第453話
冒険者ギルド、訓練場。
今回は、魔術も交えた実戦稽古。
最初の師範役はクレール。
死霊術で熊を召喚し、ばてばてになってしまったので、マサヒデが代わる。
立ち上がって、クレールの横まで歩いて行き、
「大丈夫ですか」
手を差し伸べると、
「ありがとうございます」
クレールがマサヒデの手を取る。
よっと引っ張り、クレールを立ち上がらせると、ぐったりしながら歩き出す。
足元はふらついていないし、大丈夫そうだ。
とす、とす、と歩いて、俯いたまま、冒険者達の横に、ぺったんと座る。
(疲れたみたいだな)
怪我は一切無い。心労だろう。
すたすたとクレールの前まで歩いて行き、
「クレールさん、相当に疲れたようですね。
しばらく、横になっていて下さい」
「大丈夫です」
ぎゅっと口を閉めて、クレールが顔を上げる。
だが、目に力が全然ない。
「横になりなさい」
かくん、と頭を落とし、
「はい」
と小さく答えて、クレールがゆっくりと横になる。
様子を見届けてから、マサヒデが真ん中に戻る。
「皆さん。試合の時のように、速攻で終わらせたりしません。
最初の一手は、必ず譲ります。但し、手を出さないだけで、動きはします」
ぽん、と木刀を手に乗せて、
「今回は木刀ですが、可能な限り寸止めしますので、安心して下さい。
竹刀では、受けた時に折ってしまうかもしれませんので、受け用ですから」
マサヒデの口調は変わらない。
だが、皆にマサヒデの緊張感が伝わったのか、顔が引き締まっている。
「では、最初の方。クレールさんの続きの方です」
「はい!」
冒険者がマサヒデの前に立つ。
ふうー、とマサヒデが細く息を吐いて、目を瞑り、かくんと肩の力を抜く。
身体の緊張は抜いて・・・心の緊張も抜いて・・・
目を開き、無形に剣を垂らし、
「いつでも」
すすーっと石が浮き上がってくる。
中段に構えた冒険者の剣の上。
(石。これは良い)
マサヒデの新しい課題は、受け。
これから、あのコウアンを使うことになる。
このように魔術を使われたら、いくらマサヒデでも、全ては避けられない。
マツとの訓練でも分かっていた。
いくつも石が飛ばされ、弾き返していたら、簡単に刃こぼれする。
研ぎ直していたら、どんどん薄くなって、すぐに使い物にならなくなる。
どこまで刀を痛めず、使っていけるか・・・
一足一刀まで、前に石を浮かばせたまま、冒険者が前に出てくる。
これは上手い。
石がそのまま浮いていれば守りになるし、飛ばせば攻めにもなる。
(おっと危ないな)
一歩下がって空ける。
石を飛ばすと同時に剣が振られたら、避けきれないかもしれない。
マサヒデが離れると、ぴたっと冒険者が足を止める。
さらに左右に石が浮き、冒険者の正面に三角形を作る。
「・・・」
横に浮いた石が、ひとつ。
右足を軸に、左足を回して引く。
袴を掠め、後ろで「ぼん!」と石が地を撥ねる。
(見事だ)
足を引いて、横を向いたマサヒデの脇腹に向け、石が飛ぶ。
木刀を腰に背負うようにして、身体を低く踏み込む。
石を流す。
木刀の上を、石が滑る。
撫で斬るように、身体を回しながら冒険者の真横まで。
「たっ!」
遅れて冒険者の気合の声。
冒険者の木剣が地を叩く。
冒険者の脇腹で、マサヒデの木刀が止まる。
「ここまでです」
「まっ・・・参り、ました・・・」
身体を起こし、木刀を見る。
石が上を滑って行ったので、がりっと削れた後がある。
「ううむ!」
大きく唸ったので、下がろうとした冒険者が驚いて振り向き、
「あ、何かしてしまいましたか!?」
は! とマサヒデが冒険者を向いて、
「あ、すみません・・・いや、これ見て下さい」
木刀を差し出し、削れた部分を見せる。
「ん? えっと、今の、石を流した所ですか? これが何か・・・」
「真剣だったら、この1回で研ぎ直しです。
何回か流したら、もう刀が使い物にならなくなりますね。
ううむ・・・お見事でした。良い勉強になりました」
「恐縮です」
頭を下げて、冒険者が下がって行く。
(今のは良かった。本当に、良い勉強になった)
石を出すのは、至極単純な、ほんの初心者の魔術。
使い方も簡単、ただ前に浮かせているだけ。
それが、ああも見事に剣と混ざるとは。
前に浮かされるだけで、こちらの攻め場所は限定されるから、守りやすい。
近くで飛ばされ、同時に振られれば、避けられない必殺の剣になる。
たった3個だったし、飛んできたのが1個だったから、何とか助かった。
「次の方、どうぞ」
「はい!」
槍を持った冒険者が前に立つ。
「では、いつでも」
ぴたっと槍を構えた瞬間、おっ、とマサヒデが気付いて足を上げる。
さらっと足元に穴が開く。
同時に槍が伸びてくる。
すいっと流しながら木刀を振り、上げた足を踏み込むように、両方の勢いを使って、前に低く! 飛んで! 槍に沿って! 膝の上・・・
(いかん!)
