第460話
職人街、ホルニ工房前。
さ、さ、と店の前をラディが着流しで箒をはいている。
「お、ラディさん」
「あ・・・おはようございます」
「おはようございます!」「おはよ!」「おはようございます・・・」
「?」
カオルの機嫌がやけに悪いようだが・・・
ぶすっとした顔で、ラディの方を見もしない。
「もう、明日の準備は済みましたか」
「はい」
「では、少し入らせて貰って良いですか?
座ってお話しでも」
「どうぞ」
がらり。
ぞろぞろとマサヒデ達が入ってくる。
「あ、これはトミヤス様」
カウンターを拭いていたラディの母が顔を上げ、
「あ! シズクさん! 聞きましたよ!」
やっぱり。
もう町中に広まってしまっているようだ。
「ははは! まあ、そういう事です。
昨日は来られなかったようですから」
「まあ! 本当ですか!? 肩こり治療、やってくれるんですか!」
「ええ。椅子をこちらへ」
「はい! よいしょっと・・・」
「ご亭主もお呼び下さい。折角ですから、全員」
「あら! 本当ですか!? あの人も喜びますよ! すぐに!」
ばたばたと駆け込んで行き、すぐにホルニも出てくる。
このいかつい髭面の強面が、どんな叫び声を上げるのか。
「トミヤス様、おはようございます。
お聞きしました。どんな肩こりも一瞬で治していただけるとか」
「はい。こちらのシズクさんの按摩術なんですよ」
クレールがぶんぶん腕を振り回し、
「私もやってもらったんです! 見て下さい! こんなに回るんです!」
「ほう」
ホルニの目が、クレールを見て柔らかく笑っている。
「マサヒデさん」
ラディが椅子にとすん、と座り、
「私、興味あります。
これでも治癒師の端くれです」
にやっとシズクが笑い、
「よおし! じゃ、最初はラディだな!」
マサヒデが菅笠を下げ、下げた菅笠の下でにやにや笑う。
クレールが口を押さえる。
「お願いします」
「じゃ、こやって、こやって、肩に手え置いてね」
「はい」
「じゃ、やるね」
ごぎゅ!
「んにゃあーっ!」
ラディの母が蒼白な顔で口を押さえる。
あ、とホルニが手を前に出す。
「ほら、ラディ」
ぽん、とシズクが肩に手を置く。
「あっ・・・あ?」
くりん。
「あれ?」
くりん。
「お、おい、ラディ・・・大丈夫か?」
「お父様、全然・・・あれ?」
「ラディ! 痛くないの!?」
「いえ、全然! 軽いです! すごく!」
「あはははは!」
シズクが笑い出し、ぷー! とクレールも吹き出した。
マサヒデが笑いながら、
「ははは! 驚かせてしまいましたか!
でも、どうです? すごく軽くなったでしょう?」
「はい! シズクさん! ありがとうございました!」
ば! とラディが立ち上がり、ぴしりと頭を下げる。
シズクがにっこり笑って、
「さあ、次はお父さん? お母さん?」
「あ、いえ・・・」「・・・」
2人は押し黙ってしまったが、ラディが明るい顔で駆け寄り、
「お父様! お母様! 是非! 肩が羽のように!」
「む、む・・・良し! では、私が」
意を決したように、ホルニが歩いて来る。
椅子に座ると、ぎし、と小さく音がした。
「よおし! じゃあ、こうして、こうして、手を肩にね」
「はい」
「・・・あれ? ん?」
と、シズクが肩に指を置いて、軽く上から押す。
お、と驚いて顔を上げ、
「ああっ!? お父さん、凄いね・・・獣人族並じゃん!
人族でこんなの、ものすっごい鍛えた冒険者にも、中々いないよ!?
すっごい筋肉が詰まってる!」
「恐縮です」
「ううん、この肩が、あのすっごい刀を作るんだね!
よおし、もっと凄いのを作れるようにしちゃうぞ! あほい」
めぎし!
「もぶっ・・・く!」
「はい、おしまい! これで、ぶんぶんハンマーが回るよ!」
「ん・・・む・・・お? おお!」
右! ぐるんぐるん!
左! ぐるんぐるん!
肩が軽い! 正に羽のように!
「む、ううむ! 何と言う・・・」
ホルニがぴたりと肩を止め、手を見つめる。
見つめていた手が、細かく震え出す。
「今なら・・・今なら! 打てる! 打てるぞ!」
がたん! と椅子を倒してホルニが立ち上がる。
「ラディ!」
「はい!」
ば! とホルニが仕事場の扉を指差す。
「急げ! 火を入れるぞ! 今なら! 今の俺はコウアンにも勝てる!
最高の作が打てる! 行くぞラディ!」
「はい!」
がらっ! ぱしーん! と仕事場の戸を開けて、2人が駆け込んで行った。
皆が驚いて、呆然と2人を見送る。
ばさっとエプロンをつけ、2人がざくざくと炭を炉に放り込んでいる・・・
「・・・」
笑っていたクレールも、ぽかんと口を開けて、2人を見ている。
ぶすっとしていたカオルまで、目を見開いている。
「ああれえ・・・効いた、の・・・かな・・・」
「ええ・・・すごく効いたみたいですね・・・」
「あ、あ! あの、じゃあ、私もお願いします!」
倒れた椅子を起こして、ちょこんとラディの母が座る。
「あ、あー! そだね! じゃあ、肩に手を置いてね」
「はい」
「じゃいくね。はい」
めぎ。
「みぎゃー!」
「はい! 肩、回してみてね!」
「は! は・・・あら! あらあらあら!」
くるくる。
「ほんと! すごい! 噂以上じゃないですか!
ラディが羽みたいって、ほんとにすごい! ああ、なんてこと!
若返ったみたい! シズクさん、ありがとうございました!」
「あっはっはー! どうだ!」
「もう、こんなに軽くなっちゃうなんて!
そりゃあ、旦那もラディもあんなに興奮しちゃいますよ!」
「ふふふ。明日に差し支えない程度に、止めてもらって下さい」
「勿論ですとも! あら、でも、この勢いじゃ、どうかしら!
今日中に守り刀打っちゃう! なーんて言い出しそう!
そうなったら止められるかしら!」
「ははは! その時は、またシズクさんを呼んで下さい」
「うふふ。そうしますね!」
マサヒデは仕事場の2人を見て、満足そうに笑って、
「では、お仕事の邪魔になってはいけませんから、失礼します」
「お邪魔しました!」
「またね!」
「では、失礼します」
がらっと戸を開けて、4人が出て行った。
仕事場では、ぐいぐいとホルニが鞴で風を送っている。
顔を炭で黒くしたラディが、いくつも鋼の塊を並べて見比べながら「こんなのしかないの!?」とぷんぷん怒っている。