をお忘れなく」
「む」
自分とマツの子が甘く見られる。
それはいけない。
「ううむ・・・アルマダさん!」
急にマサヒデの目に火が入った。
「な、なんです」
「頑張りますよ!」
「ええ、頑張って下さい?」
「はい・・・」
まるで戦いに向かうような目をしている。
大丈夫か?
マツもクレールも、ぽかん、として、マサヒデの変わり様を見ている。
「マサヒデさん。言っておきますが、気合の入れすぎはいけません。
初めてギルドで交渉した時と同じ。こういうのは武術と通じる所があります。
特に、パーティーはそれが顕著です。
脱力ですよ。全身の力を抜いて、力は最小限」
「む・・・なるほど」
「力を入れすぎると、簡単にやられます。
マサヒデさんなら分かりますよね。
さあ、まずは脱力して」
「はい」
すうー、と息を吸って、かくん、と肩を落とす。
身体の力を抜いて、深く呼吸をし、丹田に・・・
「宜しい。身体が固くなると、心の芯も固くなる。
では、そのまま、力を抜いておいて下さい」
「はい・・・」
アルマダが立ち上がり、マサヒデの後ろに立って、肩に手を置く。
正面のマツとクレールに向かって、ぱち、と片目を瞑る。
横にいる給仕にも、軽く笑って口に人差し指。
「む。まだ少し抜けきっていませんね。
もう一度、力を抜いて」
「はい」
すうー・・・
「・・・うん。大丈夫でしょう。
マサヒデさんは、言葉遣いに関しては、特に気を付ける事はない。
普通に喋っているだけでいけるはず」
「む・・・そうですか」
「少しでも身体が固くなった、と感じたら、脱力です」
「はい」
にやっとアルマダが笑い、マツとクレールがにっこり笑う。
ぼすん、とアルマダがマサヒデの隣に座り、
「マサヒデさん。何事も、武術に通じるということですよ。
このような場では、心技体の心の部分が大きく物を言う」
「ふむ」
アルマダが真面目な顔で、
「マナー等は、所謂、技の部分。心がなければ、所詮は小手先。
なんなら、無くても良いくらいです。
貴方程、心の部分が練れているなら、大抵の者は相手に出来るはず」
なるほど。アルマダは、道場の中でも一番の努力家だ。
心技体の心の部分は、マサヒデ自身も遥かにおよばないと感じている。
そうか! だから、アルマダはパーティーでも平気なのか!
マツもクレールも魔術師だから、心の部分はそれは練れている筈だ。
「ううむ・・・良く分かりました!
アルマダさん、ありがとうございます!」
「何度かパーティーに出れば、身体が自然に分かる事です。
まあ、いきなりの主役ですからね。
これは分からなくても、仕方のない事です」
と、アルマダは横を向いて、マサヒデに見えないように、にやにや笑う。
随分と落ち着いた・・・と顔を上げる。
はて。クレールが口を押さえ、横を向いて細かく震えている。
「クレールさん?」
「ぎょ・・・ごめんなしゃい、ちょっと、むせそうで・・・」
ぶは! と横でシズクが紅茶を吹き出す。
「わ! シズクさん!?」
「ぷくっく・・・あ、あっつーい! 舌が火傷しちゃったあー!」
マツ達にかからなくて良かった。
ドレスが汚れたら大変だ。
「失礼しましたー! すぐにお取替えを!」
慌てて駆け寄った給仕の顔が笑っている。
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少しして、ノブタメとハチが入ってきた。
お、とマサヒデ達の方を向いて笑顔を向け、受付に招待状を出し、記帳する。
入り口でカオルが与力達の前で図を広げ、あっちこっち、と指を差している。
与力達も、一見奉行所の者と分からないよう、普通の羽織袴だ。
さすがに鉢金巻いて刺股を持って並んでいたりしたら、何か事件でも、と勘違いされてしまう。
1人2人とロビーに入って来て、マサヒデ達に頭を下げ、壁に並んでいく。
ノブタメが歩いて来て、マサヒデ達も立ち上がる。
「やあ、トミヤス殿。本日はお誘い、ありがとうございます」
「トミヤス様! お誘いありがとうございます」
と、2人が頭を下げる。
「お忙しい中、ご足労頂き、ありがとうございます」
マサヒデが頭を下げる。
(上手く行ったな)
アルマダが心の中でほくそ笑みながら、頭を下げる。
「マツ様、此度はおめでとうございます。や、今日は一段とお美しい。
ははは! 文字通り、輝いておりますな!」
「うふふ。タニガワ様、ありがとうございます」
「タニガワ様! ご足労、ありがとうございます!」
「クレール様。先日は・・・」
あ! と、タニガワがマサヒデの刀に目を向け、
「それは! もしや?」
ハチがにこにこしながら、
「タニガワ様、これですよ。どうです、すごい拵えでしょう」
「なんと、青貝!? 本物だったのか!?」
む、とハチがノブタメに不満そうな顔を向け、
「ちょいとタニガワ様・・・私の言う事、お疑いだったんですか?」
「いや、そうでは・・・ううむ、すまん、ハチ。
知らんだろうが、青貝の鞘と言えば、王族や上級貴族でも中々持てんのだ」
「え!?」
「それゆえ、似ている物を、見間違えただけかと思ったのだ。
いや、これほど間近で見るのは初めてだ!」
マサヒデはソファーに立て掛けてあった雲切丸を取り、
「どうぞ」
「よろしいのですか?」
「構いません。お好きなだけ」
「では、失礼して」
ノブタメが雲切丸を受け取る。
「ううむ・・・鞘も見事だが・・・この鍔、まさか、金無垢?」
「いえ。鍍金です。金無垢じゃなくて良かったですよ。
金無垢では、柔らかくて、すぐ痛めちゃいますし」
「むう・・・」
ほんの少し傾けると、きらきらと鞘が輝く。
ほんの少し回すと、また輝く。
これはすごい。
「これ程、輝く物か・・・」
「100年以上前の物というのは確実ですからね。
青貝は、時が立つほど、輝く物ですから」
「いや、恐れ入った! これは素晴らしい! ううむ、眼福でした」
ノブタメは一礼して、両手で恭しくマサヒデに返す。
マサヒデは軽く受け取って、ぽん、とソファーに立てかけた。
(これ程の物を、こんなに軽く扱うとは!?)
研ぎも寝刃研ぎであったし、これ程に貴重な拵えの物を普通に扱う。
ノブタメにはとても真似出来ない。
「お眼鏡に叶ったようで、良かったです」
「う、ううむ・・・いや、トミヤス殿には恐れ入りました」
「ははは! おやめ下さい。私なんか、この刀には負けちゃってますからね!
腕が全然追いついてないんですよ!」
ぽんぽん、とマサヒデが腕を叩く。
「ふふふ。腕はともかく、心の方はとうに追い越しているように見えますが」
「それこそ、まだまだ! 毎日、自分の心の未熟さを痛感してます」
ノブタメがにっこり笑って、
「いや、お見事。さすがトミヤス殿です。感服致しました」
マツもにっこり笑って、
「ソファーもあるのに立ち話もなんですから、皆様、座りましょう。
お茶でも頂きませんか?」
「では、失礼致しまして」
と、皆が座る。
給仕が茶を出した所で、カオルが外から戻って来た。