どん、と足を思い切り地に叩きつける。
ぎりぎり冒険者の足の前で木刀が止まって、おっと、とマサヒデがよろめく。
木刀がこん、と冒険者の足に当たる。よろめきながら、
「当たってませんか!?」
「だ、大丈夫です、こつんと来た程度で・・・」
ふう、と息をつきながら、崩れた身体を立て直す。
「危ない危ない。もう少しで膝を割る所でした」
「ありがとうございました」
冒険者が頭を下げて、下がって行く。
先程の石。今の、足元に空いた小さな穴。
初心者でも簡単に使える、本当に簡単な魔術。
それを混ぜられただけで、こうも違うとは。
マサヒデの緊張が高まる。
だが、悪い緊張ではないな、と感じる。
初めてカオルと戦った時のような、嬉しくなるあの感じ。
「次の方! どうぞ!」
にっこり笑って、次を促す。
「はい!」
おや、この人は。
札を準備するから、と、後ろに回った先程の冒険者だ。
「申し訳ありません。あの通り、クレールさんがばててしまったもので・・・
私相手では、物足りないかもしれませんが、よろしくお願いします」
マサヒデが頭を下げる。
「とんでもない! よろしくお願いします!」
冒険者もがばっと頭を下げる。
2人が頭を上げて、マサヒデが木刀を垂らす。
「では、いつでも」
「参ります!」
ぱっと冒険者が下がり、懐からばらっと札を掴んで出した。
(お?)
ばっと札を前に投げ、ぱすん、とマサヒデの前の方の地面に手裏剣が刺さる。
手裏剣に札が刺さっている。
(何が出る)
ぱりっ。
(雷!)
ひょい、と棒手裏剣を軽く放り投げると、ぱしん! と棒手裏剣に雷が飛ぶ。
放り投げた棒手裏剣が、すとん、と落ちる。
ぱすん、ぱすん、ぱすん、と札が付いた手裏剣が、次々に地面に刺さる。
前に走りながら落ちた棒手裏剣を拾い、ひょいと投げ、さらにまとめて抜いて、適当にばらっと放り投げる。
ぱぱぱ! と放り投げられた棒手裏剣に雷が飛ぶ。
正面に落ちた棒手裏剣を拾いながら、下手から投げつける。
「あ!」
札を持った手に刺さり、冒険者が手を押さえる。
ひらっと札が落ち、マサヒデが駆けながら木刀を振ろうとした瞬間、ぱり! と小さく札が鳴った。
(まずい!)
と、マサヒデが足を止めようとした瞬間、札が光り、ぱしん!
「・・・」
とさ、と冒険者が膝を付き、ふわっと横に札が落ちる。
「あ」
マサヒデが足を止めると、どさ、と冒険者が前のめりに倒れてしまった。
「ああ! ちょっと!?」
慌ててマサヒデが駆け寄ると、冒険者が2人駆け寄って来て、
「トミヤスさーん! 任せて下さーい!」
「トミヤス先生ー! 大丈夫でーす!」
2人が倒れた冒険者の横に座り、顔を見て、肩を回してゆっくり持ち上げる。
マサヒデは不安そうに見上げ、
「あんな近くで当たってましたが、大丈夫なんですか?」
「ははは! 痺れて動けなくなってしまっただけですよ!
札の雷程度、死んだりしませんから!」
「うふふ。うっかり落として、自分の札でやられちゃうなんて!
しばらくは、笑いの種ですね!」
2人が笑いながら、冒険者を抱えて歩いて行く。
あの様子では、全く問題はなさそうだ。
ふう、と息をついて立ち上がり、札と棒手裏剣を拾い集めて裾に入れる。
「では、次の方!」
「はい!」
次の冒険者がマサヒデの前に立つ。