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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十八章 お七夜
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第468話


 魔術師協会、昼前。


 がら! と勢い良く玄関が開く。


「只今戻りました!」


 カオルがささーっと駆け入ってくる。


「おかえりなさい」


 はあ、はあ、とカオルの息が切れている。

 急いで走って来たのだろう。

 マツ、クレール、シズクが驚いてカオルを見ている。


「申し訳ありません! 遅くなりました!」


「構いませんよ。さあ、まずは座って、息を整えて」


「は・・・」


 すうー・・・ふう・・・

 すうー・・・ふう・・・

 ぴた、とカオルの呼吸が収まる。

 お見事。


「ふっ・・・ふうー・・・良し。

 昼餉の用意を致します。軽めにしましょう」


「ん、そうですね」


「昼餉が終わりましたら、すぐに着付けを手伝います。

 少し早いですが、私、早目に参りませんとなりませんもので・・・」


 シズクがぽかんとした顔で、


「カオル、忙しいな・・・」


「カゲミツ様も、既に道場を出られておいででしょう。

 門弟の方々は歩きですから、それに合せて参りますので・・・

 ちょうど申の刻あたりに参られるかと」


「そうですか。ありがとうございます。

 ところで、酔い止めの薬、まだありますよね」


「はい」


「あと2つ、もらえませんか。

 母上と、ラディさんの分です」


「は」


 カオルがささーと奥に入り、ささーと戻ってくる。

 ぴた、とマサヒデの前に座り、


「どうぞ」


 と、小さな包みをマサヒデに差し出す。


「ありがとうございます」


 マサヒデが受け取って、裾に入れる。


「では、失礼致します」


 台所に音もなくカオルが駆け込んでいく。

 すぐに、ととととん! とすごい包丁の音が聞こえてくる。


「・・・」


 ぽかーん、とマサヒデ以外の皆が台所の方を見つめる。

 マサヒデがくすっと笑って、


「マツさん、クレールさん。

 聞いての通り、昼餉が済んだら、すぐ着付けですから。

 ドレスの用意をしておいて下さい」


「は、はい」「そうですね」


 2人が立ち上がって、ぱたぱたと部屋に駆け込んでいく。

 出ていく2人を見送って、シズクの方を向き、


「シズクさん、羽織袴の着方、分かります?」


「え? えーっと・・・あっははー! ・・・分かんない・・・」


 シスクが苦笑いして、ぽりぽりと頭をかく。


「私が手伝う訳にもいきませんし、マツさんに手伝ってもらって下さい。

 昼餉が済んで、マツさんの着替えが済んだら、私も奥で着替えてきますから。

 それと、これを」


 マサヒデが鉄扇を差し出す。

 いつも帯に差している、普通の鉄扇。


「こんな物、シズクさんには必要ないものですけど。

 帯に差しておけば、格好付けになりますからね」


「あー! ありがと! マサちゃん、気がきくー!」


 シズクが鉄扇をちょいと指でつまんで、居間の隅に畳んである羽織袴の油紙の包みの上に、ぼすっと落とす。


「香水は、クレールさんが持ってましたね」


「うん!」


「では・・・昼餉を食べたら、着付けですか。

 アルマダさん達は、未の刻二ツに来る予定、と。

 ふうーうっ! もうすぐですね・・・」


 シズクがどすん、と頬杖をついて、


「んふふ。嫌そうだね」


「そりゃあもう! パーティーなんてもの、誰が考えたんだか!

 アルマダさんは、以前、只の飲み会みたいなもので、すぐ慣れる・・・

 なーんて言ってましたけど」


「私は楽しみだけどなあ」


「前向きですね」


「知らない事を知っておくってのも、修行のうち! って思っておきなよ」


「うーん」


「マサちゃんも、クレール様を見習いなさい! 勉強、勉強!」


「ですかね・・・ですよね」


「へへへ。お客さんの前で、うんざり! 嫌ー! なんて顔しちゃ駄目だよ」


「はい・・・」



----------



 昼餉は少なめ。


 半分ほどの飯に、根深汁と、きゅうりの浅漬。

 さらりと食べて、さっとカオルが洗い物。


「それでは、クレール様」


「はーい!」


 2人が奥に入って行く。

 少しして「おお!」「どうです!」「ううむ!」などと2人の声が聞こえる。


「うふふ。賑やかですね」


「どんなのかな? マツさん、食われちゃうかな?」


「いいや! 絶対にないですね。私、マツさんのドレス見ました。

 あれは食われる事はないです。さすがにクレールさんも勝てないでしょう」


 くす、とマツが笑う。

 ほえ、とシズクがマサヒデに顔を向け、


「え、まじ? そんなにすごいの?」


 マサヒデは床の間に顔を向けて、


「そこの雲切丸の研いである所、見ましたよね。

 あのくらいに光ってました」


 シズクが驚いて、


「ええー! いくらドレスって言っても、服じゃん!

