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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
470/760

第470話


 魔術師協会、居間。


 廊下でカオルが手を付く。


「ご主人様、奥方様。それでは、お先に参ります」


「よろしくお願いします」


「警備、よろしくお願いしますね」


「は!」


 がらり。


(ううっ!)


 表に馬車が停まった音がした時に、予想はしていた。

 が、これは予想以上!


 輝く銀の車体! 金色の装飾!

 扉の取手には、宝石がいくつもはまっている!

 日光を浴びて、全てがきらきらと輝いている!

 馬も派手な衣装を着せられ、面頬には赤い羽が立っている。


 出て来たカオルに気付き、馬車の扉の横に立っていた執事が頭を下げる。


「サダマキ様。本日の警備、よろしくお願い致します」


「は」


 カオルも頭を下げ、


「それでは、皆様のお送りをよろしくお願いします」


「お任せ下さい」


 す、と執事の横を通って通りに出て、


(やはり!)


 先程、馬車が停まった時の音で気付いていた。

 同じ馬車がもう1台、後ろに停まっている。


 ちら。


 向かいの冒険者ギルドから、冒険者達が顔を出して「なんだ」「すげえな」とざわざわしている。受付嬢も、目を輝かせている。町人が足を止め、離れて見ている。


「・・・」


 菅笠を目深に下げて、カオルは早足でブリ=サンクに向かう。



----------



「よーいせっと」


 着替えてきたシズクが、どっすん、と胡座をかいて座る。


「あー! やっぱり羽織袴で良かったよ!

 ドレス着てたら、全っ然、動けないよね」


 マツとクレールがくすくす笑う。


「うふふ。そうですとも」


「でも、ちょっと暑いかな」


「礼服ですもの。少しは我慢しましょうね。

 ホテルに着けば、涼しくなりますし」


「だね。あ、さっき馬車停まったよね。

 見に行っていい? 覗くだけ」


 クレールがにっこり笑って、


「どうぞ! 私の馬車なんです!」


「へえー! クレール様のか! やっぱ、すっごいんだろうね?」


「それなりです」


「あはは! クレール様のそれなりって怖いなー!」


 よ、と立ち上がって、どすどす廊下を歩き、マツとクレールのヒールに注意して、玄関に足を下ろし・・・


 がらり。


「うおっ!?」


 玄関を開けた瞬間に強い光。

 む、と目を細めれば、燦然と輝くクレールの馬車。


「これはシズク様」


 す、と執事が頭を下げる。


「うゃ・・・」


「シズク様?」


「は! あ、あー! こーんにちわあー!」


 まるで、執事の後ろに後光が輝いているように見える。


「ちょっとさ、クレール様の馬車って、気になっちゃって!

 どんなんかなーって、見に来た・・・ん、だ・・・」


 香水を買いに行った時の馬車も派手だったが、比べ物にならない。


「おお、左様でしたか。ささ、こちらへ」


「う、うん」


 近付くのも怖い。

 小石ひとつ、蹴り飛ばして、うっかり当たってしまったら・・・


「こちら、車体は銀塗りで御座いまして。

 レイシクランと言えば銀と紅で御座います故」


「銀・・・なんだ・・・」


「あちらの馬のチャンフロンを御覧下さい」


「あ、赤いとさか?」


「ははは! まあ、そういう事でございますな。

 しかし、銀だけでは寂しかろうというもので、装飾は金で出来ております。

 特にここの紋様にですな・・・」



----------



「シズクさん、何やってるんですかね?」


 くす、とクレールが笑って、


「うふふ。私の馬車を見て、びっくりしちゃってるんじゃないですか?

 香水を買いに行った時の馬車は、ただの荷運び用でしたから」


「また、とんでもない馬車じゃないでしょうね?

 折角、アルマダさん達が来てくれるのに、全く目に入らないような」


「そんな事はありません!

