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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
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第471話


 魔術師協会。


 これから、ホテル・ブリ=サンクに向かう。


 玄関に降りて、がらりと開け、


「う!?」


 とマサヒデが声を出した。

 言われた通り、想像以上。

 きらきらと光り輝く馬車。

 しかし、もう腹は据わっている。


(深呼吸だ)


 すうー・・・ふうー・・・

 馬車の向こうに、馬に乗った騎士達が並んでいる。

 全員が槍を上に立てて持っているが、許可は取ってあるだろう。


「ご苦労さまです」


 と、執事に頭を下げると、


「おお、マサヒデ様!」


 と、頭を下げかけて、目を見開き、


「なんと・・・それは、まさか青貝では!?」


 執事が驚いて声を上げる。


「あ、分かりますか」


 近付いて来て、顎に手を当てて、マサヒデの雲切丸を見る。


「滅多に見られない品物ですぞ・・・いや、これは素晴らしい!

 ううむ、晴れの舞台にぴったりの品では御座いませんか!」


「ははは! 私の方が負けちゃってますけどね!」


「まさか! そのようなことはありません。

 いや、それにしても・・・これは年代物ですな。

 この青は、中々出ない・・・金具も金ですか・・・これも古い・・・」


 と、そこで後ろのマツに気付いて、


「お、おお! これは大変失礼を致しました! 申し訳も御座いません!」


 と、ささっとマサヒデの前から離れ、玄関の脇に立つ。

 マサヒデが振り向いて、マツの手からタマゴを受け取り、マツが靴を履く。


「マサヒデ様、よろしければ、お子様を」


「はい」


 マサヒデが執事にタマゴを手渡すと、じわっと執事の目に涙が浮き出る。


「おお・・・マサヒデ様と、マツ様の・・・」


 すっと一歩前に出る。

 後ろから、マツが出て来て、涙ぐむ執事を見て、嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます」


「お、おお! マツ様! これはお見苦しい所を!

 此度は誠に、誠に・・・おめでとうございます・・・」


「そんなに喜んでもらえるなんて、私も嬉しく思います。

 うふふ。クレール様にお子が出来ましたら、どうなってしまいましょう?

 涙で溶けてしまいそうですね!」


「ははは。いや、今から楽しみで楽しみで!」


 一言口にする度に、執事の目からぽろり、ぽろりと涙が落ちる。


「さ、クレールさんがお待ちですから・・・」


 マツが執事の手から、そっとタマゴを受け取る。

 執事がハンカチで目を拭っていると、クレールも出て来て、にっこり笑い、


「あらあら。また泣いてしまうなんて!

 貴方、ここに来るとすぐ泣いてしまいますね!」


「クレール様、これは嬉し涙。お許し下さいませんか」


「なら構いません! 好きなだけ泣きなさい! うふふ」


 もう一度、執事が目を拭い、馬車の横の扉を開く。


「ああっ! ごめん!」


 馬車の向こう側から、シズクが駆け出てくる。


「ごめん、ごめん・・・執事さんから、あの馬車の話聞いててさ!

 すっごいんだよ、もうびっくり!」


「ははは! 話は後にしましょう。そろそろ行きませんと」


「あ、だね! 私とクレール様が前の馬車。

 マサちゃんとマツさんが後ろの馬車だって」


「分かりました」


「さ、クレールさん! 行こう!」


「はい!」


 ぎし! とシズクが馬車に乗って、クレールの手を取って引き上げる。

 扉が閉められ、がらがら、と少し馬車が前に出て、後ろの馬車が停まる。

 マサヒデとマツが馬車に近付いて行くと、


「トミヤス様ー! マツ様ー!」


 と、向かいのギルドの受付嬢が、立ち上がってぶんぶん手を振っている。

 マサヒデとマツが顔を合せて、馬車を回って、見えるように顔を出す。


 「すごーい!」「きゃー!」「うわー!」


 受付嬢、女冒険者達、メイド達が声を上げている。

 皆、マツのドレスに驚いている。


 マツがにっこり笑って手を振ると、黄色い声が大きく上がった。


「ははは! マツさん、女性に大人気じゃないですか!」


「うふふ。マサヒデ様、代わりませんよ?」


「ははは! 結構ですよ! じゃ、行きましょうか」


 馬車の横に戻って、マサヒデが腰の雲切丸を抜いて乗り込み、タマゴを受け取って、席に置く。手を伸ばし、マツを引き上げる。

 マツが座ると、ぱたん、と扉が閉められ、少しして、馬車が動き出した。


「ふふふ」


 ぽん、とマサヒデが隣に置いたタマゴに手を置く。


「どうしたんですか?」


 マサヒデがタマゴを見て、


「いや。私とマツさんが主役とか言われましたけど、本当の今日の主役はこいつじゃないですか。だって、こいつの命名式なんだから。何だかおかしな気分です。タマゴなのに主役。私達、主役を差し置いちゃってるかなって」


