表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
462/762

第462話


 郊外のあばら家。


 シズクが素手で騎士達の稽古を軽く相手しながら、マサヒデ、アルマダ、カオルが眉を寄せて顔を突き合せている。

 床の上に、上半身の骨格が簡単に書かれた図。


 アルマダが線を引きながら、


「こう・・・引いてますよね」


「手を掴んだ時、そのまま肩の上からではない。

 この辺り。少し下ろして、横に近い方向から引いていますから・・・」


 すすす・・・と線が引かれる。


「こうですね・・・」


「そのくらいですね」


 マサヒデが肩に指を差し、


「あの凄い音、明らかに関節は一度外れていますよね」


「でしょうね」


「腕を前で組んで引っ張っているから、真横、真下には抜けない。

 前で腕を組むから・・・」


 マサヒデが腕を回して、左手で右の手首を掴んで引く。


「この角度で抜かれる」


 カオルも同じように、自分の腕を引っ張る。


「しかし、ご主人様・・・これでは戻る時に骨が擦れ、凄い痛みが残るはず。

 ぴったり横や下に抜き、ぴったり戻る、ならまだ納得が出来ますが」


 アルマダが線を引き、戻る方向にまた1本線を描く。


「こう抜くと、戻る時に必ず骨が当たる。

 激痛が残るはずです。なのに、一瞬だ。

 戻った後も、何の痛みもない。どういう事だ・・・」


 カオルが眉を寄せ、


「肩の筋肉だけでなく、背中の筋肉の作用も大きいのでしょうか。

 それで、引かれる時、ぴたりと収まる方向に変わる?」


「なるほど・・・マサヒデさん」


 アルマダが腕を組んだマサヒデの裏に回り、背中に手を当てる。


「腕を引っ張ってみて下さい」


「む」


「ううむ・・・筋肉・・・いや、肩甲骨ですか。

 そうか。肩甲骨も引っ張られ、ぐっと伸びる。で、戻る時に・・・」


 アルマダが紙の前に戻り、背中の図を差して、


「この肩甲骨が引っ張られる。そして背筋。

 背筋は、凄い力で戻ろうとするはずですね。

 ここと、肩の筋肉で引っ張られ、戻る。

 そうすると、方向はこう・・・いや・・・いや、これでは違う・・・」


 マサヒデが顔を近付け、


「やはり、骨が当たる」


「ですね」


 カオルも顎に手を当てて、


「肩の思い切り伸ばされた筋肉・・・も、作用しても」


 すー、とアルマダが線を引く。


「こういう方向。やはり当たる」


「ううむ・・・激痛が残るはず・・・何故でしょう」


 アルマダがカオルの後ろに回る。

 カオルが腕を組むように回す。

 カオルの手を取って、軽く引く。


「この方向に引いていましたね」


「そうです。関節が外れたなら、激痛のはず」


「では・・・そうだ。アルマダさん、もしかして肩は外れていないのでは?