 騎士が1人ついているだけで、見た目が大きく変わってくるんです!」


「ふふふ。貴族の見栄っ張りには、頭が下がりますよ」


「マサヒデ様は、見栄がなさすぎるんです」


「ははは! そんな物、無くて結構! ですね」


 マサヒデは笑いながら立ち上がって、


「さて、そろそろ、アルマダさん達も来るでしょう。

 お茶を用意してきます。私がやりますから」


「申し訳ありません」


 マツが頭を下げる。

 マサヒデは軽く手を振りながら、


「ははは! そんな格好で、台所に立たせる訳にはいけませんよ!」


 廊下を歩いて、台所。


(おや)


 外から、クレールの執事の声が聞こえる。シズクの声も聞こえる。

 何か話しているようだ。

 2人の声が弾んでいる。


(何か盛り上がってるみたいだな?)


 人がざわめく声も聞こえる。

 きっと、クレールの馬車に驚いて、足を止めているのだろう。


 やかんに茶葉を適当に入れて、水を入れる。

 カオルが買ってきた、水でも作れるお茶。

 湯で淹れるより少し時間は掛かるが、夏場には良い。


 アルマダの所の騎士達は、この真夏の昼間に全身鎧。

 出立の前に、冷たい茶を飲んでいってもらおう。


 盆の上に湯呑を乗せ、片手で持つ。

 片手にやかんを持つ。


「よ、と」


 すたすたと居間に戻り、やかんを下ろして盆を置く。


「あら。こんなにたくさん飲めませんよ」


「ああ、騎士さん達の分もですから。

 全身鎧で来るんですから、皆さん、もう汗だくのはずです。

 ここで飲んでいってもらいませんと、倒れてしまいますよ」


「ああ、確かにそうですね」


 湯呑に茶を注いで、マツとクレールの前に置く。


「じゃ、騎士さんの分の湯呑も持ってきます」


「はい」


 台所に戻ると、まだシズクと執事の声。

 シズクが大きな声で「ええー!」と驚いている。

 外のざわめきの声が大きくなっている。


(やれやれ。これは、腹を据えて外に出ないと)


 想像以上に派手な馬車のようだ。

 盆の上に湯呑を並べて、マサヒデが居間に戻る。



----------



 馬の蹄の音。

 がちゃり。金属音。


(来たかな)


 大きくなった人のざわめき声に混じって、アルマダの声。

 玄関を開けずに、庭から回ってくる。

 爽やかな笑顔で、マサヒデに手を上げて、


「やあ、マサヒ」


 きらっ!


「う!?」


「ハワード様。いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませ!」


 ぺこりと頭を下げたマツの動きで、きらきらと光が反射する。


「はははは! さすがのアルマダさんも驚きましたか!

