第470話
魔術師協会、居間。
廊下でカオルが手を付く。
「ご主人様、奥方様。それでは、お先に参ります」
「よろしくお願いします」
「警備、よろしくお願いしますね」
「は!」
がらり。
(ううっ!)
表に馬車が停まった音がした時に、予想はしていた。
が、これは予想以上!
輝く銀の車体! 金色の装飾!
扉の取手には、宝石がいくつもはまっている!
日光を浴びて、全てがきらきらと輝いている!
馬も派手な衣装を着せられ、面頬には赤い羽が立っている。
出て来たカオルに気付き、馬車の扉の横に立っていた執事が頭を下げる。
「サダマキ様。本日の警備、よろしくお願い致します」
「は」
カオルも頭を下げ、
「それでは、皆様のお送りをよろしくお願いします」
「お任せ下さい」
す、と執事の横を通って通りに出て、
(やはり!)
先程、馬車が停まった時の音で気付いていた。
同じ馬車がもう1台、後ろに停まっている。
ちら。
向かいの冒険者ギルドから、冒険者達が顔を出して「なんだ」「すげえな」とざわざわしている。受付嬢も、目を輝かせている。町人が足を止め、離れて見ている。
「・・・」
菅笠を目深に下げて、カオルは早足でブリ=サンクに向かう。
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「よーいせっと」
着替えてきたシズクが、どっすん、と胡座をかいて座る。
「あー! やっぱり羽織袴で良かったよ!
ドレス着てたら、全っ然、動けないよね」
マツとクレールがくすくす笑う。
「うふふ。そうですとも」
「でも、ちょっと暑いかな」
「礼服ですもの。少しは我慢しましょうね。
ホテルに着けば、涼しくなりますし」
「だね。あ、さっき馬車停まったよね。
見に行っていい? 覗くだけ」
クレールがにっこり笑って、
「どうぞ! 私の馬車なんです!」
「へえー! クレール様のか! やっぱ、すっごいんだろうね?」
「それなりです」
「あはは! クレール様のそれなりって怖いなー!」
よ、と立ち上がって、どすどす廊下を歩き、マツとクレールのヒールに注意して、玄関に足を下ろし・・・
がらり。
「うおっ!?」
玄関を開けた瞬間に強い光。
む、と目を細めれば、燦然と輝くクレールの馬車。
「これはシズク様」
す、と執事が頭を下げる。
「うゃ・・・」
「シズク様?」
「は! あ、あー! こーんにちわあー!」
まるで、執事の後ろに後光が輝いているように見える。
「ちょっとさ、クレール様の馬車って、気になっちゃって!
どんなんかなーって、見に来た・・・ん、だ・・・」
香水を買いに行った時の馬車も派手だったが、比べ物にならない。
「おお、左様でしたか。ささ、こちらへ」
「う、うん」
近付くのも怖い。
小石ひとつ、蹴り飛ばして、うっかり当たってしまったら・・・
「こちら、車体は銀塗りで御座いまして。
レイシクランと言えば銀と紅で御座います故」
「銀・・・なんだ・・・」
「あちらの馬のチャンフロンを御覧下さい」
「あ、赤いとさか?」
「ははは! まあ、そういう事でございますな。
しかし、銀だけでは寂しかろうというもので、装飾は金で出来ております。
特にここの紋様にですな・・・」
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「シズクさん、何やってるんですかね?」
くす、とクレールが笑って、
「うふふ。私の馬車を見て、びっくりしちゃってるんじゃないですか?
香水を買いに行った時の馬車は、ただの荷運び用でしたから」
「また、とんでもない馬車じゃないでしょうね?
折角、アルマダさん達が来てくれるのに、全く目に入らないような」
「そんな事はありません!
