第454話
夢中で冒険者達の相手をしていると、壁の向こうから、
「メシに行こうよー」
と声が聞こえた。
そろそろ昼か。
ぽん、と小手に木刀を置いて、
「ここまでです」
「ありがとうございました」
頭を下げて、冒険者が下がる。
マサヒデも後ろに付いて歩いて行き、皆の前で足を止めた。
「では、そろそろ昼ですし、本日はここまでにしましょう」
「「「ありがとうございました!」」」
冒険者達が頭を下げる。
「ええと・・・」
クレールはまだ転がっている。
周りを見れば、高い壁。
「ううむ・・・すみません。魔術使える方、周りの壁、壊してもらえますか」
「あ・・・はい!」
何人かが立ち上がって、壁に向かって手を向ける。
手を向けて、冒険者達が驚き、
「げ!」「何だこれ!?」「固っ!」「石か!?」
うんうん唸りながら、冒険者達が眉間に皺を寄せて、魔力を送っている・・・の、だろう。そのように、マサヒデには見える。
「もっと手伝ってくれ!」
さらに数人、冒険者達が立ち上がり、手を向けてうんうんと唸り出す。
少しずつ、さらさらと砂が落ちていく。
これでは足りない、と、さらに冒険者が立ち上がる。
はて。どういう事だろう。
土に穴を掘ったり、壁を立てたりは簡単に出来る。
只の土ではなく、石だって、出したり消したり自由自在。
なのに、土の壁を消すのに、これほど苦労するものなのか?
マサヒデは首を傾げながら、
「皆さん、崩せないなら、下に穴掘って、落としてしまっては。
それで、上から土を被せちゃえば良いじゃないですか。
同じ土なんだから、何も問題ないと思いますが」
「ああっ!」「トミヤス先生!」「すげえ思い付きだ!」
「・・・」
壁に向かっていた冒険者達が、尊敬の眼差しをマサヒデに向ける。
ぱちぱちと数人の冒険者が拍手を挙げる。
(それ程か?)
マサヒデが怪訝な顔をしていると、どすん! と壁が落ちて、地が揺れた。
「なんだ!?」「地震か!?」
と、壁の向こうから声が上がる。
べぎん、と壁が折れて、穴に落ちていく。
どすん、どすん、と壁が穴に落ち、最後に、さーっと土で埋められた。
「終わりました!」
「ありがとうございました」
ぺこっとマサヒデが冒険者達に頭を下げた。
頭を上げて、にこにこ笑う冒険者に疑問を尋ねる。
「すみません、ひとつ質問良いですか」
「はい! 何でしょう!」
「皆さん、普通に石とか、出したり消したりするじゃないですか。
何で、只の土の壁を崩すのに、あんなに力がいるんです?」
「ああ、自分のだと、さらっといけますが、他人が出した物だと大変なんです。
何て言うか、魔力の固まり方とか、そういう感じのが違ってて。
石だとか、固いとかって驚いてたの、そういう魔力が固いって意味です」
「魔力の固まり方? 魔力が固い?」
「魔力がぎゅっと詰まってるっていうか・・・ええとですね・・・
上手く口では説明出来ないんですけど・・・例えば・・・」
冒険者が手の平を合せたり回したりしてから、左手を顎に当て、右手の平をマサヒデに向けて、押し引きするように、ゆっくり前後に動かしながら、
「ううん、例えばですよ・・・
もし、他人が出したのも簡単に消しちゃえるなら、魔術師って困りますよね。
火の魔術に水を、とか関係なく、何を出しても、さっと消されちゃいます」
「あっ!」
その通りではないか!
