第466話
郊外のあばら家。
「こんにちはー」
「おや」
縁側で剣の鞘を磨いていたアルマダが顔を上げた。
横には、ぴかぴかに磨かれた靴がある。
騎士達も、中で鎧を磨いている。
「どうしたんです? もう肩こりはありませんよ」
「ははは! 違うんです。クレールさんが、皆さんにお願い事があるんです」
ぽん、とマサヒデがクレールの肩に手を置く。
クレールが前に出て、ぴしっと頭を下げ、
「明日、私達の馬車と随行して下さい!」
「え? まあ、別に構いませんが」
アルマダは部屋の中で驚いた顔をした騎士達を見て、
「らしいですけど・・・皆さん、構いませんよね?」
「勿論です」
アルマダはクレールに顔を戻して、
「なんで随行なんです? やっぱり、主役の馬車を派手にと?」
「はい!」
ああ、そうだった。
アルマダは、父上がど派手に来る事を知らないのだ。
マサヒデは笑顔で縁側に座って、
「明日なんですけどね、父上がど派手に来ます」
「カゲミツ様が? 一体、どんな?」
「思い切り飾り付けた黒影に乗って、門弟に槍とか持たせて、行列で」
ふはっ! とアルマダが笑って、上を向いて、額に手を置く。
「ふふふ。カゲミツ様らしい。主役を食ってしまうじゃないですか。
まあ、命名がカゲミツ様だから、カゲミツ様も主役ですか。
分かりました。カゲミツ様に負けないようにって事ですね」
クレールが頭を下げたまま、
「はい! お父様に負けたくないです!」
「ははは! 分かりました。たった5人ですが、供に参りましょう。
ですが、皆、警備にも付きますから、早目に出ることになりますが」
「合せますよ。何時頃でしょう」
「未の刻二ツ(14時)に行こうと考えています」
「そんなに早くですか?」
「酉の刻(17時)から100人近くのパーティーですよ?」
「ええ」
「ですけど、皆、開始時間ぴったりに来るわけではないでしょう?
始まる前に集まってきますよね」
「まあ、そうですよね」
「ロビーに100人も入りませんから、当然、レストランの中に先に入っていきますよね」
「ええ」
「では、レストランは酉の刻よりも、もっと前から開きますね。
レストランが開く時には、もう迎えの騎士が立っていなければ。
気の早い人なんか、私達より前に来て、待ってると思いますよ」
「はは! まさか! アルマダさん、いくらなんでもそれはありませんよ!」
マサヒデは笑ったが、アルマダは笑わない。
「ありますね。クレール様がどんな身分の方かはご存知でしょう。
マツ様だって、元は王宮魔術師なんです。
カゲミツ様も、身分こそ平民とはいえ陛下に認められた剣聖なんですよ?」
「ええ、それは承知してますけど・・・ありますかね?」
「町議会や各ギルドの役職の方には、身分のある方も多いです。
そこに招待状を送ったんです。
私が言うのもなんですが、貴族連中ってそういう時ここだ! と反応します。
皆、これがチャンスだ、関係を! と、ごますりに群がってきますよ。
今も、手土産はこれか、あれもこれもと目を血走らせているはずです」
「・・・」
「貴方だって、御前試合で優勝してるんですよ? 300人も相手に。
もう国中に名が知れ渡ってるんです。
陛下との面識もある。この先、首都も通るんです。
覚悟はしておいて下さいよ」
「はい・・・」
「まあ、明日ブリ=サンクに行けば、嫌でも分かりますよ。
招待状を送ったんですから、その周りの貴族には話は広がっているはずです。
ホテルに着いたら、置き場のない大量の花輪や、贈り物も来るでしょう。
招待状が貰えなくても、せめて贈り物で名前が覚えてもらえたら!
と、それはもう大量に・・・
贈り物、ギルドの倉庫に入り切れば良いですけどね」
「・・・そんなにですかね? 父上も同じような事、言ってましたけど」
「そんなに、です。
そのうち、うちでも祝いたいから、なんてパーティーの誘いも来ますよ」
「やっぱり、来るんですね・・・」
はあー、とマサヒデが頭を抱える。
「いや、分かってました。でも、分かりたくなかった、みたいな・・・
広いお屋敷を借りて、この辺の貴族の人達を集めて1回で終わらせようと」
「賢明ですね。それでも来そうですけど」
「あー!」
ばたん! とマサヒデが仰向けに転がる。
「アルマダさん・・・代わってくれません?」
「何を言ってるんです。顔も知られてるのに、代われるわけないでしょう」
「ですよねえ・・・」
ぽすん、とマサヒデの隣にクレールが座る。
「マサヒデ様。旅の先々で呼ばれるかもっていうのは、とっくに分かってたじゃありませんか。陛下にだって、きっと呼ばれますよ?」
「はい・・・ですけど・・・」
「ですけど?」
ぱしん! とマサヒデは目の上に手の平を被せ、
「面倒です! やっぱり貴族は嫌です!