騎士が1人ついているだけで、見た目が大きく変わってくるんです!」
「ふふふ。貴族の見栄っ張りには、頭が下がりますよ」
「マサヒデ様は、見栄がなさすぎるんです」
「ははは! そんな物、無くて結構! ですね」
マサヒデは笑いながら立ち上がって、
「さて、そろそろ、アルマダさん達も来るでしょう。
お茶を用意してきます。私がやりますから」
「申し訳ありません」
マツが頭を下げる。
マサヒデは軽く手を振りながら、
「ははは! そんな格好で、台所に立たせる訳にはいけませんよ!」
廊下を歩いて、台所。
(おや)
外から、クレールの執事の声が聞こえる。シズクの声も聞こえる。
何か話しているようだ。
2人の声が弾んでいる。
(何か盛り上がってるみたいだな?)
人がざわめく声も聞こえる。
きっと、クレールの馬車に驚いて、足を止めているのだろう。
やかんに茶葉を適当に入れて、水を入れる。
カオルが買ってきた、水でも作れるお茶。
湯で淹れるより少し時間は掛かるが、夏場には良い。
アルマダの所の騎士達は、この真夏の昼間に全身鎧。
出立の前に、冷たい茶を飲んでいってもらおう。
盆の上に湯呑を乗せ、片手で持つ。
片手にやかんを持つ。
「よ、と」
すたすたと居間に戻り、やかんを下ろして盆を置く。
「あら。こんなにたくさん飲めませんよ」
「ああ、騎士さん達の分もですから。
全身鎧で来るんですから、皆さん、もう汗だくのはずです。
ここで飲んでいってもらいませんと、倒れてしまいますよ」
「ああ、確かにそうですね」
湯呑に茶を注いで、マツとクレールの前に置く。
「じゃ、騎士さんの分の湯呑も持ってきます」
「はい」
台所に戻ると、まだシズクと執事の声。
シズクが大きな声で「ええー!」と驚いている。
外のざわめきの声が大きくなっている。
(やれやれ。これは、腹を据えて外に出ないと)
想像以上に派手な馬車のようだ。
盆の上に湯呑を並べて、マサヒデが居間に戻る。
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馬の蹄の音。
がちゃり。金属音。
(来たかな)
大きくなった人のざわめき声に混じって、アルマダの声。
玄関を開けずに、庭から回ってくる。
爽やかな笑顔で、マサヒデに手を上げて、
「やあ、マサヒ」
きらっ!
「う!?」
「ハワード様。いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
ぺこりと頭を下げたマツの動きで、きらきらと光が反射する。
「はははは! さすがのアルマダさんも驚きましたか!
すごいでしょう? マツさんのドレス」
「驚きましたよ・・・目が眩むかと思いました」
「おほほほ! ハワード様ったら、いつもお上手なんですから!」
比喩ではなく、本当に目が眩みそうなのだが・・・
マサヒデとクレールがくすくす笑う。
「庭先から申し訳ありません。もうそろそろ時間ですので」
すっと縁側に腰を下ろしたアルマダは、クレールの見合いの際と同じ服。
旅先だし、1週間でアルマダが満足出来るスーツは仕立てられまい。
「アルマダさん、皆さんは」
「もう、馬車の所で待っていますよ」
「一度、ここに来てもらって下さいませんか。
少しでも水を入れておかないと、さすがにきついでしょう。
挨拶はいりませんから、さっと飲んでいくだけでも」
「助かります」
アルマダが戻って行き、騎士を引き連れてくる。
がちゃがちゃと鎧の足音が聞こえ、兜を脱ぎながら歩いて来て、
「うお!?」「あっ!?」「む!」「わっ!?」
と、皆が同時に声を上げ、足を止め、目を細めた。
くすくすとマサヒデ達が笑う。
マサヒデは湯呑を並べて、冷たい茶を注ぎ、
「皆さん、暑い中、ありがとうございます。
バテてしまわないよう、ここで一杯、身体に入れておいて下さい」
「は、助かります」
湯呑を取った騎士の顔は、汗が垂れている。
ぐいぐいと一気に飲み干して、
「や、マサヒデ殿、ありがとうございます。
マツ様、クレール様、まともに挨拶も出来ず、申し訳御座いません」
一歩下がって、綺麗に横に並ぶ。
がちゃがちゃ! と鎧の音を立て、騎士達が背筋を伸ばし、ぴし! と右手を左胸に当てて、
「「「「それでは! 警護の任に戻ります!」」」」
と、声を出し、兜を被って、出て行った。
「ううむ・・・やはり、いつもとは違いますね!」
「本当! すごい気合の入りよう!」
「格好良いですよね!」
「ははは!」
と、アルマダが声を上げて笑い出し、ばしばしと膝を叩く。
「アルマダさん? 何かあったんですか?」
「皆さん、外に停まっていたクレール様の馬車を見て、声を上げて驚いてしまいましてね! それで、気合が入りすぎちゃったんですよ! ははは!」
「ええ?」
「おや? マサヒデさん、まだ見てないんですか?
