第467話
ついに来てしまった。
今日はお七夜のパーティー。
マサヒデはシズクと共に朝の素振り。
カオルは暗いうちに出て行って、道場で黒影の飾り付け。
井戸で汗を拭いて、ぐったりと縁側に座る。
「おはようございます」
マツがすっと茶を出してくれる。
「おはようございます・・・」
マサヒデの顔を見て、くすくすマツが笑う。
「よっぽど、パーティーが嫌なんですね」
「はい。嫌です」
「うふふ。私も嫌ですよ」
「でも、行かなきゃいけませんよねえ・・・」
「そうですとも。もう招待状も送って、レストランまで押さえてしまって。
今更、やめは出来ませんよ」
「ええ・・・」
「まあ、私とクレールさんがなるべく引き受けますから。
御身分のある方が来られても、なるべく私達がお相手します」
「助かります」
「そんなに固いパーティーではありませんし。
お知り合いの方々と固まってれば良いのです。
本当は良くありませんけど」
「そうします」
床の間に顔を向ける。
もやもやと霧を垂らすタマゴ。
「父上、どんな名前を考えてるんでしょう」
「うふふ。楽しみですね。
格好良い名前? 親しみやすい名前?
きっと、素敵な名前を御用意してくれてますよ」
「ふふふ。父上の姿が目に浮かびます。
でっかく名前を書いた掛け軸みたいなのを持って。
どうだー! ってやってる感じ」
「分かります! やりそうですね!」
くすくすと2人が笑っていると、汗を流したシズクがやって来る。
「マツさん! おはよ!」
「おはようございます」
すいっとマツがシズクに茶を差し出す。
「ありがと!」
ぐび! とん!
「ぷっへえー・・・」
とん、と置いた湯呑を、シズクがじっと見つめる。
「お代わりですか?」
「あ、あーいやいや! あのー、さ・・・」
ん? とマサヒデとマツがシズクを見る。
シズクは湯呑を掴んだまま、じーっと湯呑を見つめている。
あっ! とマサヒデも思い出した。
そうだ。この湯呑はいくらするんだ?
クレールのあの顔。
『マツ様が選んだ物ですよ』
「・・・ね、マツさん」
「はい?」
「この湯呑って、さ」
「はい?」
「これ、いくらくらい・・・?」
「ううん・・・」
どきどき。
ぱん! とマツが手を叩いて、にっこり笑い、
「そうそう! 確か、それは骨董市で見つけたんですよ!
中々良いでしょう? 安かったんですよ!」
骨董市・・・骨董品か。
マサヒデとシズクが、ごくん、と喉を鳴らす。
「なんと、たったの銅貨5枚!」
「はっ・・・」
かくん、とマサヒデとシズクの肩が落ちた。
「あ、どうなされました?」
き! とマサヒデとシズクが歯を噛む。
「くそ! クレールさん・・・」
「クレール様・・・!」
「値段を聞いて驚いたって、そういう意味か!」
嘘ではない。嘘ではない。だがしかし!
してやられた・・・
マツが2人を見て驚いて、
「何をそんなに・・・」
マサヒデが笑顔でマツの方を向き、
「いえ! マツさん。何でもありませんから!」
マツが2人を見る。
シズクはぎりぎりと歯を鳴らし、恐ろしい表情をしている。
シズクの方を向いたマサヒデの背中から、何かゆらめきが見える気がする。
怒っているのか? 何故だろう?
「ビビらせやがって! マサちゃん、やるしかないよ。何か考えないとね」
「ええ・・・しかし、今日は我慢ですよ。今日は・・・」
「ち! 仕方ないね! 今日は・・・すー・・・ふうー・・・くそっ!」
「絶対に、顔には出さないようにしましょう。バレちゃあ、いけない・・・」
「うん・・・うん」
すー・・・とシズクが湯呑から手を離し、ぱん! と両手で顔を叩き、ゆっくりと上から下まで拭うように・・・
出て来た顔は、いつものにこにこしたシズク。
「あー! お腹空いちゃったね! マツさん、朝餉にしようよ!」
振り向いたマサヒデの顔も、いつもの笑顔。
「そうですね。そろそろクレールさんも起きて来るでしょう」
「はあ・・・?」
「ん。稽古着、着替えてきますね」
「だね。私も・・・」
「??? はあ・・・」
マツが小首を傾げて、台所に向かう。
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朝餉を終え、奥の間に戻る。
紋服。
着込み。
香水。
念珠。
左手首に巻く手裏剣入れ。
ホルニの脇差。
今日の鉄扇は、ノブタメからもらった、雀の鉄扇。
短銃。これはどうしよう?
小さいから、懐に入れて行っても大丈夫だと思う。
だが、さすがにいらないだろうか・・・
クレールから教えてもらった、パーティーの挨拶の覚書。
カオルからもらった薬の包み。
「うむ」
中を開ける。
小さな包みが4つ。
酔、胃、頭、胸、と字が書いてある。
酔い止め、胃薬、頭痛薬、胸焼けの薬。
しっかり揃っている。
酔い止めは、即効性ではない。
パーティーが始まる少し前に飲んでおかねば。
あとは、雲切丸。
これは床の間に置いてある。
さら、と襖が開いた。
マツが入って来て、マサヒデの隣に座る。
「準備の確認ですか」
「はい」
「うふふ。入念ですこと」
「慣れてませんからね。失敗は許されません」
「まあ。そんなにお固くなって」
「当然ですよ。私達の子の命名式なんですから」
「私達の子」
マツがことん、とマサヒデの肩に頭を乗せる。
「私達の子・・・」
繰り返して、そっと目を瞑る。
「はい。私達の子です」
マツに手を回して、そっと抱き寄せる。
そのまま、マツは幸せそうに頭を乗せていた。
しばらくして、
「ちょっと待ってて下さい」
と、立ち上がった。
マサヒデが待っていると、マツがタマゴを抱きかかえて戻って来た。
「もう一度お願いします」
マサヒデの横に座って、マサヒデの肩に頭を乗せる。
膝の上にタマゴを置いて、タマゴの頭に手を乗せる。
「マサヒデ様」
マサヒデもタマゴの腹に手を当てる。
もやもやと黒い霧がマツの膝の上を垂れていく。
マサヒデの手に、鱗が引っ掛かる。
「ふふふ」
小さく笑ってから、マツの手の上に手を重ねる。
「初めて見る人は、皆、やっぱり驚くんでしょうね」
「うふふ」
「な、へそを曲げるなよ。今日は我慢しろ」
「どうかしら? 意外と、マサヒデ様と違って、パーティーは好きかも」
「ふふふ。どうですかね?
やっぱり、嫌なんじゃないですか?」
マサヒデはマツから手を離し、もう一度、そっとタマゴの腹に手を当てて、
「お前の名を、父上が考えてきてくれたんだ。
今日、お前の名が決まるんだ。
パーティーなんて面倒だけど、我慢してくれ」
開いた襖から、2人の背中が見える。
クレールとシズクが居間から顔を出し、にやにやして2人の背中を見ている。
(仲の良い親子だね)
(ほーんと。マサヒデ様、親馬鹿で、妻馬鹿)
(うくく・・・)
シズクが口を押さえ、クレールは腹に手を当てる。
(私も、早く子が欲しいです)
(クレール様は、魔王様の所に行くまで、我慢我慢)
(はあい)