 まさか・・・とは・・・思うけど・・・本当に、光るの?」


 マサヒデが腕を組んで、うんうん頷き、


「ううむ、あれは光ってましたね・・・」


「うっそー!? すごいね・・・さすがマツさんだ・・・

 うわー! 早く見たいなー!」


「うふふ。お楽しみに!」


 と、話していると、もうカオルが出て来た。

 廊下で手を付いて、


「クレール様、終わりました。奥方様、お願いします」


「はい」


 マツが立ち上がって、カオルと奥の間に入って行く。

 少しして、クレールが出て来た。


「おっ!?」「おおー!」


 マサヒデとシズクが声を上げる。

 黒のドレス。

 全身に刺繍が入っている。

 透けているが、夏用だからか?

 下に着ている白い服が透けて見える。

 下の白い服は袖なしで、クレールの白い腕が見える。

 元々のクレールの肌が真っ白なので、遠目から見たら危険そうだ。


「何ですそれ!? 全部が刺繍!?

 ちょっと、下! 下の服が透けてますよ!?

 それ大丈夫なんですか!?」


「こういう服なんです! もう、変な目で見ないで下さい!

 全く・・・これでも押さえたんですよ?

 明るいうちは地味にするのがマナーなんです!」


「地味・・・ですかね?」


 これで地味なのか?

 クレールの言う『地味』の基準がさっぱり分からない。


「ほら、こうして」


 さらっと上にショールを乗せ、肘くらいまでが隠れる。

 このショールも高そうだ。いや、高い。

 見ただけで分かる。


「このドレス、袖の所は肌が見えてしまいますからね。

 あまり肌を出さないようにするんですよ」


「な、なるほど・・・?」


「ねえねえ! クレール様、その首の青い宝石は何!?」


「これは月長石ムーンストーンですよ!

 ロイヤルブルーっていう奴です!」


「へえー!」


 シズクが目を輝かせて、クレールの首に顔を近付けている。


「宝石も、地味にしたんですから!」


「ああ、まあ、確かに、そうかも・・・」


 青く、薄く透明で、色自体は派手ではないが・・・


 でかい。


 ずらっと小さな同じ石が大量に並んでいる。

 この宝石の特徴なのだろう。照り返しが、虹色に輝いている。

 目がおかしくなりそうだ。


「控え目な・・・色、ですね・・・色は・・・」


「今日の主役は、マサヒデ様とマツ様ですからね。

 主役に勝ってしまってはいけませんから!」


「さっすがクレール様! 気がきくー!」


「ふふーん! これも嗜みという奴です!」


「・・・」


 もうマサヒデは負けてしまっている気がするが・・・


 ちょいちょいとシズクが袖を引っ張り「破れちゃうじゃないですか」とか言っている2人を呆れて見ていると、さーとカオルが出て来て、廊下で手を付いた。


「奥方様、終わりました」


 すわ、すわ、と、ドレスで歩いて来る音がして、マツが現れた。


「うお!?」


 シズクが驚いて声を上げる。


「うう!?」


 クレールも驚いて仰け反る。


「お待たせ致しました」


 あの銀が編み込まれた、白いドレス。

 昼の日の光を浴びて、ぎらぎら輝き、目が眩みそうだ。

 以前も着けていた真っ黒な大きな宝石が、ぴったり合っている。


「うっ・・・くく・・・」


 クレールが悔しそうに小さな声を上げる。


「うふふ。クレールさん、お気遣い、ありがとうございます。

 控え目に抑えてくれたんですね」


「えーえ! 主役を食ってしまってはとー!」


 クレールの固い笑顔。

 ひくひくと口の端が動いている。


 きっと、抑えつつ、ぎりぎりまで攻めたつもりだったのだ。

 それがここまで差がつくとは、という感じだろう。


 マサヒデはおかしくなってきて、


「ははは! ね、シズクさん、言った通りでしょう。

 マツさん、光ってるでしょう?」


 シズクが呆然とマツを見上げる。


「うん・・・すっごい・・・さすがマツさん・・・」


「ご主人様、どうぞ」


「あ、手伝ってもらって良いんですか?」


「はい。奥方様の服装では、お手伝いも難しいでしょうし」


「では、お願いします」


 マサヒデが立ち上がって、奥の間に入って行く。

 少しして、がらがらと馬車が外に停まった。


「あ。馬車、来たね」


「あら」


 と、マツが玄関の方に顔を向ける。

 そんな小さな動きで、きら! とドレスが輝き、


「うわ! マツさん! まぶしいって!」


 と、シズクが目を細め、腕を目の前に上げた。


「おほほほほ! 御免あそばせ!」


 ちらり。

 マツが目だけクレールの方に向ける。

 下から覗き込むように、クレールが見ている。


「ふ・・・」


 小さく口の端を上げると、


「んむむ・・・」


 クレールが小さく唸り声を出し、ゆっくりと目を逸した。


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