私達、向こうから馬で来たんですけど、物凄い反射光が見えましてね。
まさかな、なんて話しながらここまで来て、息を飲んでしまいましたよ!」
クレールがにこにこしながら、
「えへへー。ハワード様、どうでした?」
「あんな馬車、見たこともありませんね。文字通り、宝石箱ですよ。
マサヒデさん、これ、誇張じゃなく事実ですからね。
多分、あなたの想像より二周りくらい綺麗な馬車ですから」
「まあ、何となく想像はつきますよ」
かた、と刀架から青貝の鞘の刀を取り、アルマダに渡す。
「では、アルマダさん、これ」
ひょいとマサヒデから渡された、青貝の鞘の刀。
あの、無人の貴族の屋敷から持ってきた物だ。
これが雲切丸。国宝・酒天切コウアンの兄弟刀・・・
「あと、これ。上に乗せて下さい」
マサヒデが懐紙を1枚渡す。
「では」
一礼して、懐紙を咥え、抜く。
(うっ!)
きら! と輝く鍔元2寸。
マツのドレスに、クレールの馬車に、この刀。
どれも目が眩みそうだ・・・
(これはすごい! くそ、時間が無いのが!)
もっと早く来れば良かった!
すー・・・と引き抜いて、静かに鞘を置く。
寝刃研ぎなのが惜しい! 姿を見たい!
心の中で叫びつつ、刃を上にして、口に咥えた懐紙を置いてみる。
はらり・・・
ふわっと風に乗って、斬れた懐紙が飛んでいく。
「・・・」
アルマダが目を見開いて固まる。
右手に残った懐紙も落ちて、縁側にはらっと落ちる。
くす、とクレールが小さく笑って、アルマダに膝を進め、
「ハワード様」
と、腕に手を当てる。
「はっ!」
びくっとして、アルマダがクレールを見る。
ぷち、とクレールが前髪を1本。
にっこり笑って、
「こちらもお試し下さいね!」
クレールの髪を受け取り、親指と人差指で摘んで、目を近付けて刃に乗せる。
ぱら、と落ち、小さく光を反射して、斬れた髪の毛がすうーっと飛んでいく。
「・・・ううむ!」
大きく唸ってから、ゆっくりと鞘に納める。
両手でマサヒデに差し出し、頭を下げ、
「ありがとうございました」
「いえいえ」
受け取って、マサヒデが畳に置く。
ぐ! とアルマダが拳を握り、膝の上で震わせる。
「時間が無いのが・・・ああ! もどかしいですね!
パーティーが終わったら、もう一度見せて下さいよ。お願いですから!」
「ええ。無事だったらですが。
ふふふ。その時は、ラディさんも呼びますか」
あ、また卒倒しちゃいますかね!」
ぷー! とマツとクレールが吹き出す。
「ははは! じゃあ、行きますか」
マサヒデが立ち上がって、雲切丸を差す。
アルマダが立ち上がり、ジャケットを着る。
マツが床の間からタマゴを取って抱き上げ、さっと袱紗を掛ける。
クレールがケープを肩に乗せて立ち上がる。
これから、お七夜のパーティー。
今夜、マサヒデ達の子の名が決まる。