第461話
職人街、ホルニ工房前。
ホルニの勢いに驚いて、ぽかんとしてしまった。
だが、店を出た瞬間、ぷすー! とクレールが吹き出した。
「ぷぷぷ・・・き、聞きました!? ラディさんの叫び声!」
「あはは! んにゃあー! って言ってたね!」
「ははは! 可愛いじゃないですか!」
「それにしても、あのホルニさん! 凄かったですねえ!
今ならコウアンにも勝てる! 最高の作を! 凄い顔でしたね!」
「ええ。何か打ってもらう時は、まずシズクさんにぐきっとやってもらって、それから頼みましょうか」
「じゃ、次はイマイさんだね!」
「どんな仕事場でしょう? 私、楽しみです!」
と、歩き出した所で、
「ご主人様」
カオルが声を掛けてきた。
振り向くと、さっきよりは、幾分か機嫌は良くなったようだ。
「イマイ様の所へも?」
「ええ。研師って、あの前屈みの姿勢でずーっとやってるでしょう。
そりゃあ、すごい肩こりでしょうしね」
「イマイ様は、朝は寝ておられるのでは?」
「あ」
そうだった。
イマイは夜型人間で、ほとんど昼過ぎまでは寝ているそうな。
「しまった・・・イマイさん、朝は起きてないんでしたね・・・」
「え、そうだったんですか?」
「ほら、覚えてませんか? 夜型だから鈍るって。
イマイさん、朝はほとんど寝てるんですよ」
「ああー! 言ってたね! あれで鈍ってたのかって、びっくりしたもん!」
「ううむ・・・どうしましょうか?」
「じゃあ、稽古でも行きましょうか。終わってから、また来ましょう」
「ご主人様、今日はやめておきましょう。
身体は休めておいた方が良いかと」
ぽん、とシズクが手を叩き、
「じゃあさ、ハワードさん達の所に行こう!
明日は騎士さん達、ずっと鎧着て立ち番でしょ。
少しでも楽になるように、ごきっと」
「ああ、良いですね。
アルマダさんも、もしかしたらまだ肩こりがあるかも」
ぷ! とクレールが吹き出し、
「あのハワード様の叫び声!? ぷぷぷ・・・」
「まあ、アルマダさんはもう平気だと思いますけどね。
着込みも軽くなりましたし、肩こりなんてないと思いますが・・・
鎧を着て稽古している時もありますから・・・ね?」
「んふふふ・・・マサちゃんたらもう!」
「急げば、まだトモヤも居るかも! さあ早く行きましょう!」
くすくす笑う3人を、カオルがじっとりと見ている。
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郊外のあばら家。
「お! 居ますね」
騎士達が、馬を出して草を食べさせている。
「へえー! あれが騎士さん達の馬かあ! やっぱでっかいねえ!」
「すごいですねえ! 皆、白百合みたいに大きい!」
「先日はゆっくり見る暇がありませんでしたが、素晴らしいですね」
カオルも感心している。
マサヒデ達が歩いて行くと、馬が顔を上げ、騎士達も気付いて手を振る。
マサヒデも手を振って歩いて行き、
「おはようございます」
「マサヒデ殿! おはようございます!」
「明日はよろしくお願いします」
ぐっとマサヒデが頭を下げる。
「いやいや、頭を上げて下さい! 我々のような雇われが、マサヒデ殿の晴れの舞台に騎士として立てるなど、過分に過ぎますよ!」
「いや、本来なら、客としてもてなしたい所だったんですが。
本当に申し訳ありません」
「それこそ過分というものです。それで、今日はなにか打ち合わせでも?」
「ああ、そうではないんですよ。
まあ、明日の準備ということには変わりないんですが・・・
皆様、肩こりってあります?」
「肩こり? ええ、ありますとも!
