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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
465/766

第465話


 イマイ研店。


 まだ夕刻前だが、がらりと玄関が開いた。

 玄関が開いた瞬間、ぴた、とイマイの手が止まる。

 部屋の空気も元に戻り、


「はっ・・・」


 と、小さくクレールの口から息が出た。


「クレールさーん」


 マサヒデだ。

 まだ外は十分明るいが・・・


「すみません。行ってきますね」


「はーい」


 立ち上がって、クレールが出ていく。

 にこにこしたマサヒデが立っている。


「さ、クレールさん、そろそろ帰らないといけないでしょう?」


「え? まだ明るいですよ?」


「騎士さん達の所に、明日の事を頼みに行かなくて良いんですか?

 まあ、私はその方が、仰々しくないから良いですけど」


「あ! 忘れてました・・・」


「ははは! じゃあ、イマイさんにお礼を言ってきて下さい。

 カオルさんにも、夢中になって、あまり遅くならないように、と」


「はい!」


 クレールは静かに仕事場の前に戻り、廊下に座って、すーっと障子を開けて、


「イマイ様、申し訳ありません!

 私、夢中になって、所用をすっかり忘れておりました!

 今日は本当にありがとうございました!

 凄いものを見せてもらって、私、大興奮でした」


「そう? いや、退屈だったでしょ?

 刀をただ動かしてるだけだもんね」


「そんな事ないです! イマイ様の空気が変わって、もう目が凄くて!

 部屋の空気がすごく張り詰めて、ちょっとでも動いたら爆発しそうで!

 本当に、すごい経験が出来ました! ありがとうございました!」


 イマイが顔を赤くして、照れ笑いを浮かべ、ぼりぼりと頭をかく。


「いやあ、そうだったかな? あはは・・・

 また、いつでも来て下さいね。

 カオルさんみたいに、刀も見てもらって良いし」


「はい! また勉強に参ります!

 それでは、本日はこれで失礼致します」


 クレールが綺麗に手を付いて、頭を下げる。


「あーあー、そんな事!

 ささ、頭上げて、友達の家に遊びに来たくらいで良いですから」


「ありがとうございます! それでは!」


 クレールが頭を上げて、にこっと笑ってから、静かに障子を閉め・・・

 ぴたり。


「カオルさん・・・」


 じっと刀を見ていたカオルが、びく! としてクレールの方を見る。

 障子の隙間からクレールの瞳が、きりっとカオルを見ている。


「は!? は! 何か!」


 赤い瞳がにやっと笑い、


「夢中になって、遅くなり過ぎないようにして下さいね! うふふ」


「あははは!」


 イマイが声を上げて笑う。


「では、改めて失礼致します!」


 とん。


 静かに障子が閉められ「お待たせしました」とクレールの元気な声が聞こえた後、がらりと玄関が閉められた。



----------



 職人街。


 マサヒデ、クレール、シズクの3人が歩く。


「クレールさん。イマイさんのお仕事、どうでした?」


 クレールは大興奮! という感じで、拳を握りしめ、


「凄かったです! もう、本当に凄かったです!

 砥石がたくさんあって、つるつるした石もあって、すごくたくさん!

 紙みたいに薄い石もあって、こんなので研ぐんだ! って、驚きました!」


「でしょう?」


「イマイ様も凄かったんです!

 こう、研ぎを始めた瞬間ですよ! イマイ様の目がもう鋭く!

 刀みたいに、ぎらって! 空気が変わったんです!

 私、ちょっとでも動いたら、部屋が爆発しそうな気がして!」


「ははは!」


「それでですよ! 今研いでいる刀を見せてもらったんです!

 前に研いだ人が大失敗してるって。

 左と右の厚みが違ってるから、見てって言われて見たんです。

 それが、ぜーんぜん分からないんですよ!

 でも、イマイ様には見える! って! ここら辺が違うんだって!」


「研いでる時のイマイさん、格好良かったでしょう?」


「はい! 前に抜き打ちを見た時も凄いと思いましたけど、今日はもっと凄かったです! 目が凄かったです! あれが本物の職人なんですね!」


 シズクが興奮するクレールを見下ろして、


「へえー! そんなにかあ! あのボロい家じゃなかったら、私も見に行きたいなあー! 床が抜けそうだもん・・・あー! 残念! いいなあ、いいなあ、クレール様! 羨ましいなあー!」


「羨ましいでしょう? また見学に行きます!