立ち会う時に使うのは、さっと簡単に出せる術が多い。
大きな術だって、ほとんどは基本を大きくしたり、形を変えたもの。
ならば、基礎を少し使えるだけで、ほとんど簡単に潰せてしまうのでは。
簡単に潰せるなら、魔術など少し学ぶだけで済む。
得物を使う魔術師でも、魔術師の色が濃い者は、簡単に終わりだ。
「確かに! 確かに、そうですね!」
冒険者は自分の手を見つめ、
「これ、個人ごとに魔力の流れ方の・・・癖? 体質? と言うんでしょうか。
そんなのがあって、それを無視して消そう、壊そうとすると、大変なんです。
クレールさんのは、魔力が、ぎゅーっ! と強く固まってて、全然でした」
「ううむ、私には良く分かりませんが、何かそういう感覚があるんですね?」
冒険者は頷いて、
「少し魔術が使えるなら、誰でも感じられます。クレールさんみたいに、物凄い魔力を送り込めるなら、無理矢理でも消せますが、私程度だと、こう・・・隙間、隙間にじりじりと滲み込ませる感じで、少しずつ、という感じで」
「しかし、先程の稽古の時、目の前に出された水球、消してませんでしたが」
冒険者は手から顔を上げて、手の平を前に突き出し、
「無理矢理に消すなら、強い魔力を、ばーん! と送らないといけません。
集中して、魔力を一気に高めて・・・何と言うか、ばんっ! と送るんです。
これは、クレールさん程の魔術師でも、流石に難しいと思います。
出来ても、すぐに魔力や集中力が切れると思いますね。
飛んでくる石とか、集中して魔力を送って、なんて余裕もありませんし」
「ううむ、なるほど・・・いや、勉強になりました」
「いや、それにしても、さっきの土の壁は落として、という発想は素晴らしかったです。私達も勉強になりました。トミヤスさんも、魔術を習ってみては如何です」
「いやあ、それより剣術を練習したいです。
今日の稽古で分かりましたよ。まだまだ、全然。
見て下さい、これ」
稽古で石を流して削れ、少しささくれた木刀を上げる。
これがコウアンだったら・・・考えたくもない。
「ここ、ぼろぼろに削れてますよね。木刀だから、これで済みました。
真剣だったら、とっくに使い物にならなくなってましたね。
稽古じゃなかったら、今頃、私は」
とん、とマサヒデが首に手刀を置く。
「ううむ・・・」
「この木刀の瑕が、私程度じゃまだまだって証拠です。
身の程を深く思い知らされました。
いや、今日の稽古では、皆さんに叩きのめされましたよ」
話していると、ううん、と声を上げ、むっくりとクレールが起き上がった。
「あ、目が覚めたようですね。
すみません、お引き止めして。ありがとうございました」
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ぐったりしたクレールの手を引いて、食堂に向かう。
疲れているようなので、湯は後。
クレールには、とにかく飯だ。
お互い、稽古着を着たマサヒデがクレールの手を引いていると、仲の良い兄妹のようで、すれ違う冒険者やメイド達が少し微笑ましい顔になる。
「おお?」
声を上げてマサヒデが足を止めると、クレールも顔を上げた。
「あ」
廊下の向こう。
ロビーに人が並んでいる。
まだやっていたのか?
「あれ、シズクさんですよね。まだ終わってないんでしょうか」
クレールがマサヒデを見上げて、
「私、とっくに終わって、家で寝てるのかと・・・」
「来た人と、お喋りでもしながらやってるんですかね」
歩いて行くと、うわあ、と叫び声。
げらげらと笑う声。
少し近付くと、また叫び声。
さくさくと進めているようだが、まだ終わっていなかったか。
「さすがに、事務やメイドの方々も入れると、多かったんですね」
すたすた。
「んん?」
ロビーに町人が並んでいる。
仕切りが出来て、ずらりと入り口から人が並んでいる。
「・・・あちゃあ・・・」
「町の人まで来ちゃったんですね・・・」
冒険者が喋ったか、叫び声が上がるものだから、誰かが覗いたのだろうか。
ちゃりんと箱に金を入れ、次の者が座る。
叫び声が上がり、次いで驚きと感謝の声と、周りの笑い声。
隣のテーブルで、メイドが銀貨、銅貨を並べ、1枚、2枚と数えている。
マサヒデ達が歩いて行くと、あっとシズクが顔を上げた。
2人は苦笑しながら手を振って、ロビーを通り過ぎて行った。