貴族になるくらいなら、剣聖になりたーい!」
「ははははは!」
皆が声を上げて笑い出した。
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笑いが収まって、アルマダがにやにやしながら、剣の鞘を磨きだした。
マサヒデが力ない顔で見ながら、
「それ、先日、強情橋で拾ってきたやつですよね」
「ええ。中々・・・いや、素晴らしいですよ。
ホルニコヴァさんの目は確かです」
「剣って、あのくるくる回る砥石で研ぎますよね。
鍛冶屋さんによく置いてある」
「あの回る砥石は、かなり深く欠けたりしなければ、使いやしませんよ。
普通の砥石で研ぎます」
「刀の研師が研いだら、どうなるんでしょう」
「どうって・・・綺麗に研いでくれるんじゃないですか? 普通に」
「ですよね・・・」
くす、とクレールが笑って、騎士の馬に向かって歩いて行く。
私も、とシズクもクレールに付いて行く。
「あ、そうだ。忘れてました」
「なんです」
「あの刀、研ぎ終わりました」
「あの刀・・・」
アルマダが、ぴた、と手を止めて、マサヒデを見る。
あの刀。無人の貴族の屋敷から出て来た名刀か。
マサヒデはまだぐったりしたまま。
「明日、あれ差して行きます」
「それ・・・大丈夫ですか?
あれ、明らかに名刀でしょう。カゲミツ様、絶対に欲しがりますよ?」
「そしたら、タマゴを魔王様のお預けにしちゃいます。
タマゴ見たかったら、取るなって言います」
「それで・・・大丈夫ですかね・・・」
はあー、とマサヒデは溜め息をついて、
「マツさんとクレールさんとカオルさんが、厳しいんです。
『マサヒデ様のおしゃれは、私達が決める!』って」
「はははは!」
「あんなぎらぎら光る拵えの刀、差して行って大丈夫ですかね?」
「ふふふ。まあ、取られないなら、大丈夫ですよ。
どうせ、これからはあの刀を使うつもりでしょう」
「ええ。いくらコウアンだからって、もう少し大人しい拵えで良いのに」
ぎょ! とアルマダが目を見張る。
驚いたアルマダと対象的に、マサヒデはぐったりしている。
「コウアン・・・? あれ、コウアンだったんですか!?」
「今の刀剣年鑑にはないですけど、古い方の年鑑に載ってました。
酒天切コウアンの兄弟刀なんですって」
「酒天切の・・・兄弟刀・・・」
「はあー・・・父上が何て言ってきますかね・・・」
「それ・・・絶対取られますよ・・・
カゲミツ様が来る前に、見せて下さいね」
「ええ。明日来てくれた時に、お見せしますよ」
アルマダがまた鞘を磨き出す。
「で、どんな刀なんです」
「鍔から2寸だけ、窓開けしてもらいました。全体は寝刃研ぎです。
窓開けした所、父上の三大胆みたいに、すごく光ってて。
雲の間から差す光みたいだから、雲切丸って名が付いたそうです」
「ほう・・・」
「上に紙を乗せると、斬れるんです」
「え」
また、アルマダの手が止まり、マサヒデの方を向く。
「髪の毛を乗せても、斬れるんです」
「ええ!? そんな・・・冗談ですよね?」
「明日、お見せしますよ」
「・・・本当なんですか・・・」
「古刀って、今とは打ち方も鋼の質も違いますからね。
どんな鋼で、どんな風に打ってたんでしょうね・・・」
「・・・」
「使いたいけど・・・今の私だと、受けるときっと欠けてしまう。
研師さんが言うには、よっぽどでなければ捲れる程度って言われましたが」
「ふむ・・・」
「私程度では、そのよっぽどがありそうで・・・
でも、差したいんです。派手なのが引っ掛かりますけど」
「相応しい使い手になるよう、腕を磨くしかないですね」
「ええ・・・」
くい、と頭を上げて、庭を見る。
庭の向こうで、クレールが馬ときゃあきゃあ話している。
シズクは隣の馬を指差して、げらげら笑っている。
何を話しているのだろう・・・
明日、パーティーだ。