 今度は、刀を見せてもらうんです!」


「ほう? 何か気になる物でもありましたか?」


「違うんです。それが分からないから、教えてもらうんです。

 見方が分からねば、良し悪しが分からないですから」


「確かにそうですね」


「タニガワ様が言ってました。刀が見られるようになると、1本の刀を見ているだけで、1日過ごせるって。ワインと同じくらい深いって。それですごく興味が出たんです。剣術までは望みませんけど、見る勉強はしたいんです」


「へえ・・・」


 クレールが刀に興味を持つとは。

 やはり、美術品としての側面もあるからであろうか。


「マサヒデ様と会ってから、この町で勉強する事が一杯あるって気付きました。

 魔術も全然ですし、ワインだけじゃなくて、他のお酒もたくさん!

 お猪口を見た時、茶器かなって思って、茶器も勉強しないといけないって。

 食事も、見た事のない安い食事が、すごく美味しい!

 オオタ様、マツモト様、冒険者の人達のお仕事。

 ラディさん、ホルニさん、イマイさんみたいな凄い職人さん達の技。

 他にも他にも、本当に、いーっぱい!

 貴族としてそこそこ教育はうけたつもりですけど、知らない事ばっかり!」


「ちょっとちょっと、それじゃ、勉強することが盛り沢山じゃないですか。

 時間がいくらあっても足りませんよ」


「あら! マサヒデ様、私、時間だけはいくらでもあるんですよ!

 純血のレイシクランなんですから、頑張れば、あと2500年は!」


「ははは! そうでしたね!

 でも人族の国だと、10年もしたら、また新しい物が出てきちゃいますよ」


「あー! そうでした・・・どうしましょうか?」


「どうしましょうかね? ははは!

 とりあえず、ワインと食事だけは、絶対に負けないようにしませんとね」


「そこは絶対に譲りません!

 もう、三浦酒天の料理も酒も、実家に報せを送ってありますからね!

 すぐに取り入れて、新しい料理とワインを作ってみせます!」


「ほう! 三浦酒天の料理が、なんと食のレイシクランに!

 ふふふ、それは三浦酒天の板長も驚くでしょうね」


「そうですよ! でも、盗むんじゃなくて、ちゃんと学びに越させます。

 それが、レイシクランの食に対する礼ですよ!

 優れた料理人には、地に頭をつけてでも学ばせて頂きます!」


「うん! やはりレイシクランは違いますね!」


 ぐ! とクレールは拳を握り、


「そうですとも! 酒蔵なんか、まず作り方は教えてくれないと思います。

 でも、忍び込んで製法を、なんてことは絶対にしないんです。

 教えてくれないなら、無理に頼み込まず、再現してみる。してみせる!

 そして、それ以上を作ってみせる! これが我が家の誇りです!」


 おお! とシズクが声を上げ、


「すごい! クレール様、三浦酒天より美味しいお酒、作ってくれるの!?」


「作りますとも! 作ってみせます! 勿論、あの値段でです!

 そして、ワインだけでなく、酒のレイシクランにもなってみせます!」


 クレールが、ぐ! と握った拳を突き上げる。


「ほんと!? 出来たら少しくらい分けてくれる?」


「良いですとも! また飲み比べをしましょう!」


「やったー! あははは!」


 きりっとしていたクレールの顔が変わって、にやっと笑い、


「あー! そうそう! 茶器と言えば・・・ねえ、マサヒデ様」


「なんですか?」


「いつも使ってる、あの湯呑と急須。いくらの物かご存知ですか?」


「え? さあ・・・もしかして、高いんですか?」


 くす、とクレールが笑って、


「んふふ・・・秘密です! でも、マツ様が選んだ物ですよ?」


 は! とマサヒデの顔が固まる。


「あっ! そうか! マツさんが選んだ物か・・・」


 シズクの顔から、さーっと血の気が引き、ごくっと喉が鳴る。


「マサちゃん・・・あれ、いつも普通に使ってるけど・・・」


 クレールが2人の顔を見て、にやにや笑う。


「お食事の時の椀! 漆器も、良い物は高いですよお?

 あのお皿。当然、お皿だって、良い物は相当ですよお?

 さあて、おいくらでしょう?」


「まじかよ・・・私、そんなので飯食ってたのかよ・・・」


「んふふふふー。私も、値段を聞いて驚いたんですから」


「え!? クレールさんが驚く値段って!?」


 ば! とマサヒデとシズクがクレールに顔を向けた。

 クレールがにやにやしている。

 だらだらと2人の背中に冷や汗が流れる。


「あらあら。お二人共、汗が出てますよ? 今日は暑いですものね」


「・・・」


「さ、早くハワード様の所に行きましょう。

 帰ったら、お茶が飲みたいですねえ」


 すたすたとクレールが歩いて行く。


「・・・やっべえー・・・」


「気を付けましょう・・・」


 一体いくらなのか!?

 聞くのも恐ろしい・・・

 どきどきしながら、2人はクレールの後を付いて行く。


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