第459話
ついにパーティーは翌日。
ちちち、と雀が飛ぶ早朝。
マサヒデ、クレール、シズクが玄関に立つ。
「なあ、なんでお前も来るんだよ」
「シズクさんの按摩術に興味が」
「なんで昨日来なかったんだよ」
「ちょうど、ハチ様が来られましたもので」
「お前、ずっと忙しかったじゃないか。
無理にでも休んでおけよ」
「平気です」
「じゃあ、マツさんの仕事、手伝ってやりなよ。
お前、誰の字でも書けるんだろ?」
「もうほとんど片付いて、昼には終わるとの事で」
むっすー、とシズクが頬を膨らませる。
せっかく笑い転げようと思っていたのに、カオルが付いてくるなんて。
見張られているようで、面倒だ・・・
「まあまあ、シズクさん、良いじゃないですか。
何なら、カオルさんにも」
「ご主人様、私は肩こりなどございません」
「ま、そうですよね。私もありませんし。
じゃ、行きましょうか」
「はあい」「はーい!」「は」
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ずったらずったらとのんびり歩き、職人街。
「そうだ。シズクさん、今日は気を付けて下さいよ」
「んー? 何を?」
「また、町の人を呼ばないように。
職人街の人まで相手してたら、明日までかかっちゃいますよ」
シズクが顔をしかめ、
「うげえ・・・それはやだな」
「他の人にもって言われても、何とか断って下さいね。
昨日のあの数、きっと、町中に知れ渡っちゃってますよ」
「うっそおー!」
「誰かに頼むって言われても、昨日だけの特別だったとか言って。
人前でやりだしたら、そこら中から集まりますからね」
「うん、気を付けるよ・・・」
シズクがげんなりした所で、
「あっ!」
と、店の前を掃除していた男が顔を上げた。
「あんたあ、昨日の!」
箒をぱたんと落として、シズクに駆け寄ってくる。
「いやあ、効いたよ!
布団に入ったらどうだい、もう泥みてえに眠れてよ!
さっきも目がぱっちりよ! 肩こり治すだけで、こんなに違うんだな!」
これはもう職人街にまで広まってるな・・・
マサヒデとクレールがシズクの顔を見る。
シズクが苦笑いと照れ笑いの混じった笑顔を浮かべている。
「あー、あははー・・・そ、そう?
いやあ、役に立ったかなあ・・・」
「どうだい、うちの母ちゃんにも、ごきっと一発、頼めねえかなあ?
これ、弾むからさ! どうかな?」
後ろからマサヒデが、下でクレールがシズクを突付く。
シズクが目を泳がせながら、
「あー、その、ごめん! あれさ、昨日だけの特別だったんだ!
ええと、本当は、あんま見せちゃいけないみたいな・・・
あー! そうそう! 武術で言う奥義みたいな! そういう奴だから!
あんまり、軽くやっちゃいけない奴だったんだよね! ごめん!」
男が腕を組んで、神妙な顔でうんうん、と頷き、
「奥義・・・そうか、そりゃそうだよな、こんなにすっきりすんだもんな。
ううむ、すげえ技を見せてもらったって事か・・・
いや、残念だ。母ちゃんにもやってもらいたかったが」
「ごめんねー、そういう事だからさ!
人前だとか人がいなけりゃとか、そういうのもないんだよ!
もうやらないというか、やれない感じだから。
師匠にバレちゃったら、私殺されちゃうからさ・・・」
ぎょ! と男が驚いて、
「ええ!? 殺されるって、あんた・・・」
「あ! ああ、いいやあー! 教えてくれたの、同じ鬼族の武術家なんだよ!
私みたいに、適当に武術やってるのとは違ってさ! 超すっごいんだ!
えと、魔王様に「よ! 魔王さん元気?」て挨拶出来るぐらい、ヤバい人」
「うぇ!? ほんとかいそれ!? じゃあ、じゃあ・・・
ちょっと、ねえさん、どうすんだい!? もう町中の噂だぜ!?」
「い!?」
既に町中に広まっているのか!?
シズクが背を仰け反らせる。
「やってたの、冒険者ギルドじゃねえか!
すぐにそこら中に広まっちまうぜ!?
魔の国まで届いたら、あんたやべえだろ!?」
だらだらとシズクが脂汗を流す。
ごん、こつん、とマサヒデとクレールがシズクを突付く。
カオルの冷たい視線が突き刺さる。
「あーいやいや! 普段は山奥でずっと修行してるような人だから!
100年とか、200年とか普通に!