歳もありましょうが、鎧を着ますからね。
着込みを軽くして頂いて、ぐっと楽にはなりましたが」
「うん、やはり来て良かった! 明日の為、肩こりを治しましょう!」
「今からですか?」
「はい。一瞬で済みますから」
くる、とマサヒデがシズクの方を向くと、シズクがにやっと笑い、ぽきき、ぽきき、と手を鳴らし、こき、こき、と首を左右に傾けて首を鳴らす。
「・・・一瞬で?」
「はい」
ごく、と周りの騎士達が喉を鳴らす。
「音も出ますので、中に入って、馬は繋げておきましょう。
驚いて暴れるかもしれませんから」
「音、ですか・・・」
ちら。
シズクがにやにや笑っている。
そこに、マサヒデの声を聞いて、アルマダがひょいと出て来た。
「マサヒデさん。おはようございます。
どうしたんです? ふふ、何かマナーで不安でも?」
「ま、そこは諦めてますよ。
今日は、明日の準備と言った所で。
警備に立って頂く騎士の皆さんの、肩こりを治しに来ました」
「肩こり?」
「ええ。アルマダさんもやります? 肩こりがあればですけど」
「いえ、私は全然です」
「うん、じゃあ、アルマダさんも見てて下さい。
凄いんですよ。シズクさんの、すごい按摩の術。
旅してる時に、教えてもらったそうです」
「ほう」
「昨日、ギルドでマツモトさんとオオタ様にやったんですけど、もう大盛況。
ギルド内だけじゃなく、町の人まで並んでしまって、すごい事になりました。
帰ってきたら、袋一杯に金が」
「それは凄いじゃないですか!」
「まあ、そういう訳で、皆さんの身体を軽くして、明日に備えて頂こうと」
「ありがとうございます。シズクさん、皆さんをよろしくお願いします」
「任せてよ!」
「さあ、マサヒデさん、皆さん、入って下さい!」
シズクが騎士達をちらっと見て、にやりと笑い、中に入って行く。
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馬を繋げ、シズクの前に4人の騎士が並ぶ。
横に、マサヒデ達が並んで見ている。
「最初は誰?」
ちらちら。
騎士達が目を合せて、お前が、お前が、と目で合図を送り合っている。
クレールが前に出て、
「皆さん! 私もやってもらったから、大丈夫ですよ! ほら!」
ぐるぐるとクレールが腕を振り回す。
アルマダがにっこり笑って、
「ははは! クレール様、凄く肩が回ってますね!」
「そうなんです! ほらほら! 皆さんも!」
す、とサクマが前に出た。
「では、私が! よろしくお願いします!」
「うん! じゃあ、後ろ向いて、座って」
「は!」
くるっと後ろを向き、サクマが座る。
シズクもその後ろに座り、
「胸を抱くみたいにさ、右手は左の肩。左手は右の肩に置いてね」
「こうですか」
「そうそう」
どすん! とシズクがサクマの背中にぴったりと足を置く。
サクマが不安げな顔でマサヒデを見る。
マサヒデがにっこり笑って頷く。
「ははは! じゃいくよ! ほい」
ごっぎん!
「ぷわっ・・・!」
「ちょっと!」
慌ててアルマダが駆け寄ろうとしたが、マサヒデがぽん、と肩に手を置き、
「アルマダさん、大丈夫ですって。
さあ、サクマさん。肩を回してみて下さい」
「はっ、はい・・・? お?」
蒼白な顔が変わり、驚きと喜びの顔。
「あ、ああーっ! 本当だ!」
ば! と立ち上がって、くるくると腕を振り回す。
「治ってる・・・肩が軽い・・・」
「ね?」
「凄い! 皆、やってもらえ! 今までの自分が嘘のようだ!
これ何て言えば良いんだ、生まれ変わったみたいだ!」
はしゃいで腕を回すサクマを見て、アルマダも騎士達も驚いて声も出ない。
「さあ、お前も座れ!」
サクマがにこにこしながら、隣の騎士を座らせる。
「よおし! 腕を組んで、肩に手を乗せて!」
「は・・・」
「ほいさ」
めぎゃし!
「ぶぁぎゅ!」
「あはははは! 変な声! さあ次、次!」
あっという間に肩こり治療が終わり、騎士達が喜びの声を上げる。
アルマダがその様子を見て、口を開けて驚いている。