 すごいでしょう? マツさんのドレス」


「驚きましたよ・・・目が眩むかと思いました」


「おほほほ! ハワード様ったら、いつもお上手なんですから!」


 比喩ではなく、本当に目が眩みそうなのだが・・・

 マサヒデとクレールがくすくす笑う。


「庭先から申し訳ありません。もうそろそろ時間ですので」


 すっと縁側に腰を下ろしたアルマダは、クレールの見合いの際と同じ服。

 旅先だし、1週間でアルマダが満足出来るスーツは仕立てられまい。


「アルマダさん、皆さんは」


「もう、馬車の所で待っていますよ」


「一度、ここに来てもらって下さいませんか。

 少しでも水を入れておかないと、さすがにきついでしょう。

 挨拶はいりませんから、さっと飲んでいくだけでも」


「助かります」


 アルマダが戻って行き、騎士を引き連れてくる。

 がちゃがちゃと鎧の足音が聞こえ、兜を脱ぎながら歩いて来て、


「うお!?」「あっ!?」「む!」「わっ!?」


 と、皆が同時に声を上げ、足を止め、目を細めた。

 くすくすとマサヒデ達が笑う。

 マサヒデは湯呑を並べて、冷たい茶を注ぎ、


「皆さん、暑い中、ありがとうございます。

 バテてしまわないよう、ここで一杯、身体に入れておいて下さい」


「は、助かります」


 湯呑を取った騎士の顔は、汗が垂れている。

 ぐいぐいと一気に飲み干して、


「や、マサヒデ殿、ありがとうございます。

 マツ様、クレール様、まともに挨拶も出来ず、申し訳御座いません」


 一歩下がって、綺麗に横に並ぶ。

 がちゃがちゃ! と鎧の音を立て、騎士達が背筋を伸ばし、ぴし! と右手を左胸に当てて、


「「「「それでは! 警護の任に戻ります!」」」」


 と、声を出し、兜を被って、出て行った。


「ううむ・・・やはり、いつもとは違いますね!」


「本当! すごい気合の入りよう!」


「格好良いですよね!」


「ははは!」


 と、アルマダが声を上げて笑い出し、ばしばしと膝を叩く。


「アルマダさん? 何かあったんですか?」


「皆さん、外に停まっていたクレール様の馬車を見て、声を上げて驚いてしまいましてね! それで、気合が入りすぎちゃったんですよ! ははは!」


「ええ?」


「おや? マサヒデさん、まだ見てないんですか?

 私達、向こうから馬で来たんですけど、物凄い反射光が見えましてね。

 まさかな、なんて話しながらここまで来て、息を飲んでしまいましたよ!」


 クレールがにこにこしながら、


「えへへー。ハワード様、どうでした?」


「あんな馬車、見たこともありませんね。文字通り、宝石箱ですよ。

 マサヒデさん、これ、誇張じゃなく事実ですからね。

 多分、あなたの想像より二周りくらい綺麗な馬車ですから」


「まあ、何となく想像はつきますよ」


 かた、と刀架から青貝の鞘の刀を取り、アルマダに渡す。


「では、アルマダさん、これ」


 ひょいとマサヒデから渡された、青貝の鞘の刀。

 あの、無人の貴族の屋敷から持ってきた物だ。

 これが雲切丸。国宝・酒天切コウアンの兄弟刀・・・


「あと、これ。上に乗せて下さい」


 マサヒデが懐紙を1枚渡す。


「では」


 一礼して、懐紙を咥え、抜く。


(うっ!)


 きら! と輝く鍔元2寸。

 マツのドレスに、クレールの馬車に、この刀。

 どれも目が眩みそうだ・・・


(これはすごい! くそ、時間が無いのが!)


 もっと早く来れば良かった!

 すー・・・と引き抜いて、静かに鞘を置く。

 寝刃研ぎなのが惜しい! 姿を見たい!

 心の中で叫びつつ、刃を上にして、口に咥えた懐紙を置いてみる。


 はらり・・・

 ふわっと風に乗って、斬れた懐紙が飛んでいく。


「・・・」


 アルマダが目を見開いて固まる。

 右手に残った懐紙も落ちて、縁側にはらっと落ちる。


 くす、とクレールが小さく笑って、アルマダに膝を進め、


「ハワード様」


 と、腕に手を当てる。


「はっ!」


 びくっとして、アルマダがクレールを見る。

 ぷち、とクレールが前髪を1本。

 にっこり笑って、


「こちらもお試し下さいね!」


 クレールの髪を受け取り、親指と人差指で摘んで、目を近付けて刃に乗せる。

 ぱら、と落ち、小さく光を反射して、斬れた髪の毛がすうーっと飛んでいく。


「・・・ううむ!」


 大きく唸ってから、ゆっくりと鞘に納める。

 両手でマサヒデに差し出し、頭を下げ、


「ありがとうございました」


「いえいえ」


 受け取って、マサヒデが畳に置く。

 ぐ! とアルマダが拳を握り、膝の上で震わせる。


「時間が無いのが・・・ああ! もどかしいですね!

 パーティーが終わったら、もう一度見せて下さいよ。お願いですから!」


「ええ。無事だったらですが。

 ふふふ。その時は、ラディさんも呼びますか」

 あ、また卒倒しちゃいますかね!」


 ぷー! とマツとクレールが吹き出す。


「ははは! じゃあ、行きますか」


 マサヒデが立ち上がって、雲切丸を差す。

 アルマダが立ち上がり、ジャケットを着る。

 マツが床の間からタマゴを取って抱き上げ、さっと袱紗を掛ける。

 クレールがケープを肩に乗せて立ち上がる。


 これから、お七夜のパーティー。

 今夜、マサヒデ達の子の名が決まる。


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