 音は肩甲骨や腕が伸ばされただけ?」


「いや、あんなに音が出る程の力で伸ばされるなら、肩は外れるでしょう」


 アルマダが戻って図に目を落とす。


「いや、待てよ・・・マサヒデさん、案外それかもしれない。

 半分外れた程度か、それ以下か。完全に抜けきっていない程度かも」


「抜けきっていない?」


「だから、一瞬痛みはあるが、筋肉に少し引かれただけで、ぴたりと戻る。

 肩も肩甲骨も腕も強く伸ばされるから、すごい音が・・・している・・・」


「なるほど・・・」


「で、強く伸ばされた筋肉が戻り・・・」


「ぴたりと戻る。骨が擦れるような事もなく、痛みは残らない・・・のか?」


「む! そうか!」


「マサヒデさん、何か気付きましたか」


「そうだ。肩の上からではなく、下に下ろして引いている。

 引く力の方向はこう。戻る力の方向はこうだから・・・」


「なるほど。方向が少し変わる・・・」


「引く時の力の方向、戻る力の方向は同じではない。

 手を離し、自然に戻る時・・・少し変わります」


「という事は・・・」


「本当に、ただ引っ張られているだけ? 骨も外れていない?」


「では、あの凄い音は何故でしょうね? 明らかに関節をやられた音ですよ」


「ハワード様、痛みが一瞬、というのも分かりません。

 確かに、痛みはあるのです。それも、大声を上げて叫ぶほどの。

 それが、文字通り一瞬で収まってしまう」


「ううむ・・・何故だ・・・」


「どういう事でしょうか・・・」


 3人が眉を寄せ、腕を組んで、じっと図を見つめる。

 庭で、シズクが笑いながら騎士の剣を軽く逸し、こてん、と騎士が転がる。

 クレールが縁側で笑いながら「頑張って下さーい!」と騎士を応援している。



----------



 マサヒデ達が図を見ながら唸っていると、シズクが縁側に歩いて来て、


「マサちゃん。そろそろ昼になるよ」


 む、と3人が顔を上げる。


「ああ、もうそんな時間ですか」


 外を見ると、日は昇りきり、気付けば温度も上がっている。

 気付くと、じわりと身体に汗が浮いてくる。

 アルマダが顔を上げ、


「シズクさん。稽古をつけて頂き、ありがとうございました。

 裏に水場がありますから、そこで汗を流して下さい」


「はーい!」


 庭に目をやれば、息を切らせて座り込む騎士達。

 アルマダが顔をしかめて、


「ううむ・・・情けない」


 ふ、とマサヒデが笑い、


「シズクさん相手に、あれだけで済むのはかなりですよ。

 皆さん、ギルドに居る冒険者より、遥かに上です。

 所謂、上級の冒険者に入れる腕くらいはあるのでは?」


 カオルも頷いて、


「ハワード様。私もそう思います。

 騎士としての腕は十分です。

 剣もあれだけ使えて、馬術も凄いのですから」


 アルマダが首を傾げ、


「ううむ・・・そうでしょうか」


 マサヒデはばてばてになった騎士達を見ながら、


「そう思います。普通の騎士としての合格点は、とっくに越えているでしょう。

 これ以上は、剣客や、お抱えとかの特別な騎士の域ではないでしょうか」


「ハワード様はいつも側にいるから、良く分からないのでしょう。

 その辺の冒険者相手であれば、もう圧倒出来る腕です。

 しかも、剣だけでなく、魔術も使えて、馬術は一級なのですから」


「かと言って、甘やかすわけにもいきませんからね。

 今まで通り、びしびしとやりますよ」


「ま、そうですね。

 やった、強くなれた、なんて怠けていたら、あっという間に腕は落ちます」


 あ、とカオルが顔を上げて、


「そうでした。ハワード様、騎士様達と言えば」


「皆さんが何か?」


「近日中、早ければ明日のパーティーで、カゲミツ様からお誘いがあるかも」


「お誘い? 何のです」


「馬術です。馬の場所が分かりましたから、近々、道場でも馬術をやりたいと。

 カゲミツ様も、既に厩舎は建てておられます」


 アルマダが目を輝かせる。


「おお、道場で馬術を!」


 カオルが頷いて、


「皆様、馬を見る目もありますし、馬を捕まえに行く際、同行を願われるかも。

 馬術の稽古を始める際も、手伝ってもらいたいと言っておられました」


「そうでしたか! それは皆さんも喜ぶでしょう!

 トミヤス道場で師範役など、驚いて腰が引けてしまうかもしれませんが」


 うん、とアルマダが騎士達を見て頷き、


「確かに、剣はともかく、馬術は私も全然敵いません。

 カゲミツ様が願われたら、必ずお送りしますよ」


「カゲミツ様も喜びましょう」


「うん・・・そうですね! 馬術!

 いつも剣の稽古ばかりでしたが、馬術も鍛えねば・・・

 マサヒデさん、カオルさん、馬術をやりたい時は、いつでも来て下さい」


「ありがとうございます」


 と、マサヒデとカオルが頭を下げる。


「あいたよー! さっぱりしたあー!」


 と、シズクが手拭いを絞りながら、裏から出てくる。

 びたびたびた、と水滴が落ちる。


「では、そろそろ行きましょうかね。

 面倒ですけど、一度ギルドまで戻って、昼はそこで済ませましょう。

 それから行けば、丁度良い時間のはずだ」


 マサヒデは部屋の隅で寝ているクレールの横に座り、軽くゆさゆさと揺すり、


「クレールさん」


「んんー・・・」


 ゆっくり目を開けて、むくりとクレールが起き上がる。

 ふわあ、と欠伸をして、


「あ・・・お昼ですね・・・ううん、暑いです・・・」


「ええ。そろそろお暇しましょう」


「はい」


「では、アルマダさん。今日はこれで」


「良い物を見せて頂きましたよ。では、明日を楽しみに待っています。

 マサヒデさん、ばしっと決めて下さいよ?」


「いやあ・・・」


 マサヒデが苦笑する。


「何とか、ぎりぎり、くらいで許して下さい」


「ははは! 頑張って下さいね。私達も手伝いますから」


「よろしくお願いします。では」


 軽く頭を下げて、マサヒデ達はあばら家を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