「ぷっ!」


 マツが口に手を当てる。


「何かおかしな事、言いました?」


「ぷぷぷ・・・マサヒデ様!」


「ええ? 何がおかしいんです?」


「うふふ。何でもありません!」



----------



 がらがらと馬車がゆっくり進む。


 馬車の大きな音に混じって「何だありゃあ!」「すげえのが来たぞ!」と声が聞こえてくる。ちら、とカーテンの隙間から窓を覗くと、驚いた顔の人々が、道の脇に並んでいる。


 カーテンをぴったりと閉め、やれやれ、また、町中に噂が広まってしまうなあ、今度は何と言われるかな、などと考えていると、馬車の速度が落ちてきた。


「あ、着きましたかね」


 大きく回って、馬車が停まる。

 前の馬車が開く音がして、


「なあんだあー! こりゃあー!?」


 と、シズクの大声が聞こえる。


「む・・・何かあったんでしょうか」


 くい、と雲切丸を引き寄せるが、


「うふふ・・・何もありませんよ。

 きっと、シズクさんがホテルに驚いているだけです」


「ああ、そう言えば、シズクさんは来るのは初めてでしたっけ?

 私も、初めて来た時には驚きましたし」


「うふふ」


 馬車が少し進み、扉が開く。


「よ・・・」


 と、足を下ろそうとして、ぎょ! とマサヒデの身体が固まった。

 ホテルの壁一面に、花輪、花輪、花輪。


 『贈 マサヒデ=トミヤス様江

    マツ=トミヤス様江

  祝 お七夜

       ~~より』


 隙間なく、大量に花輪が並んでいる。


「・・・」


 首を回すと、庭の方までずらっと並んでいる。

 シズクが、ぽかん、と口を開けて、首を回している。


「あら、マサヒデ様? どうかなさいました?」


「い、いえ・・・」


 アルマダから聞いてはいたが、まさかここまでとは。

 嫌な汗が脇を垂れていく。


 ゆっくりと足を下ろし、雲切丸を腰に差して、マツに手を差し出す。

 マツが降りた所で、馬車に首を突っ込んで、タマゴを取り、マツに渡す。

 マツはにこにこしながら、


「まあ! こんなにお祝いを頂けるなんて!

 この子もきっと喜びますよ」


「そう、ですね・・・」


 かぽん、かぽん、かぽん、と、アルマダと騎士達が、馬で歩いて行く。

 クレールがくすくす笑いながら歩いて来て、


「うふふ。マサヒデ様、昨日、ハワード様が仰った通りでしょう?」


「そうですけど・・・ここまでとは思ってませんでしたよ・・・」


「ここは暑いですから、中に入りましょう」


「そうですね・・・」


 ふわふわしながら、ホテルの入り口に向かうと、カオルが出て来た。


「皆様、お疲れ様でした。さ、ロビーの方へ」


「う」


 中を見れば、ロビーの中も花輪でびっしり。

 入り口のすぐ横には、既に受付が出来ており、


 『トミヤス家 お七夜祝いパーティー 受付』


 と、大きく書いてある。


(夢ではない、のだろうな)


 ふらふら歩き、刀を腰から抜いてソファーに座ると、給仕が来て紅茶を置く。

 ぎし、と横が沈み、は、と顔を上げると、前にマツとクレールが座っている。

 横を見ると、呆けた顔のシズクが座っている。


 入り口の方を見ると、アルマダが歩いて来て、後ろの方でカオルが騎士達と話している。ぼーっと見ていると、騎士が2人、入り口の左右に立ち、2人が中に入って来て、レストラン前の入口に立つ。


 ジャケットを片手に下げたアルマダが歩いて来て、座ったマサヒデを見て、


「マサヒデさん。言った通りでしょう?」


 と言って、にっこり笑って、マサヒデの隣に座った。


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