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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
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第464話


 職人街、イマイ研店前。


 マサヒデ、シズク、クレール、カオルが前に立つ。


「うーん! マサちゃん、いつ見てもボロいね!」


 ごん! とカオルがシズクの脇を小突く。


「シズクさん! 店の目の前でそんな事は言わない!」


「おっと失礼!」


「口に出してはいけませんけど、確かにそうです。

 ですから、シズクさん、あなたが上がると床が抜けるかもしれない」


「かもねー」


「なので、玄関でやって下さい。ごきっと」


「お任せ!」


「じゃあ開けましょう。クレールさんも、よく見せてもらって下さい。

 すごい職人さんですからね。きっと楽しいですよ」


「はい!」


 がらり。


「こんにちはー!」


「はーい」


 少しして、イマイがにこにこと出てくる。


「あ、トミヤスさん! もう明日だねー! 楽しみだね!」


「いやあ、私は緊張でたまったもんじゃありませんよ。

 ところで、イマイさんは肩こりってあります?」


 イマイは顔をしかめて、ぱしんと肩に手を置き、


「肩こり? あるある! すっごいあるって。

 研ぎってあの体勢でしょ? もう肩から背中から、ごりっごり。

 研師ってさ、1本研ぐ度に寿命が縮んでくんだよ。いや冗談抜きに」


「では、肩だけですが、お直ししましょう。

 シズクさんが、すごい按摩術を持ってるんです」


「へえー! あ、でも仕事がさ・・・」


「灸とか、揉みほぐすみたいな、時間のかかるものではありません。

 数秒で済みますから、お仕事に戻って頂いて」


「え? そうなの?」


「それと、クレールさんが研師の仕事を見たいそうです。

 見学をお願い出来ますかね?」


 イマイはにっこり笑って、


「勿論! 好きなだけ見てって下さい!

 んふ。んふふふ。いやあ、研ぎに興味が出てくれたって、嬉しいなあ!」


 ぐい、とシズクが前に出て、


「じゃ、イマイさん、後ろ向いて」


「こう?」


 首を後ろに向ける。


「あ、身体ごとね」


「あ、ごめんね。こうね」


 よ、と、くるりとイマイが背を向ける。

 シズクがイマイの手を取って、


「そうそう。そしたら、手はこうね。肩に乗せて」


「うんうん」


「そしたら次はね」


「うん」


 べがりっ!


「引っ張るー! あははは!」


「んかっ! かっ・・・」


 シズクの横に並び、イマイの顔を覗き込むと、目を見開いて、口を「お」の形に開けたまま、微動だにしない。あまりの形相にシズクが驚いて、


「あ、あれ?」


 と、手をイマイの顔の前で振る。


「はっ! は、は、はあー・・・はあー!」


 驚いて呼吸を止めていたのか。


「ああ! 良かったあ・・・死んじゃったかと思ったよ・・・

 イマイさん、びっくりさせないでよ・・・」


 ほう、とシズクが溜め息をつく。

 マサヒデがイマイの肩に手を置いて、


「イマイさん」


「やっばいね・・・これ・・・一瞬、光が見えたね・・・」


「何の光ですか・・・さあ、肩を回してみて下さい」


「ん・・・んん? んん・・・んんっ! お!」


 くるん。くるん!


「うわすっごい! 全然肩こりない! 何これ!」


「あはははは! イマイさん、すっごい顔してたよ!」


「あ、そう? うーん、そうかも・・・何か光が見えたし。

 一瞬、痛い! って思ったけど、何で? 全然痛くないよ?」


「何でだろうね? あの按摩の人が生きてたら、聞いたら分かるかな?」


 イマイがくるくる肩を回しながら、


「うん! ありがとう! これは仕事がはかどるね!

 これで寿命がかなり戻ったと思うよ!」


「ふふ。喜んで頂けて何よりです。

 では、クレールさんとカオルさんの見学を頼めますか」


「あ、どうぞどうぞ! もう、今日は凄い研ぎが出来ると思うから!

 ばんばん見てって下さいよおー! 最高の研ぎをお見せ出来ると思うよ!」


 ふ、とマサヒデが笑って、玄関から出る。

 すぐ外のクレールが、わきわきしながら待っている。


「ふふふ。だそうですよ。さ、クレールさん」


「うわー! 楽しみです!」



----------



「さあさあ、クレール様ー! 研師の館へようこそー!」


「はあー・・・」


 壁一杯に架けられた刀。

 いくつも並んだ刀架。

 部屋一杯の刀!