だからさ、降りてくる頃には、噂なんて消えてる・・・と、思う・・・」
男は少しほっとした顔になり、すぐきりっと顔を引き締めて、
「そうか・・・ううむ、こりゃ、皆に口止めしとかねえとな・・・
ねえさん、俺に任せとけ。町中にこの話して、箝口令敷いてやるから」
「え!?」
「鬼族って事は、かなりの田舎の出だろ。
こういうのは、俺ら町人に任せとけ。
明日には、だーれも口にしねえようになるから」
「う、うん、ありがと」
「ねえさん、もう少し気を付けなよ。
うっかり乗せられて、人前でそんな奥義を出しちゃいけねえ。
お人好しも良いが、何も命まで差し出す事ぁねえんだ! 分かったな!」
ぱん! と男がシズクの腕を叩く。
「はい・・・気を付けます・・・」
む、と頷いて、男は店先に戻って行った。
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4人が職人街を歩く。
マサヒデ達が呆れ顔で、
「シズクさん・・・あれはまずかったのでは・・・」
「これ、逆に話が大きくなって、どんどん広まってしまうやつですよね。
見せたら死ぬ! 伝説の武術家の、幻の奥義を伝授された鬼!
誰にも喋ってはいけない! みたいな感じで・・・」
「ご主人様、私もそう思います」
「う、ううん・・・どうしよう・・・」
はあ、とマサヒデが溜め息をついて、足を止めた。
後ろを振り向いて、
「シズクさん。先程の方に、本当は面倒だったから、嘘をついたと謝ってきなさい。あれだけ心配してたんです。それは怒るでしょう」
「だよね」
「でも、頭を下げて、何とか許してもらいなさい。
母ちゃんにやってくれって言ってましたから、謝罪代わりにやってきなさい。
変な噂が大きく広まるより、全然ましです」
「そうする」
「じゃ、私達は待ってますから」
「うん・・・」
とぼとぼとシズクが戻って行った。
マサヒデ達が長椅子で待っていると、しばらくして「ぎゃあー」と叫び声。
ほ、とマサヒデが息をつく。
クレールがにっこり笑う。
カオルが呆れ顔で首を振る。
「ふう・・・許してもらえましたかね」
「伝説の奥義の鬼にならなくて良かったですね!」
「昨日だけの特別、で止めておけば良かったのに・・・
嘘に嘘を重ねるから、ああなるのです」
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しばらく待っていると、シズクが戻って来た。
にこにこ笑いながら、手を振り、小走りでどすどす走って来て、マサヒデ達の前に立つ。
「許してくれましたか」
「うん! 最初は怒ったけど、すぐ笑いだしてさ!
びっくりしたけど、話が面白かったからいいやって!
お母さんにやってきたら、ありがとう! って!」
「そうですか。では行きますか」
「うん! ラディとホルニさんの叫び声、楽しみだね!」
「あははは!」
え? とカオルがマサヒデに向いて、
「ご主人様? 今日はそれが目的で? 日頃のご感謝だと」
マサヒデはちらっとカオルを見てから溜め息をつき、
「全く・・・勿論、感謝ですよ。
そうですよね? クレールさん。シズクさん」
ぷん! とクレールが眉を寄せ、
「そうですよ! カオルさん、なんでそんな風に見るんです」
シズクも呆れ顔で、
「はあ・・・カオル、お前、普段から僻んでるから、そうなるんだよ・・・」
「は・・・その、申し訳ありませんでした」
頭を下げて、気不味い顔でカオルが長椅子から立ち上がる。
笠の下でマサヒデがにやっと笑い、
「でも、あのホルニさんが叫ぶ所って、想像も出来ないですよね」
ば! とカオルが座っているマサヒデに振り返る。
「ぷ!」
クレールが口を押さえる。
「ご主人様!?」
「感謝は勿論です。こっちはおまけですから」
「あーははははは!」
「ご主人様! それはいくら何でも!」
ちらと、菅笠を上げて、マサヒデがにやにやしながらカオルを見つめる。
「興味ないんですか」
「そういうことでは!」
「あのホルニさんが叫ぶ姿・・・興味ないんですか」
「ご主人様!」
「ラディさんが叫ぶ所、興味ないんですか」
「おやめ下さい! そんな目的で」
「ないんですか? あるんですか?」
「そういう問題ではありません! そんな無礼な!」
「そうですか。では、ここで帰ってもらって結構。私達は、行きます」
「そんな!」
ぽん、とシズクがカオルの肩に手を置く。
「なあ、正直になりなよ。あのホルニさんだぞ?
叫ぶ姿なんて、想像も出来ねえよな?
見れるかもしれねえぞ?」
にひ、とクレールが笑い、
「カオルさん、もう忘れちゃったんですか? マツ様の教え。
いーたーずーらーごーこーろ! えっへっへー」
「ええい!」
カオルはシズクの手を振り払い、ふん! と顔を背け、
「行きます! しかし、私はシズクさんの按摩術が見たいから!」
「ふふふ。それで良いのです。では、参りましょう」
「あはは! どっちが目的だっていいじゃん!
肩こり治すのは同じなんだから、そんな顔すんなよ!」
「くっ!」
マサヒデが立ち上がり、歩き出した。
クレールもシズクもにやにや笑いながら続く。
にやにやしながら歩く3人の後ろを、ぶすっとした顔でカオルが付いて行く。