第471話
魔術師協会。
これから、ホテル・ブリ=サンクに向かう。
玄関に降りて、がらりと開け、
「う!?」
とマサヒデが声を出した。
言われた通り、想像以上。
きらきらと光り輝く馬車。
しかし、もう腹は据わっている。
(深呼吸だ)
すうー・・・ふうー・・・
馬車の向こうに、馬に乗った騎士達が並んでいる。
全員が槍を上に立てて持っているが、許可は取ってあるだろう。
「ご苦労さまです」
と、執事に頭を下げると、
「おお、マサヒデ様!」
と、頭を下げかけて、目を見開き、
「なんと・・・それは、まさか青貝では!?」
執事が驚いて声を上げる。
「あ、分かりますか」
近付いて来て、顎に手を当てて、マサヒデの雲切丸を見る。
「滅多に見られない品物ですぞ・・・いや、これは素晴らしい!
ううむ、晴れの舞台にぴったりの品では御座いませんか!」
「ははは! 私の方が負けちゃってますけどね!」
「まさか! そのようなことはありません。
いや、それにしても・・・これは年代物ですな。
この青は、中々出ない・・・金具も金ですか・・・これも古い・・・」
と、そこで後ろのマツに気付いて、
「お、おお! これは大変失礼を致しました! 申し訳も御座いません!」
と、ささっとマサヒデの前から離れ、玄関の脇に立つ。
マサヒデが振り向いて、マツの手からタマゴを受け取り、マツが靴を履く。
「マサヒデ様、よろしければ、お子様を」
「はい」
マサヒデが執事にタマゴを手渡すと、じわっと執事の目に涙が浮き出る。
「おお・・・マサヒデ様と、マツ様の・・・」
すっと一歩前に出る。
後ろから、マツが出て来て、涙ぐむ執事を見て、嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「お、おお! マツ様! これはお見苦しい所を!
此度は誠に、誠に・・・おめでとうございます・・・」
「そんなに喜んでもらえるなんて、私も嬉しく思います。
うふふ。クレール様にお子が出来ましたら、どうなってしまいましょう?
涙で溶けてしまいそうですね!」
「ははは。いや、今から楽しみで楽しみで!」
一言口にする度に、執事の目からぽろり、ぽろりと涙が落ちる。
「さ、クレールさんがお待ちですから・・・」
マツが執事の手から、そっとタマゴを受け取る。
執事がハンカチで目を拭っていると、クレールも出て来て、にっこり笑い、
「あらあら。また泣いてしまうなんて!
貴方、ここに来るとすぐ泣いてしまいますね!」
「クレール様、これは嬉し涙。お許し下さいませんか」
「なら構いません! 好きなだけ泣きなさい! うふふ」
もう一度、執事が目を拭い、馬車の横の扉を開く。
「ああっ! ごめん!」
馬車の向こう側から、シズクが駆け出てくる。
「ごめん、ごめん・・・執事さんから、あの馬車の話聞いててさ!
すっごいんだよ、もうびっくり!」
「ははは! 話は後にしましょう。そろそろ行きませんと」
「あ、だね! 私とクレール様が前の馬車。
マサちゃんとマツさんが後ろの馬車だって」
「分かりました」
「さ、クレールさん! 行こう!」
「はい!」
ぎし! とシズクが馬車に乗って、クレールの手を取って引き上げる。
扉が閉められ、がらがら、と少し馬車が前に出て、後ろの馬車が停まる。
マサヒデとマツが馬車に近付いて行くと、
「トミヤス様ー! マツ様ー!」
と、向かいのギルドの受付嬢が、立ち上がってぶんぶん手を振っている。
マサヒデとマツが顔を合せて、馬車を回って、見えるように顔を出す。
「すごーい!」「きゃー!」「うわー!」
受付嬢、女冒険者達、メイド達が声を上げている。
皆、マツのドレスに驚いている。
マツがにっこり笑って手を振ると、黄色い声が大きく上がった。
「ははは! マツさん、女性に大人気じゃないですか!」
「うふふ。マサヒデ様、代わりませんよ?」
「ははは! 結構ですよ! じゃ、行きましょうか」