 一段一段が浅く、何段もある、見たこともない変わった引き出し。

 ここにも刀が入っているのだろうか・・・


「あ、今、研ぎの途中だったから、そこ気を付けてね」


「あ、はい・・・」


 桶に入った、濁った水。

 曲がった木で押さえられた砥石。

 横に、抜き身の刀身が一本。


「じゃ、こちらに」


 イマイが2枚座布団を並べ、クレールとカオルが座る。


「んふふー。刀が一杯で、びっくりした?」


「はい・・・こんなに一杯あるなんて・・・」


「刀だけじゃないよ。ほら」


 イマイが、ぱら、と布を取ると、色の違う長方形の石がいくつも並んでいる。

 隅の方に、割れたような石も大量にまとめて置いてある。


「すごいでしょ。これが全部砥石」


「こんなに一杯!」


「そう。刀って、1本研ぐのに、これだけの種類の砥石を使うんだ」


「はあー! こんなにたくさん使うんですか!」


 イマイが隅の石を取って、クレールの前に出し、


「触ってみて。ざらざらしてるから」


 クレールが指を置いて、


「あ、してますね。このざらざらで研ぐんですね?」


「そう。まあ、こんなに荒いのを使うのは、よっぽど酷いのだけどね」


 戻して、反対側の石を取る。


「ほら、もう見ただけで、全然ざらざらしていないのが分かるよね。

 これも触ってみて」


 クレールが指を置いて滑らせる。


「あれ!? こんなにつるつるしたので、研げるんですか!?」


「そうなの。このくらいきめ細かくないと、あの刀の美しさって出ないんだ。

 布を使って、宝石を磨いていくのと同じ感じかな」


「はぇー・・・」


 クレールの反応を見て、イマイが嬉しそうににこにこ笑う。

 砥石を戻して、隅に固めてある指先くらいの小さな石を取る。


「ほら、これ見て」


 横に向けて、クレールの顔の前に出す。

 厚紙だ。


「ああ! これ、石だと思ったら、石じゃないんですね!?」


「いいや! これも砥石なんだなあー」


 クレールが驚いて石からイマイに顔を向ける。

 イマイは嬉しそうに、にやにやしている。


「ええー! でも、でも、こんなの、指で押したら簡単に割れちゃう・・・」


「そう。簡単に割れちゃう。厚さなんて、1分の半分のさらに半分もないんだ。

 これを使う時は、指を乗せるだけで、そーっと、そーっと研ぐんだよね。

 一応、割れないように裏に紙が貼ってあるんだけどね」


「ひぇー! 研ぎって、それは繊細なお仕事だと思ってましたけど!

 そんな研ぎ方もするんですか! とんでもなく繊細じゃないですか!」


「そうだよ。どう? すっごいでしょ」


「すごいです・・・」


 こくん、と小さく喉を鳴らして、目の前に出された紙のような石を見る。

 文字通り、吹けば飛んでしまうだろう。

 こんな物を使って研いでいたとは!


「じゃあ、実際に研ぎを見てもらおう・・・と、その前に」


 イマイが立ち上がって、引き出しを開ける。

 中から、白鞘に入った刀を出して、カオルに差し出す。

 カオルが両手で恭しく受け取る。


「カオルさんには、これね。んもおー、これも良いよおー?

 銘は切ってあるけど、今回も、見ずに当てて欲しいな。

 分からなかったり、次を見たくなったら言ってね」


「は。ありがとうございます」


「よしっと・・・じゃあ、研ぎの仕事を見てもらおうかな」


「はい!」


 子供のように純粋に輝く、期待に満ちた紅の瞳!

 こんな目で見られると、イマイも嬉しくなってくる。


「んふふ。さっき肩こりが消えたからね、もう最高の研ぎを見せるよ!

 でも、本当、研ぎって、地っ味ー・・・な仕事なんだ。

 飽きたら、カオルさんと一緒に刀見てても良いからね。じゃあ・・・」


 かた、とイマイが曲がった木の端を踏む。

 反対側に置かれた砥石が、かたん、と小さく音を立て、がっちり固定された。

 途端に、にこにこしていたイマイの雰囲気が変わる。


「これを踏むと、ほら、砥石がしっかりと固定されるね。

 ほんの少しでも動いて、変な方向に研いじゃったら大変だもんね」


「は、はい・・・」


 口調は同じだが、まとっている空気が全然違う。

 忍の雰囲気にも似た、尖ったような、冷たいような、張り詰めた空気。


「これが、今研いでいる刀ね・・・」


 イマイが刃を上に立て、茎から先の方を、片目でじーっと見ている。

 ぴったりと刀を固定したまま、動かない。

 何分? まだ何秒?

 ただ、この体勢でじっと見ているだけなのに、息が詰まりそうだ。

 クレールも息を止めて、じっと横から刀を見つめる。


「うん・・・」


 イマイが小さく声を出して、小さく頷く。


「クレールさん、こっちに来て」


「はい」


 イマイの隣に、ぴったりとクレールが座る。

 クレールの目の前に、同じように刀を置く。


「この刀、前の研師さんが失敗してるんだ。

 この辺の厚みが、右と左で違ってる。分かるかな」


 この辺、とイマイが指を差す。

 クレールも片目で、じー・・・と刀の刃を見る。


「部分砥でへこんじゃった訳じゃない。

 研ぎすぎちゃって、この辺、片方が薄くなってるんだ」


「んー・・・」


 全く分からない。

 全く同じにしか見えない。

 だが、イマイには見えているのだ。


「全然、分からないです・・・同じにしか見えません・・・」


「ふふふ。でしょ? でも、研師の目には、それが見えるんだ。

 これは結構大きく失敗しちゃってる。

 僕だから見えるって失敗じゃないよ。

 研師なら誰でも見える失敗だね」


「ん、んー・・・大きくですか・・・全然見えないです・・・」


 これが研師!

 クレールの目では全く分からない、毛ほどの厚みの違いを見抜く目!


「今回は、これを直して、左右を合わせるのが注文。

 肉厚・・・あ、肉厚って刀の厚みのことね。

 それが減っちゃうから、やらなくてもいいと思うけど、注文だからね。

 今日中には終わらないから、途中までだけど・・・」


 クレールが席に戻る。

 ちゃぴ、とイマイが水を手に着け、刀と砥石に垂らす。

 しゅりー・・・しゅりー・・・

 静かな音が部屋に響く。


 少し研いで、また刀を上げて、片目でじっと確認。

 いつもへらへらしているイマイの目が、鋭い。あまりにも鋭すぎる。

 ほんの少しでも動いたら、部屋の空気が弾けそうな程に鋭い。

 クレールは正座して、膝の上で拳を固め、息を詰めてイマイの手を見つめる。


 しゅりー・・・しゅりー・・・


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