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勇者祭  作者: 牧野三河
第三十七章 パーティー準備
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第456話


 冒険者ギルド、ロビー。


 大量に並んだ肩こり治療を希望する者達を、次々とシズクが治していく。


「はい」


「うっでゃあー! ・・・おお!」


「はい立ってね。次の人」


 ちゃりん。ちゃりん。


「はい、こうして、こうして。手は肩ね」


「へい」


「ほい」


「ぶごぁーっ! ・・・うあ!? こいつは!」


「はい立ってねー。次ー」


 とやっていると、


「おい! 何事だ! 開けろ!」


 と、ハチが駆け込んできた。

 受付嬢が慌てて立ち上がり、


「同心様! ただの肩こり治療ですよ!」


「はあ?」


 と、ハチが怪訝な顔を受付嬢に向けると、


「ふぐゃっぱぁー!」


 大きな叫び声。

 ば! と顔を向け、ハチが並んだ人をかき分けて入って行く。


「何してやがる! おい、通せ!」


 中に入って行くと、明るい顔でくるくる肩を回す町人。

 あれ? とシズクが顔を向ける。


「あ、ハチさん」


「あんたあ・・・シズクさんじゃねえですか。

 いってえ、これは? あんた、何してんです?」


「肩こり治療だよ。ほら、見てて。次の人」


「はい」


 ちゃりん、ちゃりん、と銅貨を数枚箱に落とし、町人が座る。


「はい、こうして、こうして、肩に手を置いてね」


 ぽん、ぽん。


「はい」


 ごめゅぎっ!


「おぶぁーっ! ・・・あ、ああ! すっげえー!」


 くるくると腕を回す町人。

 ハチが慌てて町人に近付いて、


「おい! すげえ音がしたぞ! お前、大丈夫か!?」


 町人は明るい笑顔を上げ、


「ハチの旦那! 大丈夫なんてもんじゃねえすよ!

 ほれ、肩がこの通り! 肩こりが全くねえんだ! 全くだぜ!」


「・・・」


「見てくれこの肩! って、見ても分からねえか!

 この鬼のねえさん、すげえぜ! 旦那もやっていきなせえ!」


 くる、と町人がシズクの方を向いて、


「ありがとうございやした!」


 と、頭を下げて去って行く。


「何? 私の肩こり治療を疑うなら、ハチさんもやってく?

 ハチさんなら、ロハでいいよ」


 隣のテーブルで金を数えていたメイドが、くす、と笑う。


「ねー、皆! 怖ーい同心さんの叫び声、皆も聞きたいよね!」


 はははは! と笑い声が上がる。

 シズクがにやにや笑いながら、


「ほらほらー。ハチさん、座りなよー。

 あー! もしかしたら、私、皆をいじめてる悪ーい鬼かもおー!

 確かめないといけないよねー!」


 げらげらと笑い声がロビー一杯に広がる。

 横のメイドも口を抑えている。

 笑いを聞いて、む、とハチが顔をしかめ、笑うシズクをぎろっと睨み、


「ち! 良いぜ、やったらあ! 情けねえ顔は見せねえぜ!

 こう見えて、同心仲間からも一目置かれるハチ様よ!

 ついでに書き物仕事で、肩も凝ってるしな!」


「あーっははは! ささ、こちらへどうぞー!」


 言われるまま、どすん、とハチが腕を組んで椅子に座る。

 シズクがにやにや笑いながら、


「ハチさんは獣人だから、ちょこーっと強めに引かないとねえー!

 人族よりも、全然強いもんね! あ、腕、取れちゃったらごめんね」


「ぷっ!」


 隣のメイドが吹き出す。


「おい! 笑いやがったな!」


「はいはいはいはい。さ、肩に手を置いて」


 シズクがハチの手を持って、肩に手を置かせる。


「えい」


 ごむぐっ!


「っ!? くっ・・・くぐ・・・」


「おお! さすがハチさん! 声、上げなかったよ!

 あははは! さ、肩回してみて!」


 くるん。


「は・・・は! こりゃあ、こりゃすげえ! 何だこりゃ!?」


 ハチの顔が変わり、呆然と口を開けて、くるくる腕を回す。


「はい! ただの肩こり治療でした! あははは!

 ね? 何でもなかったでしょ?」


「う、ううむ・・・くそ! シズクさんよ、こいつぁ参ったぜ!

 ただの肩こり治療なんかじゃねえ! とんでもねえ肩こり治療だ!