馬車の横に戻って、マサヒデが腰の雲切丸を抜いて乗り込み、タマゴを受け取って、席に置く。手を伸ばし、マツを引き上げる。
マツが座ると、ぱたん、と扉が閉められ、少しして、馬車が動き出した。
「ふふふ」
ぽん、とマサヒデが隣に置いたタマゴに手を置く。
「どうしたんですか?」
マサヒデがタマゴを見て、
「いや。私とマツさんが主役とか言われましたけど、本当の今日の主役はこいつじゃないですか。だって、こいつの命名式なんだから。何だかおかしな気分です。タマゴなのに主役。私達、主役を差し置いちゃってるかなって」
「ぷっ!」
マツが口に手を当てる。
「何かおかしな事、言いました?」
「ぷぷぷ・・・マサヒデ様!」
「ええ? 何がおかしいんです?」
「うふふ。何でもありません!」
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がらがらと馬車がゆっくり進む。
馬車の大きな音に混じって「何だありゃあ!」「すげえのが来たぞ!」と声が聞こえてくる。ちら、とカーテンの隙間から窓を覗くと、驚いた顔の人々が、道の脇に並んでいる。
カーテンをぴったりと閉め、やれやれ、また、町中に噂が広まってしまうなあ、今度は何と言われるかな、などと考えていると、馬車の速度が落ちてきた。
「あ、着きましたかね」
大きく回って、馬車が停まる。
前の馬車が開く音がして、
「なあんだあー! こりゃあー!?」
と、シズクの大声が聞こえる。
「む・・・何かあったんでしょうか」
くい、と雲切丸を引き寄せるが、
「うふふ・・・何もありませんよ。
きっと、シズクさんがホテルに驚いているだけです」
「ああ、そう言えば、シズクさんは来るのは初めてでしたっけ?
私も、初めて来た時には驚きましたし」
「うふふ」
馬車が少し進み、扉が開く。
「よ・・・」
と、足を下ろそうとして、ぎょ! とマサヒデの身体が固まった。
ホテルの壁一面に、花輪、花輪、花輪。
『贈 マサヒデ=トミヤス様江
マツ=トミヤス様江
祝 お七夜
~~より』
隙間なく、大量に花輪が並んでいる。
「・・・」
首を回すと、庭の方までずらっと並んでいる。
シズクが、ぽかん、と口を開けて、首を回している。
「あら、マサヒデ様? どうかなさいました?」
「い、いえ・・・」
アルマダから聞いてはいたが、まさかここまでとは。
嫌な汗が脇を垂れていく。
ゆっくりと足を下ろし、雲切丸を腰に差して、マツに手を差し出す。
マツが降りた所で、馬車に首を突っ込んで、タマゴを取り、マツに渡す。
マツはにこにこしながら、
「まあ! こんなにお祝いを頂けるなんて!
この子もきっと喜びますよ」
「そう、ですね・・・」
かぽん、かぽん、かぽん、と、アルマダと騎士達が、馬で歩いて行く。
クレールがくすくす笑いながら歩いて来て、
「うふふ。マサヒデ様、昨日、ハワード様が仰った通りでしょう?」
「そうですけど・・・ここまでとは思ってませんでしたよ・・・」
「ここは暑いですから、中に入りましょう」
「そうですね・・・」
ふわふわしながら、ホテルの入り口に向かうと、カオルが出て来た。
「皆様、お疲れ様でした。さ、ロビーの方へ」
「う」
中を見れば、ロビーの中も花輪でびっしり。
入り口のすぐ横には、既に受付が出来ており、
『トミヤス家 お七夜祝いパーティー 受付』
と、大きく書いてある。
(夢ではない、のだろうな)
ふらふら歩き、刀を腰から抜いてソファーに座ると、給仕が来て紅茶を置く。
ぎし、と横が沈み、は、と顔を上げると、前にマツとクレールが座っている。
横を見ると、呆けた顔のシズクが座っている。
入り口の方を見ると、アルマダが歩いて来て、後ろの方でカオルが騎士達と話している。ぼーっと見ていると、騎士が2人、入り口の左右に立ち、2人が中に入って来て、レストラン前の入口に立つ。
ジャケットを片手に下げたアルマダが歩いて来て、座ったマサヒデを見て、
「マサヒデさん。言った通りでしょう?」
と言って、にっこり笑って、マサヒデの隣に座った。