 皆、騒がせちまって済まねえ!」


 ハチがくるっとシズクの方を向いて、


「や、申し訳ありませんでした」


 と、頭を下げる。

 はははっ、とシズクは笑い飛ばし、


「いいって、いいって! ほら、頭上げてよ!

 あんな叫び声聞いて、飛び込んで来なかったら、同心さんじゃないもん!

 さあ皆! 声も上げなかった、同心の鑑のハチさんに拍手ー!」


 わあ! と声が上がって、拍手まで上がる。

 うわあ、とハチが恥ずかしそうな顔をして、


「シズクさん、もう、からかうのは勘弁して下せえ。

 じゃあ、何もなかったし、私ぁもう引けますよ」


「はいはーい! またね!」


 ハチがぽんぽん、と肩を叩き、


「ふ、ははは! ありがとうございやした!」


 と、にっこり笑って「ごめんよ」と人をかき分けてロビーから出て行った。


「はい、次の人ー」



----------



 向かいの魔術師協会。


 がらり。


「ごめん下さい!」


 ささっとカオルが出て来て、手を付いて頭を下げる。


「これはハチ様。いらっしゃいませ」


「や、これはカオル様。そうしゃっちょこ張らねえで下せえ。

 トミヤス様は、ご在宅で?」


「は」


「お時間おありでしたら、少しばかしお話が」


「大丈夫です。どうぞ、お上がり下さい」


「じゃ、失礼致します」


 居間に上がると、マサヒデとクレールがハチを迎える。


「ハチさん、こんにちは」


「お疲れ様です!」


「こりゃあ・・・どうも・・・」


 挨拶を返したハチの目が、床の間に釘付けになっている。

 禍々しいとしか言いようのない、もやを垂らす黒いタマゴ。

 刀架に架かった、目も眩みそうな青貝の鞘の刀。


「ははは! タマゴに驚きましたか!」


「は! あいや、失礼しました・・・」


 手で顔を拭って、出された座布団に座る。


「ふふ、初めて見る方は、皆、今のハチさんみたいな顔をしますよ。

 父上も、母上も驚いたんですから」


「は・・・いや、タマゴだけじゃねえ。その」


 は! とハチが目を見開いた。


「ああっ! トミヤス様! その刀は、それぁ、もしかして!?」


「ふふふ。そうですよ。あの刀が、あのコウアンです」


「なんてこった・・・こりゃあすげえ拵えだ! さすがコウアンだ・・・」


「見てみますか」


 マサヒデがひょいと刀架から取り上げて、ハチの前に出す。


「宜しいんで!?」


「どうぞ」


「で、ではその・・・失礼しまして・・・」


 ぎらぎら輝く青みのある鞘!

 この鍔は金か!?

 震える手で、ハチが雲切丸を受け取る。


「う!?」


 くい、と鯉口を切って、また驚いた。

 物凄い輝きだ!

 ゆっくりと抜いていき、


「ありゃ?」


 研がれていない?

 綺麗なのは、鍔から2寸程。

 かくっと拍子抜けして、するりと抜く。


「トミヤス様、こいつは、研ぎの途中で?」


「いえ、寝刃研ぎです。その状態の方が、斬れ味が長持ちするんですよ」


「ああ、さいでしたか。こりゃ失礼しました」


「鍔元の所は、研師さんがどうしても見たいと言うもので。

 それで、研いでもらいました」


 綺麗に研いである部分を改めて見る。

 きらりと光る刃。

 美しい地金。

 刀には詳しくないが、これは逸品だと一目で分かる。


「そりゃあ、こんだけすげえ刀となりゃあ、研ぎたくもなりますよ・・・」


「ああ、そうだ。ハチさんにも驚いてもらいますか」


 くす、とクレールが笑う。


「は」


「刃を上にして、寝かせてもらえますか」


「こう」


 くいっと手首を回して、刃を上にする。

 マサヒデが懐から懐紙を出して、すっと刃の上に乗せるとはらりと真っ二つ。


「げっ!?」


「どうです。この斬れ味、長持ちさせたいもので。

 いやあ、寝刃研ぎにしておいて、良かったですよ」


 マサヒデは軽く言うが、ハチの手は震えそうだ。

 こいつはやばい。この刀はやばい。

 これはもしかして、話に聞く魔剣とか称号の刀とか、そういう物では・・・

 恐る恐る、鞘に納めて、


「い、いや、すげえものを見せて頂きました。

 全くもって、眼福、感服でございます」


 マサヒデに返す手が、かたかたと震えている。

 マサヒデとクレールがにこっと笑って顔を合わせる。

 後ろで茶を乗せた盆を持ったカオルも、にこっと笑った。


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